15話 お前の出番だ
◇
アメリアちゃんがついていくと決めたのは、用件が病気の人を診てほしいと言うものだったからだそうだ。
罠かもしれないけど、本当に苦しんでいる人がいるかもしれないので、放っておけないとのこと。
アメリアちゃんはなんて天使なんだ……。
子爵邸に入ると、執事が案内してくれて、客間に通された。
豪華絢爛な屋敷だなと思うけど、アメリアちゃん曰く王城はもっとすごいんだって。
見てみたい気もするけど、俺らみたいな一般人が入れるとこじゃないだろうな。
まあ、ここだって貴族の屋敷なんだし、一般人が入れるところじゃないんだけど。
客間にはすでに生地の良さそうな服を着た恰幅のいいおじさんがいて、アメリアちゃんをみると好々爺のような笑みを浮かべて迎えた。
「ああ、聖女様。お久しぶりですな。今日はご足労いただきありがとうございます」
「お久しぶりです、クラック子爵様。たまたま近くにおりましたものですから、寄らせていただきました」
「大変ありがたいことです」
「では早速、奥様のお加減を診させていただいてもよろしいでしょうか」
「そうですな。ご案内いたします」
口を挟むところでもないけど、俺たちは空気である。
アメリアちゃんが子爵についていくので、俺たちもついて行こうとすると、執事に止められた。
「お連れ様はこちらでお待ちください」
「いいえ。ついていきます」
チョージは強い口調でそれだけ言うと強引に振り払ってアメリアちゃんについて行く。
アオイはどうするんだろうと見上げれば、テーブルの上の食べ物に目が釘付けである。アオイは肉狂いだけど、普通にグルメなので美味しそうなものは食べたいのだろう。
「えっと……あそこのもの食べてよければ残ります」
「はい。お召し上がりいただいて問題ございません。ただいまお茶をお持ちいたします」
なんか食べていいみたい。めちゃ庶民の俺らによくしてもらってなんだか申し訳ない心地がするけど、執事は嫌な顔ひとつせずお茶を出してくれた。
じゃあ、仕方ないしアオイとお茶して待つとするかな。
アオイはすでに我が物顔でもさもさと茶菓子を平らげている。この筋肉、意外に育ちがいいので食べ方は綺麗だった。
俺は作法に自信がないしお腹も空いてないので、クッキーだけ摘んでボーッとしていた。
紅茶はうまい。茶葉とかわかんないけど。飲んだことのある味だ。
クッキーも、俺らの世界と変わらない味がするのは落ち着く。
さっきの食堂の料理は若干エキゾチックだった。日本食とはそりゃ違うよな。
醤油がちょっと恋しくなってきたかも。
「アオイ、美味しい?」
「ウム」
満足そうだ。なんかチョージが子爵邸に来るの渋ってたけど、アオイの機嫌が良いならそれでいっか。
しばらくして、子爵とアメリアちゃんが戻ってきた。チョージもムスッとした顔で戻ってくる。
三人が席について、再び紅茶が淹れられる。
茶菓子も大体アオイが食べてしまったが、いつの間にか新しいものが並んでいた。
「本当に助かりました。まさかあんな短時間で治るとは」
「わたしが治せる種類のもので本当に良かったです。奥様も病み上がりですので、ご自愛くださいとお伝えください」
「はい、必ず。ささやかながらお礼をしたく、本日は泊まって行かれてはいかがですかな」
「まあ、よろしいんですか?」
「はい。お連れの方も部屋を用意しますので」
「嬉しいです。ではお言葉に甘えさせていただきますね」
子爵が執事に指示を出す。
今晩はこの屋敷に泊まるらしい。
チョージはずっと仏頂面をしている。
「何かあったのか?」
小声でチョージに聞いてみれば、
「……何でもない」
とそっぽ向かれた。なんだ? 見たことない反応だな。
大体、チョージは不満があればすぐ言う方なので、黙っている方が珍しい。本当に何があったんだか。
アメリアちゃんと子爵が穏やかに話している間、俺たちは空気になってお茶を啜るのだった。
◇
「美味かった……金持ちすげー……」
晩御飯は所謂フルコース料理だった。
アメリアちゃんが俺たちは友人なのでそれなりにもてなして欲しいとお願いしてくれたらしく、俺たちも同じ席についての食事となった。作法なんて知らないけど、アオイの所作をカンニングしながら過ごしたよ。
