第13話 ル・ディフィレ
まさか、本当に神の使いなのか?
バルテリス国王は驚愕し、少女の方を向く。
もしかしたら全てが仕組まれていたのではないかと疑ったが、彼女の驚き方は彼同様尋常ではなく、目の前の序列最下位の男が魔法使いだといま知ったようである。
「娘、貴様、名はなんと言った」
「オルレリアです、バルテリス国王陛下」
「ではオルレリアよ、神は俺をどう評している。何故俺ではなくこいつが王なのだ」
「あなたはバルテリスの王ゆえに」
王は内心で舌打ちをした。
誤魔化されたと感じたからだ。
それはアルカヘイブンの王になれない理由ではあるかもしれないが、序列最下位の男が王にふさわしい理由ではなかったからだ。
(いや、そうだな、神の使いが存在するはずない)
そもそも、始まりの7人である彼らだけは知っているのだ。
魔法が神から授かったものではないことを。
(全部でまかせに決まっている)
先ほどの驚いた表情も、全部、演技だったのだろう。
思えばアルカヘイブンをめちゃくちゃにした悪女も、人を化かすのが得意だった。
(その化けの皮、剥がしてやる)
たとえばこんなのはどうだろう。
いま、実はバルテリス王国はピンチだ。
王国を取り囲むようにアルカヘイブンが砦を築き、村からの食糧補給路をつぶされているのだ。
このことは徹底的に秘匿されている。
知っているのはごく一部の人間のみで、そのあたりの村娘が知りうるはずない。
オルレリアが本当に神の使いであるのなら、アルカヘイブン攻略へ向かう前にバルテリス周辺の砦を落とし、平和を確保してから向かうはずだ。
そうでないのなら、彼女は神の使いを語る偽物。
そのことを糾弾すればいい。
「では、オルレリアよ。そなたが思うように行動するがいい。そこの男が必要だというのなら、アルカヘイブンへ連れて行くことも許可しよう」
「ありがとうございます! ……ですが、アルカヘイブン攻略はしばらく後になりそうです」
「何故だ」
バルテリス国王の目を、オルレリアがのぞき込む。
「先に、この国を取り囲むアルカヘイブン兵を迎撃いたします」
「……っ!」
その瞬間、何か悍ましいものを感じ取り、全身に震えが走った。
(なぜ、そのことを)
驚き目を見張る彼にオルレリアは淡々と説明する。
「わたしが望むのは平和な世界。流れる血は一滴でも少なく戦争を終わらせたいと思っています。ですが、それはいまのままでは不可能」
信仰。強い、信仰。
彼女は信じている、彼女が聞いている声が神の声だと、その声は真実を語り、彼女を勝利へ導くのだと。
一切の疑いなく、猛進する、ブレーキの壊れたバーサーカー。
その狂気に、バルテリス国王は恐怖した。
「バルテリス国王陛下、出撃の許可を」
オルレリアが王に迫る。
(この女は、危険だ! こいつの信仰心は、民を暴走させる!)
