7話 『カンパネラ』
◇
「配信開始」
チョージが金属の目玉を浮かばせる。
「開ける」
「頼んだ」
人が数人掛かってやっと開けられるような重い扉を、アオイがゆっくりと押していく。
一人でいい、なんて言ってたけど、俺たちが加わっても大して力になれなかったかも。それくらい重そうだ。
それを一人で開けてしまうアオイのパワーはとんでもないわけだけど。
ズズズ、よりゴゴゴ、な音を立てて開かれた扉の向こうには、なんとピアノがあった。
グランドピアノだ。
だけど、それは黒いモヤに覆われていて、見るからに呪われそうである。
『―――♪』
ラの音が響く。
『♬――――!!』
続いて不協和音。
怒りに任せて叩きつけたような音。
次いで、ゆらり、ゆらりと手が現れ、身体が、頭が出現する。亡霊のような煙。しかし、その双眸はこちらを捉えて怪しく光っていた。
その目からも、気配からも、闖入者に対する怒りを感じる。
俺たちは中に入ってすぐに楽器を構えた。
「アメリアちゃんは下がってて」
「はいっ」
俺たちも演奏を開始する。最初は『ベノムファング』だ。
リッチっていうと、なんか杖とか構えてバンバン魔法を撃ってくるのかと思ったのに、まさかのピアノである。ちょっと様になってるのは面白い。
でも、その演奏は黒い斬撃を飛ばしてきて、ピアノを中心とした地面がどす黒く変色していくではないか。
その悍ましい気配に、バリアで弾かれていても肌がピリピリする。
殺気と呼んでもいいのかもしれない。
それくらい、身体の芯から侵食してくるような恐ろしさがあった。
「イルカさま!」
アメリアちゃんが応援してくれる。
まあ俺がミスったらその瞬間全員輪切りにされちゃうもんね。弾かなきゃ。ちゃんと弾かなきゃ。
―――歌え!
「はっ!」
チョージとアオイは器用なので、演奏しながら氷やら火の玉やらを飛ばして攻撃していた。
俺は全然そんな余裕ないので演奏するので精一杯。雷なんて出やしない。
奏者としても魔法使いとしても格の違いがよくわかる。
『――――!!!』
リッチが怒りの咆哮を上げる。
このバリアは音を防がないので、大音響が身体にぶつかってくる。
加えて、耳を塞ぎたくなる不快さ。
これが、アンデットの咆哮なのか。
「あっ」
気が散ってミスった。ホラー苦手なんだって。
「ぐぁっ!」
次の瞬間、地面から真っ黒い炎が沸き起こる。その火に焼かれて肌が焦げる。
「イルカ! やめるな! 弾くしかない!」
おいおい鬼かよ。燃えてるのが俺だけで良かったけど! くそったれ!
燃えながらギターを鳴らす。
「♪―――ッ!!!」
熱いよって叫びたい気持ちで俺も吠えた。
弾かれたように火が霧散した。
「っ、イルカさま!」
歌い続けているところにアメリアちゃんが駆け込んできて、すぐに回復魔法をかけてくれた。
『―――!?』
その瞬間、俺たちのバリアから光る波動が放たれた。それに当たったリッチが、これまで見なかった表情を見せる。
一体何が?
