3話 ついに俺も魔法使いに
◇
まだ陽も明けきらない。黎明より少し前。
ぐっと下がった気温が、身体の芯に突き刺さる頃。
物音を立てないように、こっそりとその場を離れ、距離を開けたところで穴を掘った。
穴は深めに。出る時はちょっとずつ土を盛ればいいかなって思っている。
ここまで掘れば音漏れしないだろう。それでも大声はやめておこうかな。
軽くストレッチと日課の発声練習をして、ボイスレコーダーを鳴らして音を覚える。まずはメロディ部分を歌えるようにしよう。歌詞製作に役立つだろうし。
「♪♪♪〜♪〜♪♪♪〜」
高いなぁ。発声練習してからの方がいいな、これ。
でも、もし喉枯らしたとしてもポーションで治ったりして。
それにしても、綺麗な音だなぁ。チョージが作るタイプの曲じゃないように思うけど……アオイの意見も入ってるのかな。
メロディはある程度掴んだので、次にギター部分を覚える。超ゆっくり。何せ楽譜ないんだもの。チューナーだけは付けっぱにしてたので、それだけが命綱かもしれない。
音を聞いて、コードを弾いてみて、違ったらちょっとずつ変えて合わせていく。
コードがわかったら紙に書きたいけど、紙がない……一旦地面に書いて覚えるしかないか。
わかったか、俺に音感はないんだ。
俺の三年間のギター修行の成果が試されている!
結局、陽が昇る頃までにイントロしかわからなかった。いっそ時間もらって二人に聞いた方が早い気がする。
盛り土をしながら穴を脱出して焚き火に戻れば、二人も起きていて、それぞれ白湯を飲んだり肉を食ったりしていた。食い物が肉か果物しかないけど、朝から肉たらふく食えるんだからアオイの"頑強"はすごいな……元からかもだけど。
「イルカ」
「お、さんきゅー」
チョージが白湯を淹れてくれた。優しい。
身体を温めていると、チョージがアイテムボックスからジャケットを出して渡してきた。かなり冷えると思っていたんだ。半袖ジーンズは辛すぎた。
「えっ、優しい……」
「俺様はいつも優しい」
「ヒント、昨晩」
「やらんぞ?」
「要ります、要ります。ありがたくいただきます」
化け物皮で作ったジャケット。一枚で全然違う。寒かったのが一気に楽になった。
チョージはコート。アオイにはノースリーブの革ジャンを渡していた。アオイは冬でもノースリーブの時がある。筋肉があるから服なんて要らないのだろうか。それは暴論か。
「今日はやっぱりあの遺跡に入るの?」
「反対側に出口があるかは不明だがな」
「森の中を歩くよりはマシかぁ」
身支度を整えて出発する。
焚き火の処理は、何と燃えたままアイテムボックスに放り込めるのでそれで処理している。
次に出した時はただの墨になっているのだが、火は付きやすいのでリサイクルできてしまう。便利すぎる。
面白そうだという理由で、チョージが早くも配信開始した。電池という概念がないのか、今のところ一度も充電していない目玉カメラが、ギョロりと辺りを見回した。
遺跡の門は、人が一人通れる分だけ開いていた。
アオイの胸筋がありすぎて詰まりそうになりながらも、何とか通り抜けて中に入る。
「アオイ、イルカ、構えておけ」
入ってすぐ、チョージが言った。自身もすでにベースを構えている。
俺たちもそれぞれ楽器を構えるが……。
「アオイってドラム構えたら動けないよね」
「これ、持つ」
スティックだけ握りしめるアオイ。ギターとベース肩にかけた奴とスティックだけ持ってる奴……どう見ても探検する奴らの格好じゃない。
「チョージ、なんかわかるのか? 楽器構えろって」
「血の臭いがするからだ」
「えっ」
「確かに、ここ、臭う」
「お前ら鼻良いな……」
ちなみに俺は全くわかりません!
