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4月―魔術師、お花見をする―




「ユリさん、世界がまたピンク色になっています」


 朝起きると、ルークが嬉しそうにそう言った。

 前にも聞いたことのある台詞だったけれど、今回は私も何のことか分かっていたので頷いた。


「暖かくなったから一気に開花したね」


 カーテンを開けて窓の向こうを見る。

 外は、すっかり桜が満開だ。

 アパートの側には川が流れていて、その周囲に桜の木が植えられているので、窓から下を見るとルークの言う通り世界がピンク色に見える。

 部屋の中に視線を戻せば、ルークが分かりやすいくらいにウキウキしていた。


「分かってるって。お花見ね」

「はい! 行きましょう!」


 テレビで早咲きの桜が開花したというニュースが流れ始めたころから、ルークはお花見をする人たちの中継を見て、自分もお花見をしたいと言い出した。

 向こうの世界にも桜に似た花はあるけれど、お花見の風習はないらしい。

 相変わらず新しいことに興味深々だ。

 まぁ、インドア派の私もお花見は嫌いじゃない。

 暖かいし、桜は綺麗だし。

 そんなわけで、満開になったらお花見に行く約束をしていた。

 そして天候にも恵まれた四月の休日、いよいよその日がやってきた。

 身支度を整えて玄関に向かうと、ルークはなぜか大きめのバッグを持っていた。


「何それ?」

「サンドイッチです。お花見にはお弁当を持っていくんだと、テレビが言ってましたので」

「え、わざわざ作ったの?」

「はい。ユリさんと初めてのお花見なので!」


 お花見を相当楽しみにしていたらしい。

 朝早くからごそごそと何かやっていると思っていたけれど、まさかお弁当まで作っていたなんて。


「……さくらのソフトクリーム買ってあげるよ」

「何ですかそれ! 楽しみです!」


 新しいものを一つ知ったルークはとても嬉しそうに笑った。

 そんな会話をしながら外に出れば、すでに川沿いの桜並木には大勢の人々が集まっていて、雲一つない青空をバックに写真を撮っている。

 天気が良いので、みんな考えることは同じらしい。


「ユリさん、ユリさん。スマホ貸してください」

「はい」


 最近、ルークはスマホで写真を撮ることにはまっているようで、渡すと楽しそうに桜の写真を撮り始めた。

 専用のスマホは持たせていないので私のスマホのカメラ機能を使って、新発売のお菓子や、近所の野良猫や、咲いたばかりの花など色々なものを撮っている。


「ユリさん」

「うん?」


 呼ばれて振り返るとシャッター音が聞こえた。

 ルークはなぜか私のことも撮る。

 スマホの画面には良く晴れた青空に満開の桜、そして振り返った私の顔が映っていた。


「……私は撮らなくていいって」

「ユリさんと桜、綺麗だったので記念です」

「いいから、ほら、さくらのソフトクリーム買いに行くよ!」


 ルークを引っ張って、この季節限定でさくらのソフトクリームを売っている和菓子店に寄る。

 ピンク色のソフトクリームを見るなりルークは目を輝かせ、予想通りソフトクリームの写真を撮り始めた。

 それからソフトクリームを食べつつ桜を見てのんびり歩き、空いているベンチがあったので座って、ルークが朝から作ってくれたサンドイッチを食べることにした。


「こっちがハムとチーズのサンドイッチで、こっちがタマゴサンドです」

「え! 二種類も作ってくれたの?」

「本当はあと一種類作ろうと思っていましたが、パンが足りませんでした」

「え、何でそんなにサンドイッチに詳しいの? 異世界にもサンドイッチ伯爵っているの?」

「その方は聞いたことないですが、お昼に料理番組の先生が色々な料理の作り方を教えてくださいます」


 家事をするよう言ったのは私だけど、あまりの上達ぶりに驚かずにはいられない。

 サンドイッチは丁寧にパンの耳まで切られていた。


「美味しいね」

「また作りますね」


 桜を眺めながらサンドイッチを食べて美味しいと言うと、なぜかルークの方が嬉しそうにそう言った。

 料理をしてくれて助かっているのはこちらなのに。

 食べ終わると、ルークは再び私のスマホを構えた。


「ユリさん。一緒に写真を撮りましょう」

「……まぁ、良いけど」


 桜が綺麗なので、一枚くらいなら一緒に撮っても良いかもしれない。

 ルークがスマホのカメラをインカメラに切り替えると、画面に私とルークの顔が映った。

 教えたわけでもないのに、どうやってインカメラの切り替え方を知ったんだろう。

 こちらの世界のことをどんどん覚えて、どんどん楽しんでいる。


「ユリさん、笑ってください」


 画面に映ったルークは、いつものように楽しそうに笑っていた。


 だから、私は忘れそうになっていた。

 ルークは、異世界に聖女として召喚されたルームメイトの代わりにこちらの世界にいるだけで、いずれ異世界に戻るということを。




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