16話 なんて綺麗な一本背負い
◇
アメリアちゃんの部屋。誰もが寝静まるこの時間、当然部屋の主もスヤスヤと眠りについていた。
そんな部屋の天井板が外れ、音もなく影が降りてくる。
影は足早に寝台に近付き、懐からキラリとナイフを光らせる。
何も言わず、音も立てず、それは一思いに振り下ろされ……。
「いでぇ――――ッ!!!」
あれ、女性の寝室にしては野太い悲鳴が上がったなと、早く黙らせなければと影が部屋の主に手を伸ばしたところで。
「―――そこまでだ」
開かれるドア。雪崩れ込む騎士。影は逃げようと窓を突き破ろうとしたが、一足早くチョージが窓を凍り付かせていた。これでは窓を破れない。
逃げ場を無くした影はその後あっさりと騎士に捉えられ、押さえ付けられる。
「顔を出せ」
チョージに頭巾を取られた影は、見たことのない男だった。
「どうせ使い捨てだろうが、もう少し取り押さえておいてくれ」
チョージが騎士に声を掛ける。
「何事だ!?」
開け放たれた扉から、子爵が入ってくる。慌ててきたのだろう、寝巻きにローブを羽織ってきただけの姿だ。
「イルカさま!」
「な……アメリア様、なぜ……!?」
遅れてアメリアちゃんが入ってきて、子爵の驚きを無視してナイフが突き刺さったままの寝台の上にいる俺に駆け寄る。
そう、アメリアちゃんの部屋で寝ていたのは俺だ。
アメリアちゃんと同じ色のカツラを被って、同じワンピースまで着せられている。
チョージに無理矢理女装させられた時は殴り飛ばしてやろうかと思ったけど、理由を聞いたので俺も協力したのだ。
今夜、アメリアちゃんの命が狙われるかもしれない、と。
おかげでナイフが腕に刺さっていた。胴体刺されそうになったところを、ギリギリのところでずらせて良かったよ。めちゃくちゃ痛いんだけど。
「これは一体何が……その者はなんだ!?」
子爵が震える手を男に向ける。
チョージが冷めた目を子爵に向けながら、男を子爵に突き出した。
「あなたの方が詳しいだろう? クラック子爵」
「何の話だ? 無礼だぞ」
「とぼけるのか。そりゃそうだな。じゃあこっちの男に聞こうか」
男の髪を鷲掴み、顔を突き合わせる。ガラの悪いチンピラみたいだ。
「ご主人様はどいつだ?」
答えるわけがない、と言わんばかりに目を背ける男。
追求するのかと思えば、チョージはあっさりと手を放す。
「まあ答えなくてもいいんだけどな」
「……どういうことだ?」
「この部屋はアメリアちゃんが泊まる部屋として案内された部屋だ。わざわざ付き人は別室にして、アメリアちゃんを一人でこの部屋に泊まらせた。そんな部屋で事件が起きてしまった時点で、子爵の責任は大きい」
「何をいうかと思えば……公になっておらんだけで、間者が入り込むなど貴族の屋敷であれば日常茶飯事だ。しかも被害を受けたのはそこの平民ではないか。大した責任にはならん。だが、こちらにも面目があるのでこの件の口外は控えてもらおうか」
「へぇ、公になっていないだけ、ねえ?」
子爵に向き直ると、チョージは部屋の隅を指差した。
そこには、チョージが愛用している配信ボットがふよふよと浮いているではないか。
「実はあの配信ボットは、別の部屋でとある映像を記録しているんだ」
「何だと!?」
チョージが薄っぺらい電子っぽいパネルを操作すると、画面を子爵に向ける。
そこには、ワイングラスをくるくる回す子爵の姿と、その背後に控える男の姿が。
「こ、これは……!? 人の屋敷で許可なく撮影するなど不敬ではないか!! 不敬罪で捕らえて……ッ!!」
「まあその前によく見ろよ。この男、そこにいる奴と全く同じ格好しているのは何故だろうな」
「ハッ、こんな薄暗い映像ではよく見えんわ。直ちにあのボットを止めて全ての映像を渡せ。さもなくば不敬罪で捕らえるぞ」
「……あくまでもシラを切るか。まあいいけどな。ちなみにこれは録画じゃない。全て生配信なんだ」
「……な、生配信……?」
生配信、そう聞いた子爵の顔が、だんだんと怒りに染まり、次にさぁっと青ざめていく。
事の大きさを理解したらしい。
「この映像を見て罪を暴くのはここにいる人間ではない。この映像を目にする全ての人間だ。そして法で裁くかどうか判断するのもまた、別の人間だ」