『♬―――!!!』
リッチが怒りに身を任せるような演奏をし出した。
「なっ!?」
「まずいっ」
リッチの演奏のせいで地面がボコボコに縦揺れしだしたのだ。
ドラムセットがひっくり返る。俺もずっこけた。チョージは素早くアメリアちゃんを支えに行っていた。アイツすげえわ。
「演奏が」
演奏が止まったのでバリアが消えてしまった。そこに、リッチが畳み掛けるように演奏を続ける。
地割れの隙間に黒い炎が走り、立ち昇る。
「あっつ!」
防御手段のない俺たちは当然のように直撃してしまう。
「チッ!」
チョージが氷の壁を作って火を防いでくれた。
全員で壁の裏に駆け込む。
「さんきゅーチョージ。でもやべえよ、このまま続けてもあんまり効いてる感じしないんだけど」
「やはり聖属性でないと厳しそうですね」
アメリアちゃんの言葉に、チョージが息を吐いて、前髪を掻き上げた。
「さっき、アメリアちゃんが回復魔法を使っている間、"僕"たちの演奏も変化していた」
「ウム」
「そうなの?」
「ああ、そうだ。アメリアちゃん、これを」
チョージは頷いて、アメリアちゃんにマイクを手渡す。たまにしかコーラスしないけど一応置いてあるチョージ用のマイクだ。
「君も一緒に歌ってくれないか」
「えぇ!? そんな、無理ですっ」
「君しかいないんだ。君の聖属性がなければ、"僕"たちは勝てない」
「ですが、わたしの魔力では……」
そういえば、俺のスキルって。
「そっか、俺と一緒に歌えば、増幅されるかもってこと!?」
チョージが頷く。
「音を合わせなくてもいい。外れていたっていい。ただ聖属性を使おうと願ってくれればそれでいいんだ」
チョージにぐいっと背中を引っ張られる。
「あとはコイツが何とかする」
いや何とかできんのか知らんけども。
「そんな……わたし、みなさまの歌を知りませんし……」
「昨日歌って見せた新曲、あれならどうかな。あれの方が、聖属性を乗せられそうな気がする」
アメリアちゃんの怪我も治したわけだし。あの曲なら聖なるイメージがちょっと合うし。
「イルカが言うならそうしよう。アメリアちゃん、ワンフレーズだけでもおそらく問題ない。一緒に歌ってくれるだけでいいんだ。ハミングでいい」
「わ、わかりました」
楽器を再び出して、壊れていないか確認する。吹っ飛ばされたりしてるのに楽器が壊れないのは有難い。
「もうすぐ壁が破られる。そうしたら演奏開始だ」
チョージがベースの調子を確認してから、みんなと目線を合わせる。
「イルカ、タイトルは」
ドラムを確認していたアオイが聞いてきた。
「ああ、やっと決まったよ」
ギターを鳴らす。音はしっかりと出ているようだ。何だろう、初めて演奏するのがあんな化け物の前だと言うのに、さっきのような手の震えがない。
この曲は、俺にとっては勇気の歌なのかもしれないな。
「タイトルは―――『カンパネラ』」
―――終焉と祝福を歌え。
◇
真っ暗な道を歩いていた。
誰も知らない、先の見えない道を。
彼が足を踏み出せば、その足は虚空を踏み抜いた。
一寸先が崖だなんて、一体誰が気付いただろう。
誰かが振り下ろした我欲という名のハンマーが、彼の未来を壊したとして、一体誰がその罪を暴くだろう。
鐘が鳴った。
この世界に、終焉を齎すと決めた音が。
みっともなく這いつくばって、崖を越えようとする愚か者を。
嘲笑った。
この世界には、何の意味もないと決めつけていた。
こんなことは間違ってるって、誰が言ったんだお前の声か。
叫んだって無駄だろう。
それでも足掻くというのなら、お前がその手を振り上げろ。
振り下ろしたその先に。
誰かを救う歌になれ。
土砂降りの泥を飲んでいた。
誰も知らない、名前もない歴史を。
彼が手を伸ばしても、その手は虚空に泳ぐだけ。
一寸先は闇だなんて、一体誰の言葉だろう。
誰かが振り下ろした正義という名の聖剣が、彼の過去を刻んだとして、一体誰がその罪を裁くだろう。
鐘が鳴った。
この世界に、祝福を齎すと決めた音が。
みっともなく這いつくばって、泥をかき集める愚か者に。
火を灯した。
この世界には、戦う意味があると蹴飛ばすように。
こんな僕でも歌うよって、誰が言ったんだお前の声か。
がなったって無駄だろう。
それでも立つというのなら、お前がその手を振り上げろ。
斬り開いたその先に。
誰かを救う歌になれ。
この始まりを愛するならば、あの終わりを愛せよ。
この始まりに願うならば、あの終わりに祈れよ。
振り下ろしたハンマーも、斬り開いた聖剣も。
未来を壊すためじゃなく、過去を倒すためじゃなく。
この歌を遠くに届けるためのカンパネラ。
響かせればそれでいい。
―――鐘が鳴った。
この世界に、光を齎すと決めた音が。
鐘が鳴った。
この世界に、救いを齎すと決めた音が。
みっともなく這いつくばって、泣き腫らした孤独な心に。
火を灯した。
この世界には、生きる意味があるよと叫ぶように。
こんな僕でも戦うよって、誰が言ったんだお前の声だろ。
泣いたって無駄だろう。
それでも足掻くというのなら、お前が出せよ全身全霊。
振り絞ったその先に。
誰かを救う歌になれ。
今回の後半ように、たまに歌詞が挟まってきます。雰囲気なのでふわっと楽しんでもらえたらハッピーです。
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