6話 何とかならんかこのチキンハート
◇
目が覚めて、顔が濡れていることに気が付いて、慌てて布団を被った。
三年経ってもいまだに夢に見るなんて。そりゃショックだったけど、いい加減女々しすぎないか? と自分につっこむこと数分。
涙も拭えたのでもそもそと起き上がり、早朝練の開始だ。
とはいえ、こんな狭いダンジョンのセーフティエリアの中じゃ発声練習できないので、筋トレだけしてあとは音を出さないように指を当てるだけにするか。
しばらく隅っこで指の確認をしつつ歌詞を練っていると、アメリアちゃんが起きたのか俺の目の前に移動してきた。
また物珍しそうにギターを眺めている。
「えっと、おはよう。弾いてみる?」
「おはようございます。良いのですか?」
そんな風に目をキラキラと輝かせられたら、期待に応えないわけにはいかないよな。
ギターを渡せば、アメリアちゃんはガラスに触れるみたいに、そっと弦を弾く。
「―――っ」
すごい嬉しそう。何度も弦を弾いて楽しそうにするので、簡単そうなコードを教えて、弾いてみてもらう。楽しそう。
「わたし、楽器を弾くの初めてなんです!」
「へぇ、楽器って珍しいの?」
「はい、とても。貴族の方か、貴族に仕えている家系の方くらいしか持っていないと思います。リュートを持った吟遊詩人も、この国では見かけたことがありません」
「まあ、モンスターも出る旅路じゃ危険すぎるもんな」
「いつか吟遊詩人を見てみたいと思っていたんです。みなさまはお伽話に登場するような吟遊詩人とは違うようですが、楽器を弾く姿はとても素敵ですね」
うおっ、満面の笑み。建物の中なのに御来光浴びちゃったみたいに眩しい。直視できん。
「ありがとうアメリアちゃん。君に褒めてもらえるだなんて天にも昇る心地だよ」
眩しがってたら猛スピードでチョージに割り込まれた。
俺の膝の上に寝っ転がる勢いで来たのでめちゃくちゃ邪魔。
退かそうと押しても重くて動かないんだけど。
おい、そのままアメリアちゃんに他のコード教え出すな!
「イルカ、発声練習しなくていいのか? 日課だろう」
「え……あー、まぁ、ここ狭いし、うるさくしちゃうからさ」
「関係無かろう。気にせずやれば良い」
「はい、わたしも気になりませんよ」
「アメリアちゃんがそういうなら……」
チョージに退いてもらって、さすがに別の隅っこに移動する。壁の方を向いて、日課の発声練習だ。
結構音が出るので、アオイも起きたようだ。肉を焼き出している。
あれ、これ程良くチョージに退かされたんじゃね?
アメリアちゃんと二人で話してたから……。
まさかね。
◇
イルカが発声練習をしている間。
「みなさまはどこの国からいらしたのですか?」
「君は、いや、この世界の誰も知らない国から来たんだ」
「えっと?」
「ふふ、知らない方がいいということさ。秘密の多い男は嫌いかい?」
「チョージさまはお優しいですよ」
「うん、お食べ」
チョージは一人で食べるために隠し持っていた果物をアメリアちゃんに手渡した。
「わぁ、ありがとうございます」
しゃくりと小さな口で食べる姿は可愛らしい。
「チョージ、肉焼けた」
「ああ、遠慮しておくよ」
「そうか」
アオイは断られても特に気にした風もなく自分で食べていた。
「みなさまは仲がよろしいんですね。長い付き合いなのですか?」
「かれこれ三年になるよ。組む前から知っていたけれど」
「顔見知りではあったのですね」
「アオイとは十年前くらいからの知り合いだ。アオイのドラムは昔から素晴らしかった」
「チョージ、ベース、ずっと上手い」
「イルカさんのことも古くからご存知だったのですか?」
「アイツとは比較的最近になる。組む一年前から見かけていた」
「イルカ、歌、上手い」
「はい、わたしもそう思います!」
「まあ、本人は自分の実力を理解してないようだが」
「そうなんですか? 本当にお上手ですのに」
イルカはまだ壁に向かって発声練習を続けている。
「アイツは、自分が前のバンドメンバーに捨てられたのは、自分の実力が足りなかったからだと思っているからな」
「捨てられた……」
「イルカ、捨てる、馬鹿な行為」
「そうだな。奴らはいずれ思い知るだろう。あんなクソバンドでも集客力があったのは、パトロンの力ではなかったとな」
「ウム」
「なにやら込み入った事情があるのですね!」
アメリアちゃんはゴシップが好きなのか、心なしか楽しそうに話を聞いている。
「イルカ、歌、力、ある。自信、持つだけ」
「……だな」
「ふふ、お二方とも、イルカさまを大切に思っていらっしゃるのですね」
◇
だああぁぁぁぁ!!!
