5話 この始まりを愛するならば、あの終わりを愛せよ
セーフティエリアは割とすぐ先にあった。あんな通路で駄弁ってないでさっさと行けばよかったな。化け物に襲われなくて何よりだ。
「ここなら火を起こしても、そちらの通気口から抜けるそうですよ」
「このダンジョンに詳しいね。来たことがあるのかい?」
「いえ、実際に来たのは初めてです。資料で目にしたことがあって……」
道中拾えた帽子をギュッと握りしめるアメリアちゃん。
「飛ばされてきた時、ここがすぐ"ペトラマグナ遺跡"だとわかれば、セーフティエリアに駆け込んだのですが……不甲斐ないですね」
「自分を責めることは無いよ。突然目の前の景色が変われば誰だって驚くさ」
いやチョージは全く驚いてなかっただろ!
しれっと異世界に馴染んじゃってただろ!!
「励ましてくださってありがとうございます。あの、焚き火の準備、わたしも手伝います」
「そうかい? ではこの焚き木を積んでおくれ」
「わ、アイテムボックスをお持ちなんですね。とても珍しいスキルなんですよ」
チョージが何も無い空間から焚き木を出したことに驚くアメリアちゃん。アイテムボックスってスキルだったんだ……。でも、俺たちのステータスのスキル欄には書かれていないので、もしかしたら彼女の言うアイテムボックスとは全く別物の可能性があるな。
珍しいと言うし、あまり表に出さない方がいいだろうか。
チョージが鼻高気味に焚き木を渡すと、アメリアちゃんが丁寧に組み上げる。
……が、バランスが取れずに崩れてしまった。
「む、難しいですね……」
「野宿の経験があるの?」
俺が聞いてみると、アメリアちゃんは頷いた。
「はい。仕事柄各地に赴きますから。ただ、こうして焚き木を組んだり火を起こしたりは騎士の方がされてましたので、見様見真似です」
失敗しちゃいました、と笑うアメリアちゃん。
ナチュラルに騎士って言ったけど、それって護衛だよね。仕事先から転移させられたって言ってたし、今頃騎士の人達慌ててるだろうなぁ〜。
「無事に元の街に戻れるといいね」
「はいっ」
というか、アメリアちゃんの職業ってなんなんだろうね……。
白い服装で聖属性魔法が使えるなんて、それってもしかして……?
突然居なくなったの、だいぶやばい身分の人じゃないです?
「アメリアちゃん、聖魔法について、詳しく聞いてもいいかい?」
チョージの質問に、アメリアちゃんは頷いて話してくれた。
聖魔法は、教会の信徒だけが扱えるというものではなく、単に素質があれば誰にでも扱える魔法なのだとか。ただ、聖魔法に関する知識は教会が秘匿しているので、聖魔法を扱いたい人が教会に多く所属しているらしい。
アメリアちゃんも教会に所属しており、聖魔法の使い手として各地を巡っているのだとか。
「聖魔法は怪我の治療や、穢れた土地の浄化、アンデットになってしまったモンスターの鎮魂が行えます。わたしは小さな魔法しか扱えませんが、聖魔法の使い手はあまり多くはありませんので……わたしのような未熟な者も、巡業して困っている方々を救うお手伝いをしているんです」
で、治療や浄化ついでに布教もして寄進を促してる、と。
感想は避けるけど、"組織"って感じしますね。
「なるほど……今、少し使ってみることは可能かい?」
「えと、はい。使ってみますね」
アメリアちゃんは祈るようなポーズをして、呪文を唱えた。
『かの者に癒しの光を―――"ヒール"』
彼女の手の先から光が生まれてアオイの腕の怪我を癒して行く。
てか、アオイいつの間に怪我してたの!?
