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26話 『ゆっくり』

 ◇



 宴の席は夜明けまで続いた。次々と飲み潰れて酔っ払い戦士たちが倒れていく。


 俺もいつの間にか机に突っ伏して気絶していた。

 ちょっと寒気を感じて目を覚ませば、少し離れた所でデトマールが他の騎士とまだ飲んでいた。

 ただ、無言で酒を啜ってる感じだったけど。

 その顔は哀しみに暮れていて、恐らく助からなかった人たちのことを思っているのだろう。


 水を煽って辺りを見回すが、アオイやチョージの姿は見当たらなかった。


 ちょっと風に当たりたいかも。

 あそこに行こう、小高い丘の、公園に。


 ふらつく足で彷徨うように、階段はめちゃくちゃゆっくり、時間をかけて辿り着く。


 体力もそうだけど、酒飲み過ぎたかも。


「ふー……風気持ちー……」


 明け方の澄んだ空気が頬に当たれば、少しずつ意識が覚醒していく心地がする。


 しばらく何も考えずぼーっと過ごしていると、背後から足音が聞こえた。


「?」


 振り返ると、そこにはアメリアちゃんがいた。


「……アメリアちゃん?」


 アメリアちゃんは無言で、じっと俺を眺めている。


「隣、座る?」


 ベンチの隣を勧めれば、しばらく考えた後、結局隣に腰を下ろした。


「いやー、大変だったねぇ」


 返事はない。


「お酒飲み過ぎちゃったよ。二日酔いにポーションって効くと思う?」


 冗談混じりに話題を振れば、アメリアちゃんは、怒っているような、泣きそうな顔で俺を睨んでいた。


「アメリアちゃん」


 震える彼女の気持ちは、ちゃんとわかってる。


「……大丈夫だよ。もう大丈夫。スタンピードも終わったし、危機も乗り越えた」


 アメリアちゃんの顔がクシャッと歪む。


「―――俺たちは生きてるよ」


 彼女の頭が、肩に触れて。

 治るまで、そのままで。


 意外とあったかいんだね、涙って。

 すぐに朝の風が吹いて冷えちゃったけど。


「…………イルカさま」


 鼻声だなーなんて言ったら一本背負いされちゃうかな。


「……飲み過ぎです」

「いひゃい」


 思いっきり頬をつねられた。何故だ。


「アースドラゴンがいたなんて聞いてません」


 アメリアちゃん気絶してたもんね。


「そんな、強大な魔物相手に、たった三人で挑んだなんて聞いてません」


 あの時は他に誰もいなかったからね。あのブレイズでさえ吹き飛ばされてたし。


「そんな危険なことをしていたなんて、勝てなかったらどうするつもりだったんですか……っ!」


 絞り出すような声。

 それはもう、心配しただろう。起きたら全部終わっていて、でも気絶した後に強大な魔物が現れていたなんて。

 衝撃だっただろうし、戦ったのは素人の俺たちだし。アメリアちゃんが目を覚ました時は、きっと俺たち全員気絶してただろう。俺なんて顔色青通り越して黒かったらしいし。


 それはもう、驚かせただろう。


 俺の頬を掴んでいる、もう殆ど力の入っていない手を取った。

 これだけは伝えよう。


「―――それでも、逃げなかったよ。あの場にはアメリアちゃんだって居たんだから。どうあっても歌い続けたよ」


 アメリアちゃんの顔色は、あまり良くない。気絶以降寝ていないのか、隈ができてしまっている。

 グッと堪えているようだけど、また目の端から雫が溢れていく。


「アメリアちゃんも、無理し過ぎだよ。起きてからもずっと回復魔法使ってたんでしょ」

「わたしには……それくらいしか……」

「もー、まだそれ言う?」


 俺はアコギを取り出した。

 即興は得意じゃないけど。

 この意地っ張りに歌を贈ろう。


「ねえ、アメリアちゃん。街を救ったのは俺たちじゃないよ。アメリアちゃんなんだよ。沢山の人を助けて、勇気付けて、力を与えて。そしてこの騒動が完全に落ち着くまで、アメリアちゃんはまだまだ奔走するんでしょ?」

