第20話 ル・コンテュール
結論から言おう。
失敗だった。オルレリアの出頭は。
彼女を待っていたのは薄暗い牢屋。
みぐるみをはがれ、擦り切れた衣装一枚を身にまとい、オルレリアは鉄格子が内外を隔絶する閉所空間に押し込められた。
「お願いします! 王に、新王に会わせてください! そうすれば誤解は解けるはずです!」
格子の向こうでオルレリアは、彼女をみはる兵士たちに必死に訴えた。
だが、ここで、オルレリアの知りえない罠が仕掛けられていた。
彼女をみはる兵士の姿をしている者たちは、兵士ではない。
その出自は教会側。
つまり、彼女を貶めようと根回しを進めている教皇の息がかかった手駒。
彼女が何と言おうと、彼女の主張を聞くなと強く厳命されている。
「どう、して……」
オルレリアが膝をつき、途方に暮れた。
彼女が戦場で魅せた、感情の強制伝播。
あれを使えればあるいは、この見張りたちを逆に味方につけ、奇跡の大逆転劇も起こり得たかもしれない。
だが、そうはならなかった。
(わたしが聞いた声は、本当に神の声だったの……?)
オルレリア自身が、自らの神聖性を疑い始めたからだ。
気づくきっかけならあった。
バルテリスで弓兵から受けた不意打ち、遠距離からの精密狙撃。
結果的に、それは彼女の生命力のすさまじさを示し、神の使いである主張を強固なものにした。
しかし、なぜ、事前にお告げが下らなかったのだろうか。
もしかするとすべては幻聴で、自分は神の声を聞いてなどいないのではないだろうか。
的中した一部の知り得ぬことは、偶然の一致に過ぎないのではないだろうか。
そんな不信感が膨れ上がる。
そして、能力を知らず知らずに垂れ流していたオルレリアの不安は、脳波ネットワークを伝い見張りの者たちへと感染する。
「やっぱり、本当だったのかもしれないな、神の使いを騙る大罪人だったって話」
「見れば見るほどただの小娘じゃないか。こんな奴が神の使い? ありえないだろ」
一度負のスパイラルに落ちるともう抜け出さない。
オルレリアの不安が兵士の感情をあおり、兵士の噂話がオルレリアの薄暗い不安をどんどん色濃くしていく。
加えて、さらに悪いことがあった。
なにせこの世界、50年ほど前にようやく文明らしい文明が興ったばかり。
もう歴史に名も残されていない幻の初代国王が、文字という偉大な発明を遺したもののそれを扱えるのは一部の者だけで、識字率は非常に低かった。
まして、寒村の村娘だったオルレリアが文字を読めるはずなどない。
かくして書類の偽造は簡単に行われた。
調書は適当にでっち上げられ、オルレリアのあらぬ罪は陰謀により真実と成ってしまう。
「処刑の日が決まりました」
オルレリアの最期の一日が、始まる。
◇ ◇ ◇
アルカヘイブンは暴徒であふれかえっていた。
「ふざけるな!」
「聖女オルレリア様が処刑だと⁉」
「新王は何を考えているんだ!」
「そんな横暴を許すな!」
当然、それを予期できなかったはずがない。
よって教皇は、処刑台を塔の上に設置した。
狙いは大きく三つ。
まず、強行突破への対抗策。
足元から崩せば前王の二の舞、つまり建物の下敷きになる造りとなっている。
よって暴動が起きても無理やりの突破は不可能となっている。
次に、処刑台へのアクセスの制限。
その塔は一本しかない長い縄梯子を登っていくほかに登攀方法が無く、必然複数人で一気に駆け上がる、という方法がとれなくなっている。
さらに塔の途中には処刑人が構えており、不正に駆け上がろうとする輩をネズミ返しのごとく弾き返す手はずとなっている。
そして最後に、見晴らし。
その塔は高くそびえたち、町のどこからでも目撃することができた。
勝利の女神、神の使い、その最期を全国民に知らしめるための、ささやかな気遣いである。
よって、国民がいくら猛ろうとも、どれだけ聖女の救出を試みても、成立しない。
着々と聖女終焉の時が迫っている。
「これより、神の使いを騙る大罪人の処刑を開始する!」
