二つのオアシス
堅苦しい学則、退屈な授業、口を開けば勉強しろしか言わない先公、そんなつまらないだらけの高校にある屋上。
朝は心地よい風が吹き、昼には温かい日差しが差し込む其処は、俺の唯一の心のオアシスだった。
だったのだが……
「あ、いたいた、おはよー悠君」
この小学生みたいなナリをした彼女、優花のお陰で最近は此処も俺一人だけのオアシスとは言えなくなってきている。
「また来たのか、授業中だろ」
「それは悠君も同じでしょ、それに私はこっちの仕事を片付けないといけないからいいの」
そう言って、優花は手に持っていた書類の束を下ろす。
俺には信じられないが、彼女はこの高校の生徒会長らしい。
噂じゃ美化活動やらボランティア活動やら色々な行事を実行してきたらしく、この高校の評判にも一役買っているほどだそうだ。
こんなちんちくりんにそんな実行力があるとは到底思えないが。
「ねえ、ちょっと手伝ってもらえないかな」
「お断りだ、俺には関係ない」
「ちぇ」
優花は小さく頬を膨らませると、書類に目を向けなおす。
すると、先程とは打って変わって真剣な表情になり、束になっている書類に次々とペンを走らせていく。
その流れるような作業に、そして何よりさっきみたいな子供じゃない、大人の表情についつい見惚れそうになり、俺は慌てて顔を背けた。
「……ねえ、もう一年も経つんだよね、悠君と初めて此処で会った日から」
不意にペンを止めると、優花がこちらに振り返った。
屋上を吹き抜ける風が、彼女の長い髪を優しく撫でる。
「あの時も悠君はそうやって寝転んでて、授業始まってるよって何度言も言ってるのに聞かなくて」
風になびく髪を押さえながら、どこか遠くを見るように優花が話し始めた。
やれやれ、またこのパターンか。
俺は心の中で苦笑しながら、ため息をつく。
「違うな、そんなまともな注意の仕方じゃなかっただろ」
忘れもしない、優花が俺に初めて発した言葉を。
「あー、授業サボってるー、いけないんだー」という高校生とは到底思えない台詞を。
「あれは酷かったな、笑い死になんて所詮漫画、小説の話だと思ってたのに、危うく実体験するところだった、高校生が小学生に殺されるなんて洒落にならないもんな」
「ひ、ひどい! キツく言ったら可哀想だとおもったから、色々と考えた上で言ったんだよ?」
「考えた上であれなのか……お前本当に高校生だよな、高校に迷い込んだ小学生じゃないよな」
「ひどいよ! 言いすぎだよ!」
顔を真っ赤にして怒る彼女を適当にあしらいながら、俺はまたため息をついた。
「……それで、今度は何を頼む気なんだ?」
「え?」
すると、彼女の怒りのオーラがすっと消え、みるみると青ざめた表情へ変わっていく。
「な、何のことかな……?」
必死に笑顔を作ってごまかそうとしているがやはりお子様頭、焦りの表情が見え見えだ。
それじゃ小学生にも通じまい。
「お前、俺に何か頼もうとするときは、必ず昔話を持ちかけて来るんだよ」
この前の美化活動の時も、体育祭の二人三脚の時も、決まってこのパターンなのだ。
話のネタが毎回被ってないからまだいいが、いい加減他のパターンを選んで欲しい。
「う……だってこれくらいしか悠君とのお話のネタがなかったんだもん……」
そう言うと、優花は観念したように俺の方に身体を向ける。
そして、正座のままずいずいと俺の方に迫ってきた。
身体は小さいとはいえ一応高校生、出るところはしっかり出ているし、なにより、姿勢で迫られると……ヤバいヤバい!
俺は慌てて身体を起こした。
当の本人は気にもせずに話を切り出す。
「あ、あのね……来週の遠足の事なんだけど、二人一組で行動する決まりになってるの、だから、その……悠君に、い、一緒のペアになって欲しいなって……」
小動物みたいに身体を震わせながら、上目遣いで俺をみる優花の顔はほんのりと紅く、なんともいえない色っぽさを感じさせる。
こ、こいつ、色気を使うなんて変なところだけ一丁前になりやがって。
以前までとは違う彼女の表情に、平常心を保つのが辛くなってくる。
「……集合場所と準備するものは?」
そっけなく言ったつもりだったが、自分でも驚くほど声が高揚していた。
しかし、勿論彼女はそんな事を気にすることなく、
「ペアになってくれるの?」
こくりと頷くと、彼女は「やったあ!」と子供みたいに飛び跳ねた。
「はあ……ってうわっ?」
「悠君大好き!」
やれやれ、やっぱり子供だ。
喜び一杯にしてぎゅうっと抱きしめてくる優花の頭を撫でながら、俺はそっと携帯を開き、スケジュール表に来週の予定を書き込んだ。
――優花とデート。
と。
恋愛ものは、忘れた頃に書きたくなる……うん、迷言ですねこれ。
ちなみに、ヒロインはWORKING!!を見ていたら浮かんできました、多分分かる人には分かるかも(笑
感想、意見などポイポイと投げ入れてくれると、私が喜びながら拾い集めます。
それでは、今後ともご贔屓に。