22話 西の森から
◇
クリスタロス辺境伯が治めるクリスタロス領は、辺境と名の付くだけあって、国境際にある領地だった。すぐ隣は別の国。久しく戦争してない国だが、昔はかなり激しく領地争いをしていた仮想敵国である。
そのためこの地を治めるということは、重要な国防を担うのと同じことなのだ。
国の玄関口として、日々厳しい検査と調査が行われている。軍備も整えられており、二十四時間体制で警備が行われている。
隣国から流れ込んでくるのは、何も人間だけではない。
魔物。ちょうど国境に面している山と森があり、そこは国境付近なのでほとんど人が立ち入らないためか、魔物が多く存在していると言われている。
隣国側に深く広がっている森なので、こちら側ではどのくらい魔物が潜んでいるのか知る由もないが、それがこちらに流れ込まないように見張りも行っているのだ。
あちらの森の際から、追い込むように魔物を流されて仕舞えば、スタンピードを起こしてこちらに傾れ込んでしまう可能性があるから。
それをしたら現在結んでいる条約違反になり、戦争に発展するので簡単にはやらないだろうと思われているが、情勢にもよるわけで。
安全が保障されてない以上、警戒は怠れない。
「―――冒険者の怪我人が増えている、ですか?」
アメリアが尋ねれば、カソックに身を包んだ男性が頷く。
「はい。冒険者ギルドから要請が立て込んでいます。ここにも複数名の術師がおりますが、連日要請が続いているので、少しでも手を借りられないかと思いまして」
「そういうことでしたら、微力ながらお手伝いさせてください」
「ありがとうございます。王都から来られた聖女様にお助けいただけるなど、これ程光栄なことはございません」
それは言い過ぎでは、とは言えず、アメリアは曖昧に笑む。
王都の教会に所属する聖属性の術師だけが、聖女や聖人と呼ばれている。それ以外の教会所属の術師は単に術師である。
それだけ、王都所属の聖女というのは栄誉なことで、その力を認められている証でもある。
アメリアには、全く実感がないのだが。
何せ他の聖女や聖人は、ものすごい魔力量で広域に回復魔法を施したり、長期間の欠損や致命傷すら元通りにしてしまう奇跡のような回復魔法を施す人たちが集められているからだ。
アメリアは、回復魔法に関わるスキルを二つ持っている、というだけ。
それも活かせておらず、回復魔法については大した力もないのだから。
ため息を溢さないようにしながら、司教の後に続く。
「―――これは」
特設の救護舎に入ったアメリアは、思わず口元を手で覆ってしまう。
数十名に及ぶ冒険者が、重傷を負って寝かされていたからだ。
寝台の数が足りず、床に寝させられている怪我人もいる。
「一体何があったのでしょう?」
「西の森から来る魔物が増えたんだ。とにかく数が多くて、すぐ囲まれちまう」
腕を折ったらしい冒険者が答えてくれる。
アメリアは近くの別の重症患者を見つつ、冒険者に礼を言う。
「……西の森から? ……司教様。これは領主様にご報告した方が良いのではありませんか?」
「すでに走らせています。今日になって特に怪我人が増えましたし」
「西から、となると、あの国からですか……?」
「調査もままならないので不明ですが、あちらから来ていることは確かです」
「そうですか……」
作為的なものなのか、森に何かイレギュラーが起きたのか、不明なまま怪我人が次々運び込まれてくる。
「ブレイズさん、お願いをしてもよろしいでしょうか?」
ずっと無言で背後に控えていた騎士に声を掛ける。
「何なりと、アメリア様」
「恐らく、魔物の対処の人手も足りていないはずなのです。どうかそちらを手伝いに行っていただけませんか?」
「それではアメリア様の護衛がいなくなりますが……」
「わたしが命を狙われていたことは事実ですが、自己保身に走って救える命を取りこぼしてはなりません。ここには他にも人が沢山いますし、安全です。どうかお願いできないでしょうか」
「…………」
しばし見つめ合う。ブレイズは戦力としてかなり腕が立つのだ。それに、貴族として士官学校を卒業しているので他の人を動かす力もある。こんな所で油を売っているより、ずっと建設的なのだ。
「……わかりました。他ならぬアメリア様の頼みとあらば、否やはありませぬ。だがしかし……ッ、くれぐれも御身を大事になさいますよう……ッ!」
「はい、安全第一で頑張りますから、早く行ってきてください」
「くっ……では、何卒、何卒頼みますぞ……ッ!」
結局泣きながらブレイズは去って行った。声がデカ過ぎてここに居ても怪我人に障るから、とは言えなかった。
その後しばらく、アメリアも必至に治療を行っていたが、キリがない。
教会所属の術師も魔力が尽きて来ているのだろう。青い顔をした者ばかり。