高い塔を見上げれば、はるか上部に、銅製の柱が立っている。
そこに、一人の女性が磔にされていた。
聖女オルレリアだ。
彼女の手足は銅の鎖が巻き付けられていて、全身をがんじがらめにされている。
独力での脱出は不可能だ。
床には大量の油がふんだんに用意されていて、その量は一度燃え始めたら何時間も燃え続けるだろうと一目見てわかるほどである。
処刑立会人が、一つ下のフロアへ移動した。
そして、オルレリアのいる階層へ向け、煌々と燃え盛る松明を投げ入れる。
塔の先が、真っ赤に燃え上がった。
油に火が燃え移ったのだ。
……おぞましい絶叫が、国中に響き渡った。
「ああぁぁああぁぁぁぁぁあぁぁっ!」
国民誰もが耳を塞いだ。
あまりに凄惨な処刑方法に、誰もが目を塞いだ。
(熱い、熱い、熱い、痛い、苦しい)
炎の中でオルレリアは叫んでいた。
煙が目や鼻からしみこんで、だらだらと涙や鼻水があふれ出る。
しかしそれらは次の瞬間には蒸発し、決してしたたり落ちることはない。
肌が、焼けただれる。
それを驚異の再生能力が上回る。
古い体を脱ぎ捨てるように、炭化した肉体を切り離し、真新しい肉体が再構築される。
(何故、何故、何故)
熱された銅の柱が、絶えずオルレリアの肌を焼き焦がし続けている。
(神よ、神よ、もしいるのなら、お助けください!)
燃焼によるやけどは体の表面に限らない。
高温に熱された空気は呼吸とともに肺に潜り込み、内側から火傷させる。
しかし驚異の再生力を誇るオルレリアはそれでも死ぬことを許されない。
「ああぁぁああぁぁぁぁぁあぁぁっ!」
「神よ、神よ! 彼女を救いたまえ!」
「何故このような蛮行を許したもう」
「こんな仕打ち、あんまりでございます」
阿鼻叫喚の地獄絵図。
まるで我が子に不幸が起きたかのように、誰もが誰よりもオルレリアの身を案じた。
ボロボロと涙があふれ出し、中には失神してしまうものも大勢いた。
しかし処刑は止まらない。
ついには、オルレリアの持つ再生能力が限界を迎えた。
ロギアは彼女に改造手術を施した。
しかしそれは、あくまで再生能力を上げるだけのこと。
細胞分裂の限界を決めるテロメアについては、一切の手を加えていない。
必然、再生できる範囲には上限がある。
「あ……が……っ」
朦朧とした意識の中、オルレリアは祈る。
奇跡が起こり、この身を救うことを願う。
しかし、いつまでたっても、声が聞こえない。
(神、さま……)
全身を焼かれる苦痛の中、オルレリアの命は、燃え尽きた。
◇ ◇ ◇
涙なしには受け入れられない、聖女オルレリアの死を、しかしほくそ笑みながら傍観している男がいる。
教皇だ。
「くふふ、ようやく、ようやくだ」
野心深い彼は、ずっと望んでいた。
人民の頂点に君臨することを、そこから見る景色を一望することを。
そのために、前王のあらゆる理不尽に耐えてきた。
その努力が、いままさに実ろうとしている。
「ついに始まる……我が時代がな」
教皇は最後に、念のため聖女の死を、自らの息がかかった手駒に確認させた。
その結果、間違いなく肉体は炭となって焼け落ち、驚異の再生も終わっていたと告げられ、最後の一手を打つべく行動に出る。
「皆さん、お聞きください、かような暴挙に出る新王を本当に王と認めてよろしいのですか!」
いけしゃあしゃあと、教皇が弁舌を振るう。
「確かに新王は、聖女オルレリア様がご指名なさった。しかし、その仕打ちがこのように残虐な処刑など、誰が許せるのでしょう!」
誰からともなく、同調意見が巻き上がる。
「そ、そうだ」
「オルレリア様を処刑台に送った新王を許すな!」
「もう暴政を強いる王の時代はまっぴらごめんだ!」
「やつを王の座から引きずりおろせ!」
広場は熱気に包まれた。
教皇は内心でほくそ笑んだ。
これなら、サクラを仕込む必要も無かったな、と。
「ここに宣言いたします! 新王を排斥し、真に平和な政治を執り行うことを!」
教皇が右手を高々と挙げた。
