第18話 ル・セルポン
一見絶望にも思える戦力差。
敵将が放った火球が大地をマグマのように溶かす傍ら、一人の聖女が断言する。
「策ならあります」
聖女の名はオルレリア。
絶望的な状況からバルテリスを救い、そのうえ心臓を刺されても死なない奇跡の娘。
彼女の言葉は常に正しい。
故に、兵たちはうろたえない、へこたれない、あきらめない。
「必ず勝ちます」
何故なら彼女は勝利の女神。
この聖戦の勝利は戦いが始まる前から決定づけられた運命なのだから。
「ご覧なさい、刮目しなさい。かの者こそがわたしたちの倒すべき怨敵、アルカヘイブンを堕落させた諸悪の根源ども」
オルレリアは巨大な旗を振り、その先端を、アルカヘイブンの防壁の向こうにある物見やぐらの頂上へと突き立てた。
「故に、物見やぐらを足の部分から破壊します」
そう。
敵の脅威は、あくまで攻撃力。
こちらの攻撃が通らないほど強固な防御力を有しているわけでも、まして不死身の肉体を有しているわけでもない。
いくら炎の魔法に長けていたところで、重力という物理法則、そして落下の衝撃に耐える術が手に入るわけではない。
「これは敵のおごりです! この機を逃す手はありません! 故に、どうすべきかはわかりますね?」
聖女オルレリアが兵たちに向かって問いかける。
兵士たちは一様に、「まかせてくだせぇ、姐御!」といった雰囲気を醸し出している。
「全軍、突撃ぃ!」
バルテリス軍の侵攻が再開される。
「上がりなさい! 上がりなさい!」
旗を振るうは聖女オルレリア。
先頭を走るのもオルレリア。
自分たちを率いてくれる存在が、前に立って先導してくれている。
そのことが、彼らにとっては言葉にできないほど嬉しいことだった。
「う、うわぁぁぁぁ!」
アルカヘイブン兵の一人が、錯乱したように飛び出した。
反旗を翻せば、国王の魔法で殺される。
そんな恐怖から出た行動だった。
彼が手にする刃物が、旗を掲げて走るオルレリアの喉元へ通る。
鉄臭い匂いがつんと鼻を刺激する。
人を殺す感触、というのを、彼は初めて味わった。
しかし、
「目を覚ましなさい」
予想と違うことが起こった。
「あなたのその手は、暴君の命に従うためにあるのではありません!」
いままさに喉を引き裂かれたはずの女が、何事も無かったかのように説教たれてくるのだ。
「戦いなさい、自らの自由のために。立ち上がりなさい、人々の平和のために。奮い立ちなさい、あなたには、その勇気が宿っているはずです」
「オ、オルレリア、様……!」
なんと、なんと慈悲深いお方だろう。
「俺、間違ってたっす! 俺も、戦います! オルレリア様と一緒に!」
「お、俺も!」
「俺もだ!」
「目が覚めました! 俺たち全員、オルレリア様に命を託します!」
……この時、オルレリアは脳波ネットワークの扱いを、一段上へと成長させていた。
つまり、感情の強制伝播。
彼女の端末になるよう改造されていない相手であっても、無理やり感化させる術を、彼女は漠然と会得しつつあった。
「ええ、行きましょう!」
それは一種の洗脳魔法。
「正義は、わたしたちにあります!」
歓声、大歓声が、巻き起こる。
勝敗が決したわけでもない、それなのに、戦場で歓喜の声が空気を震わせている。
「野郎ども、道を開けろォ! 聖女オルレリア様のお通りだァ!」
侵略すること一路順風のごとく、
「うぉぉぉ! 火球に怯むなぁ! 屍を超えていけぇぇぇ!」
侵略すること肉山脯林のごとく、
「勝利は目前!」
侵略すること電光石火のごとく、
「防壁だ? 知らん! ぶち破れぇ!」
侵略すること剰水残山のごとし。
これすなわち風林火山。
謳うは救国の聖女オルレリア。
人類最古の兵法なり。
「崩せ! 崩せ! 崩せ! 崩せ!」
「物見やぐらの土台を壊せ!」
