2話 新曲、ほしい
◇
焚き火の周りで一晩過ごした。スプラッタ映画も真っ青な惨劇の現場の近くで寝るなんて、プロ(?)からしたら自殺行為だっただろう。
けれど、俺たちはあれから化け物に襲われることなく朝を迎えることができた。
「腹が痛い……」
そして、俺だけ腹を下した。
肉は結構ちゃんと焼いたはずなのに……ほぼレアで食ってたアオイや、あんまり気にしてなさそうだったチョージも平気だったのに、俺だけアウト……。
茂みで木の棒を使って頑張って穴を掘っていると、チョージに肩を叩かれる。
「掘りたい分だけアイテムボックスに仕舞えばいい」
「……天才かよ」
カッコよく去っていくチョージ。敬意を込めてトイレの神様と呼んでやろうか。
水については、チョージが氷魔法を使えるので、それをアオイの火魔法で溶かすことで確保できた。
器も木を集めて合成や解体を駆使すれば皿や器がすぐ作れた。
便利な異世界生活である。
水分補給をしながらたまに茂みダッシュしつつ、俺たちは森を進む。
ぶっちゃけ寝込みたい気持ちはあったけど、あんな血生臭いところで二晩も明かしたくない。気合で歩いた。
道は、ウインドウの中に地図というメニューがあるのだが、歩いたところしか見えないようで、他はモヤがかかっていて見えない。
どっちに進んだら良いかもわからないが、ひとまず日が昇る方に歩いてみることにしていた。
途中、それっぽい草を千切ってアイテムとして収納しまくって、合成を試す。
整腸剤みたいなものが作れないかと思って……。
結果、できたのは飲む傷薬……ポーション(小)と、解毒薬(小)。
飲む前に効果が無ければウインドウとして忠告が出てくるようで、どちらも試す前に効果がないと表示された。
俺の腹痛には効かないらしい。
「イルカ、ギターを構えろ」
「へ?」
チョージとアオイが急に楽器を構える。
この二人の適応力どうなってんのと疑いたいのだが、化け物が近付いて来るとこうしてすぐ楽器を構える。
俺も一呼吸遅れて楽器を構えるとゲリラライブが始まる。
持ち曲が二曲しかないので『ベノムファング』か『calling』になるのだが、今回は『calling』だ。
何でか知らないけど、この曲の時だけ化け物共がわんさか突撃して来るんだよな……。終わった後は周りの化け物を狩り尽くすのか、しばらく出てこなくなるけど。
「配信開始」
チョージはゲリラライブが始まる時、たまに目玉カメラを出して配信を始める。そんで一曲終わると切る。
このままじゃ生存確認のように同じ曲を配信しまくってる謎配信者になっちゃうよ。
「新曲、ほしい」
「……だな」
こんな状況下でも創作しようと思えるお前らを心から尊敬します。
日が暮れ始めた頃、長く続いていた森の向こうに光が見えた。
「おい見ろよ! 森を抜けるぞ!」
腹の痛みも嘘のようにいなくなり、俺たちは駆けた。
光の向こうには……。
「遺跡……?」
断崖絶壁の下に出て、目の前には明らかに文明の手が入っていると思われる門があった。崖を切り出すように掘られた建物で、耳の尖ったゴブリンみたいな石像が並んでいる。
「どうする?」
振り返れば、二人はもう焚き火の準備を始めていた。こういう時なんも声かけてくれないんだよなぁ。
二人揃って自由人すぎるので。
「入る前に一泊するなら言ってよ……」
「新しい肉、食う」
「肉食べたかっただけかぁ〜」
今日はマジでしっかり焼いてから食べよ……。
あと道中果物っぽいものも取れたので、合成先のリストから安全性を確認して、ジュースと表示されるやつだけを食べてみようと思う。
ちなみに、ジュースと表示されなかったやつの合成先には「ポン爆弾」とか、「麻酔弾」とか書かれていた。危険なやつだった。
「配信開始」
チョージが晩飯の配信を始める。
ほんと、どこに向かって配信してるんだろうな。
しかもチョージは開始だけして視聴者向けになんも言わないんだよなぁ。
てことで俺が代わりに説明してみる。
「えー、みなさん見てください。なんと謎の遺跡みたいなとこに着きました。もう暗いので入るのは明日にして、今日はここで飯を食います。途中採れた果物も映しておきます。手掛かりになればいいな……。今日は俺だけ腹を下しましたがおおむね元気です。でも遭難していることに変わりないので、誰か助けてください」
「イルカ、肉焼けた」
「おうさんきゅー……って、まだレアじゃねえか!? えー、俺たちの自己紹介がまだでしたね。てことでこのレア肉狂いの筋肉がアオイでドラムやってます。こっちの澄ましてる女狂いがチョージでベース。俺はイルカです。ギタボです。バンド名は"シュールレアリズム"!みんなよろしく!」
もう何度か短い配信をしていたけど、やっと自己紹介ができたな。
