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歴史の節目に陰から糸を引く転生者  作者: 一ノ瀬るちあ/エルティ
3章 血染の聖域

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幕間 ある吟遊詩人の創作神話

  ◇  おまけ  ◇

第21話 שְׁמוּעָה/噂

第22話 קו גבול/境界線

第23話 רֶמֶז/糸口

第24話 אַלְמוֹתִי/不死者

第25話 שריד קדוש/聖遺物

第26話 כוס דם/血の盃

第27話 שחרור הנשמה/魂の解放

第28話 לֶהָבָה/炎

第29話 לְהַגֵן/守る

第30話 כוחו של אלוהים/神の力

第31話 אל מכני/機械仕掛けの神

 とある酒場で、一人の吟遊詩人が、酒のつまみになる話を語りだした。


「時はいまから五十余年前、旧都アルカヘイブン。悪逆非道な王から太平の世を取り返した奇跡の娘がいました。天命授かりし村娘の名はオルレリア」


 その出だしに、酒場にいた客たちが「お?」と耳を傾ける。

 なにせ出だしの時点で聖女の物語が終わってしまっているのである。


「しかし無念、新時代の王の猜疑心により処刑かけられた聖女は火にくべられ灰になってしまったのです」


 傾国の美女と救国の聖女の物語は、聖女が平和を取り戻すまでの物語。

 冒頭で太平を取り戻し終えてしまっていては物語が始まらないのである。


「しかし、天から特別な力を授かりし聖女の心臓だけは別でした。なんと灼熱の炎に移間れて、肉体を失って、なお聖女の心臓は、いまもなお動き続けているというのです」


 酒場の誰かが、「前に知り合いのバルテリス兵士が言ってた。聖女様の心臓を取り返すためにアルカディアに遠征するって」と言い出せば、「え、じゃあこれ新作かよ!」とか「わくわくが止まんないよ」とか、期待の声があちこちから湧き上がる。


「今宵皆様にお話しするのは最も新しい神話。――聖地奪還を求めるバルテリス民が聖杯を見つけ、劇的な勝利を収める話」


 時は現代。

 砦と治水に秀でた西の都バルテリス。

 人々は二つの派閥に別れ、覇を競っていた。


 それすなわち、穏健派と過激派の対立である。


「穏健派は言いました。『この平和な世こそ聖女様の望んだ世界。どうして争いを好むことができよう』と。

 すると過激派が答えます。『聖女様の犠牲の上に成り立つ平和に何の意味があるのだろう。聖女様の御神体を取り返すために行動に起こすべきだ』と」


 二派の意見は対立していた。

 だが、あるとき、二つの勢力図に変化が現れる。


 聖女の心臓がいまなお動き続けている。


 そんな噂が、まことしやかに囁かれ始めたのだ。


(……これ、絶対私の創作が独り歩きした結果だよね)


 吟遊詩人は確信していた。

 彼の詩を聞いた誰かが噂として広め、結果としてそれがあたかも真実のようにふるまわれてしまったのだと。


 最も、これは墓場まで持っていくつもりの秘密だ。

 言いふらしても自意識過剰と笑われるだけだし、下手すれば人の恨みを買いかねないからだ。


「二者の意見は平行線。そこで過激派は、一つ策を巡らせました。『そうだ、前線の小競り合いの援軍申請にかこつけて、アルカディア攻略部隊を派遣しよう』と」


 こうして集められた兵はなんと5000。

 聖女オルレリアのアルカヘイブン遠征の頃とは比べ物にならない大群である。


「頼みの綱は聖女様の教え。それすなわち風林火山」


 侵略すること一路順風のごとく、

 侵略すること肉山脯林(にくざんほりん)のごとく、

 侵略すること電光石火のごとく、

 侵略すること剰水残山(じょうすいざんざん)のごとし。


 本人が一言も言っていないにもかかわらず、いつの間にか代名詞にされてしまった脳みそ筋肉の兵法である。


「そしてたどり着きしは聖なる都アルカディア。上から見れば星型に築かれた防壁が立ちはだかるが、勇猛果敢なるバルテリス兵は一気呵成に攻め立てる!」


 酒場の客たちが息を呑む。


「されど、聖なる都アルカディアは堅城鉄壁。バルテリス兵の侵攻を阻み寄せ付けない。まさに難攻不落の要塞。三度の襲撃は全て防がれてしまう!」


 最後に付け加えられたのは、創作だ。

 実際にバルテリス軍を率いていた将はアルカディアの堅固さを見るや否や無暗な突撃をやめ、攻略の糸口を探るべく見に回った。


 が、物語においてはいまから攻防戦が始まる国がどれだけ強固な守りをしているかをわかりやすく説明する必要があるため、あの、勇猛果敢なバルテリス軍ですら攻めあぐねた、という形に作り直したのだと思われる。


