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10幕間〜とある騎士の暴走〜

 ◆



「何処にもいないとはどう言う事なのですかッ!?」


 怒りに任せて机を叩けば、隊長は呆れたように首を振り、ため息をついた。


「もう辺りは全て捜索させた。近隣住民にも協力を仰いで、家屋立ち入りまでさせてくれた。それでも見つからないのだ」

「では、ではアメリア様は何処に消えてしまったのですか!?」

「それを全員で探しているんだろうがぁ!」


 パコーン。男の頭から良い音が鳴る。

 男は焦り過ぎて思考が整理できていない様子だった。

 そんな男の様子に見兼ねて、隊長が無理やり男を寝かしつけ(気絶させ)たのだが、起き上がればこの調子である。


 三日前、王都から遠く離れたこの街に巡業という名の布教活動に来た。ここの治療院に足を運び、聖女自ら怪我を治療し、その間信徒が布教し、領主に寄付を募るのだ。

 今回派遣される聖女は、王都の教会本部でも数が少ない"浄化"と"祝福"の二つのスキルを有する貴重な人材だった。


 これくらいの人材を送らないと、ここの領主は金を出さないので、仕方なく護衛を増やして派遣したのに。


 ついた先で治療を行っている最中、聖女アメリアの足下に魔法陣が浮かび上がった。退避させようと手を伸ばした時には時すでに遅く、次の瞬間には聖女の姿は無くなっていたのだ。


