1月―魔術師、お正月に驚く―
「――だから、今年は忙しいから帰省しないって」
『そんなこと言って、おねぇってば去年のお正月も帰ってこなかったじゃん!』
スマホのスピーカーから妹の声が聞こえてくる。
何でお正月早々、こんな小言を聞かなければならないのか。
年に数回しかない貴重な大型連休は寝て過ごしたいのに、朝早くから起こされた上に、妹からどうして帰省しないのかという電話がかかってきた。
『みんなおねぇのこと心配してるよ。仕事ばっかで家に引きこもってるんじゃないかって』
「うっ……」
電話口から聞こえてくる言葉が事実すぎて胸に突き刺さる。
でも実家に帰れば絶対に結婚の話になるので、正直面倒くさい。
田舎では二十代後半で結婚せず彼氏もいないとなるとうるさいし、誰々を紹介するというお節介な話に進化する。
田舎が全部そうなのかは知らないけれど、私の実家の近所は間違いなくそうだ。
そのためここ数年ほど帰省していなかったのだが、そのせいで最近電話がよくかかってきた。
「お盆には帰るから」
『去年のお盆は、お正月に帰るって言ってたじゃん』
「言ったっけ……?」
去年の私は無責任なことを適当に言ったらしい。
でも今年のお正月は、本当に帰省できない理由がある。
アパートに一人で残しておけない人物がいるから。
「ユリさん!」
そう思っていた矢先、声が聞こえてきた。
「モッチが大変なことになっています……!!」
隣のキッチンで何やら騒いでいる。
ってかモッチって可愛いね。
それ、油断したら死ぬ恐怖の食べ物だからね。
「そのままで大丈夫だから、扉開けないで待ってて!」
キッチンに向けて叫んだけど、何やらまだ騒いでいる気配がした。
今、隣のキッチンでは餅を温めている最中だ。
年末年始の食料を買いにスーパーへ行ったとき、うちにいる例の魔術師ことルークが店頭に並んでいた鏡餅に興味を持ちねだられた。
鏡餅は今すぐ食べるものじゃないと説明したけれど、新しいことに興味がありすぎる魔術師はすぐ食べたがったため、仕方ないのでレンジで温めて食べることにした。
膨らんでいる様子に驚いているんだろうと予測がつく。
騒がしい声に耳を塞いでいると、スマホの受話口側からも大声が聞こえてきた。
『えっ、今の男の声っ? おねぇ、彼氏できたの!?』
「そんなんじゃないから! もう切るからね!」
『待って、お母さんっ、お母さん! おねぇにかれーー』
まだ何か言っている妹との電話を強制終了して、思わずため息をついた。
せっかく帰省を回避したのに、これでは実家で噂を立てられるかもしれない。
私とルークはそういうのではない。
友人が異世界に聖女として召喚されたから、たまたま期間限定でルームシェアすることになっただけの魔術師だ。
「……こんな説明、誰が信じるの」
絶対に誰も信じないはず。
けどルークはときどき魔法陣の前で異世界と交信している。
暗い部屋の中で浮かび上がる魔法陣を見たときは心臓が止まりそうになるくらい驚いたので、次からは電気をつけるよう厳命している。
ちなみに、異世界に聖女として召喚された友人は、異世界の王子である勇者、神官、騎士たちと一緒に魔物討伐の旅に出たところだと、ルークが教えてくれた。
そして友人が異世界に召喚されてこちらの世界にいない件については、今のところ誰も気づいていない。
ルークいわく、そういう魔法をかけているらしい。
それを聞いたとき、小説で読んだやつだと思った。
けれど小説で読んだからすんなり理解できるかというとそういうわけでもなく、だからといって深く考えるともう訳が分からないので、そういうことだと無理やり納得するしかない。
とにかく、しばらくは家族からの連絡はスルーしておこう。
餅も気になるし。
スマホを置いてキッチンへ向かう。
お正月のキッチンでは、魔術師がこの世の終わりみたいな顔をして餅と対峙していた。
お姉ちゃん大好き妹。