 まあ、勇猛果敢なバルテリス軍のイメージは、どう考えてもオルレリアによるバーサーカー効果なのだが。


「ここで名将、次の策に出る。『外部からの兵糧を断たせ、敵を弱らせよう』、これすなわち兵糧攻め。バルテリス軍とアルカディア軍のコン比べが始まる。そう思われた、しかし!」


 アルカディアの防壁を5000の兵士で完璧に包囲しきるのは不可能で、しばしば包囲を突破して食糧は運び込まれていた。


「これを察知した教皇、事前に手を打つ。外の村へ募兵を呼びかけ、反撃の機会を狙う」


 物語はサブプロットに入り、募兵を行うべく旅に出た兵士の物語が紡がれていく。

 彼が募兵を行い、実際に兵が押し寄せるまで一ヶ月がかかった。

 あまりにも、長い。

 その間何があったのか。


 実はこの時、アルカディア側は近くの村で待機していた。

 兵糧攻めを敢行しようと腹を決めているバルテリス軍の兵糧が逆に尽き、弱ったところを叩くつもりだった。


 だが、まあ、そういう姑息な作戦はあまり映えないのでやはり物語の中では美化されてしまう。


 空白のひと月は、彼に迫った怒涛の苦難の一ヶ月へと変貌し、小さな大冒険が繰り広げられていたことに書き換えられた。


「こうして長く苦しい旅を終えた、アルカディア軍の援軍が一歩手前まで迫っていた。しかし、事前に手を打っていたのはバルテリス側も同じ」


 今日、何故、バルテリス軍がアルカディアの防壁を突破できたかは定かとなっていない。

 従軍していた兵士によると、突然、目の細い胡散臭い男が現れて侵入を手引きしてくれたと言っているが、あまりにも突拍子が無さすぎる。


 古来、神話の語り手は、こういう整合性のない話に、どう落としどころを付けるかに頭を悩ませていた。

 そして今回、吟遊詩人は……


「バルテリス軍を率いる大将は密かに、アルカディア領の人物と交渉を続けていたのです」


 空白の一ヶ月の間に、的にも味方にも知られず、密会を行っていたという設定を盛り込むことで解決を試みた。


 一見無理で道理を引っ込めるようなパワープレイだが、その無理具合が逆に、彼が有能な軍氏だった説を加速させた。


「ぎりぎりで内通者を獲得したバルテリスの将は、内通者の手引きで防壁内部へ潜入。次々と門を内側から開け放ち、待機していたバルテリス軍の突入を成功させたのです!」


 一見終幕に見える大逆転。

 しかし、アルカディア側はまだ切り札を隠していた。


「追い風に後押しされるバルテリス兵たちの前に、驚異の存在が立ちはだかる。それは、聖女オルレリアの模倣人形。教皇は非道な人体実験の果て、聖女と同じ再生能力を持つ人形を生み出していたのです」


 その仕組みはオルレリアの遺骨を移植するという方法だが、人形の方が伝わりやすいだろうという判断から省略されている。


「不死の軍勢を前に窮地に立たされたバルテリス軍。しかし、そんな彼らに、天は導きを与えたのです」


 ここで登場するのは一介の兵士、バルトロメオ。

 隠し扉を発見したと主張し、どういうわけかそれが通ってしまったので、後世まで予言者として名をはせることになってしまう、凡人だ。


「『私を探して』。そんな声を聞きし兵士バルトロメオは、大聖堂につながる隠し通路を発見。その先で見つけたのはそう、聖女オルレリアの眠る棺だったのです」


 歓喜の涙に溢れる彼らは、聖女の棺を前に祈りを捧げる。


 すると神々しい現象が起こり、突然、神聖な姿をした女性が現れたのである。


「室内にもかかわらず光芒とともに現れたるは聖女オルレリアの魂。義勇のために戦う彼らに感銘を受けた聖女は黄泉の国から舞い戻り、彼らに祝福を与えたのです。自らの血と、聖なる盃をもって!」


