第16話 アヴァン・ローブ
聖女オルレリアは心臓を貫かれても死なない。
そんな噂が瞬く間に、国を問わずに広がっている。
バルテリス国民の聖女信仰はもはやゆるぎない程強固なものとなっていた。
もはや誰もが彼女を勝利の女神と信じて疑っていない。
彼女がいる限り平和は約束されたも同然で、そのうえ彼女は死なないときた。
もう、誰の手にも止められない。
それは一国の王であっても例外は無い。
バルテリス国王は暗殺を仕向けることに成功したうえで、不死身と判明したオルレリアに対し、ついに彼女をどうこうするのを諦めた。
「神の声を聞く奇跡の娘オルレリアよ、そなたを救国の聖女と認定し、アルカヘイブン征伐の将となることを任命する」
「ハッ、ありがたき幸せ」
王城の前で執り行われた祭典には、バルテリス国民が大勢押し寄せた。
王は覚悟した。
後戻りはできない。
戦争終結後に被害を最小限に抑えられるよう根回しを進めておこうと、彼は決意した。
「ではいけ聖女オルレリアよ! そしてこの地に平和を取り戻すのだ!」
バルテリスに、大地を揺るがす歓声が巻き起こった。
◇ ◇ ◇
アルカヘイブンとバルテリス両国の境には、戦線を維持する目的で築かれた砦が無数に存在している。
元はバルテリス国の物だった。
国王が地属性の魔法で築いた砦は強固な守りとなり、長きにわたってアルカヘイブンの侵略を食い止める役割を担っていた。
だが、しかし。
近年はそれを奪われてしまい、かえってバルテリスを睨む難攻不落の要塞として立ちはだかってしまっている。
そこに、一人の少女が率いる軍がやってくる。
「聞きなさい、不当にバルテリス国の所有物を占拠する不埒な者どもよ! 即刻降伏し、罪を償うのです! さすれば天はあなた方をお許しになるでしょ!」
アルカヘイブン兵たちに、動揺が走る。
聖女オルレリア。
彼女の噂はこの国境線付近まで広まっていた。
いわく、詰み一歩手前の状況まで追い込まれていたバルテリスに現れた救国の聖女。
瞬く間にバルテリスを包囲していた砦を攻略し、国が公式に聖女と認めた存在。
その理は、
侵略すること一路順風のごとく、
侵略すること肉山脯林のごとく、
侵略すること電光石火のごとく、
侵略すること剰水残山のごとし。
端的に言って、やべーやつなのである。
そんなバーサーカーメイカーにして猛将が押し寄せてきたので、アルカヘイブン側としては大混乱である。
しかし、素直に受け入れるわけにはいかない。
「ふざけるな! 我々はアルカヘイブン国王陛下よりこの地の守護を任命されているのだ! やすやすと譲り渡してなるものか!」
もし、勝ち目がないからと逃げ出そうものなら、地の底まで追いかけられ、いっそ殺してくれと懇願してしまうような処刑が待っているのは目に見えている。
戦わずして敗北など、認められるわけない。
「……わかりました」
彼の主張は、無事聞き届けられた。
聖女オルレリアはまぶたを閉じ、吐息交じりにアルカヘイブン兵の言い分を受け止めた。
受け止めたので、指針は決定した。
「では、戦争です」
「え、ちょ」
「勇猛果敢なるバルテリス国兵士たちよ、わたしに続きなさい。ここに立ち並ぶすべての砦を、邪悪なアルカヘイブンから取り戻すのです!」
「ま、待って! 待ってくれ! まずは話し合いを――」
交渉の余地は無かった。
彼らがまだ戦いに意識が切り替わり切っていないうちに、火ぶたは斬られていた。
「うおぉぉぉぉっ!」
「上がれ上がれ!」
「怯むなァ!」
「突撃ィ!」