何人も治せるような魔力があれば、王都に所属しているようなものなのだ。
ここにいる術師だけで回るわけがなかった。
「あの、司教様。領主館に遣いを出していただけませんでしょうか」
「すでに事情は伝えてますが?」
「呼んでいただきだい方が領主館にいるのです」
アメリアは、この状況を何とかするための助っ人を呼ぶことにした。
◇
「ここにいたのか、探したぞ」
陽も傾き、そろそろ夕焼けに変わるだろうという頃、ギターをかき鳴らしていると、チョージが現れた。息を切らしているようだ。
「あれ、チョージだ。よくここがわかったね痛ッ!?」
呑気に答えれば、頭にデコピンを食らった。
「領主館に戻るぞ。お前に呼び出しがかかっている」
「俺に? 何かした?」
「呼び出しはアメリアちゃんからだ。何かあったようだぞ」
それは、早く戻った方が良さそうだ。
ちなみに俺の場所はメイドさんから聞いたらしい。ついでに口説いたらガードが高くてすげなく断られたんだとか。何やってんだこいつは。
呆れつつも領主館に到着すれば、誰もが慌ただしく動き回っていた。
「イルカ、きた」
アオイも領主館に戻っていたみたいで、合流できた。
三人で領主の執務室に通される。
「来たか」
執務室に入れば、領主様が紙にペンを走らせながらこちらをチラ見した。
手を止める暇がないようで、そのまま話し始める。書いた紙を次々と側に控える男性に手渡し、男性が廊下にいる人間を呼び止めて各所に届けさせている。
「西の森で魔物が大量発生していると報告があった。冒険者の怪我人が増えて、救護舎も手が回らない状況だ。そこで、アメリア様から君たちに支援を要請されている」
「救護舎ということは、イルカを呼んでいるということですね」
「そうだ」
チョージの問いかけに、頷く領主様。
自体を理解できていない俺は、疑問を口にする。
「魔物が大量発生って、よく起きることなんですか?」
これには領主様も手を止めて、はっきりと首を横に振った。
「いいや、少なくとも私の在任期間中では初めてのことだよ。非常事態が起きていると言っていい」
「スタンピードですか?」
チョージの質問。スタンピードって、魔物がいっぱい出て来て突進してくるやつだったっけ?
俺は首を傾げていたが、領主様は低く唸った。
「調査できていないが、可能性は極めて高い」
「西は確か別の国でしたよね。調査もできないということですか」
「そうだ。山の麓まではこちら側だから、急ぎ兵を集めて斥候に出しているところだが、それも間に合うかどうか」
「つまり、この後もっとひどくなる可能性があるわけですね」
「その通りだよ」
チョージは何か考えがあるのか、顎に手を当てて思案する。
「西側は城壁がありますが、守るべきは門になりますよね。救護舎はどこに?」
「門から南に位置するところにあるが」
再び思案顔になるチョージ。
「ならば、まずは救護舎に行き、イルカが救助を手伝いましょう。その後、本当にスタンピードであった時、我々は門に移動します」
「門に? 何故だ?」
「我々の音楽で、門にバリアを張るのです」
「そんなことができるのか。さすが魔法使いだね」
「三人揃って演奏している時限定ですがね」
「それでもありがたい。少しでも魔物討伐に兵を回せるからね」
「でもチョージ、門だけ守ってても城壁に取り付いたりされるかもだろ?」
「それも問題ない」
何でこんな自信あり気なんだろう、この男。異世界なんて初体験の連続で、こんな非常事態なんて経験あるわけないというのに。
「イルカの歌が、この街を救うだろうからな」
「…………はぁ??」
こんなの領主様の前だとて素っ頓狂な声あげてしまうだろ、何言ってるんだチョージは。
「それにはアメリアちゃんの協力が不可欠だ」
チョージは薄い電子のような板を俺に見せてくる。
ちなみにこれ、俺たち以外には見えないらしい。
領主様の前で謎の指の動きを見せているので、領主様も首を傾げている。
チョージに見せられた文字列には、聖属性の説明が書かれていた。
『属性:聖
回復魔法が扱える。聖属性の魔法は、魔物を破滅させる力を持つ』
「アメリアちゃんの力を、イルカの歌で増幅させるんだ」
「な、なるほど?」
街を救えるほどの威力になるのかわからんけど。
「門の上で、新曲を披露するぞ!」
チョージは妙にウキウキとしていた。
もしかしてコイツ、新曲やりたいだけとかないよね?
「ウム。高いところで演奏、気分爽快」
アオイまで心なしかご機嫌な様子。
あれ、大丈夫だよね? 人助けだよね??
「てか俺の負担デカくない?」
……二人にはそっと目を逸らされた。
……この子らに緊張感を求めてはいけないのでしょうね。
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