子爵も庶民と同じ卓に着くのは嫌そうだったけど、アオイの所作にはにっこりだった。アオイってすごいね。
チョージもなんだかんだちゃんとする時はちゃんとする男なので、卒なくこなしていた。
へっぽこは俺だけですかい、わかってるよ。
今は三人部屋に通されて、自由になったのでベッドにダイブしているところだ。
風呂にまで入れた。至れり尽くせりだった。
アメリアちゃんが一人部屋なのが少し気になるけど……子爵も良い人そうだし大丈夫なんじゃなかろうか。
「明日は朝イチで出るぞ」
「えー、宿代浮いた分塩買おうよぉ」
「塩、欲しい」
「チッ……お前らほんと状況がわかってないな……」
チョージがイライラと足を揺する。
しばらくウインドウを操作して、徐に部屋を出て行った。
「荒れてんなぁ」
「アメリア、心配」
「あー、そういうこと。神経質になっても疲れるだけじゃね?」
「ここ、見た目だけ。中身、わからない」
「……見た目だけ?」
アオイもたまに難しい話するんだよな。こんな短い単語しか喋んないのに。
「イルカは、バカ」
「おう急にディスるじゃねえか喧嘩なら買うぜ」
わーっとアオイが寝そべるベッドに突撃すれば、片手で頭を押さえられて動けなくなった。ガキが大人に頭押さえられて腕だけ振り回すアレをやらされた。酷いや。
「見た目だけってことは、腹の中で何考えてるかわかんないってこと?」
「ウム」
「へー……そんな怪しいんだ」
「イルカ、朴念仁」
「おいやっぱ喧嘩売ってんだろ!」
今度こそと飛び込めば、簡単に持ち上げられて大道芸の皿回しのように回された。ちょっと面白かったけど目が回った。
ベッドに投げ捨てられてダウンしていると、チョージが戻ってきた。
戻ってきたチョージは、アイテムボックスから見慣れない布を取り出して俺に突き出す。
「イルカ、お前の出番だ」
「……は?」
◆
「……まさか本当に我が領を通るとはな」
ゆったりとグラスを回す男は、誰もいない暗い部屋で独り言をこぼす。
ワインを煽り、豪華な指輪をひと撫でする。
男の指に嵌められた豪華な指輪は、この家が代々続いていることの証でもある印章だ。当主にのみ受け継がれ、重要書類のサインにもなる指輪は、この男の誇りだった。
この長く続く家を今後も存続させるためなら何でもやると、男は誓っていた。今は王都で働いている息子に、少しでも良い状態で渡したいものだ。
そう願って、時には危ない綱渡りだってしてきた。貴族なら当たり前のことではあるが、バレれば首がとんでもおかしくない悪事の一つや二つは日常茶飯事なのである。
そんな中でも、今回はかなり危険な橋だった。
国の希望として広く知れ渡っている聖女を害そうとしているのだから。
そしてその理由が、国を危険に晒すためという、叛逆行為なのだから。
それでも、だ。
彼女には消えてもらわなければならない。
万が一あの力が覚醒してしまえば、望みは果たされなくなってしまう。
この国が窮地に追い込まれ、それを我がクラック家が先陣切って国のために貢献するという、望みが。
要は、最近功績を上げておらず落ち目になりつつある家の再興を賭けた戦いなのだ。
マッチポンプ上等である。
バレなければ良いのだ。勝者こそが正義。
だからこそ、窮地をたった一度の魔法で救えてしまう聖女には、退散してもらう。
あの遺跡で亡き者に出来なかったことは想定外だが、元いた街を目指すのであれば、この街を通ることは予想できていた。おまけに昼間あれだけ街で騒げば、耳を塞いでいたって噂が聞こえる。
あんな目に遭ったというのに呑気なものだ。無警戒にも程がある。連れの一人の目付きは鋭いが、あの程度脅威ではない。たかが平民だ、何かあってもどうとでもできる。
「―――機は熟した。やれ」
子爵の背後で、何かの影が動いた気がした。
そして、隅っこに隠れていた小さな影が、こっそりと部屋を出て行くことに、男は気付かなかった。
秘技! 人間皿回し!
非常に危険なので良い子はマネしないでください。
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