それを合図に、アルカヘイブン兵が、誰かを連行し、引っ張り出してくるのがわかる。
新王だ。
轡をはめられ声を奪われ、目隠しをされ、手足を縛られた男が、兵に連行されている。
あまりにも出来すぎなタイミング。
実は、オルレリアの処刑が始まる前には王の拘束は完了していた。
そして、オルレリアの処刑台への連行と入れ替わるように地下牢に幽閉し、処刑が完了したタイミングで引っ張り出したのだ。
まさに、処刑を止めるべく王を捕らえようと奮闘したが、残念ながら間に合わなかった、という筋書きで。
冷静になれば気づく者もいたかもしれないが、いま、アルカヘイブンの国民は聖女オルレリアを喪失した悲しみと、そんな暴挙に走った新王への怒りでそれどころではなかった。
悪感情が渦を巻く。
「これより天に代わり、この悪王に誅罰を下す!」
教皇が魔法を行使すると、新王の体ははじけ飛び、絶命した。
「ここに宣言する! 王のいない、教皇が民を平和に導く宗教国家、アルカディアの誕生を!」
歓声が、新たな時代の到来を祝福していた。
◇ ◇ ◇
教皇が教会に拵えた自室で悠然とハーブティーをすすっている。
「くふふ、己の才能が恐ろしい。まさしく、私が描いた脚本通りの展開」
教皇は手に入れた。
彼が望んで止まなかった人民を統治する権利を、頂点からの景色を。
愉快。
とても愉快だった。
ああ、なんて素晴らしい世界だろう。
すべてが自らの思い通りに動く……。
「ああ、なかなか楽しませてもらったよ」
「ッ⁉」
気が付けば、すぐ隣に、彼と同じようにハーブティーをすする男が腰かけていた。
「な、何者だ。どこから入った」
ここは鍵のかかる部屋で、その鍵を持っているのは教皇だけだ。
教会所属の人間ですら立ち入りは禁止で、まして部外者となればなおさらだ。
内心の驚きを努めて隠し、平静を装い、教皇が目の前の、謎の人物に問いかける。
「スマートではないな、質問は一つずつ行え」
「……お前は、何者だ」
「わからないか? まあ、無理もない」
男の名は、ロギア。
かつて教皇たち始まりの7人が、その座を簒奪した初代国王だ。
だがしかし、若返るというのは人知を超えた発想であり、当然教皇はすぐさま同一人物の可能性を排除した。
だから、わからない。
この男が何者なのか。
「まあいい。俺はこう見えて優しい性格でな、特別に教えてやるよ」
男はカップを置くと、したり顔でのたまった。
「聖女オルレリアを擁立した者、とでも言えばわかるか?」
「……っ! 貴様、まさか」
男はゲラゲラと笑った。
「都合よく聖女が降臨したとでも思ったか? くっはは、それはめでたい発想だ」
否、断じて否である。
「お前はすべての筋書きを自らが用意したと思っているようだが、それはおごりだ。のっかっただけに過ぎない、俺の用意した英雄譚にな」
教皇は内心でほぞをかみながら、思考は冷静さを保たせて、思案を巡らせた。
「さて、ここで頭のいい教皇はこう考えるわけだ。『聖女を擁立したと言うなら、何故殺害計画を看過したのか』、『この男はどこまで知っているのか』、とな」
「……っ!」
「顔に出てるぜ? 図星だってな」
男はつまらなそうに笑顔を消した。
それが、教皇にとっては、これ以上ない屈辱だった。
(ふざ、けるな……! この私を前にして、敵とすら認識していないというのか……!)
怒りと恐怖が込み上げる。
(なんなんだ、何者なのだ、この男は……!)
危険だ、抹消しなければ。
そう思うのに、体がまるで動かない。
「特別に、質問に答えてやると、お前の計画が面白かったからだ。そして、そっちの方が都合が良かったとも言える」
「……どういう意味です」
「ハッ、てめぇで考えな。その、足りない脳みそでな」
男が席を立つ。
「お茶、うまかったぜ?」
教皇は、悠然と退席する彼の姿を、黙って見送ることしかできなかった。
(若造風情……ッ!)
二章 救国の聖女 終了
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