4話 誰かを救う歌になれ
「あんな不気味な化け物がいるなんてやばくね? もう外出ない?」
「この遺跡が向こう側に続いてるかどうかは確認したい。このまま進むぞ」
「うぇ〜」
チョージが青白い化け物をアイテムボックスに仕舞う。よく仕舞いたいと思えるよあんな化け物……呪われそうじゃん。
「ソロパート以外で魔法使えないのかな? 毎度即興はキツいんですけど……」
「経験が積めていいだろうが。お前はもっと自分を曝け出していけ」
「ウム」
「お、おう……?」
チョージに諭され、アオイに大きく頷かれてしまった。
いやでも即興は苦手なんだって……。
「チョージ、歌、どうだ?」
「ああ、良いアイディアだな。ハミングだけでも歌で即興を挟んでみろ。感情を曝け出していけ」
「ウム」
「えぇ〜〜?」
絶対「曝け出していけ」って言いたいだけだろ!
ちゃんとしたアドバイスだからツッコミ辛いけどさ。
「の……ノッたらな」
ビビりな俺は、曖昧な返事しかできないのだった。
少し進むと、さっきの青白い化け物が手を引き摺った跡と思われる赤黒い線が床に残っていた。
「これって何の血なんだ……?」
「獣の気配は感じないな。さっきのモンスターは青い血だったことからして、同種ということもないだろう」
「人」
アオイが指を指した先に、人と思われる身体が転がっていた。
「ヒッ!」
ビビる俺。
「まだ息がある」
颯爽と近付いてテキパキとケガを確認するチョージ。
ポーションをいくつも取り出して、次々試していく。
「効果が薄いな。あるだけ使うぞ」
ケチなチョージが珍しい……と思うかもしれないが、これが彼のデフォルトである。
だって倒れていた人が、女の子だったから。
女の子は背中をザックリと裂かれて倒れていた。出血も多いし傷も深い。正直助かるかどうか……。
「イルカ、頼みがある」
「な、何だ?」
チョージがガバッと振り向いて、俺の手を取った。普段は女子にしかやらん行動をしている辺り、チョージも焦っているのだろう。
「歌え」
「はぁ?」
チョージが慣れた手つきでウインドウをパパパッとこちら側に見せてくる。そこにはテキストが書かれていて、
『属性:風
風の魔法が扱える。風属性の治癒魔法が扱える』
『風属性の治癒魔法
自然治癒能力を高める効果。持続回復』
『スキル:伝導
自身、もしくはパーティーの魔法効果を底上げする』
それは俺のステータスの詳細だった。
説明をテキストで見れたんだな……。
「そしてお前は想像力に乏しい」
「急にディスるじゃん」
「だが、歌でなら魔法が扱える」
「さっき撃ってたけどね? てか放せよキショいわ」
さらに強く握られた。痛え。
でもすぐに放されて、またウインドウを操作しだした。
アイテムを取り出したチョージ。
その手に乗せられていたのは。
「替えの洋服一式、欲しくないか」
一式、つまり下着も含まれているということで。
「歌います歌わせていただきます」
別にエサが無くても人命救助のためなら何でもやるけどさ。でもありがたくものすごいスピードで受け取った。
改めて歌えと構えられるとちょっと照れるが、女の子に近付いて、少し考えてみる。
歌で魔法を発動させて怪我を治すなら、今の持ち曲だと効果がないような気がしてくるのだ。
だって『ベノムファング』は感情をぶっ刺しに行く歌だし、『calling』はなんか、化け物がわんさか寄ってくるし……。
治してくれそうな気持ちを込めるとすれば、やっぱ新曲の方がマシだろう。
まだ歌詞が浮かんでないから、ラララでいいか。
精一杯、気持ちを込めて歌うとしよう。
「♪♪♪〜♪〜♪♪♪♪♪〜」
―――どうかこの歌よ、誰かを救う歌になれ。
俺は目を閉じて歌っていたので後で聴いた話だが、俺が歌うと、女の子が緑色の光る風に包まれて、少しずつ血色が良くなっていったんだって。
チョージの大量のポーションの甲斐もあって、俺が一曲歌い切る頃には、女の子の怪我は綺麗さっぱり治っていた。
「魔法ってすげえ」
チョージがテキパキと新しい女性もののコートを用意して、女の子にかけてあげていた。背中がぱっくり開いてしまっているので。
ほんと女子に対してだけ献身的なんだよなぁ。
でもこの男、女の子を大事にしている自分が好きという、とんでもねーナルシスト野郎なので勘違いしてはいけない。
「新曲、よかった」
「……だな。イルカが歌うと全然雰囲気変わるな」
「えっ、解釈違った?」
「そうではない。言っただろう、思うままに歌えと。だからお前が歌ったあの歌こそが、"シュールレアリズム"の歌なんだ」
すごいこと言われてる気がする……。なんか、痒くなってきたな。そろそろ俺にツッコミの嵐をさせてくれないだろうか。今日全然ボケないじゃん。
「で、タイトル、何?」
アオイがもうドラムを叩き出している。多分さっきの歌に合わせて叩いてみているんだろう。早すぎる、まだ歌詞も出来ていないのに。
「まだ決めてない……けど、イメージはさっきの感じ……」
「早く、決めろよ」
「おー……頑張る……」
お前らの曲に見合う歌詞とかタイトルとか考えるのムズイんだって。頑張るけどさ。
チョージも女の子を動かす気がないようで、しばらくこの場で休憩する気のようだ。ベースを出して好き勝手弾き始めている。
「あ〜〜、あのさ……俺からも頼みがあんだけど」
新曲のコード、教えて下さい。
◇
あれから一度配信を切って、コードを教えてもらってそれぞれ自主練をしていた。
「ん……ここは……」
アンプは切ってたけど、普通にうるさかっただろう。しばらくして女の子が目を覚ました。
女の子は綺麗な銀髪をしており、目を開けると、その眼は透き通るような翠色をしていた。
顔立ちも整っていて、控えめに言って超美少女だった。純朴そうなのでチョージの好みとは違いそうだが、女というだけで爆速で近寄るのがチョージなので、目を覚ましたとわかるや否や風になって女の子に近付いてペラペラ語り始めた。
「やあ、目を覚ましたようだね美しい人。君のような少女がこんな場所で一人。心細く揺れる瞳。でも安心して君は一人ではない。この出会いは偶然で必然でしょう? 連れて行くよ完全に安全な場所へ」
エスコートしますよ、と手を差し出すチョージ。
「コラ! 起き抜けで混乱してる奴にラップで口説くな!」
しかも出来が微妙じゃねえか。
余計混乱させてどうする。
「あ、あの……えっと?」
ほらー! 女の子が目をぱちくりさせてチョージを見てるじゃないか!