こんな、狭い空間で、頑張って耳塞いでたけど!!
丸聞こえなんだよぉぉぉおおお!!!
恥ずいわ!! やめろ身内自慢みたいなやつ!!
キチィわ!!!
てなわけで話が終わったあたりを見計らって戻れば、チョージはニヤニヤしてるしアオイは肉食ってるし、アメリアちゃんも聖母のような笑みを浮かべている。
居た堪れない! やめて!!
「おや? 随分気合の入った練習だったんだなぁ。顔が赤いぞ? ん?」
「うるせー!!」
絶対わざとだろ!?
チクショー! とヤケクソ気味に肉を齧り、身支度を済ませてセーフティエリアを後にした。
ダンジョンの中央へ向かう道中は、あの青白い化け物程ではないが、そこそこ気持ち悪い化け物がたくさん出てきた。
「スケルトンです! 火魔法か聖魔法が効くそうですよ!」
とか。
「わ、ゾンビです! 初めてみました……こちらも弱点は同じです」
とか。
「お怪我をされてますね……今治します」
とか。
……アメリアちゃんマジ有能すぎる!!
それに比べてチョージはすぐアメリアちゃん口説くし、アオイはいっぱい焼いておいたらしい肉を齧ってるしで全然集中できてない。
おかげで俺が演奏ミスってバリアが一回破られた。
化け物に齧られてマジ怖かった。
そんでもって回復魔法? 治癒魔法だっけ?
あれ、すごいね。
ちょっとあったか〜い光に当たってたら痛みも傷も消えてんの。肌まで綺麗になっちゃって。
あれは魔法すぎる。流れた血どこいったんだよ。
俺がやったらしい風属性の治癒魔法は全然汚れっぱなしだったのにね。
この力が大したことないだって?
アメリアちゃん謙遜しすぎでしょ。
リッチもこれで倒そうぜ!
「大きな扉……この先に、ボスモンスターが居るはずです」
一本道を進むと、大きな扉の部屋に着いた。特に何の変哲もない鉄製の扉がそこにあるのみで、周りには何もない。
化け物も出てこないようなので、ここで体制を整えられるのだろう。
俺は念の為チューニングをしておく。
さっき怪我した腕も、もうすっかり元気だ。
俺がビビりすぎて怪我したけど、ビビらなければ問題ないはず。
てか、ミスったらバリア弱まるとか鬼仕様すぎない?
チョージとアオイがミスるとこなんて想像つかないし、つまり俺の演奏の出来で防御力変わるってこと?
責任重大じゃない?
「イルカさま、まだ怪我が残っていますか? 顔色があまりよくないようです」
「え? あぁ、ごめんごめん。怪我ではないんだ」
「イルカはビビりだからな」
「うるせー!」
ちょっと弾いてみたけど笑えるくらい手が震えている。
何とかならんかこのチキンハート。
「大丈夫ですよ、イルカさま」
そう言って、俺の手を取ろうとしたアメリアちゃんの手をチョージが掻っ攫っていく。
「そうだぞイルカ。"僕"たちには勝利の女神が微笑んでいる。万が一にも負けることはないさ」
「あれ、あの、えっと?」
「そうだろうアメリアちゃん。次の歌を君に捧げるよ」
「えっと、ありがとうございます……?」
おいコラ、隙あらば茶番すな。
「てか歌うの俺だしそのセリフ言うなら俺だろ!?!?」
ツッコミのせいで手の震えが取れたとか、俺は認めねえからな!?
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