13話 俺は心を鬼にして言う
風呂は良い。
夜の森で冷えた身体を温めてくれるし、身は清められるし、精神衛生的にも良い。
この大自然の中篝火焚いて風呂に入るなんて景色も最高じゃないか。雰囲気あるぞ。
てゆうかありすぎかも。普通にちょっと怖いかも。暗すぎてお化け出そうだし。ここだとお化けっていうか、化け物かな。それも嫌だな。
「イルカ」
風呂に入っていると、チョージがやってきた。
「……きゃーって言ったらいいのか?」
言いそうだったけど。色んな意味で。
「叫んだら氷漬けにしてやるよ。それより聞け」
今の脅しだったよね!? 酷くない!?
「何だよ」
「アオイと話して決めた。"シュルレ"のアルバムを作ることにした」
「おー……アルバム……? どうやって?」
「配信はできるからな。今はとにかく曲を作って配信して売れるぞ」
「こっちの世界で? まあもちろん反対はしないけど……」
「歌詞考えておけよ」
「曲ができたらね」
「先に歌詞があっても俺様は作れるぞ」
「すごーい、てんさーい」
話って新曲作りたいってことだったのか。
アルバムって何曲分? 十曲くらいでいいの?
チョージがいくら天才でぽんぽん曲が浮かんだとて、俺が凡人なのでそんなぽんぽん歌詞浮かばないんだけどな。
あ、それを頑張れと仰る?
「とにかく、まずはピアノを修理したい」
「あー、壊れてるんだっけ。木材はこの辺森だし何とかなるかもだけど……」
「パーツは修理というアイコンが出るようになったから直せそうだが、弦が切れてるんだ。修理には金属が必要なんだが……」
合成と解体のほかに修理というのがアイテム欄で出るようになったらしい。俺は出てないので、物によるのか、チョージだけがいっぱい合成しているからなのかは不明だが、直せるなら直したいよな。
「山かな。道中山越えするって言ってたし、ちょっと金属あさりする?」
「ああ。鉄分が含まれていれば鉄を抽出できるようだがら、砂鉄でも良さそうだ。さっきの粘土探しで砂鉄はあったか?」
「そう言えばちょっとあったような……」
「合成でインゴットが作れるからできたら寄越せ」
「ギターの弦も変えたいよぉ」
ライブ前に替え忘れてちょっと古くなってきているのだ。そろそろ切れるかも。
「ピアノが先だ。このままだとアオイが暴れる」
そんな駄々っ子みたいな……いや、ピアノにご執心だったもんな。弾けないから暴れる? あんなでかい赤ちゃんが暴れたら大変なことになるじゃないか。
「あー……わかった。ピアノが先だな」
「必要なのは金属のインゴットだ。木材はその辺の木を刈るからいい」
「わかったー」
歌詞と金属ね。バンドとサバイバルの二足の草鞋感あるな。
「よし、では今日の配信を始め……」
「やめろぉぉぉ!!!」
水を思いっきりぶっかけてやった。だがチョージは華麗に避けて走り去っていく。
人の裸を配信しようとするなよな!