 その盃で聖女の血を呑んだ者には、人智を超えた再生能力が備わると伝えられている。


「聖女様の祝福を受けた彼らの攻撃は、模倣人形を瞬く間に天へと返しました。これには教皇も逃げるのが手一杯。こうして、バルテリス軍は悪しき教皇より、大聖堂を取り返したのでした」


 酒場の客からパチパチと拍手が送られた。


 しかし、しかしだ。


「物語はここでは終わりません」


 まだ、残されている。


「援軍とともに逃げ延びた教皇は、すぐさま奪還戦争を行うべく動き出しました。城壁内部の工作員によって、町中に油を放たせたのです。狙いは浄化、全てを焼き尽くす炎で、アルカディアという都市を跡形もなく葬り去ろうとしたのです」


 初動は上々。

 北側から放たれた火は見る見るうちに延焼し、町を炎の海に沈めていく。


「『せめて大聖堂だけでも守る』。立ち上がったのは我らが勇猛果敢なるバルテリスの兵士たち」


 彼らにはいくつもの困難が待ち受け居ていた。


「舞い散る火の粉が、彼らの肺を痛めつけます」


 ちなみに諸悪の根源はアルコールである。


「防壁の外に構えていたアルカディア兵たちの放った曲射が、矢の雨となって襲い掛かります」


 彼らは信仰があれば矢など当たらん! と言って躱したことになっているが、じつはそれなりの数が死んでいる。


「そのうえ食糧庫に残っていた油に引火し、天まで聳える極大な炎の竜巻となり、大聖堂へと向かってくるではありませんか」


 絶望的な状況下で、ただ一人諦めなかった男がいる。


 バルテリス軍の大将だ。


「『油だ、油を用意しろ』」


 兵は問う。火に油を注いでどうするつもりだと。

 将は答える。説明している暇はない、と。


「彼が用意した奇策、それは炎の通り道を用意してやり、進行方向を大聖堂からそらすというものでした」


 発想は悪くなかった。

 実際、わずかではあるが火災旋風はわずかだが東にずれ、彼らの足掻きの成果がきちんと表れている。


「しかし、炎の竜巻の勢いはあまりに強力でした」


 人はそれに抗えなかった。


「誰もが諦めかけた、その時です。真夜中にもかかわらず、天から一筋の光が差し込んだのです。そこから現れたのは、何を隠そう、聖女オルレリア様だったのです」


 酒場の客が「わっ」と盛り上がる。

 なにせバルテリスの民にとって聖女オルレリアはみんな大好きの英雄なのだ。

 彼女がそんな神秘的な登場をすれば誰もかれもがもろ手を挙げて歓迎する展開なのである。


「炎の竜巻からバルテリス兵を守るように凛として立つ聖女様はこういいました。『私に続け』と」


 もう、もう、観客は大歓喜である。

 それでこそ俺たちの聖女様だ! とか

 聖女様マジパネェっす! マジリスペクトっす! とか

 それぞれが思い思いに熱い思いを語っている。


「聖女様が御旗を一つ振るうとたちどころに炎の竜巻は動きを止め、二つ振るうと町中から火の手が止んでしまったのです」


 ここではまだ語られていないが、さらに後の世になると三つ振るうと恵みの雨が降るという設定が盛り込まれるようになる。


「聖女様のはかなげな表情に、居合わせた者は皆、気付いたのです。『ああ、我々は人同士で、何故争ってしまったのだろう』と」


 戦意を失った彼らはたちどころに戦争を終結させた。


「人々が争うのをやめるのを見届けた聖女様は、再び天へと帰っていくのでした。きっといまも、空から私たちのこと見守ってくれているのでしょう」


 吟遊詩人がぺっこりと頭を下げる。


「ご清聴、ありがとうございました」


  ◇  ◇  ◇


 これはもっとも古い神話の一つ。

 これからも続く人類史における、最初期に起きた悲劇の物語。


 そして――、


「次はどんな神話を紡ごうかな」


 歴史の節目に陰から糸を引く転生者の物語だ。


私はこういう話が好きですが、これを読んでるあなたはどうですか?


・「自分も好き」「作者、アンタ“わか”ってんな」という方はブクマ&高評価を

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よろしくお願いいたします。

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カクヨム版
時代の節目に陰から糸を引く転生者
異世界で現代知識チート無双していたら英雄誕生の光景に目を焼かれてしまった主人公が、さらなる英雄譚目撃のために英雄も巨悪も舞台も用意して「さあ、やれ」と特等席で観戦を決め込む話。
+注意+

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