キョトンとしちゃってるじゃないか!
「ゴホン……すまない。数日もむさ苦しい場所にいたものだから、つい口が滑ってしまった」
口が滑るとラップが出るんだこの男……こわ。
「"僕"の名前は蝶次。気軽にチョージと呼んでほしい」
「あ、はい。ご丁寧にありがとうございます……? わたしはアメリアと言います」
僕って言ってる! ぶりっ子してる!
怖い! こんなにキャラ変わるメンバーが怖い!
恐怖のあまりアオイに縋り付くと、肘で弾かれた。酷い。
チョージに対する女の子……アメリアちゃんは座ったままぺこっと挨拶している。礼儀正しくて良い子そうに見える。
「アメリアちゃんか。素敵な名前だ。さて、どうしてこんなところに居るのか、聞いてもいいかい?」
なんかずっと背景に薔薇背負ってキラキラしてて怖い。女の子の前でキャラ違いすぎだろ。
恐怖のあまりアオイの背中に隠れることにした。今度は放置してくれた。
アメリアちゃんはきょろきょろと辺りを見回して、首を傾げた。
「あの……ここはどこなのでしょうか?」
化け物が来ないのをいいことに、俺たちはしばらく座り込むことにした。彼女の話を聞くに、どうしてこのダンジョンに居るのかわからないのだそうだ。
どうやら、仕事先で急に現れた転移の魔法陣に巻き込まれてこの薄暗い通路に飛ばされたところに、さっきの青白い化け物に追われたのだとか。
あの素早さから逃れられるはずもなく、背中に深傷を負い気を失って、今に至るとのこと。
少女の服装は白を基調とした長袖ロングワンピースだ。質素に見えて、よく見るとめちゃくちゃ細かい刺繍が施されている。
例えが悪いかもだけど高いカーテンみたいな。それが生地と同じ色の糸で縫われているようだった。
靴も白くて、高級感のある革靴だ。首には高そうな装飾品をつけており、所々宝石が散りばめられている。
元は帽子も被っていたそうだが、逃げている間に落としてきたらしい。全部高そうなので見つかればいいが。
「戻れば出口だけど……どうする? 進む?」
自己紹介を済ませた俺が尋ねれば、アメリアちゃんは首を振った。
「ここが"ペトラマグナ遺跡"であるのなら、そちらはわたしがいた街の方角では無さそうです」
「詳しいんだねアメリアちゃん。では反対側にも出口があるということかい?」
もはやセクハラなのではと疑いたくなるが、チョージは自然にアメリアちゃんの手を取っている。
「は、はい……。ですが、中央にボスモンスターがいるんです。とても強力な……」
「安心してアメリアちゃん。"僕"がいればそんなモンスター、一捻りだ」
とんでもねえホラ吹きじゃねえか!
青白い化け物にすら苦戦していた俺らじゃ勝てる気しないんだが。
心配を込めてアオイを見れば、アオイも難しい顔をしていた。やはり厳しいと感じているのだろう。
「あの……みなさまは聖魔法が扱えるのですか?」
「聖魔法? 使えないけど」
「そうなのですね。では、厳しいと思います。ボスモンスターはアンデット……リッチなのです」
リッチ……ファンタジー系の物語で魔法使いの死霊系モンスターとか言われてる奴だな。この世界でもアンデットは聖属性が弱点なのか。
「アメリアちゃんは使えるのかい?」
「えと、はい。少しだけ……」
そう言った後に、小声で「落ちこぼれなので……」と溢すアメリアちゃん。
そこに目敏く反応したチョージがアメリアちゃんの手に自分の手を重ね、視線を合わせる。
「それは素晴らしい。どんな魔法なのか、詳しく教えてくれないかい?」
キラキラしてる。アメリアちゃんはなんか……こういうのに慣れてないのかずっとどうしたらいいんだろうという表情が拭えていない。
そろそろやめさせた方がいいのかな。
「チョージ、飯だ」
そこにアオイの一言! さすが"シュルレ"の大黒柱! 引き際がわかってるぅ!
アオイの一言で、チョージはサッと手を放した。まあ、女の子の扱いに慣れてるんだからチョージも分かってないわけがないよな。
「ここで火を焚くわけにはいかないよな。一回外出る?」
「いえ、それならこの少し先にセーフティエリアがあるはずです」
リッチをチュートリアルボスモンスターにすな。
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