「ったく……」
そう言えば、遺跡を抜けた直後の配信から一度も配信してなかったけど、チョージが何か考えているみたいだし放っておくか。
多少配信しなくても問題ないだろ。
◇
それからさらに三日が過ぎ、山道に入った。
途中、適当な崖を見つけては穴を掘って休む代わりに金属漁りをした。「解体」があまりにもチートなので、採取した土や岩の成分に金属が含まれていればなんでもいいみたいだった。必要分は割とすぐに揃った。
山に不自然な穴を開けまくるわけにもいかないので、休む場所しか掘れなかったのだけが難点だった。
てことでようやく材料が揃い、いよいよピアノの修理である。
朝からついにアオイの我慢が限界だったようで、チョージが投げ飛ばされていた。
直す気だったんだから相撲で勝負することないだろ……。
「操作一つであそこまで壊れていたピアノが直せるとは、俺様が得た一番のチート能力はコレだろうな」
「いいから、早く、出せ」
「わかったから少し待て! 修理完了までに時間がかかるタイプなんだ!」
合成や解体は一瞬だけど、修理は待機時間があるらしい。修理は複雑だからなのだろうか。合成も解体も複雑そうなやつを試したことがないけど。
アオイがチョージを揺さぶっている。珍しい光景だが、アオイの力が強すぎてチョージがめちゃくちゃブレている。
「あ、アオイ、そんなに揺らしたらチョージが気絶するって……」
「まだ?」
チョージの反応がない。目を凝らすと、チョージが白目を剥いているではないか。
「うわっ、アオイストップ! ストーップ!」
解放されたチョージに、アメリアちゃんが回復魔法をかけていた。気絶にも効くらしい。
目を開けたチョージがウインドウを操作する。
「できたようだぞ」
開けた空間に、グランドピアノが出現する。
「ピアノの森かな?」
「鍵盤の堅さは普通だろうがな」
感心している間にアオイが椅子に座り、目を閉じて演奏し始める。
おいおい、なんて繊細な演奏しやがる。
こんな筋肉の塊みたいな男から、美しい旋律が奏でられるなんて。
「ドビュッシーのアラベスクか」
チョージが独り言を漏らす。
へー、そういうタイトルなんだー。
「素敵ですねぇ……」
アメリアちゃんもうっとりと聞き入っている。
だけど何だろう、どうしてだろう。
……嫌な予感がするんだよね!
こういう時って大抵……。
ガサガサ。
ほら、こんな感じで茂みの音がして……。
「モンスターだ!」
ほらね! やっぱりね!
チョージがピアノの邪魔をしないように、楽器を使わずに魔法を放つ。もはや魔法使いじゃん。羨ましい。
俺は素手で魔法を出すとか無理なので、アンプの電源は付けずにギターを弾いて、頑張って雷落ちろと念じる。
素敵な演奏の中ドカンと鳴るのは許してほしい。安全を守るためなんだ。
「どんどん来るんだけど!?」
「音に釣られているんだろう。アオイとアメリアちゃんに近付けさせるな!」
「オーケー!」
アメリアちゃんを守るのはともかく、アオイを守るのは理由がある。
こんなに楽しそうにピアノを弾いているアオイの邪魔をしたら、後が怖いからだ!
大きい赤ちゃんが暴れると思うと、何が何でも倒さなきゃって気になれるね! やったねコンチキショー!
「おらぁ!」
アオイの気が済むまで行われた演奏会は、朝から陽が沈むまでぶっ通しで行われ、その間俺とチョージは休む間もなく化け物退治をする羽目になりましたとさ。
陽が暮れると、鍵盤が見えなくなったのかアオイが急に演奏を止め、ピアノをしまって肉を焼き出した。
本能で生きる獣すぎる。
「お、終わった……」
不思議なもので、ピアノの演奏が終わると同時に、モンスターの波もピタッと治ったのである。
俺はそのまま倒れ、チョージも厳しかったのか座り込んでしまう。
「みなさま、お疲れ様でした。お怪我を治しますね」
「ありがとうアメリアちゃん……」
アメリアちゃんが駆け寄ってくれて怪我を治してくれた。途中ちっちゃいモンスターに群がられて押し倒されたからね、俺。めちゃくちゃ齧られた。
チョージは無傷のようだけど、ずっと魔法を使っていたので消耗が激しいらしい。水筒だけ投げてよこしてくれたあとは、一言も発せず項垂れている。
「肉、焼けた」
アオイだけが通常運転だ。ホクホク顔が恨めしい。
演奏を楽しめたのはほんの一瞬だけ。あとは聞く暇もなかった。
幸せそうな顔で肉を頬張るアオイ。
グロッキーな顔で喋れないチョージ。
どうしたらいいかわからず、ひとまずチョージの汗を拭ってあげるアメリアちゃん。
そして起き上がれない俺。
俺は心を鬼にして言う。
「アオイ、ピアノは一日一時間な」
「!?」
やっぱ呪われたピアノじゃねえか!
ゴリラが奏でる繊細なピアノ……うーんどこかで見た気がする(目逸らし)
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