聖女オルレリアの開戦宣言と同時に、バーサーカー化したバルテリス兵が一斉に突撃を開始する。
「ひっ、ひぃぃぃっ!」
「来るな、来るなぁぁぁぁ!」
隙あらば砦にはしごをかけ、駆け上がろうとしてくるバルテリス兵を必死に突き落とす。
消耗はバルテリス軍の方がはるかに激しいはずだ。
それなのに、開戦から依然士気は下がる兆候を見せず、どころかどんどん激しくなってきている。
アルカヘイブン兵には、彼らが疲れ知らずの怪物に見えた。
こんな凶暴な化け物たち相手に、どう戦えばいいというのか。
不安を煽る、恐怖が伝播する。
弱気な心がごうごうと唸りを上げって、死という怪物がひたひたと迫りくる。
彼らの喉元に鎌のように鋭い爪を添わせ、終焉の時をいまかいまかと手ぐすね引いている。
「ひ、ひっ」
先ず一人、脱落した。
恐怖に敗れた男が、隙をつかれてバルテリス兵に殺された。
生まれた、攻略の糸口、蟻の一穴。
その隙を逃す手は無いと言わんばかりに、彼が守っていた場所にバルテリス兵が殺到する。
「上がれ上がれ!」
「この機を逃すな!」
「天は我らに味方せりッ!」
蹂躙。
たった一瞬の隙が、戦況を覆せないほど決定的に破壊しつくしてしまう。
「わ、わかった! 降伏だ! もうこちらに戦意は無い! だから、見逃してくれぇ!」
その声は届かなかった。
既にバルテリス兵はバーサーカーモードに突入しており、もはや敵を蹂躙することしか頭に無い。
辛うじて相手の言葉を理解できるのは、旗を振るっている聖女オルレリアだが、彼らの懇願は、バルテリス兵の雄叫びにかき消されてしまっていた。
故に、届かない。
彼らの悲痛の叫びは届かない。
「ひっ、や、やめ――」
殲滅、殲滅、殲滅、殲滅。
砦の色が、真っ赤に染まる。
「うおぉぉぉぉっ! 勝利は、我らが聖女の下にぃぃぃぃ!」
圧倒的な、蹂躙撃。
しかしこの戦いは、のちの歴史にこう記される。
――聖女オルレリアがバルテリスを救うべく開かれた、聖戦であった。
◇ ◇ ◇
オルレリアたちはみるみるうちに戦線を押し上げていき、ついには人類最古の王国、アルカヘイブンへとたどり着いた。
目的地は本丸。
国王をたぶらかす女狐ブランと、彼女にそそのかされ、悪逆非道の限りを行う愚王が待ち構えるアルカヘイブンの王城だ。
だらだらと続いていた4年間の戦争が嘘のように濃密な、およそ1週間のできごと。
オルレリアが新たな時代の王だと担ぎあげる、始まりの7人の序列最下位は、感慨深い感傷に浸っていた。
(帰ってきたのか)
思い出すのは、始まりの出来事。
革命を起こした彼らに、本当の初代国王はこう告げた。
――ようこそ、7人の英雄よ。
――ここが諸君らの始まりの地だ。
その日から始まった物語が、いま、ようやく終わりを迎えようとしている。
だから、その前に、言っておかなければいけないことがあった。
「オルレリアさん、最後の戦いが始まる前に、お願いしたいことがあるんだ」
「なんでしょう、新王」
「えっと、君には、受け入れがたい話かもしれないんだけど」
男は4年で成長したが、この年までくると緊張しいな性分はもはや矯正がきかず、大事な話をしようとすると口が回らなくなるのは昔のままだ。
どもりながら、未練がましさを前面に出しながら、彼はオルレリアに語り掛けた。
「女王である、ブラン陛下の命だけは、見逃してあげて欲しいんだ」
慢心が生んだ驕り。
自分が口にした災いの素が、後にどんな悲劇を生むのか、この時の彼はまだ知らなかった。




