第14話 ラ・フレネジー
オルレリアは深い眠りから目覚めた。
時刻は未明、普段ならもう少し寝ているころ。
なんだか嫌な予感がする。
「民の血が流れている……!」
誰もあずかり知れぬことだが、オルレリアの端末となるよう細工された人間と彼女は、たとえるならば魂のパスのようなもので繋がっている。
いわば集団で構築された一種の脳波ネットワーク。
オルレリアの勇猛さが周囲に伝播することもあるし、逆に、端末が危機に陥ればそれをオルレリアが感知することも可能である。
いわゆる、虫の報せというやつだ。
「新王! 兵が独断で砦の一つに向かいました! わたしが援軍に向かいます!」
「オルレリアさん? ま、待って、その情報は確かなの?」
「間違いありません!」
オルレリアは断言し、バルテリスを飛び出した。
◇ ◇ ◇
バルテリスを南北に分断する河川を東へしばらく行くと、そこに、アルカヘイブン兵たちの砦がある。
昨晩、謎の高揚感に衝き上げられたバルテリス兵たちは大挙して、その砦に襲撃を試みていた。
しかし……、
「だ、ダメだ。もうおしまいだぁ」
「勝てるわけがない」
「くそ、なんで俺たちはこんな無謀な闘いを挑んじまったんだ」
戦というのは攻めるよりも守る方が易い。
地の利は砦がある分アルカヘイブン側にあった。
昂奮作用というのは時間経過で落ち着いてくるものだ。
一時的に強制ブーストされた好戦モードは、砦攻略に難航し、時間がかかるほど弱まっていく。
バルテリス兵たちの間に、お通夜なムードが漂い始める。
「て、撤退!」
誰かが言った。
「撤退だ! 一度状況を立て直すぞ!」
「お、おう!」
反対する者はいなかった。
みな、一様に足先を反転させ、自軍の領地であるバルテリスへと急ぐ。
だが、敵を前にして逃亡するというのは容易なことではない。
彼らが背中を見せるや否や、好機と見たアルカヘイブン兵たちが砦を飛び出し、一転、攻勢に打って出る。
「くそっ、アルカヘイブン兵たち、追ってきやがる」
「どうする、このままじゃ全滅だ」
「いやだ、死にたくない」
この時代、まだ殿という概念は存在していない。
味方を助けるために誰かが戦線に残り時間を稼ぐ、という発想は誰も持っておらず、飛び道具により彼らはさらなる窮地に立たされる。
「も、もうおしまいだぁ」
バルテリス兵の情けない悲鳴が響き渡る。
そこに、一人の少女が駆けつける!
「無事ですか!」
その凛としたたたずまいは戦場に咲く一輪の花のごとく。
野原にそよぐ風に長い髪をなびかせる彼女の高貴さは目も眩むほど。
「あ、あなたは……」
彼女の名は――
「オルレリア様!」
にわかに、喝采が巻き上がる。
「うおぉぉぉっ! オルレリア様が駆けつけてくれたぞ!」
「天は我らを見放さなかったのだ!」
「これは勝てという天啓に違いない!」
「天は、我らに味方せりぃぃぃっ!」
バーサーカー状態。
先ほどまで負け戦同然の戦場を駆けていた彼らは体中いたるところに負傷をしており、阿鼻叫喚の地獄絵図から飛び出してきたような姿をしている。
その彼らが、ガンギマリの目で、猛々しく咆哮を上げている。
傍から見れば恐怖でしかない。
しかし、中心にいるオルレリアには、非常に心地よい熱気だった。
彼らの高揚感がオルレリアに伝播して、彼女は意気揚々と宣言する。
「わたしに続け!」
「「「「うぉぉぉぉぉぉっ!」」」」
◇ ◇ ◇
――なんだ、これは。
アルカヘイブンの兵たちは混乱していた。
