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歴史の節目に陰から糸を引く転生者  作者: 一ノ瀬るちあ/エルティ
2章 救国の聖女

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幕間 ある吟遊詩人の創作神話

 とある酒場で、一人の吟遊詩人が、酒のつまみになる話を語りだした。


「時は遡ること五十余年前、旧都アルカヘイブンに、悪逆非道な王がいました」


 吟遊詩人が言うには、この王は旧都を統治する偉大な王だったのだが、とある悪女にかまけるあまり民を蔑ろにし、民心が離れてしまったのだという。


「民の命が軽んじられ、人々が理不尽な処刑におびえて暮らす中、天は一人の少女をこの地に遣わせました。名は、オルレリア」


 いまでは誰もが知る、傾国の美女と救国の聖女の物語である。


「寒村の農夫の娘。少女はいかにして救国の聖女となったのか。始まりは彼女の齢13のとき、土砂崩れに巻き込まれた彼女が神の声を聞いたことに端を発する」


 実話をモチーフにした物語でありながら、吟遊詩人が語る物語には多分な脚色が施されていた。

 たとえば、こんな感じ。


「聖女はかく語りき。『本当は、行きたくない。両親を少しでも楽にするために、機織りをしていたい。けど、神がわたしを向かわせるから行かなければならないのです』」


 酒を呑みながら聞いていた客たちがワッと盛り上がった。

 身に余る宿命を授けられ、意を決する、という話はいつの時代でも人々の童心を熱くさせるらしい。


「西の都バルテリスに到着したオルレリアが、砦を守る兵に頼みます。『わたしは世界に秩序を取り戻さなければなりません。どうか王に合わせてください』、と。しかし、敵国アルカヘイブンからやってきた少女を衛兵は頑なに入れようとしません」


 これが聖女オルレリアの最初の試練。

 なのだが、ここでもまた脚色が入る。


「聖女は三日三晩、関所の前で寝ずに祈りをささげたのです。すると何ということでしょう。天から光芒が差し込み、少女の周りには季節外れの五穀が実り、まるで彼女を祝福しているようではありませんか」


 これは、ここにいる吟遊詩人に限った話ではないが、オルレリアは神聖であればあるほどいい、という考えが広まっている。

 ギリシア神話のオリオンが、大男という設定からいつの間にか身長5000メートルになっていたのと同じだ。


 どの世界、どんな時代でも、特徴を極端に表現したがるのは創作者の常なのかもしれない。


「『目の前の少女こそ世界に安寧をもたらすべく、天が遣わしたものに違いない』。そう確信した衛兵は彼女を温かく迎え入れます」


 実際には一昼夜にわたって「入れろ! 入れろ!」と叫んでいただけなのに、ずいぶん感動的なストーリーに再編されたものである。

 実際の衛兵は、頭のおかしい女の相手をするのに嫌気がさして渋々中に入れたのだが、「解釈違いだ」と言われなかったことにされた。


「悲願叶ってようやく王との謁見を許されたオルレリア。しかし彼女は追うと相まみえるや否やこう切り出します。『あなたは優しい王ですが、新王ではありません』」


 また、酒場の聴衆がワッと盛り上がる。

 聖女オルレリアが見事的中させた予言ということと、この後の悲劇の伏線としてとても重大なターニングポイントであるからだ。


「神の声を聞く少女はたちどころに見破っていたのです、西の都バルテリスに潜伏していた男の存在を。彼こそが始まりの7人にして、悪逆非道なアルカヘイブン国王に殺害されたはずの人物がここにいることを」


 物語は中盤、オルレリアが窮地に晒されていたバルテリスを、周辺に築かれた砦を電光石火のごとく攻略していくところに進む。


 侵略すること一路順風のごとく、

 侵略すること肉山脯林(にくざんほりん)のごとく、

 侵略すること電光石火のごとく、

 侵略すること剰水残山(じょうすいざんざん)のごとし。


 これすなわち風林火山。

 謳うは救国の聖女オルレリア。

 人類最古の兵法なり。


 そんな頭の悪い戦法が、オルレリアの代名詞にされてしまっている。

 構成の捏造であると知っている身としては、彼女の不運を嘆かずにはいられない話だ。


「神の思し召し通りにバルテリスを救うオルレリア。しかし彼女の旅路に影が差す。なんと救われたバルテリス国王、彼女のカリスマに脅威を感じ、ひそかに敵と内通。情報を漏らし、彼女の暗殺計画を企てる」


