第21話 שְׁמוּעָה
人里離れた山間部に、ひっそりとたたずむ集落がある。
集落の名は崑崙。
少数の村人を束ねるのはうら若い二人の男女、つまり、ロギアとハクである。
ちなみに、村人たちは彼らの精神コピー体である。
つまり実質この村には二人しか存在していないことになる。
「師父、こうして一緒にいられるのはうれしいのですが、傍観しているだけでよろしいのですか?」
ハクがロギアの本体にぴとりと肌を密着させるように後ろから抱き着き、耳元で囁くように問いかける。
「ああ」
ロギアはそれを、まるで気にしていない。
「種は既に撒いてある」
◇ ◇ ◇
宗教国家アルカディア。
旧都アルカヘイブンをもとに建国されたその国には、群を抜いて重要とされる施設がある。
アルカディア教の総本山、大聖堂である。
この宗教国家では、この国家が「神から賜りし神聖な土地」と定めている。
中でも大聖堂は、彼らの信仰する神を祀り、いずれ降臨する場所として、非情に大切なものだと教えられている。
だから、この大聖堂はとびきり重要なのだ。
というだけの話ではない。
話はアルカディアだけでは収まらない。
問題はさらに複雑だ。
というのもアルカディアの西方に位置する国家、バルテリスにとってもこの大聖堂は非常に意味のある施設だからだ。
バルテリスにとっての大聖堂の重要性。
それはつまり、聖女オルレリアの遺体が安置されていることだ。
オルレリアは生まれこそアルカヘイブンであるものの、旗頭となって引き連れたのはむしろバルテリスの民だ。
ようは、オルレリアはバルテリスの民にとって絶対的な英雄なのである。
そもそもバルテリス民の大半は、アルカヘイブンでの圧政に耐えかねて独立した者たちなので、ルーツはオルレリアと共通している。
そのこともあり、オルレリアに大して尋常ではない親近感を覚えているものが多かった。
しかし、いま、その英雄の遺体は他の国が管理している。
それはバルテリスの民にとってどうしようもなく耐え難い屈辱だった。
いつか機会があれば奪い返したいと考えるものも多かった。
しかし、聖女オルレリアの死後50年。
ついぞ2国間で大きな争いは起きていない。
理由は簡単。
平和こそが聖女オルレリアの願いだからだ。
彼女の遺体は奪い返したい。
しかしそのための略奪行為は聖女オルレリアの意志に反する。
長い戦争の反動と、憧れ親しんだオルレリアの損失というショックが重なって、誰も好んで戦争を仕掛けようという気を起こさなかったのだ。
しかし、近年になって、それとは意見を対立する派閥がじわじわと勢力を拡大させている。
聖女オルレリアの遺体が安置されている大聖堂を力づくでも奪還すべきとする、過激派だ。
聖女の願い通り、争いなどするべきではないとする穏健派と、聖女に深い悲しみを与えた国から御魂を開放すべきとする過激派。
バルテリス国は内部分裂の危機にあった。
そんな折、とある噂が、まことしやかに広まり始めていた。
「おい、聞いたか? 聖女様の話」
「あ? オルレリア様の英雄譚か? 耳タコができるくらい聞いたっての」
「ちげえよ。聖女様の死後50年間、アルカディア教が隠し続けてるとびきりの秘密だよ」
「……何の話だ?」
この手の噂話は、とある魔法の一言を付け加えることで、その拡散力を爆発的に増すことが知られている。
「誰にも秘密だぞ」
この世界には二種類の話が存在する。
真実っぽい話と、嘘っぽい話だ。
そしてこの前置き、誰にも秘密というワードは、一見突拍子もない話に真実味を持たせる。
そしてさらに、その秘密を親しいものと共有したいという欲望を駆り立てる。
「聖女様は最後、炎に焼かれて死ぬだろ? けど、そんな中でもなお、心臓だけはキレイなまま残ってたらしいんだ。そしてその心臓はいま、大聖堂の奥に安置されてるんだとか」
「おいおい、それマジかよ」
「ああ、確かな情報筋から仕入れた話だ」
その確かな情報筋というのがどこなのか、それは誰も知らない。
何故なら前置き、誰にも秘密の話だからだ。
誰から聞いた話か聞かれても、「誰にも秘密って約束なんだ」と答えられてしまう。
結果として、情報源はわからないが、どうやら確かな話らしい、という話だけが独り歩きしていく。
そしてその秘密が、全員の共有する公然の秘密となったとき、真実っぽい話は人々の間で真実として共有されるようになる。
聖女の心臓はいまなお、大聖堂の奥で孤独に生きながらえている。
「それって、まずいんじゃ」
「お前もそう思うか?」
「ああ。穏健派なんてのんびりしたこと言ってられねえ。聖女様を助け出さないと」
でっちあげられた真実が、国を二分していた勢力図を大きく書き換えはじめる。
緊張状態でありながらも均衡を保っていた二大派閥が、過激派に傾き始める。
「待て、言っただろ、これは秘密の話なんだ。アルカディア教に俺たちの動きを知られるわけにはいかない」
「じゃあどうするんだよ」
「仲間だ、仲間を増やすんだ。お前が信用できるやつだけに、この話を広めてほしい」
噂は、ネズミ算で拡大していく。
「半月に一度、秘密組織の集会が開かれる。そこでまた話そう」
聖女奪還の使命に燃える男たち。
その発想が、とある人物によって手引きされた、英雄譚の一ページであることを、彼らが知ることはない。