――なぜ我々が、撤退させられている。
きっかけはまだ日も登らぬ夜明け前。
夜の闇にまぎれるようにして、バルテリスの兵たちが彼らが待ち構える砦に攻め込んできたのである。
彼らはこう考えた。
周辺の村からの補給路をつぶされて、いよいよ苦しくなってきたのだ。
だから暗闇にまぎれて奇襲を仕掛けたのだ。
つまり、正攻法ではかなわないと知っての苦し紛れの突撃。
事前に察知できてしまえば恐れるに足らず。
結論だけ見れば、彼らの予測は正しかった。
前提はもろもろ間違っているのだが、苦し紛れの奇襲というのは間違いなく、万全の態勢で迎え撃った彼らが終始優勢。
ついにはバルテリス兵が撤退を敢行するところまで追い詰めた。
すかさず彼らは追い打ちを仕掛けた。
戦の勝敗が決したいま、敵の数を減らす絶好の機会だ。
そう判断してのことだった。
そう、戦いの勝敗は決定していたのだ。
もはや覆ることが無いほど圧倒的に。
そのはずなのだ。それなのに。
「うおぉぉぉぉっ! アルカヘイブン兵死すべし!」
「悪逆非道の王に仕える外道どもを許すな!」
「天は我らの勝利を望んでいる! かかれ、かかれぇっ!」
一転。
意気消沈し、惨めに逃げ去ろうとしていたバルテリス兵が、まるで恐怖を忘れた怪物のように、再び牙をむきだしたのだ。
士気が跳ね上がったバルテリス兵に対し、アルカヘイブン兵は恐怖し、戦慄し、足がすくむ。
過度な緊張が筋肉を硬直させ、体の動きを鈍らせる。
一瞬の判断を遅らせる。
殲滅、殲滅、殲滅、殲滅。
「て、撤退!」
アルカヘイブン兵たちは急遽砦に引き返すことを決定する。
だが、あまりにも判断が遅すぎた。
「逃がすな! 追えぇっ!」
「うおぉぉぉぉっ!」
迫る、迫る、迫りくる。
バルテリスの兵どもが、狂ったように背後からにじり寄ってくる。
「ひぃぃっ!」
「来るな、来るなぁ!」
狂乱。
真っ赤な血飛沫がそこかしこから噴き出して、瞬く間にアルカヘイブン兵の残存勢力が底をつく。
「や、やめ――」
銀閃が弧を描いた。
最期に残ったアルカヘイブン兵の首が物理的に飛んだ。
鮮血が傷口からあふれ出す。
兵の咆哮が、大地を揺らす。
「うぉぉぉぉっ! 勝ったぞぉぉぉ!」
「これぞ、神の奇跡ィィィィ!」
「勝利はオルレリア様の下に!」
「うぉぉぉぉっ!」
◇ ◇ ◇
血で汚れた大地に、一人の少女が立っている。
少女の名前はオルレリア。
圧倒的防衛力を持つ国バルテリスを救うため立ち上がった、勇猛果敢な、神の使いである。
彼女は静かに涙を流していた。
(遅かった……、わたしがもっと早く、行動に移していたら)
大地に転がるのは、アルカヘイブン兵の死体だけではない。
彼女が駆けつける前に息絶えた、バルテリス兵のものも数多く見受けられた。
血が流れた。
そのことが、堪えがたいほどに、苦しい。
『進軍せよ』
声が聞こえる。
「……行かなきゃ」
血が流れる。
迷った分だけ、不要な血が流れる。
『バルテリスをアルカヘイブンの魔の手から救え』
動け、迷っている暇があるのなら。
その分だけ不幸の数を減らせるのなら。
「わたし、もう、行かなきゃ」
少女は走り出す。
脳内に語り掛けてくる、誰とも知らない声の下す使命を果たすため。
◇ ◇ ◇
侵略すること一路順風のごとく、
侵略すること肉山脯林のごとく、
侵略すること電光石火のごとく、
侵略すること剰水残山のごとし。
これすなわち風林火山。
謳うは救国の聖女オルレリア。
人類最古の兵法なり。




