第22話 קו גבול
宗教国家アルカディアと西の都バルテリスの仲は険悪だ。
とりわけ、その国境線付近ではしばしば小競り合いが起きている。
日本には、隣の芝生は青く見えるという言葉があるが、それはどこの世界も同じ。
境界線が引かれると、そこを超えた先にあるものに惹かれ、不平等を感じるようになる。
それが抗争のきっかけを生む。
今回起きた小競り合いも同じ理由だった。
そこで、最前線で防衛にあたっていた衛兵は、自身は防衛に力を入れつつ、本国の兵士に協力要請を飛ばした。
よくあることだった。
いつでも伝令を飛ばせるよう、テンプレート化した用紙に必要事項を追記して、早馬を飛ばす。
手慣れたものだ。
だが、どういうわけか。
今回ばかりはいつもと勝手が違った。
「我ら敵国アルカディアに対する援軍要請を受け、馳せ参じたバルテリス兵である!」
「あ、あの」
最前線で防衛を任せられている衛兵隊長は、恐る恐る、と言った様子で問いかけた。
「いくらなんでも、多すぎません?」
◇ ◇ ◇
例年行事であるアルカディアとバルテリスの小競り合い。
今年はアルカディアから始まったその抗争に、駆けつけたバルテリス兵の数は、何と5千。
かつてのアルカヘイブン征伐でもこれほどの大群を挙兵したことはない、そんな大規模の援軍がなぜ駆けつけたのか。
答えは彼らが本国に援軍を要請しに向かった時まで遡る。
◇ ◇ ◇
「というわけでして、アルカディアが挙兵し、バルテリス領への侵攻を開始いたしました。なにとぞ援軍を出していただきたく存じ上げます」
伝令役として早馬を飛ばした兵士が、身振り手振り騒がしく戦況を伝える。
(まあぶっちゃけ、オイラたちだけでどうにかなる小競り合いっすけどねー)
では何故、国に援軍を求めたかというと、国境線沿いの防衛ラインが重要だと再認識させるためだ。
彼らは国境線の防衛で飯を食っている。
ケチを付けられて予算を縮小される、というのはごめん被る。
だから、必要以上に事態を大げさに報告するし、あわよくば危険手当を増やしてもらおうとさえ考えていた。
いわば、形骸化した、慣例だ。
しかし今回ばかりは違った。
「ふむ、よくぞ伝え参ってくれた。援軍は出す故、本日はゆっくり休むといい」
「え? い、いや、連絡係の勤めが残っているので、この後また前線に戻らないといけないので」
「休め。良いな?」
「……承知いたしました」
伝令役の男はいつもと違う勝手に戸惑ったが、はるか目上の重役からの厳命ということでそれ以上きかずに受け入れた。
何か裏があるのかと思ったが、ふかふかのベッドとおいしいごはんという大層な待遇で迎え入れられたので、いつしか気にすることをやめていた。
さて、彼が居なくなった後で、集いし者たちが話し合いを始める。
「ようやくですな」
ここにいる男たち、ずっと機をうかがっていた、反撃の狼煙を上げるべきタイミングを。
いま、アルカディアが進軍を始めたいま。
いまこの瞬間を置いて他にない。
「向こうから責めてきてくれたおかげで、正当防衛という大義を得られる」
伝令役の彼が感じた違和感、その正体は、穏健派の死滅だ。
ここ最近広まった噂が引き金となり、例年「過剰な制裁は聖女オルレリア様の意志に反する」と主張していた勢力が駆逐されてしまっていた。
ここに残っているのは生粋の過激派と、穏健派から宗旨替えした過激派のみ。
争いは避けるべき?
生ぬるい。
その理は「突撃!」、「侵略!」、「攻め落とせ!」。
くしくも本来の聖女の性質を色濃く受け継いだ者ばかりの集団の完成だ。
「これより、敵国アルカディアからの聖女奪還聖戦を開始する!」
「うぉぉぉぉぉっ!」
「皆の者、奮い立て! 天は我らを祝福し、必ずや勝利をもたらすであろう!」
「天はそう望んでおられる!」
「神の御心に従え! さすれば天国への門は開かれるであろう!」
「うおぉぉぉぉぉっ!」
◇ ◇ ◇
とまあ、そんなことがあり、前線に駆けつけた援軍は反撃する気満々である。
これには前線防衛を任されていた防衛隊長も真っ青である。
なにせ前線が押し上げられるようなことがあれば、この防衛線は一歩手前のラインに引き下げられる。
つまり、重要度が大きく下がるということだ。
予算削減待ったなし。
減給、リストラ待ったなし。
困る、それは非常に困る。
自分の給与が下がることはもちろんのこと、部下からのヘイトが集まるのも問題だ。
せっかく慕われる優しい上司を演じ、仲良しこよしやってきたのに、その環境を壊されるような真似はしてほしくないのである。
だから必死に考えた。どうすればいいか。
そこで思いついた。
「え、援軍感謝いたします! こちら、我が砦で管理しております兵糧にございます! 皆様のお力に変えていただきたく存じ上げます!」
「おお、これはかたじけない」
「へ、へい。それでですね、代わりと言っては何ですが」
ハエが手をするようにゴマをすり、防衛隊長が、この大群を率いる、一番偉そうな人に媚を売る。
「もし前線が押し上げられた暁には、わたくしめを優先的にその防衛拠点の隊長に推薦していただきたく……」
「……それだけか?」
「へ、へい! それ以上のことは何も望みません! あっしは分というのを弁えておりますゆえ」
「なるほど。あいわかった。約束しよう」
「あ、ありがとうございます!」
この時、彼はまだ知らなかった。
駆けつけた援軍が、アルカディアの中枢部分まで前線を押し上げ、大聖堂を奪還するつもりであることを。
それが成し遂げられてしまうことを。
そして――、
(けひひ、うまくいったで。これで今後もあっしの人生は安泰や!)
今後数十年に渡り、死に物狂いで大聖堂奪還を試みるアルカディアとの大激動に巻き込まれる運命に自ら飛び込んでしまったことを。