 この部分はフィクションであり、ノンフィクションだ。

 つまり、悲劇のためにつじつまを合わせたでっち上げの物語が、偶然秘匿された本来の歴史と符合してしまったのである。

 ちなみにバルテリス王国はこの事実を認めていない。


「張り詰めた弓から矢が解き放たれた。その矢は聖女オルレリアの心臓へ。深々と突き刺さる」


 火のない所に煙は立たない。


「しかし新王、目の当たりにする。オルレリアの驚異的な再生力、心臓を貫かれてなお彼女は平然と生きていた!」


 創作には、いくつかの真実が織り交ぜられている。


「オルレリアは正式に聖女と認められ、ついに決戦の地、旧都アルカヘイブンへ。しかし、最後の難敵が待ち構える。――悪逆非道の王」


 吟遊詩人の語りが最高潮を迎える。

 気づけば、酒場の聴衆たちは語り手の言葉に夢中となり、食い入るように聞き入っている。


「かの王は太陽と見まごう火球を自軍に叩きつけ、こう脅します。『戦え、そして散れ、我が王国の為に』。生きるため、王命に従うしかないアルカヘイブン兵たち。しかし聖女オルレリアは彼らの業を広い懐で受け入れます」


 喉を引き裂かれ、それでも死なない聖女オルレリア。


「『その手は、人を傷つけるためではなく、人々の自由を守るために使いなさい。神はあなたが奮い立つことを望んでいます』」


 相変わらず、オルレリアの言動は少し美化されて物語は吟じられていく。


 だが、それを気にする者はいない。

 何故ならこの物語を知る者たちにとってキレイなオルレリアこそが実像であって、本物のオルレリアの過激な部分など知ったことではないからだ。


「アルカヘイブン兵を味方につけたオルレリアは、ついに敵の本陣へ。アルカヘイブン王が構える物見やぐらに襲い掛かり、これを撃破。ついには悪逆非道の王から平和を奪還することに成功したのです!」


 しかし、物語はそこでは終わらない。


「英雄として受け入れられたはずの聖女オルレリアを襲った、最後の試練。それは、彼女が支え、ともに歩んできた新王の裏切りでした」


 実際には教皇が新王をそそのかしたのだが、その真実を物語に組み込もうとする者は秘密裏に処刑される手はずとなっており、今日ではマイナーなIFストーリー程度の認知となっている。


「実は旧都の王女に片思いをしていた新王は、彼女を殺したオルレリアに憎悪を募らせていたのです。そんな彼が、旧王女ブランに向けて送った聖女の最期、それはブランが生前好んだ残忍な処刑の一つ、炮烙(ほうらく)の刑」


 こうして世界平和のために奮い立ち、戦った聖女オルレリアの物語は終焉を迎える。

 最期は銅の柱に括りつけられ、火刑に処されるという、残忍な結末をもって。


 ここまでが、再編された、後世に残る史実となる物語。


 しかし今回は、最後の最後に、初めて聞く脚色が付け加えられていた。


「しかし聖女の心臓は火刑に処されてなお新鮮な状態で保たれていて、いまは宗教国家アルカディアの深部で、聖遺物として大切に保管されているのです」


 その、締めくくりを聞いて、一人の男が席を立った。


 彼は吟遊詩人の前までおもむろに近づくと、懐から大量の貨幣が詰め込まれた革袋を取り出し、吟遊詩人に手渡しました。


「大変面白い話を聞かせてもらった例だ。受け取ってくれ」

「こ、こんなに⁉ あ、ありがとうございます! ……お客さん、いったい何者です?」


 その男の見た目は20代そこら。

 各地ででかい顔をしている貴族に彼の顔は無いし、どこぞの大商人の息子という雰囲気ない。

 ではいったい、この大金をどうやって手に入れたのだろう。


 もしや汚い金なのでは、といぶかしんだ吟遊詩人が、あっけらかんとした装いで、彼の出自を探る。


 しかし。


「しがない旅人ですよ」


 飄々とした笑みで応じる男の内心は、まったくわからなかった。


「あなたの名は?」


 せめてそれくらいは聞かせてくれと祈る吟遊詩人に、男はいい話を聞かせてもらったお礼だと言って返す。


「ロギア。そう呼ばれています」


  ◇  ◇  ◇


 夜の町を、一人の男が歩いている。

 名前はロギア。

 歴史が忘れた、人類史最古の国王である。


「聖女の心臓だけが生き残っていた。なるほど、おもしろい話だ」


 ロギアは嗤う、闇夜に一人。


「よし、実話にしてくるか」


 不吉な言葉を残し、彼は闇へと消えていった。


  ◇  おまけ  ◇

第11話 ラ・ピュセル/乙女

第12話 ロラクル/神託

第13話 ル・ディフィレ/パレード

第14話 ラ・フレネジー/狂乱

第15話 ラ・トライゾン/裏切り

第16話 アヴァン・ローブ/夜明け前

第17話 ドゥ・ラ・レベリオン/反乱

第18話 ル・セルポン/ヘビ

第19話 ランドゥクスィオン/手引き

第20話 ル・コンテュール/ストーリーテラー

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カクヨム版
時代の節目に陰から糸を引く転生者
異世界で現代知識チート無双していたら英雄誕生の光景に目を焼かれてしまった主人公が、さらなる英雄譚目撃のために英雄も巨悪も舞台も用意して「さあ、やれ」と特等席で観戦を決め込む話。
+注意+

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