 聖女が忽然と消失した事態に、護衛騎士含めパニック状態になった。何とかして捜索を行ったが、成果はなく、ただ時間ばかりが過ぎていく。


 護衛騎士の一人に、聖女アメリア専属の騎士がいた。


 名を、ブレイズという。

 彼は常にアメリアの側につき、彼女の身を護り続けている。就寝時は扉のすぐ前で眠り、入浴時でさえ背中を向けて近くにいるくらいである。筋金入りだ。


 彼にやましい心は一切なく、ただアメリアの命を守るという使命に従って行動している。


 愚直。素直。うん、ここまで言えば充分だろう。


 彼はまっすぐ過ぎるのだ。


「アメリア様ぁーッ!! いずこにーッ!?」


 彼女が消失してからというもの、四六時中駆け回り、叫び続ける。休め、寝ろと言っても聞きゃしない。うるさ過ぎて騒音被害も出ている始末。


 見兼ねた護衛隊の隊長が、彼の背後を取って意識を刈り取ったのが昨日。

 一晩ぐっすり眠ったらさらにパワーが増してしまった。


 隊長は頭を抱えていた。


「隊長〜ッ、朗報です〜ッ!!」


 重い空気が漂う小屋に、ノックもせずに入り込む部下。

 普段であれば一括するところだが、今何と言ったのか。


「朗報とは何だ!? 言えッ! 吐けぇッ!!」

「ぎぇっ、ブレイズ様!? 何でこの人ここに居るんですか!?」

「良いから吐けッ! なんなんだ!?」

「……うるさくてすまんが話してくれ」


 隊長は諦めていた。


「最近、王都のマジックネットで、不思議な配信がされてるんですよ。何でも、見たことの無い楽器で、聞いたことの無い音楽を鳴らす集団がいるんだとか」

「……それと聖女の行方と何の関係があるんだ?」

「話は最後まで聞いてくださいよぅ。そこに、迷い込んだ女の子が映っていたそうなんです! 白いワンピースで、銀髪の!」

「アメリア様ぁぁぁぁぁ!!!」

「うるさいなぁ。とにかく、それがアメリア様なんじゃ無いかって、本部から速達があったんですよ!」


 隊長は立ち上がった。ブレイズは発狂しながらすでに小屋を出ている。


「ここにマジックネット端末を持って来い!」

「はい! ……ただ、早くても数日かかりそうです。この街にはマジックネットは普及してませんし、端末がある領主館は隣り街ですから……」


 ここは辺境の街なので、街の間隔が広いのだ。隣町まで急いでも一日かかる。


「もしかしてあの馬鹿騎士、走って向かったのか……?」


 隊長はブレイズの身を案じたが、一瞬でどうでもよくなった。


「私は今のうちに寝る! ヤツがいない静かな内に!」

「あはは、お疲れ様でぇす」




 隊長のため息に気付くことなく、ブレイズはすでに街を出発していた。

 馬に乗れば良いものを、馬を潰したく無いという理由で走って向かっている。


 着の身着のまま。


 はっきり言って阿呆の所業である。

 けれどそれを可能にしてしまうのは、ひとえに彼の才能に他ならない。

 貴族出身のため魔力量が多く、身体強化という初級魔法を長時間持続できるのだ。そして護衛騎士として日々鍛錬を積み重ねているので、そのための肉体も出来上がっているわけで。


 一日中暴れ続けられる迷惑な男とも言う。


「待っていてくだされぇぇぇアメリア様ぁぁぁぁあ!!!」


 これで落ち着いた性格をしていて声の大きさが五分の一くらいであれば、道行く人も「マラソンランナーかな?」くらいの感想で済むのだが、喚き散らしながら走るので完全に不審者、いや、モンスターである。


「ヒィッ!?」

「な、何だ!?」


 ちょっとしたパニックも起きるわけで。


 しかも街道を無視して森をぶっちぎって走るものだから、枝や葉っぱが身体に刺さりまくって、もはや見た目も人間ではない。


「あれはトレント……!? いや、速すぎる! 新種のモンスターか!? ギルドに連絡しろ!」


 街の見張り役の兵士が慌てるほどである。


 とは言え、直線で移動したために、通常一日かかる道程を、なんと数時間で走り切った彼の執念は凄まじい。


「そこのモンスター、止まれぇ!!」


 門兵がわらわら出てきて槍を構える。

 ブレイズはそのまま突っ込んでくる。


 だってブレイズはモンスターではないから!


「や、やるしかない! 突撃ー!」

「とぅッ」


 門兵の隊長の合図で、数人が槍を突き出す。

 ブレイズに突き刺さると思いきや、ブレイズが跳躍した。空中で華麗なターンを決めて門兵の背後に降り立ち、そのまま門の受付に駆けていく。


「は?」


 誰もが呆気に取られている中。


「すまんが急いでいる。中に入りたい。それから、領主に取り次いで欲しい。私の身分は、これを見ればわかるな?」


 枝葉の塊から腕が出てきて、その手にはキラリと光るレリックが握られている。

 貴族の家を示す意匠で、家ごとに模様が違うそれは、彼が伯爵家の者だと言うことを示していて。


「「「(ば、化け物じゃなかったぁ〜〜〜ッ! よかったぁ〜〜ッ!)」」」


 門兵たちの力が抜けてしまうのも、無理のない話であった。



 ブレイズはその後案内人が来たので馬車に乗り込み、領主館に向かっていく。

 もちろん馬車に乗る前に、領主の執事に咳払いをされたので己の格好に気が付き、一秒で身なりを整えた。


 その動きの気持ち悪さから、門兵から「やっぱり人型のモンスターだったんじゃ……」と漏れたがブレイズは気付かない。


 はやる気持ちで馬車に乗り込み、じっとできないのでぶるぶる震えること十数分。領主館に乗り込んだ。


「いやはやブレイズ殿。本日は如何されましたかな」


 突然の来訪にもにこやかな領主。大人の余裕が伺える。


「挨拶もろくに出来ず、また急に押し掛けて申し訳ございません、クリスタロス卿。実は今回の巡業で問題が起きておりまして、そのご相談に参った次第です」

「ああ、そちらの護衛隊長から連絡は受けているよ。こちらでも調べているが、まだ見つかっていないようだね」

「はい。我々も捜索中なのですが、その中でとある噂を耳にしまして」


 ゆったりと話すクリスタロス辺境伯に対して、ブレイズは足早に距離を詰めその手を取る。

 片膝をついて希うような姿勢で。


「クリスタロス卿」


 貴族の間では、その姿勢はプロポーズの時にするもので。


「あの、その、私には妻と息子と娘がいてだな……」


 ブレイズの真摯な眼差しに、つい勘違いしてしまうのも無理は無い……いやあるだろう。頬を染めるなオジサンが。大人の余裕はどこ行った。


 鈍感系ブレイズは全く気付いていないので、そのまま希望を口にする。


「閣下がお持ちのマジックネットの端末をお貸しいただけないでしょうか!?」


「……は?」


「閣下がお持ちのマジックネットの端末をお貸しいただけないでしょうかぁッ!?!?!?」


「いや聞こえとるわーいッ!!」




 閑話休題。


 状況が見えないので一から説明させたところ、ここ数日奇妙な配信がマジックネット内でされているとのことで、そこに聖女アメリアらしき人物が映っていたという情報が入ったのだとか。