俺の治療を終えたアメリアちゃんが、チョージの隣に立つ。
「クラック子爵様。どうか正直にお答えください。わたしは誰に命を狙われているのでしょうか?」
指を組んで祈るように、子爵に問いを投げかける。
子爵は脂汗が吹き出して足もガクガクと震え出す。
「し、知らん……貴方様の命が狙われていることなども……それが誰の思惑かなども……何も知らん……ッ!」
「おかしいなぁ。映像だけ見るに子爵が命を狙ったように見えるんだが。他に誰かいるのか?」
「居らん! 居るわけがない! そ、そうだ、その男が、か、勝手にやったことだ! ワシは知らん! 何も知らんぞ!」
明らかに呼吸がおかしくなり、土気色に染まっていく子爵の顔。立っていられなくなって四つん這いになり、必死に息を吐いている。その呼吸さえも浅く、激しい。
心臓を押さえて今にも気絶しそうじゃないか。
「シラを切ったってこの映像は配信されて……」
「―――もういいよ、チョージ」
「……あ゛?」
俺は子爵に近付いて、背中を摩る。
「アメリアちゃん、手伝って」
目を閉じて、ハミングを口ずさむ。緑の風が子爵を優しく包んだ。
「は、はい」
アメリアちゃんが子爵に手を翳して、回復魔法をかけていく。
歌で増幅された魔法が子爵を包み、子爵の呼吸が次第に穏やかになっていく。
子爵が恐ろしいものを見るかのように俺を見るが、俺は笑った。
「あんま無理しないで。身体に障るよ? もう充分だし、そんなにこの人が悪い人だと思えないしさ。……なんだかんだ言って、こんな平民の俺たちのことをちゃんともてなしてくれたんだよ? 根は悪い人じゃないんだよ、きっと。アメリアちゃんの命を狙ったかもしれないってのは、確かに許されないことだけど。それでも、もう充分。裁かれたよ、この人は」
だって、貴族って政治家みたいなもんでしょ?
政治家の不祥事の瞬間がネット中継されたなんて、元の世界じゃフェイクだったとて叩かれ続けるじゃないか。それがマジなら尚更。
それだけ恐ろしい曝し方をしてしまったのだ。
もう充分。この人はこれから大変な思いをするのだから。
チョージを見れば、納得のいかない顔をしていたが、すぐにそっぽを向いて、配信ボットを停止してくれた。
「甘いな。本当にお前は。大体なんで避けないんだ、ヘタクソ」
チョージは俺にもお怒りらしい。まあ、俺に怒りをぶつけて気持ちが治るならいくらでも。
「いやいや、だって超久しぶりのベッドだよ? ふかふかだったんだもん。あんなん寝ちゃうって」
「寝るなと言っただろうがバカ! 一歩間違えたら死んでいたんだぞ!?」
いくら鬼のチョージでも、自分で提案した手前、心配してくれてたのかもな。自分が立てた作戦で死なれたら世話ないよな。
「悪かったって。でもほら、腕はちゃんと治してもらったし、ギターも弾けるから……痛ッ!」
脛を蹴られて悶絶する俺。
カツラが取れる。
「大体その格好でカッコつけても様になってないからな。むしろヤバい奴だぞ」
「これはお前が着せたんだろうが!!」
「イルカ、似合ってた」
「やめろ世辞なんからいらねぇ! やっと喋ったかと思えばそれかよ!」
ちなみに、アオイはずっと扉のところに立っていた。
「チッ」
隙と思ったのか、男が縄を抜け出しアメリアちゃんの方へ走り出す。
人質にして逃げる算段だったのだろう。
「危なっ―――ッ!!」
だけどアメリアちゃんは極めて冷静に立ち上がり。
「せぇ――いっ!」
―――あらまぁ、なんて綺麗な一本背負い。
受け身が取れなかった男は一発KO。
アメリアちゃんって武器持ってないけど、素手の戦闘力高め?
「……俺、アメリアちゃんだけは怒らせないようにしようと思う」
「そうか? 俺様はむしろ投げられたい」
「キショいわ〜」
その後、男は子爵共々騎士に連れて行かれるのだった。
「てかさ、こんだけ身のこなしが良かったら替え玉しなくても良かったんじゃ……?」
俺の呟きに、チョージはそっと目を逸らした。
女装回だ!!!
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