「いくら魔法使いと言えども殺せば殺せる!」
「いざ、いざ! この戦争に終止符を!」
大挙。
幾千もの兵がなだれ込み、物見やぐらの土台に刃物を叩きつけ続ける。
倒壊する。
はるか遠くまで見渡せるよう、アルカヘイブン国王が築いた物見やぐらが、足を救われ倒壊する。
悲鳴が、頭上で上がっていた。
しかしその声が誰かの耳に届くことはなかった。
なにせこの時、全軍、勝利の喜びで大歓声。
隣の人が何を言っているのかもわからぬ大絶叫。
アルカヘイブン国王、および、その配偶者ブラン。
彼女ら二人は倒壊する物見やぐらとともにその血肉を周囲にばらまき、死という結末を迎えた。
「うぉぉぉぉぉ! オルレリア様、万歳!!」
◇ ◇ ◇
宴は三日三晩続いた。
それほどまでに、悪王からの解放というのは、全国民にとって嬉しい知らせだった。
昼夜を問わず続くどんちゃん騒ぎ。
その裏で、次期国王の戴冠式の準備は着々と進められていた。
「このお方こそが天がお認めになれらた時期新王です」
聖女オルレリアはいまや、全国民の憧れの象徴だった。
その聖女が太鼓判を押す次期国王。
ただそれだけの理由で、新王は無条件に信用を勝ち取っていた。
国は活気に満ち満ちていた。
暗黒の時代が終わり、平和な時代がやってくるのだと喜びを分かち合っていた。
そんな中、一人浮かない顔のままの男がいる。
新王だ。
昼のように明るい広場から路地を抜けた裏道で、男が星を眺めていた。
時期新王と担ぎ上げられている男だ。
そこに、一人の影が忍び寄る。
「ああ、新王様、ここにいらっしゃいましたか」
「あ、君は……」
会うのは4年ぶりだ。
しかし、すぐに誰かわかった。
始まりの7人の一人、教皇だ。
「何をしに来たんだ?」
新王は警戒心をあらわにした。
「僕はもう、序列最下位だったころとは違うぞ」
なにせ昔、不遇な扱いを受けていたのだ。
久しくあっていなかった友人と再会を喜び合えるような間柄ではない。
むしろ、逆。
この状況で接触してくるなど、すり寄ってきているようにしか見えない。
何か腹に邪悪なたくらみを抱えているに違いない。
そんな直感を信じながら、新王は教皇と対峙する。
「いやはや、耳が痛い。しかしですな、ただ昔話をしにきただけなのですよ」
「昔話、だと?」
「ええ。昔のあなたを知るものでなければ吐き出せない内心もある、そうでしょう?」
新王は答えに困窮した。
見透かされているのかとも思った。
「いまも、好きなのでしょう。ブラン様のこと」
「……そんなはず、ないだろう」
「隠さずともよいですよ。あなたが彼女に並々ならぬ思いを寄せていたことは、始まりの7人であれば皆知っていることです」
男はバツが悪そうに顔をそむけた。
「しかし、難儀なものですな。国王というのは……好いた女を殺すしかなく、盛大に見送ることも許されない。いやはや、心中お察しいたします」
「ッ! 黙れ! わかったような口を利くな!」
新王は、誰よりも自分が一番驚いていた。
これほど強く怒りの感情が湧き上がるとは、思いもしていなかったのだ。
これでは未練たらたらだと自白しているようなものだ。
急に、胸の奥に冷たい風が吹いてきて、無力感が強く込み上げてきた。
「よいのです、新王よ。あなたのその『愛』は、誰にも非難されるいわれが無いものです」
だから、教皇の言葉が、現状を肯定する言葉が、酷く耳に心地よかった。
「せめて、彼女への手向けをご用意してはいかがですかな?」
「彼女へ、手向け?」
教皇は好々爺然とした笑みを崩さずに、優しく穏やかに新王へと語り掛けた。
「聖女オルレリアを処刑するのです」
しかしその眼光は鋭く、蛇のように、狡猾だ。
「さすればブラン様も報われることでしょう」
教皇は別にロギアの息がかかってるわけではないです




