18話 あ、ブレイズさん
身支度を澄ませて出発して、少し経った頃、前方に土煙が上がっているのが見えて来た。
「来る」
アオイが短く後ろに伝えてきた。
チョージが御者台に身を乗り出すようにして確認して、首を傾げた。
「なんだあれは……魔物か?」
「え、道を走ってるってこと?」
俺も覗いてみれば、それはものすごいスピードでこちらに向かって来ていて……。
「足がある!」
「そりゃあるだろ走ってんだから」
「鎧、着てる」
「え!? 武装してる魔物ってこと!?」
「この音地響きかと思ったら、あの魔物の雄叫びか?」
「あ、ブレイズさん」
「「「……ブレイズさん??」」」
アメリアちゃんも俺の上から覗いていたらしい。
呑気に「ブレイズさーん」と手を振っている。
「え? 知り合い? 魔物に知り合いがいるの?」
「ブレイズさんはわたしの護衛騎士をしてくださっている方ですよ」
「人間なんだ!?」
かなり遠くから走って来てるみたいだけど、だんだんとその雄叫びが聞こえてくる。
あ゛ぁぁぁぁ………
あ゛ぁぁぁめ゛り゛あ゛さ゛ま゛ぁ゛ぁぁぁ!!
濁音が酷すぎて聞き取れなかったけど、よくよく耳を澄ませてみれば、アメリアちゃんの名前を呼んでいるように聞こえなくもない。
「顔が見えて来たぞ。見えても化け物に見えるんだが」
「それ本人の前で言うなよ、俺も思ったけど」
鬼の形相なのだ。般若面を貼り付けているかのよう。
つまり、超怖い。
このままだと激突しかねないと、アオイが先に馬車を止めた。
そのまま御者台を降りて、怯える馬の前に立ちはだかる。
そのままズボンの裾を少し上げ、どしん、どしんとシコ踏みするアオイ。
「配信開始」
チョージが配信ボットを起動する。
アオイの眼前には、ブレイズと呼ばれた鎧の塊が、その速度を全く落とすことなく突っ込んでくる。
土埃と共に突進してくるそれは、さながら竜巻のよう。
「どうも、"シュールレアリズム"です。突然ですが、ランダムエンカウント相撲バトルのお時間です。本日のテーマは竜騰虎闘」
チョージが悪ノリで配信し始めたので、俺も悪ノリで実況することに。
「ひがぁ〜し〜、きぃし〜さぁ〜まぁ〜。にぃ〜し〜、あぁ〜おい〜」
独特なイントネーションで土煙とアオイを映したところで、アオイが胸筋を手で叩く。気合は充分だ。
「竜巻が尾を引き、もはや龍となった騎士様をを迎えるは、"シュルレ"の虎、アオイ! 騎士様とアメリアちゃんとの感動の再会に水を差すと思われるかもしれない。でもご覧くださいあの速度! こちらを視認しているにも関わらず、止まる気配が全くない! あのまま突っ込んでこられたらこの馬車が粉微塵になってしまうことでしょう! だからこそ立ち上がる我らが守護神! 頼むぞマジで! 俺なんか一瞬で全身複雑骨折になっちゃうから! マジで止めてくれ!」
アメリアちゃんもあの勢いは困るのか、祈るように手を組んでいる。
「見合って見合ってぇ〜! はっけよぉ〜い、」
―――のこった、は間に合わず。
「―――――ッ!!!」
ついに騎士様がアオイにぶつかる。
龍と虎。あながち間違ってない。二人とも少年漫画さながらの表情でぶつかり合っている。下からオーラが吹き荒れて「オォォォッ!!」てしてる時の顔ね。ぶつかってると言うか、アオイが頑張って暴走トラックを受け止めている感じだけど。
騎士様のパワーは凄まじく、あのアオイをもってすらズリズリと地面に轍を作ってしまう。
止められなければ、馬が危ない。そして俺たちも危ない。
馬の鼻先にアオイの背中がぶつかるか、という時。
急に静かになった。
ようやく鎧が足を止めたのだ。
「――――――貴様、」
しばらくして土煙が風に攫われた頃、未だ取っ組み合いのポーズのまま固まっている男の片方から声が上がる。
「………強いな」
「いや結構正気なんかい」
止められなかったツッコミ心。チョージにジロリと睨まれた。無理だろあんなボケの塊みたいなやつ前にして黙ってるなんて。
「―――ウム」
アオイもどこか満足気に頷いて、ブレイズと堅く握手を交わす。どうやら、あの刹那の攻防の間に絆が生まれたようだ。
脳筋の絆かな? 一生理解できそうにないや。
「えー……っと、勝敗付かずで、ドロー! で、いいのかな?」
「もうどうでもいいだろ。配信終了」
俺たちの旅ってなんかこう、締まらないよね。
やや間があり、馬車は再び走り出した。
荷馬車にはブレイズも乗り込んでいる。
鎧を着ていて動きにくそうなのに、丁寧に正座をしてアメリアちゃんのお説教を聞いていた。