「……なるほど。それならそうと先に言ってくれんか……私はてっきり……ごにょごにょ」


 どう足掻いてもあり得ない勘違いし続ける辺境伯。ブレイズはまたもや気付かずマジックネットの端末を操作する。


「こ、これです! この倒れている女性! この艶やかなお髪、映像から身長体重含めた体型を想像するにアメリア様と一致しますッ!」

「映像からそこまで想像できちゃう君が怖いよ。でも、私はこの映像だけだと判断が付かないな。せめて顔を確認せん事にはな」

「これは昨日の配信ですし、この者たちは頻繁に配信しているようです。待っていれば次の配信が始まるかもしれませんッ」

「この配信の中で、場所の名前が出ていたな。"ペトラマグナ遺跡"か……遠いな」

「はい。すぐにでも向かいたいところですが、さすがにこのまま向かうわけには行きませんね」


 さすがの無鉄砲ブレイズですら躊躇う距離。

 なにしろ"ペトラマグナ遺跡"は、国境付近にあるダンジョンで、現在ブレイズがいる辺境伯領から二つも領土を挟んだ隣にある。


 護衛をつけた馬車でも二週間はかかる距離だった。


「そんな距離を一瞬で飛ばせてしまう魔法陣とは恐ろしい……聞いたことはないが……」

「犯人探しも重要ですが、どうやってアメリア様と合流するかが最優先です。私が馬と脚を駆使して向かうにしても、かかる時間は三分の二程にしかなりません。そんな長期間あの訳のわからない集団とアメリア様が行動を共にすると思うと……ッ! ハラワタが煮え繰り返りそうですッ!!」

「うん落ち着いてブレイズ殿。気持ちはわからなくもない。彼らは風貌からして見慣れない。怪し過ぎると言っても良い。見知らぬ楽器や、魔法の発動方法といい、未知の部分が多過ぎる。彼女を無事保護してくれるとも限らない」

「アァッ!! 今すぐにでも向かいたいのにッ!! アメリア様ぁぁぁッ!!」

「うん落ち着いてブレイズ殿。頼むからウチの床でのたうち回るのはやめて? わさわさしないで? せめて人間らしさは失わないで?」


 領主を前に恥ずかしげも無くこんな醜態を晒せるのはブレイズだけだろう。ブレイズは想像だけで怒り狂い、人目を憚らず苦しみ踠いている。


 ……やべー奴なのである。


「アメリア様ぁぁぁぁッ!!」


 その後、次の配信はなんと翌日まで無く、彼はアメリアの配信をリアタイしたいがために領主館に無理矢理泊まった。マジックネットの端末にしがみついて離れなかったのである。幼児もドン引きのイヤイヤ期っぷりを発揮していたのだとか。

 配信が始まれば始まったで、ずっと奇声を上げていた。

 この世界にオタ芸なんて概念すら無いはずなのに、ハンカチを振り回して踊り狂うブレイズ。

 使用人すら近付けない空間が出来上がる。領主は、この声が館の外にまで漏れているのかと思うと胃が痛かった。でも止められない。


 配信が終わるとしばらく虚無モードになり、情緒不安定すぎて恐怖でしかない。


 そして、その後しばらく、"シュルレ"の配信は一度もなかった。

 その時のブレイズがどんな風に干からびていったのかは、語るまでもないだろう。



 クリスタロス伯爵は後に彼の実家にこう愚痴る。


 ―――君ん家の次男坊、早く人間に戻しなさい、と。

変なキャラばっか出てくるお話ですね~(他人事)


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