シュールレアリズムの名前だけでも覚えてもらおう。ゲリラライブの配信もしてるわけだし。
てことで配信を切って、肉はしっかり焼いて食った。
夜。
焚き火を囲んで雑魚寝していると、もぞもぞと動く音がして、自然と目が覚めた。
音の方向を見れば、チョージがあったかそうな布団をかけて寝ているではないか。
この男、一人で獣の皮を合成して布団作ってやがる……。
アオイも目が覚めたのか、チョージの布団を見て一言。
「ずるい」
次の瞬間、布団の取り合いが始まった。
そしてたった一秒でアオイが勝利してぬくぬくと眠り出した。
チョージは再び布団を合成したのか、新しい布団を出して寝だす。
「いや俺にもくれよ!!」
「えー?」
布団から顔を少しだけ出してドヤ顔して来るチョージ。
倒した化け物は大体チョージがアイテムボックスに入れているので、俺は材料がないのだ。
「代わりに何してくれんの?」
「何もねーけど頼むよチョージ……俺風邪ひいちゃうよ……今日腹下したの、寒さもあったと思うんよ……」
「えぇ〜?」
ふーん、そういう態度なんだ。こんな極限状態で独り占めとかしちゃうんだ。ふーん。
「うわ、入ってくんな」
「寒いんだよ!! もう腹下したくないんだよ!!」
「狭い! アオイの方に行け!」
「アオイの方にそんな隙間があるわけねーだろ! 見ろよあれ! あんなんほぼ寿司だぞ! 布のサイズ足りてないんだぞ!」
「上に乗ればいいだろうが! あれは湯たんぽレベルであったかい筋肉だろう!」
「いーやーだー! 作ってー!」
秘技、わがまま作戦である。たまにやる。
女狂いのチョージが野郎と同じ布団で眠れるわけが無かろう。
「くっ……仕方ないな」
結果、俺の縋りつき攻撃に負けたチョージがあったかい布団を作ってくれたのだった。
これで俺のお腹は守られる!
「イルカ」
さあ寝ようとしたところで、アオイが俺を呼んだ。
「何?」
顔だけそちらを見れば、アオイは空を見上げておりこちらを見ていない。
自然と同じ方向を見れば、満天の星が広がっていた。すごい綺麗。
昨日は森に囲まれていて見えなかった夜空だ。
「歌詞、作れ」
「え? もう新曲できたの? 早すぎない?」
「チョージ」
アオイがチョージに声をかけると、チョージがアイテムボックスからボイスレコーダーを取り出した。
「そんなのあったんだ」
「ライブの時ポケットに入れたままにしていたものは持ってきているようだ。スマホは流石に楽屋に置いてきたから無いがな」
なんでライブ中にボイスレコーダー持ち歩いてんのとツッコみたいが、確かチョージはハミングをボイスレコーダーに録音して、その音源を元にアオイと作曲するタイプだ。常に持ち歩いているのだろう。
「ここに、ライブ前に作っていた曲が入っている」
チョージが再生ボタンを押す。それはハミングではなくピアノだった。
アオイがピアノも弾けるので、チョージのハミングを伴奏付きの曲に起こしているのだとか。
それはシュールレアリズム初の高音の曲だった。今ある二曲はアップテンポの売れ線系の曲なので、そこまで高い音域を使っていない。サビのメロディでテンポが変わるのも面白い。
というかサビも含め高音が多い気がする……。
「俺、これ歌えるのか……?」
「イルカ、お前の音域はもっと広いはずだ」
「え……」
二人の前で音程の高い歌歌ったことあったっけ……。
「お前がヒトカラで女性アーティストの曲を原キーで歌っているところを見たことがある」
「え゛……」
ヒトカラ見られてるとか恥ず……。
いつだ……いつ見られたんだ……。
変な歌歌ってなかったよな……!?
ボイトレ通う金がないから動画とか見ながら自己流で発声練習してる時にしかカラオケに行かないのだが、それを見られてたということだろうか。
「見てたんなら声掛けろよ」
「動画は撮ったぞ、ドアの外から」
「やめろよ!? 盗撮じゃねえか!」
まあスマホは手元に無いわけだけど。
「はぁ……歌詞かぁ。わかったけど、いつもの如く遅いよ?」
「構わん。思うまま歌うがいい」
チョージから渡されたボイスレコーダーを受け取り、再生する。
尊敬する二人の新曲だし、下手な歌詞は付けられない。ちゃんと考えよう。
メロディはできているし、伴奏もほとんどギターのコードで弾いてくれるので、俺の練習はこれでできる。チョージとアオイは天才なのでフィーリングで合わせられるんだとか。
それでも、歌詞ができてから固めるタイプなので、しばらくは演奏しないだろう。
それにしても、この落ち着かない環境でいつ練習しよう……絶対めちゃくちゃ練習しないと二人について行けないんだけど……。
これから早朝練と深夜練しよ……。
盗撮、ダメ、絶対。
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