「ブレイズさん、迎えに来てくださったのは嬉しいですけど、周りの方を困らせてはなりませんと、何度もお伝えしていますよ」
「はいッ! アメリア様ッ!!」
「ここにいる皆様はほぼ致命傷を負っていたわたしを助けてくださり、かつここまで一緒に旅をしてくださった方々です。失礼な物言いも許しません」
「はいッ!! アメリア様ッ!!!」
「それより急に離れてしまいましたが、救護舎の方は問題ありませんでしたか? できればすぐにでも戻って治療を行なうべきなのですが、領主様とも話をしなければならないのです」
「はいッ!!! アメリア様ッ!!!!」
「……お話、聞いてませんね?」
「はいッ!!!! アメリア様ッ!!!!!」
ブレイズは音圧がどんどん上がるだけで、何も聞いてない気がする。アメリアちゃんをイキイキとした顔でガン見してるのはいいけど、目がキマりすぎてて怖いし。
「……これが護衛で大丈夫なのか……?」
「うーん、ダメな気がする」
「以前はここまでではなかったのですけどね……段々と人の話を聞かなくなりまして」
アメリアちゃんもブレイズには結構言うよね。相当困ってるんだろうな。
「えーっと、ブレイズさん」
「む……何だ貴様は」
「―――ブ・レ・イ・ズさん?」
「はい何でございましょう恩人様ッ!!」
アメリアちゃんがキレた。アメリアちゃんですらキレさす男なのかブレイズは。
近寄りたくない感じはするけども。
「あ、どーも、俺はイルカっていいます。一個聞きたいんですけど、アメリアちゃんって、急に誰かに転移魔法ってので飛ばされたんでしょ? 俺たち、魔法に詳しくなくて。転移魔法って、そんなホイホイ使われるようなものなんですか?」
「む……いや、使える者がいても、少数だろう。それに、国家レベルで秘匿されるような魔法だ。だからこそこの事件の重大さがわかるのだが」
「大事になってるんですか?」
腕を組んで唸るブレイズ。あれ、ちょっと普通だ。もしかしてこの人、アメリアちゃんが関わらなければまともなのかも?
「私はこれでも貴族としてそこそこの地位にいるが、この国に転移魔法が扱える魔術師がいるなど聞いたことがない。つまり、少なくとも他国の人間が関わっていることになる。そして被害者となったアメリア様は、この国が誇る聖女だ。もはや術師を捕まえるだけで済む話ではなくなっている。間違いなく外交問題になるだろう」
「なるほど。陰謀の臭いがするな」
チョージが呟けば、ブレイズも頷く。
だが次の瞬間、ブレイズは拳を振り上げて叫び出した。
「しかし安心してくださいアメリア様ッ!! このブレイズが来たからにはもう大丈夫ですッ!! 必ずや御身をお護りして見せましょう!!」
急にうるせえし馬車が揺れるし馬もビビって嘶いたし、うん、全然まともじゃなかったわ。
「うるせえ!! 側にいても飛ばされたんでしょうが!! 反省しろ!!」
まあ、俺が言えた義理じゃないけど。
一行は夕暮れには街に到着し、馬車はそのまま領主館までたどり着いた。
何故かブレイズが「実家かな?」と言うレベルでズカズカと入って行くし、メイドさん達もブレイズに頭下げてるし馴染んでいるのが気になったが、もしかしたらここの領主と仲がいいのかもしれない。もしくは本当にブレイズの実家なのかも。
「閣下ァ!! ただいま戻りましたぞッ!!」
「ブレイズ殿……あまり勝手をされては困るのだが……」
アメリアちゃん含め俺たちを引き連れて執務室に突撃したブレイズは、部屋の主にめちゃくちゃ呆れられていた。彼が領主様らしい。イケオジだった。
「アメリア様が戻られたのですぞッ! 一刻も早くお伝えせねばと思った次第ですッ」
「だったら先触れを遣しなさいよアンタ曲がりなりにも貴族でしょうがッ!!」
一瞬で領主の顔が怒りに崩れた。目が三角だ。
もしかしなくてもここ、ブレイズの実家じゃないね?
しかもここでも相当迷惑かけてるよね、これ。領主様の顔色が悪いのって、ブレイズのせいなんじゃ……?
隣でアメリアちゃんが俯いてぷるぷると震えている。
「ブ・レ・イ・ズ・さぁ〜ん……?」
ああ、怒ってる。すごい怒ってる……。
その後、領主の偉いおじさんを前にして、アメリアちゃんによる成人男性へのガチ説教が始まるのでした。
終わるまで誰一人動くことができず、足が棒になりましたとさ。
幕間で出ていた騒音男、ついに合流です。
彼は登場すると暴走するので、出しどころには注意が必要です。
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