第19話 ランドゥクスィオン
「そんなこと、できるわけがないだろ」
新王は教皇の提案を一蹴した。
オルレリアは彼にとって恩人だ。
彼女がいたから、すべてを失ったどん底の人生から、王位を継承できるまで上り詰めることに成功した。
その相手を、なぜ殺せるのだろう。
「第一、彼女は殺したくらいじゃ死なない。心臓を矢で打ち抜かれても、首を刃物で切り裂かれても生きてるんだ」
「では、焼き続ければ?」
「何?」
教皇が彼の耳元でささやき続ける。
「ブラン様が生前考案された処刑に、炮烙の刑というものがあります」
彼が言うには、人を焼き殺す刑らしい。
用意するのは銅の柱。
そこに罪人を縛り付け、銅の柱を火であぶり、焼き殺すというのだ。
「ブラン様が叶えられなかった願いを叶えるのは、生き残った新王陛下にしかできぬこと。なにとぞご検討を」
「し、しかし」
「新王、あなたは彼女の、英雄としての側面に目を向けすぎなのでございます。此度の戦、彼女は勝利のために何人のアルカヘイブン兵を殺したと思っているのです」
「……っ」
彼は口を閉ざした。
最終決戦の地で、無くなることになった命の死因の大半は、前王による火球である。
しかし彼らを焚きつけたのはオルレリアだ。
今回の件に目を瞑っても結果は同じだ。
彼女はバルテリスをアルカヘイブンから救うために、多くのアルカヘイブン兵をあの世に葬り去っている。
「しかし、彼女は、天が選んだ奇跡の娘だ。彼女を殺せば、必ず天の怒りが――」
「それも、問題ございません」
新王は気づいていない。
先ほどから彼は、殺した時のデメリットばかりを上げている。
それは、殺害に対して前向きに検討したという原因があって初めてたどり着く境地。
結局、彼の胸の内にはずっとあったのだ。
ブランという、かつて愛した女性を救えなかった後悔が。
その愛しい女性を殺したオルレリアに対するわだかまりが。
それでも、本来は「仕方のないことだ」と諦め、いつか風化する感傷だった。
しかし、教皇がそれを許さない。
新王が必死に灰をかぶせ、燃え盛らないようにしていた憎悪の炎に息を吹きかけ、再燃させようと試みている。
「そもそも、神の使いというのは彼女の証言に基づくもの。彼女に虚偽の申告の疑いがあります」
「だが、彼女の生命力は本物だ。神に愛されているとしか思えない」
「だからこそ、試せばよいでしょう」
「試す?」
「ええ。彼女が真に天の寵愛を受けた娘であれば、天が彼女をお救いになるでしょう。逆に、彼女が神の使いを騙る悪人であれば、処刑することこそ天の御心に従うということ」
そして、教皇の目論見通り、新王の胸の内では、彼女を殺す正当性を示す理論が、着々と構築され始めていた。
「付け加えて言いますが、彼女ははたして、いつまであなたの味方でいてくれますかな?」
「……は?」
「新王陛下が王位継承に至ったのは、彼女が陛下を推薦されたからです。では、もし、彼女が陛下を見限り、別の王を擁立しようと動けば?」
新王の目が、これでもかと大きく見開かれる。
「陛下の王位は瞬く間に失われるでしょう」
「そん、な……。彼女が、僕を裏切るなんて……」
「絶対に無いと言い切れますかな? これまで、彼女は陛下の意見をすべて聞き入れてきましたかな?」
新王は渋面を浮かべた。
彼女は何かとつけて「突撃!」、「侵略!」、「攻め落とせ!」と主張してきた。
新王が待ってと頼んだところで、聞き入れてくれたことなど何度あったことだろう。
そして極めつけが、ブランに対する処遇だ。
見逃すことを申し出た彼に、しかしオルレリアは明確な拒絶を示している。
「ゆめゆめ、お忘れなきよう。彼女は、陛下の従順なしもべではございませぬ」
むしろ、逆。
新王こそが、彼女の駒。
ただの侵略行為を聖戦と主張するための、道具。
「民の心は陛下ではなく、聖女に向けられております。これは必ずや、のちのち、陛下の脅威となるでしょう」
味方であれば、彼女ほど頼もしい猛将はいない。
しかし、敵となれば。
彼女ほど恐ろしい怪物を、彼は知らない。
「いましかないのです、新王陛下。彼女を殺すなら、いま」
王の座を脅かされる前に。
人々の記憶から、多くのアルカヘイブン兵の命が失われた過去が風化してしまう前に。
教皇が新王に決断を迫る。
◇ ◇ ◇
三日三晩に及んで続いた宴のあと。
聖女オルレリアは疲労から、昏々と眠り続けていた。
そこに、王国の兵士たちがやってくる。
「オルレリア様、オルレリア様、お目覚めください」
「う、うぅん……」
寝ぼけ眼を擦りながら、オルレリアが目を開け、周囲の状況を探る。
ここはどこだ、何をしていた。
記憶の海から糸を引っ張れば、ここは親切なアルカヘイブン兵が兵舎にお世話になる前につかっていた家で、宴のあと眠りこけていたことを思い出す。
その、起き抜けのオルレリアに、兵士は鬼気迫る様子で訴えた。
「オルレリア様、どうかお逃げください」
彼女は眉をひそめる。
「どういうこと?」
「新王陛下は、オルレリア様を処刑するおつもりです。そのために我々が派遣されました」
「え? え? ちょっと待って、どういうこと?」
オルレリアには理解できなかった。
彼女にとって新王は、よき相棒だった。
そんな相手が、自分を殺そうと画策しているなんて、信じられるわけがない。
「邪魔になったのです、聖女様の人望が、新王の座を脅かすと危惧しているのです」
「そのようなことで彼が私を殺すとは……」
「オルレリア様、これは、真実なのです! どうか、どうかお逃げください! あなた様は、このような陰謀に巻き込まれて死んでいいお方ではありません!」
兵士の表情は深刻で、あまりにも真に迫っていた。
彼が嘘をついているとは思えなかった。
「……わかりました。御忠告、痛み入ります」
「オ、オルレリア様!」
「けれど」
オルレリアは目を伏せると、少し悲しい表情を見せた。
「わたしは、新王の下へ向かおうと思います」
彼女の決意を、兵士は理解できなかった。
「な、何故です! 行けば殺されてしまいます!」
「ですが、わたしが行かなければあなたは命令違反でとがめられてしまう。そうでしょう?」
「本望です! それで聖女様の命が救われるなら!」
「そんな悲しいこと、おっしゃらないでください」
兵士は必死に引き留めた。
しかし彼がどれだけ訴えようとも、聖女の意志は固く、決して曲げてはくれなかった。
「何か、誤解があったのでしょう。その誤解が解ければ、きっとわかり合えるはずです」
「甘い、聖女様は、甘すぎます! 人は、聖女様のように心優しい者ばかりではございません!」
「けれどわたしは知っています。新王が、ずっとわたしの身を案じてくれていたことを」
オルレリアは覚えていた。
彼女がことあるごとに「進軍あるのみ」と主張するたび、他に方法は無いのか、万全は期したのかと慮ってくれていたことを。
「新王は優しいお方です。だから、きっと大丈夫です。ね?」
立ち上がり、王城を目指す姿は威風堂々。
世界が祝福した、奇跡の体現者にしか見えない。
しかし、それでも、なお。
彼女を見送ることしかできない無力な兵士には、嫌な暗雲が立ち込めているようにしか思えなかった。




