第23話 רֶמֶז
戦争は技術を革新させる。
そのことは電子レンジが発明された地球の歴史からも明白であり、この世界も例外ではなかった。
中でも50年前、聖女オルレリアに端を発するアルカヘイブン征伐で発展したのは、攻城技術だ。
もともと投石器は、名前も残らぬ誰かの手により発明されていたのだが、そのほかにも破城槌や攻城塔などが最たる例だ。
必然、防衛側にも新たな技術革新が求められる。
そして、現代。
宗教国家アルカディアの防壁は、さらなる進化を遂げていた。
「これは、本当に落とせるのでしょうか」
聖女奪還の名目で意気揚々と最前線にやってきていた兵の一人が、少し不安げにつぶやいた。
男の目に、その都市の防壁は一見奇妙に見えた。
見栄えだけを気にした、機能面を犠牲にした防壁に見えた。
その防壁の形とは、星型。
だがしかし、それが早合点だとすぐに気づく。
五角形の頂点と対角線の交わる点に側防塔が立ち並んでいて、石落のための小窓がいくつも並んでいた。
そしてそれらを結ぶ城壁に、弓兵が並んでいる光景を想像すれば、それがいかに堅固な防壁であるかがやすやすとわかる。
「いやらしい構造ですな。どこから攻めようと、他の二カ所から挟み撃ちにできる、という仕組みでしょう」
結局、どのように城を攻略すべきか意見はまとまらなかった。
そこで、防壁の付近に陣を敷き、攻略の糸口を探ることになる。
しかし、数日たったがまるで見つからない。
「兵糧攻めしか無いでしょうなぁ」
そもそも、城を攻め落とすのは難しいのだ。
であるのならば、供給口を閉じてしまうほかない。
「しかし、アルカディアの食糧貯蔵庫は群を抜いておりますぞ。我々の食糧の方が先に尽きるのでは?」
「その時は補給すればいい。とにかく、一刻も早く聖女様の心臓を奪還せねば」
「ハッ!」
◇ ◇ ◇
大挙して押しかけたはいいが、アルカディアの防衛力は極めて高く、攻略は難航していた。
これが痛かった。
バルテリス側が長期戦を決断している間に、アルカディア側は混乱をしのぐ猶予を得られたからだ。
それに、彼らは大きな見落としをしていた。
「……寒い」
寒波だ。大寒波が到来したのだ。
この時バルテリス軍は、長期戦を見越して食糧をなるべく温存するように動いていた。
その結果体温を保つためのエネルギーが不足するという事態に陥る。
それが、負の連鎖の始まり。
「ひくしっ」
疫病だ。
免疫の低下した体に病原体が入り込み、瞬く間に感染し、バルテリス軍を蝕んでいった。
さらに悪いことは続く。
実は寒波が訪れる前に、アルカディアの伝令部隊がアルカディア領内の集落に向け、募兵の報せを出していたのだ。
疫病に掛かり、士気が低下しているところに、アルカディア軍がやってくる。
このままでは防壁の内側と外側から挟み撃ち。
最悪の結末に向け、バルテリス軍は一歩、また一歩と近づいて行っていた。
しかし、すんでのところで最悪の事態は回避することに成功する。
「やぁやぁ、あんさんがバルテリス軍を率いとう大将さん? うちはロギアいいますぅ。よしなにぃ」
大将は眉をひそめた。
(なんだ、この軽薄そうな男は)
年齢は……30代くらいだろうか。
年の割に、言葉に重みを感じない。
おそらく良家のボンボンで、何不自由なく育ったのだろうと、大将はひとまず偏見を偏見と理解したうえで相手の理解を試みる。
(バルテリスの兵ではない。ならばアルカディアの手のものか? ここに来た理由はなんだ)
一人でのこのことやってくる理由はなんだ。
戦場を戦場と理解できない愚か者なのか?
それとも何かしら罠にはめるつもりなのか?
わからない。
男、ロギアは目の細い男だった。
そのうえ常に胡散臭い笑みを浮かべているので表情が読めない、内心が読めない。
(まあいい。罠なら看破すればいい。罠すらない愚か者なら――せいぜい利用させてもらおう)
たっぷり、しかし体外的には一瞬の後、大将は人当たりのいい笑みを浮かべて、名乗り、男ロギアに握手を求めて手を差し伸べた。
次の瞬間、大将は目を見開いた。
自分とは比べ物にならないほど小柄で、体の線も細い男が、信じられないほどの腕力で大将を引っ張ったからだ。
慌てて腕を引っ込めようとして気付く。
重い、まるで巨大な深海生物に腕を巻き取られ、引きずり込まれるかのよう。
(馬鹿か、俺は……!)
ここに来て大将はようやく己の愚を悟る。
(何で気づかなかった……! こいつは、バケモノだ!)
こんなのがアルカディアについているなんて聞いていない。
勝てるわけがない。
濃密な殺気にあてられ、己の死を予感する。
しかし……、目を閉じてしばらくたっても、予感した終焉はいつまでたっても訪れない。
恐る恐る目を開けてみれば、にこやかな笑顔を浮かべた男が目と鼻の先にいるだけだ。
「さて、話ぃ聞いてくれる気になりはりました?」
「あ……ああ」
「おおきに。ほなら、人払いしてもろて構いませんやろか。ほれ、大将さんだけに伝えたい話もありますさかい」
「わ、わかった」
もはや男に、逆らうという発想は無かった。
生き残るためには恭順を示さなければいけない。
そう、魂が理解し、本能が体を突き動かしていた。
人払いはすぐに済んだ。
簡易なテントで粗茶を差し出し、相手の出方をうかがう。
「一ヶ月」
「……は?」
「うちの募兵期間ですわ。そちらが攻めてきてすぐにお触れを出したんですわ。もうすぐアルカディア領内からぞろぞろと集結しますぅ」
「な、なんと」
対象は椅子が転がるほど勢いよく立ち上がると、ロギアという男に顔を寄せた。
「そ、それは確かな情報なのですかな?」
「疑うてくれてかまへん。わいの仕事はそちらはんに判断材料を渡すとこまでやから。嘘やと思うならここでくたばってもろて構わへん」
対象は言葉に詰まった。
「いや、信じよう。助言、感謝する」
「なんや、もうちょい疑うてえな。せっかく悩む顔見れると思たのに楽しみ奪わんといてえな」
「あいにく、こちらも切羽詰まった状況でしてな。ご期待には答えられない」
「いやいや。ええでええで。優秀なのは期待以上や。せやから特別に、もう一個の情報も教えたろ」
「もう一個の情報?」
「せや」
ロギアと名乗る男は表情を一切変えないまま、さらりと大事な、アルカディア攻略の糸口を語った。
「アルカディア領内に住んどるから言うて、全員がアルカディア教とは限らん。理不尽な目に遭って煙たがっとるやつも、教義に疑念を持っとるやつもおる。当然、聖女の死を悼んどるやつもな」
「それは、つまり……」
「兵糧攻めなんてまどろっこしいことしとる場合ちゃいますで、大将さん。ここはですなぁ、内通者を作って一気に『進軍あるのみ!』ですわ」
聖女様もそう言うと思いまへんか?
男は軽薄な口調でそう付け加えた。




