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日本の夏

魔術師、初めての夏




 夏が来た。

 夏と言ったら、海。

 夏になったら海の家で焼きそばとかき氷を食べたいと言っていた人がいた。

 ルークだ。

 夏空の下、さっそく海ではしゃいでいる――。


 と、思いきや。

 ルークはエアコンの前にあるソファの上で、力なく寝そべっていた。


「もう無理です……。こちらの世界の暑さは異常です……」

「あぁ……うん、異常な暑さだよね……」


 ルークの言葉に私は頷いた。

 分かるよ、ここ数年の暑さは異常だよ。

 特に今年はひと月くらい前倒しで夏のような暑さになったから、ちょっと体がついていかない。

 去年の冬にこちらの世界へやってきたルークにとっては、初めての日本の夏は衝撃だったらしい。

 朝にゴミ捨て場まで行くだけで、死にそうな顔をして帰ってくる。

 うん、朝から暑いもんね。

 朝の涼しい時間帯さえもない。


「ていうか、魔法使えなかったっけ? 前に私に暖かくなる魔法かけてくれたじゃん。逆に涼しくなる魔法かけられないの?」


 疑問に思ったことを聞いてみたら、ルークは寝そべりながら頭を左右に振り、結んでいた髪が揺れた。

 最近は暑いせいか少し長めの髪を一つに結んでいるけれど、どこで買ってきたのかなぜかリボンのついたゴムで結んでいる。


「やってみたんですが、涼しいというよりぬるいくらいにしかならなくて……。それに、暑くて魔法使うときに集中できないんです……」


 リボンをつけた異世界の魔術師は覇気のない声でそう言った。

 ああ……外でハンディファン使う感じなのかな。

 ないよりは良いけど、快適と言えるほど涼しくなるわけじゃないもんね。

 あと、多分暑さに慣れていなくて夏バテになっているんだと思う。

 体調が整っていないと力を出し切れないのは、魔術師も同じらしい。

 いつも元気だったルークが海に行きたいと言うこともなく、エアコンの前でうだっている姿を見て、さすがに不憫になった。


「ルーク」

「はい……?」


 キッチンの収納棚を開けて、必要になるかもしれないと思い買っておいた物を取り出す。

 あと、冷凍庫に準備していたものも出した。

 ソファの上で溶けるように寝そべっていたルークは、気になったのか少しだけ体を起こして覗いてくる。


「ユリさん、それは……?」


 ルークが不思議そう見ている物の名前を教える。


「かき氷機」

「カキゴオリキ……カキゴオリですかっ?」


 すると、いきなりソファから飛び起きた。

 軽やかな足取りでキッチンまで駆けてくる。


「でも、テレビのカキゴオリは白くて、青や黄色で、冷たいって言っていましたよ?」

「これはかき氷を作る機械。これであの白いかき氷を作って、青や黄色のシロップをかけて食べるの」

「すごいです……これがカキゴオリを作る魔道具なんですね……」

「いや、家電」


 かき氷機を触って冷たくないと不思議がるルークに、私は一通りの説明をする。

 これは駅前の家電量販店で買ってきたものだ。

 自宅でかき氷を作るのなんて、子どもの頃に実家で妹と一緒に作って以来だったので、最近のかき氷機の進化と種類の豊富さには驚いた。

 実家にあったのはプラスチック製の手動タイプだったけれど、手の届く値段内で電動のものもあったのでそれを購入した。

 何でも自宅でふわふわかき氷を作ることができるらしい。

 私一人だったら買わなかったけれど、日本の暑すぎる夏にバテているのも可哀そうだし。


「海の家ではないけど、これがあったらいつでも家でかき氷を食べることができるでしょ……?」


 元気のないルークは、ちょっとルークらしくない。

 楽しみにしていたから、せめて家でかき氷を味わって貰いたくて、かけるシロップもいくつか用意してみた。

 これで少しは元気が出るだろうか……そう思っていたら、ルークは両腕を広げて勢いよく抱き着いてきた。


「ユリさん、ありがとうございます……!」

「ちょっ……くっつかないで! 暑い!!」


 さっきまでバテていたとは思えないほどテンションの上がったルークを、暑いと言って引きはがす。

 一息ついてから、初めて使う電動かき氷機に挑戦した。

 とはいっても、電動なので氷をセットした後はボタンを押すだけですむから楽だ。

 削れた氷が出てくる様子を、ルークは目をきらきらに輝かせて見つめていた。

 このかき氷機は凍らせたジュースや果物を削ることもできるらしいけど、最初はやっぱりシロップをかける基本のかき氷が良いと思うので、ルークにシロップ係を任せた。

 ウキウキした様子で氷の上にシロップをかけていく。

 出来上がったのは、目にも鮮やかなブルーハワイ(ルーク)。

 眩しい黄色のレモン味(私)。

 スプーンを渡して、さっそく味わう。

 かき氷を一口食べたルークは喜ぶかと思いきや、あまりの冷たさに驚いた顔をして一瞬固まっていた。

 そういや、かき氷を食べると頭がキーンとしたっけ。

 久しぶりだったから私も忘れていた。

 けど、すぐに冷たさにも慣れたのか、ルークは美味しそうにかき氷を味わっていた。


「カキゴオリを味わうために、こちらの世界の夏は暑いんですね」

「それは違うと思う」


 でも、確かに暑い分、かき氷は美味しかった。

 かき氷機のおかげで暑い夏の楽しみができ、ルークと目が合って笑った。




高層ビルに囲まれた現代の夏は異世界より暑いのでは…と思った番外編です。

読んでくださりありがとうございました!

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