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歴史の節目に陰から糸を引く転生者  作者: 一ノ瀬るちあ/エルティ
3章 血染の聖域

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第27話 שחרור הנשמה

 何故だ。


 男、現アルカディア教の教皇は困惑していた。


(何故私が逃げている?)


 聖なる都アルカディア。

 彼が親から譲り受けた、彼の国だ。


 この国ではありとあらゆるわがままが許された。


 使用人が気に食わないといえばそいつは首になり、気に入った娘がいれば侍女として迎え入れることが許された。


 ここはまさしく、彼のための国だった。


 それなのに、いま、彼は命からがら、その夢の国からの脱出を試みている。


「ひぃっ」


 男のすぐ横を矢が通り抜けていった。


「貴様ら、何をしている! もっと私をきちんと守れ!」


 教皇が、そばにいる女兵士たちに指示を飛ばした。


 彼女たちは人体実験の結果生み出された、教皇のための私兵団だ。


 素材として用意するのはうら若い娘の肉体と、聖女オルレリアの遺骨。

 遺骨を移植された娘は、かつて聖女が天より授かったと考えられている超再生能力を獲得し、どんな傷でもたちどころに癒える体質を会得する。


 もっとも、適合率は著しく低い。

 どうやら聖女オルレリアと似通った背格好でなければいけないようで、適合できなかったものは死に至る。


 彼女たちはいわゆる、選ばれしエリート集団だった。


 爪の下に針を刺すなどの拷問を繰り返せば、痛覚が次第に麻痺していく。

 泣いても無駄だと悟れば表情筋が働かなくなり、無表情で無感情な兵士が完成する。


 思考を放棄した人間を操ることは簡単だった。

 世界中探してもおそらく類を見ないであろう超人集団を手に入れた教皇の愉悦は言葉にできないほどだった。


 しかし、その前提が、覆ろうとしている。


「まず一匹ぃ!」

「ひぃぃぃっ」


 壊されるのだ、不死身のはずの集団が、持たざるものである一般人どもによって。


(何故だ、何故回復しない!)


 教皇が疑っているのは自然の摂理だ。


 すなわち、斬られれば、血を失えば、死ぬ。


 本来であれば当然の理。


 しかし、聖女の遺骨の移植という世紀の発明を行い、無敵の私兵集団を築き上げた教皇には、信じられない出来事だった。


 壊されていく。

 一体、また一体と、物言わぬ死体へと変えられていく。


「何故だっ!」


 教皇が叫ぶ。

 すると、すぐ真後ろで声がした。


「天はそう望んでおられる」

「ひっ」


 教皇が死を予感した。

 蛮族、バルテリス兵がいつのまにか背後ににじり寄っていて、その槍を勢いよく突き刺していたからだ。


 濃密な死の匂いが、時間の感覚を麻痺させる。

 一秒が水あめのように引き延ばされていて、けれど体が早く動くわけではなく、抗いがたい死の運命がひたひたと迫ってくる。


「させません」


 不意に、息も詰まるような死の予感から解き放たれる。

 長い時間水中で息を止めていた後、水面に顔を出した時のように、教皇は大きく息を吸う。


 生き延びた。

 何故?

 理由は目の前にあった。


 不死に作り替えた忠実なしもべが、また一人壊されたのだ。


 彼をかばって。


(ふざけるな! 本当に、天が、聖女の魂を天に返せとのたまっているとでも言うのか!)


 教皇は再び走り出した。


 ここで死ぬわけにはいかなかった。

 彼の父がそうだったように、彼の祖父がそうだったように、死は穏やかに、安らぎの中で迎え入れなければならない。


(認めてなるものか! こいつらは、私の作品だ!)


 だが、そう願う彼の思いとは裏腹に、追っ手が放つ攻撃が直撃した不死のはずの軍勢は、蘇ることなく即死する。


「くっ、ふ、ざ、けるなぁ」


 教皇は防壁の前で立ち往生した。


 彼を守るはずだったそれはいまや、敵の手に落ち、彼の逃げ道を塞ぐ包囲網として機能している。


「ふんっ!」


 ……彼も、始まりの7人の直系だ。

 この血族は皆、ある程度の年齢になると親の手で魔法の力を覚醒させられる。


 当然、彼も魔法を扱うことができた。


「なっ⁉ 土の橋を、城壁に渡した⁉」


 だが、才能をきちんと受け継いでいるとは限らない。


 彼は魔法分野において、史上類を見ないほど非才だった。

 魔力量が圧倒的に少なかったのだ。


 いま、橋をかけただけで魔力が枯渇しかけている。

 魔法は使えて、あと一度が限度。


「教皇様!」


 しかし、天はまだ彼を見放していなかった。


「おお! 丁度良いところに!」


 偶然、募兵のため各地を回らせていた兵士の一人がすぐ近くまで来ていたのだ。

 教皇が城壁から飛び降りる。

 すぐさま、馬を駆る兵士が落下地点へ急ぎ、教皇を抱きかかえて戦線を離脱する。


「教皇様、よくぞご無事で」

「うむ、大義であった。後で褒美を取らせよう」

「有りがたき幸せ」


 馬という足を得た教皇は、見る見るうちにバルテリス兵たちとの距離を引き離していく。

 あっという間に豆粒ほどの大きさになり、逃げ延びることに成功してしまう。


(は、ははっ! そうだ! 私がこんな場所で死んでたまるものか!)


 結論から言えば、バルテリス軍は教皇を取り逃した。


 だがしかし、聖女オルレリアの眠る大聖堂の奪還は成功し、教皇を国外に追放することまで成功した。


 奪還作戦は大成功と言っていいほどの成果をもって終了を迎えた。


 ……少なくとも、第一次は。


  ◇  ◇  ◇


「師父、彼らに飲ませた血、本当に再生魔法ですか?」

「半分は、な」


 人里離れた崑崙(コンロン)

 争いの成り行きを観測していたロギアとハクが、感想戦を繰り広げている。


「半分?」

「そもそもがオルレリアに仕込んだ魔法と別ものなんだよ。オルレリアには、半永久的な再生魔法。他方、今回やつらに仕込んだのは一回限りの再生魔法」

「……の割に、反撃を受けてもすぐ再生しているように見えましたが?」


 そこが今回の違う点。


「切りつけた相手にかかっているバフ魔法を奪う魔法。それをあいつらには付与しておいた」

「……あー」


 ハクがなるほどと得心いった様子の声を零した。


「つまり、教皇側の兵隊は、再生能力を突破されたわけではなく」

「そ、奪われたってわけ」


 加えて言えば、ハクがバルテリス軍とオルレリアの墓に潜入した際、ハクの体を通してオルレリアの遺骨からも再生能力を簒奪してある。


 問題となったのは、既に移植が完了していた分の個体からの回収であり、今回彼らにはその取り締まりを代行してもらった形だ。


「さて、少し、オルレリアを奪還するためとはいえバルテリス軍に肩入れしすぎたな」


 もう彼らには用がない。


「死んでもらうか」


 英雄に至りたいなら、華々しく、散れ。


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カクヨム版
時代の節目に陰から糸を引く転生者
異世界で現代知識チート無双していたら英雄誕生の光景に目を焼かれてしまった主人公が、さらなる英雄譚目撃のために英雄も巨悪も舞台も用意して「さあ、やれ」と特等席で観戦を決め込む話。
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