じめじめしてて水っぽい臭いがするくらいで、他は何も感じない。
苔が生えているからか、全体的に緑っぽい石造りの遺跡で、ところどころに生えているキノコがぼんやり光っている。
光源はあるが、それでも薄暗い。
じゃりじゃりした細い道を慎重に進めば、分かれ道にぶつかった。
「罠とかあんのかな」
「あるだろうな、ダンジョンなら」
「ダンジョンなんだここ……」
「マップの左上に書いてあるぞ。"ペトラマグナ遺跡"とな」
「名前なんてわかんの!? 早く言ってよ!」
使いこなし過ぎだろ異世界の力を……。
ナチュラルに受け入れててすごいよ。
ダンジョンって、ゲームとかで出てくるアレだよな。モンスターがたくさんいたり宝箱があったりギミックがあったりするアレ。
罠があったとてわかんないよな。串刺しになったら嫌だなぁ。
「んで、右左どっち行く?」
「右」
「左」
割れた。
アオイとチョージが睨み合い、その場で相撲を始め……五秒でチョージが負けたので左に進むことになった。
勝負でアオイが負けたところを一度も見たことがない。力じゃ絶対アオイに勝てないのに、意見が割れた時何故かパワー勝負するんだよな、この二人。
左の道に進むと、前方から、ひた、ひた、と足音が聞こえてくる。
俺にもわかるくらいに、血の臭いが漂ってきた。
「―――アオイ」
「応」
アオイもドラムセットを出した。俺もマイクスタンドを出して準備を整える。
通路の奥の暗がりから、青白い足が見えてくる。
それは異様に細長く、骨ばっており、次いで地面を擦るような青白い腕が。
遅れて、真っ赤に汚れた手が見えてくる。
手足には鋭利な爪があり、見上げれば、天井に収まっていないソレは首を傾げるように折れており、こめかみを天井に擦り付けながら、一歩一歩ゆっくりとした足取りでこちらに向かってきていた。
そして、その口は三日月型に歪められており、真っ赤に汚れていて―――。
「ヒッ……」
「イルカ」
アオイがスティックをかき鳴らす。
誘われるように、反射的にギターを掻き鳴らした。
バンドの配置的に仕方ないんだけど、俺絶対最前列になるの怖すぎんだけど。
ちなみに俺はホラー超苦手です。二人には強がって言ってないけど。
『ベノムファング』を歌い始める。
直後ガキィンと音が鳴って、ヤツの腕が弾かれたことがわかる。
攻撃モーションが全く見えなかった。
バリアが少しでも遅ければ死んでいた。
間一髪のところで生き延びているけれど、ずっと死と隣り合わせの状況には変わりない。
足が震えないはずもなく。
声だってぶれそうになる。指先もあり得なくらい冷えている。
けれど、後ろの二人からはいつもと変わらず素晴らしい演奏が聞こえてくる。ほんと、肝が座りすぎてて頼もしいったらないよ。
ここで俺が歌うのやめたら、ギターを弾くのをやめたら、多分このバリアも消滅するだろう。
何でかわかんないけど、このバリアは三人で演奏しているから出ている気がするんだ。
だから俺だけ足を引っ張るわけにはいかないんだ。
「♪―――――ッ!!」
感情をぶつけるタイプの歌でよかった。勇気を振り絞って声を出せる。
細長い化け物は何度か腕を振り回したあと、攻められないとわかると悩むような仕草をする。
やばい。
バリアに弾かれれば反射で攻撃できるが、攻撃されないといつまで経っても倒せない。
曲が終わるまでに倒せなければバリアが消えてジ・エンド。何か手を打たなければ。
「イルカ!」
「っ!」
チョージが前に出てきた。即興でソロパートを挟んできたのである。
すると、チョージの前面に氷の礫が現れて、ソロパートの終了と同時に発射された。
「はぁ!?」
魔法使ってる! ファンタジーっぽいことしてる!
でも、あんまり効いてないようで、少し怯みはしたがピンピンしているように見える。
「屈め」
流れるようにドラムソロが始まり、俺とチョージが端によけて屈む。通路が狭すぎるので。
アオイの目の前にでっかい火の玉が出来てきて、それもソロパートの終わりと共に発射される。
ドカン! と大きな音と煙を上げて直撃する。少し効いたのか、軽くよろけている。
「チッ」
曲的にドラムパートを長々やるのはポリシーに反するのだろう。すぐに元のメロディラインに戻った。
けれどヤツがキレたのか、腕をぶんぶん振り回してバリアを攻撃してきてくれた。
反射ダメージが入っているはず。
このままいけば……!
「イルカ、お前の番だ」
「!?」
やめろ!! 即興に激弱の俺にソロパートを振るな!!
ダメだ! チョージが腕を頭の後ろに組んで譲ってくる。
アオイもやれというオーラを出してくる。
こうなっては逃げられない。
「……やってやんよチクショー!」
ヤケクソでギターをかき鳴らした。
ズドンッッッッ!!!
天井があるのにヤツの頭上に雷が落ちた。結構デカかった。
「ついに俺も魔法使いに……」
「はよ続き歌え」
「あ、はい」
締まらないゲリラライブ(観客は黒焦げの化け物一匹)は、筒がなく終了したのだった。
演奏しながら魔法出すシーンが書きたくて。
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