「それは……」

「聖女だから? 違うよ。それを当たり前だと思えるアメリアちゃんは、英雄なんだよ。この街の英雄。救世主様」

「それは違うと思いますけど……」

「いいや、違わないね。それに、これからそうなるんだよ。だから……」


 この後も、きっとまだまだアメリアちゃんは頑張るんだろう。だから、この後も走れるように、俺に出来ることをするだけだ。


 弦を弾く。

 今だけは、アメリアちゃんがゆっくりと休めますように。

 今だけは、この戦いに傷付いた全ての人が、ゆっくりと休めますように。


 たとえ短くとも、君に歌を贈ろう。



 ◇



 夜明けの雨上がりを初めて見たような気がする

 争いの傷痕を癒すためのメロディを奏で

 しとり、しとりと寄り添うように

 ひとり、ひとりの頭を撫でる


 今はゆっくり、ゆっくり、目を閉じて息を吐いて

 ゆっくり、ゆっくり、明日を目指すため


 顔を出した朝日が天に昇る頃には、きっと

 鮮やかな笑顔が広がるだろうから

 一歩、一歩前に進んで

 ひとつ、ひとつ思い出を抱えて


 今はゆっくり、ゆっくり、目を閉じて息を吸って

 ゆっくり、ゆっくり、大丈夫側に居るよ


 だからゆっくり、ゆっくり、目を開けて空を見上げて

 ゆっくり、ゆっくり、一緒にメロディを奏でよう



 ◇



「♪〜」


 歌い終わって隣をみれば、アメリアちゃんは目を閉じて眠りについていた。

 落ちるような眠りだ。夢は見ないだろう。


 なんかかなり魔力減った感じするし、魔法使っちゃったっぽい。


 アメリアちゃんの頭を膝の上に乗せて、太陽が真上に昇るまで、ぼんやりと朝の空気を堪能するとしよう。




 広場では、聞こえるはずのない歌が流れて、どれだけ酒を煽っても眠りにつけなかった戦士たちが、一人、一人、目を閉じていく。その目尻には光るものがあったが、咎めるものは誰もいない。


 片付けをしていた女性たちが、その様子を見て微笑んだ。近くから毛布を持ってきて、その肩に掛けてあげていた。




 聞こえるはずのない歌が、街中に響いた。


 それは、その声の主がわかる人物にも聞こえていた。


「―――あの馬鹿」


 お前も休めや、とツッコミたい彼は、隣に寝ている女性の髪を撫でると、ベッドを降りて部屋を出て行った。




 別の場所で、これまで通りの爽やかな朝を迎え、優雅に筋トレしていた彼は、その歌を聴いてボヤく。


「―――ずるい、オレも、叩きたい」


 そうと決まれば素早く身支度を整えて、領主館を後にした。




 歌は、街中に届いていた。

 心や身体に付いた傷が、ほんの少しだけ癒えていく。

 恐怖から悪夢を見ていた人々の、眉間の皺がとれていく。

 失った哀しみから、立ち上がれないでいた人々が、顔を上げて空を見る。

 街の雰囲気に震えていた子供達が、暖かな風を感じて笑顔が戻る。


 街が、人々が、ほんの少しだけ明るくなる。


 それは朝陽が登るように。

 それは風が吹くように。


 誰かの心を優しく撫でて、空に消えていった。




「―――不思議な感覚だ」


 窓の外を眺めていた壮年の男が、髭を撫でる。


「彼らはあの様子を配信してしまっておりました。隠すのは難しいでしょう」

「観客あっての演奏家。広く届けたいと思うのは間違いではないが。……困ったものだ」


 壮年の男……クリスタロス辺境伯は、未来を計算して、ため息を吐いた。

 辺境伯の想像以上に、彼らの力は凄まじかった。

 聖女の力もそうだが、彼らも充分、見方を変えれば脅威になり得る。


「街を救った英雄たちに、何もせずでは不義理が過ぎる。だが……厳しいな」

「すでに王都から説明を求められています」

「相変わらず耳が早い。ずっとマジックネット端末に齧り付いていたのだろうな。……さて、どうしたものか」


 辺境伯はテーブルに置かれた羊皮紙を眺め、目を逸らして再び窓の外を見た。


「まあ、なんとかしよう。個人的にも、私は彼らのことが好きになってしまったからね」

「はい。手筈を整えます」

「頼む」


 執事との会話を終え、辺境伯は執務に戻る。

 まずはこの、陛下への言い訳を考えることが、彼にとっての大きな仕事になりそうだった。

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