「アオイ、それ……」
「この部屋、入り口、狭い」
「あ、ぶつけただけなのね……」
良かったよ大した怪我じゃなくて……。
その怪我も綺麗さっぱり治ってしまう。魔法ってすごいな。
「ほほぅ……風属性の治癒魔法とは違うようだね」
「はい、奇跡の光とも呼ばれてまして、術者の魔力だけで、対象者を消耗させずに治療することができるのです。他の属性とは違い、失った血液すらも治療するのだとか……わたしは、そこまで大きな怪我の治療は行えないんですけどね」
「いや、これだけでも素晴らしい力だ。アオイを治療してくれてありがとう」
「いえ、みなさまも、わたしを治療してくださってありがとうございます。命の恩人ですね」
「お礼のハグは、無事にこのダンジョンから脱出できてからいただくとしよう」
「えっ」
「ハグするなんて一言も言ってねーだろ!!」
油断も隙もないなチョージは。
とはいえ、聖魔法は他の属性とは一線を画するようだ。風属性は対象者の体力が少なすぎるとかえって死なせてしまうのだとアメリアちゃんに教えられ、あの時アメリアちゃんの体力がまだあって本当に良かったと今更ドキドキするのだった。
肉しかない食事を済ませ、自由時間中。
セーフティエリアだと離れて練習することもできないし、隅っこに移動して、ギターに指を当てるだけにして、コードの形を覚える練習をすることにした。
結構むずい。さっき大体のコードは二人に聞いたけど、やっぱ紙に書いておけないのキツい……。
こそこそ練習していると、ふと、目の前にアメリアちゃんが座っていた。ギターが物珍しいのか、めちゃくちゃ凝視している。
「ギター、知らない? まあ、これはエレキギターだけど」
「ぎたぁ? 楽器でしょうか? そういえば、先ほど目が覚めた時もみなさま楽器を持っていらっしゃいましたね」
「ちょうど練習してたからね」
「アメリアちゃん! "僕"の華麗なるベース捌きを見るかい!?」
唐突にボンボン鳴らしてアピールしてきた。ウザ絡みなのに上手ぇのずるいわ。
アメリアちゃんもぱちぱちと拍手している。
「不思議な楽器なのですね。弓が無いようですし、指で弾くだけなんて……」
「それはヴァイオリンだね。異世界あるあるとして時代背景が中世風だとすれば、リュートくらいならありそうなものだが」
「リュートは……吟遊詩人が手にしていると書物で目にしたことがあります」
こらこらアメリアちゃんの前で異世界あるあるとか言うな。
スルーしてくれてるみたいだけどさ。
地球であれば中世でもギターくらいあるかもだけど、ここではあんまり知られてないみたいだな。
「みなさまの演奏、聴いてみたいです」
アメリアちゃんがそう言えば。
「もちろん、今夜は君にだけ捧げるライブをしよう」
チョージがノリノリでベースをかき鳴らし、
「叩ければ、何でもいい」
アオイはドラムセットを一瞬で準備したので、もはや断れない流れである。まあ、断るわけないけどな!
「じゃあ、どれ行く?」
「新曲」
「……だな」
いやまだ練習しきれてねーし!!
あ、ダメだ二人ともやる気満々だ。
「あ〜……その、歌詞も考え中で、変えるかもだけど……一回通しで弾いてみたいのは確かだしな。お粗末な演奏になったらすまん」
「前置きは良い。思うまま歌うが良い」
「ウム」
「おー」
たまーに、ほんのちょーっぴり、期待が重いな、と思うこともある。でも、だからこそ、俺はずっとこのバンドのことだけを考えて生きて来れた。
それに、さっきの感覚。ほぼハミングだったけど、イメージはだいぶ掴めた気がする。
コードは怪しいとこあるけど、最初だし許してくれってことで、やるだけやりますか。
「じゃあ、聴いてください。新曲―――」
◇
雨の日の泥の中に投げ出されたかのような感覚がした。
或いは、ニヤニヤと笑う目の前の彼女にスイッチを押され、俺の足元の底が抜けてしまったかのような。
「―――だから、アンタはクビよ、クビ。ご苦労様」
くねくねと隣のイケメンに絡みついて、歪んだ口元を隠しもしないで吐き捨てたその女は、それだけ言うと、もはや一瞥もくれずに男とその場を後にしていった。
要は、新しい男がデキて、そいつがボーカルのバンドでデビューしたいんだと。
そりゃあ、バンドリーダー兼パトロンはあの女だったわけだし、俺は後から入ったメンバーだったから、他の奴らに比べたら経験も絆も浅かっただろうけどさ。
だからって、こんな捨て方はないだろう。
金持ちは何でもありかよ。
気遣わしげに視線を向けてくれる友人……今となっては元友人のタダヤスと、抗議しようとしてあの女が怖くて声を上げられずに俯くコハル。
遠くであの女の声がすれば、コハルは肩を跳ねさせて慌てて追いかける。
その後を、何も言わずについて行くもう一人の男、ショウ。
タダヤスも、俺の肩に手を置いて、何事かを言っていたのだが、何の言葉も聞き取ることができずにいると、諦めたように去っていった。
俺たちは、男女混合バンドだった。
人気は……どうだろう。あの女の交友関係がとにかく広かったので、それなりに認知度はあったかもしれない。
あの女が作った、自分が輝くためのバンド。それなら、自分でボーカルをやれば良いのに、アイツはシンセだった。タダヤスがベースで、ショウがギター、コハルがドラム。
誰もボーカルをやりたがらなかったということで、タダヤスが友人の俺を引き込んだと言うのが俺たちの出会い。
そこからたった一年くらいの活動だったが、それでも、思い入れはあるもんで。
こんな風に捨てられるだなんて思ってなくて。
今でも夢に見る。
あの最悪の終わりを。
けれど忘れてはならない。この終わりがあったからこそ、新しい始まりがあったのだということを。
ああ、だからこそ、この歌に願いを込めたんだ。
この始まりを愛するならば、あの終わりを愛せよ。
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