第17話 ドゥ・ラ・レベリオン
「彼女は、ブラン陛下は本当は優しいお方なんだ。いまは、ちょっとおかしくなっているだけで、でも、話し合えばきっと元の優しい女性に戻ってくれると思うんだ!」
何を隠そうこの男、いまだにブランに未練たらたらなのである。
あわよくばよりを戻せないだろか、とさえ考えている。
「新王は」
オルレリアは彼の内心を正確に読み取ったわけではないが、何かに引っかかりを覚えた。
そしてその引っかかりを、直感で手繰り寄せることに成功する。
「現アルカヘイブン国王も、やり直しがきくとお考えですか?」
「……」
オルレリアの問いに、男は答えられなかった。
それを肯定してしまえばアルカヘイブン征伐が大義を失ってしまい、否定してしまえばブランを見逃してほしいというお願いが自分のわがままだと認めることになってしまうからだ。
だが、沈黙は、ときに言葉より雄弁に内心を語る。
「無いのですね」
現王だけを殺し、女王だけを見逃す理由なんて。
「新王よ、お覚悟ください。この世に平和をもたらすには、腐敗の原因である膿をきれいさっぱり取り除くしかないのです」
男は、口をとがらせて、不満いっぱいな内心を露骨に顔に出した。
しばらく沈黙を続けてみたが、オルレリアは一歩も譲る気配が無い。
これまで同様「侵略あるのみ」の一点張り。
だから、仕方なく、しぶしぶ、ひとまず頷き、彼女の協力を取り付けた。
「では、参りましょう。これが最後の戦いです」
……新王の心に、オルレリアに対する猜疑心が芽生えたのはこの時だった。
そしてその芽は水も光もなく、ひとりでに根を伸ばし、彼の本心に問いかけ続けるのだった。
――勝利の女神は、本当にお前の英雄か?
願わくは、そうであってほしいと、彼は目を閉じ祈りを捧げるのだった。
◇ ◇ ◇
アルカヘイブン、王城最奥、王の私室。
そこで独裁者夫婦が贅限りを貪っている。
「んんふ、ねえ陛下? なんだか外が騒がしくない?」
「バルテリスの兵どもが攻めてきたのやもしれんな」
「……大丈夫ですの?」
ブランが媚びるような声と仕草で、上目遣いにアルカヘイブン王に問いかける。
「くっはは。問題あるまい。やつらが独立してから4年、あいつらが内政に精を出している間、こちらは軍事力の強化を行っていたのだ」
実はこの時、兵士の数量は10倍近く開いていた。
これはオルレリアの出撃の際、バルテリスが防衛の人員を確保するべく、出兵の人数を渋ったことが原因の一つだ。
結果、ただでさえ戦力の差に開きがあるにもかかわらず少数で突撃するはめになっていた。
「そうだ。これは結構な見世物になるぞ。裏切者の末路、さぞ心地よい悲鳴を上げてくれるはずだ」
「まあ、陛下、素晴らしいですわ。ではさっそく参りましょう」
当然だが彼らは自軍の勝利を信じて疑っていない。
単純に兵力の差で考えれば圧勝するのは誰の目にも明らかだ。
よしんば何らかの理由で軍が敗れたとしても、国王には、圧倒的な力、魔法がある。
敗北の道理などどこにもない。
(んふふ、お馬鹿さん)
彼のすぐそばに、裏切者がいることを除けば、だが。
(師父、聞こえますか?)
ブラン……否、ハクが、脳波を使ったネットワークで彼女の主人に連絡を入れる。
仕組みはロギアがオルレリアに語り掛ける神託と全く同じ。
ハクとロギアの間で情報のやり取りができるのは当たり前だ。
(アルカヘイブンの国王は、物見やぐらで高みの見物を行うつもりのようです)
『そうか、よくやったぞ、ハク』
(もったいなきお言葉……!)
脳波ネットワークとはいえ、敬愛する主人のねぎらいの言葉に、ハクはブランの体で恍惚の笑みを浮かべた。
それを不思議に思った現国王が、ブランに何かあったのかと問いかけた。
ハクは内心で「いま師父と話してんだよ邪魔すんじゃねえ」と思いながら、表情は穏やかに愚民どもの悲鳴が楽しみなだけですわ、と答えた。
一応の納得を示した国王が物見やぐらを先に上っていく。
ブランもそのあとを追いかけた。
(もうすぐ、この体ともお別れね)
彼女は目を細め、どこか、遠い景色を眺めているかのように、郷愁の色を瞳に宿していた。
物見やぐらを登った国王が見たのは、信じがたい光景だった。
「なにが、起きているんだ」
彼の予想では自軍の圧勝で間違いなかった。
今日この日の為に日ごろから移住民族を探しては自国に引き連れ、兵士の任につけていたのだ。
その甲斐あって戦力差は歴然。
しかし。
それなのに。
「何故、我が軍が劣勢なのだ……!」
戦況は、予想に反し侵略軍の優勢。
彼が予想だにしない展開。
ここには二つの理由があった。
一つは当然、聖女オルレリアの鼓舞によるバーサーカーモード誘発バフ。
自らを正義と信じ疑わず、これを平和を取り戻すための聖戦だと考えている兵士たち。
彼らの勢いは常軌を逸しており、白兵戦において猛威を振るっていた。
そして、これは誰にも、オルレリアにさえ予想できなかった、一つ目の理由から派生した思わぬ誤算。
「あいつら……! 寝返りやがった……!」
現国王、ここで自らの愚を悟る。
「くそっ! これだから雇われ者の兵士どもは! 拾ってやった恩も知らずに!」
彼が軍事力強化と称して集めたのは、王国周辺で、狩りや採集を基本とし、穏やかに暮らしていた移住民族だった。
それを、王は無理やり引き抜いた。
法や労役、貨幣制度などという、ルールに溢れた国に、無理やり縛り付けた。
当然、わだかまりは残る。
彼らは王に強い不満を抱えていた。
そのうえさらに、聖女オルレリアの噂はアルカヘイブンまで聞こえていた。
こうなってくると、兵士の中にはこのように考えるものが出てくる。
――聖女オルレリア様は人々の平和のために戦ってくれている。
――向こうを応援した方がいいんじゃないか?
もしそれが一人二人の考えならば、糾弾され、弾圧されていただろう。
しかし、そうはならない。
ここにいる兵のほとんどは無理やり連れてこられ、矢面に立たされている者たち。
当然広まる。
寝返りの正当性、現国王への猜疑心。
誰かが反旗を翻した。
それを見た誰かが、彼に続いた。
まるで両端を取られたオセロのように、つぎつぎと進行方向を反転するアルカヘイブン兵たち。
国王は、自らが蓄えた兵力に牙をむかれている最中だった。
「愚か者どもがァッ!」
国王はローブの下から杖を取り出した。
杖の先に、炎が灯る。
否、表現するには、炎という言葉ではあまりに生易しすぎる。
それはまるで、小さな恒星。
小規模な太陽。
それが、戦場、いままさに反旗を翻したばかりのアルカヘイブン兵たちの真上に、堕ちる。
「この俺を誰だと心得る」
彼こそが、原初の魔法使い。
地上で最も早く魔法の才を開花させた者。
前王から王座を、力づくで奪い取った男。
「問う。真に王にふさわしい者は、誰だ」
女に耽溺するようになって久しいが、その実力は……本物。
「戦え、アルカヘイブンの為に」
凡人が結束力を見せたところで、覆る力量差ではない。
「命が惜しければなぁ」
巨悪は立ちはだかる。
救国の聖女オルレリアの前に。
圧倒的な魔法を前に、彼女たちはどう戦う。




