第15話 ラ・トライゾン
聖女オルレリアの快進撃は止まらない。
なかなか面白い見ものであった。
廃滅寸前の状況から破竹の勢いで行われる逆転劇というのは、どうしてこうも魅力的なのだろう。
これだから英雄譚は面白い。
ましてそれが、過去伝聞ではなく目の前で繰り広げられる生の活劇となればなおさらだ。
苦節4年、着々と下準備を進めてきた甲斐があるというものだ。
だが、ハイライトはここからだ。
神託を受けたオルレリアは度重なる勝利を掴んだ。
もはや彼女が勝利の女神であることは誰の目にも明らかだ。
誰も彼女の存在に目を瞑ることはできない。
バルテリス王国としても、彼女を聖女と認め正式にアルカヘイブン征伐につかわせるしかない。
俺のシナリオには、そう記されている。
◇ ◇ ◇
ロギアにとって予想外の事態が起きていた。
バルテリス国王は聖女オルレリアを非常に危険視していた。
(まずい、あの女に対する民の羨望が強すぎる。これ以上あの女に功績をあげさせるのは危険だ)
バルテリス国王が頭を抱える。
どうすればいい。
いや、方法なら一つ思いついている。
「この手は使いたくなかった」
後ろ暗いことをすれば、どこかに痕跡が残る。
どれだけ丁寧に処理したつもりでも、いつか嗅ぎつけるものが現れる。
だから、そういった手段は可能な限り取りたくなかった。
しかしすでにあれこれ選り好む余裕はなくなっている。
最後の切り札を使うべきはいましかない。
「おい。密偵部隊、誰かいるか」
「ハッ、国王様。おそばに」
「密命を下す。聖女オルレリアの行動予測を、アルカヘイブン側に流せ」
密偵、つまりスパイとして育てられ、国王への忠誠を誓う臣下が、それでも目を見開いた。
王の命令を、一瞬だが疑った。
「どうした、早く向かえ」
「……ハッ」
密偵はわずかに、けれども彼にしては長すぎるほどの時間たっぷり悩み、それから王の命令に従うと決めた。
その言葉の意味はきちんとわかっていた。
(国王は、聖女オルレリア様を、敵兵を使って暗殺させるつもりだ)
愚策だ。
いまは獅子身中の虫を気にしている場合ではない。
目の前の敵、アルカヘイブンをいかに打倒すべきかに傾注すべきだ。
国王はそれをわかっていない。
そう思いながらも、彼は従うしかなかった。
王の意志に背けばひどい目に遭わされるというのは、アルカヘイブンから独立した人間には共通の認識で、彼もその例外ではない。
彼にできたことはと言えば、せいぜい天に祈ることくらいだった。
(神様、どうか、どうか我が罪をオルレリア様にお伝えください。そして、どうか彼女をお救いください)
残念だが、彼の祈りは届かない。
そもそも、オルレリアに託言しているのは天ではない。
歴史の裏で暗躍している一人の男、ロギアの囁きだ。
故に、彼の知り得ない情報は、オルレリアも知り得ない。
4年間、バルテリスの内情を緻密に調べてからの初顔合わせの時と違い、今回のように直前で決まった話し合いなど知りようもない。
そのことを彼は知らない。
何故ならオルレリアは神の声を伝え聞く奇跡の娘であり、神はすべてをお見通しであるはずだからだ。
故に祈った。
おのれの悪事が暴かれて、オルレリアが無事生き残ることを。
◇ ◇ ◇
本当に来た。
アルカヘイブン兵は、聖女オルレリアが情報通りにのこのこ現れたことに激しく動揺していた。
なにせこの話、出どころから怪しかった。
聖女オルレリアを擁立しているはずのバルテリス国側からもたらされた情報だった。
最初、こちらをおびき寄せる罠であると彼は疑った。
しかし、予想に反し、その場に罠は無く、どころか情報通りにオルレリアまで現れるではないか。
あるいはこれも罠なのだろうか?
聖女オルレリアを囮にした罠なのだろうか?
彼にはわからない。
バルテリス国が何を考えてこんな情報を漏洩させたのか、まるで理解ができない。
当然だ。
理を捨てた、欲に基づいた決断。
理詰めで紐解ける謎ではない。
(とにかく、これは絶好のチャンスだ)
目下最大の脅威は聖女オルレリアだ。
彼女がいるだけで、敵軍の士気が跳ね上がる。
兵士どころか民衆まで、手のつけようのないバーサーカーと化して襲い掛かってくる。
旗頭の彼女は始末しなければならない。
(最悪、これが罠でも捕まるのは俺一人だ)
男ははやる気持ちを抑え、息を呑んだ。
冷たい汗が首筋を伝っていく。
矢をつがえ、弓を弾き絞る。
照準を定める。
敵は明らかに無防備だ。
こんなチャンス、きっと二度とない。
(――ここだ!)
ぴぃんと張り詰めた弦が振動し、勢いよく矢が放たれた。
真一文字に飛んでいく矢の直線上にはオルレリアの心臓。
(獲った……!)
アルカヘイブン兵が確信した。
そしてその確信通り矢は宙を駆け、標的である奇跡の娘の心臓へと、深々と突き刺さった。
◇ ◇ ◇
「か、は……っ」
オルレリアは何が起きたのか理解できなかった。
背中側から強い衝撃が走った。
痛い、熱い、苦しい。
濃密な鉄の匂いが鼻を刺す。
その匂いには、強い当たりがあった。
砦の攻略を進めてからというものいつも付きまとう、馴染みのある腐臭。
血だ。
「オルレリアさん!」
新王がオルレリアを支えるように抱きかかえた。
血相を変えて、彼女の無事を心配している。
「狙撃⁉ いったいどこから……! いや、それよりも、手当をしないと……」
この時代、医学は発展していない。
深々と突き刺さった物体が栓になっていて、引っこ抜く方が危ないという発想は無い。
故に新王は、迷わず、彼女の心臓を背中側から貫く矢を引っこ抜いた。
そこで、驚愕の光景を目の当たりにする。
「……え?」
◇ ◇ ◇
俺の筋書きには無い話が展開されている!
面白い!
え、なに、なに?
何が起きたの?
オルレリアの情報を探ろうとしていたアルカヘイブン兵は俺が秘密裏に始末していた。
彼女の上方は敵軍には何故か非常に秘匿性が高く、行動予測を割り出すことなど不可能なはず。
偶然居合わせたのか?
それとも、あるいは……。
(バルテリス国王がオルレリアを脅威に感じて、アルカヘイブン側へ秘密裏に情報を売り渡したか?)
「くっはは」
これだから人間は面白い。
俺がどれだけ緻密に計画を立てて、それに沿って物語が展開するように仕組んでも、道理に沿わない行動で予想を覆してくる。
これほど刺激的なことが他にあるだろうか。
「そうだよなぁ、英雄譚には、苦難が必要だよなぁ?」
味方の裏切り、大いに結構!
俺はお前たちのあらゆる抵抗を肯定しよう。
「だが」
心せよ。
「不測の事態が起こることは、織り込み済みだ」
生半可な抵抗では俺が紡ぐ物語は終わらない。
「オルレリアには、自己治癒能力を馬鹿みたいに強化する改造を施してある」
いまも、矢で打ち抜かれたはずの心臓がみるみるうちに修復されて生き、次期新王が人外じみた回復力に恐れおののいているのが観測できる。
「その程度の抵抗で、俺の作った英雄は壊れないぞ?」
さあ、どうする人類。
もっと俺を楽しませてくれ。