アルカヘイブンの王が代替わりするどころの話ではない。
彼女がアルカヘイブン解放の英雄になれば、たちどころに民心は移り、バルテリスはあっという間に合併吸収されてしまう。
彼の王の時代が終わってしまう。
「だ、ダメだ!」
とっさに、口をついて出たのは、出撃の禁止だった。
「な、何故ですか!」
「いまは、占いの結果が悪い。攻めるのは、得策ではない」
「ハァ……?」
オルレリアが威圧的に迫る。
「何を言っているのですか! 決断を遅らせればその分だけ血が流れるのですよ!」
「だが、準備も整わずに戦場に赴けば、返って被害が甚大になる危険性が高くなる」
オルレリアは激怒した。
「とんだ臆病者ですね。行きましょう、新王」
◇ ◇ ◇
「落ち着いて、落ち着いてくれオルレリアさん」
不機嫌をあらわにして街を闊歩するオルレリアの後ろを、男が、わがままなアイドルに振り回されるマネージャーのように追いかけている。
彼こそが神託にあった、新時代を切り開く王、新王。
始まりの7人にして序列最下位の男である。
「落ち着いてなどいられません、新王、進軍あるのみです、神もそうおっしゃっています!」
「軍って、僕と君しかいないじゃないか。それとも、神は二人で特攻しろと? 砦に向かって?」
「そ、それは」
オルレリアの頭に語り掛ける声の内容は、正確には、バルテリスを解放せよと訴えているだけだ。
つまり、この好戦的な姿勢はオルレリアの性分である。
「よしんば砦からアルカヘイブン兵を退けられたとして、その後はどうするの? 敵の本丸であろうとたった二人で攻め込む気? 君は敵を甘く見すぎている」
「う……では、どうするというのです」
「まずは、味方を増やそう」
男はオルレリアに作戦を伝える。
「僕はこの4年、各地を渡り歩き、いくつもの戦場から逃げ延びてきた。だからわかったことがある。それは、戦いは兵士の士気が非常に重要になってくるってこと」
「士気?」
「考えてみてよ。いまの君みたいに、勝つぞ勝つぞと思っている人と、勝てるわけがない、と考えてる人が正面衝突したらどちらが勝つ?」
「……後者が勝つのは難しいでしょう」
「そうだよね。そしてそれは、単純な兵力差を覆しうるほど脅威だ」
だから、と男は早口にまくしたてる。
「まずは仲間を集めるんだ。そして士気を高めるんだ。オルレリア、君がこの戦争に終止符を打つ人物だとみんなに知ってもらい、勝利が約束されていると信じ込ませるんだ。そうすれば全戦全勝、百戦して危うい局面一つ生まれないはずだよ!」
◇ ◇ ◇
一理ある。
男に説得されたオルレリアはさっそく、バルテリス市街を演説しながら歩き回ることにした。
「わたしの名はオルレリア! 神の声を聞き、戦争に終止符を打つべく馳せ参じた! 神は言っている! 必ず勝つ、故に奮い立つのです、勇猛果敢な戦士たちよ! そしてこの地に平和を取り戻すのです!」
男は、不思議な光景を見ていた。
(なんだ、これは……)
少女オルレリアが民衆を鼓舞しながら町を歩くと、わっと人が集まってくる。
誰かが指揮を執っているわけでもないのに彼女の後ろには列ができ、大行列ができ、それがまた更なる人を呼び込む。
(士気を上げるのが大事だと言ったのは僕だ。だけど、彼女の鼓舞は異常だ。普通の人は、ただの演説で人をこれほど昂奮させられない)
後の時代であれば、こう語られるのだろう。
――聖女オルレリアの圧倒的なカリスマを前に、民はたちどころに勇気を奮い立たせ、熱烈に彼女を崇め奉った。
(まさか、彼女は本当に、神の使いだというのだろうか)
周囲の熱気に呑まれ、彼自身、軽く雰囲気に酩酊してしまっている。
(これなら、本当に勝てるかもしれない)
◇ ◇ ◇
そんなことを、2日続けた次の晩のこと。
オルレリアは宿でぐっすりと眠りこけていた。
「もう十分だろう? なあ」
砦と治水に優れた国バルテリスに、一人の男がやってきていた。
「これ以上俺を待たせてくれるな、次代を切り開く者たちよ。早くこの双眸に、新時代の英雄譚を目撃させろ」
彼の名はロギア。
アルカヘイブンの建国者であり、歴史から名を消した正体不明の男。
「お前たちがちんたらするつもりなら、俺にも考えがあるぞ?」
町を歩いていたロギアが、ふと、とある建物の前で足を止める。
その場所とは兵舎。
バルテリスの兵士たちが居住する区画。
消灯時間が過ぎ、誰もが眠りこけるその建物には見張りの兵士が立っていた。
見張りは二人体制で、手には槍のようなものが握られている。
「お前、何者だ、止まれ」
「止まらなければ刺すぞ」
兵士たちがけん制のつもりで槍の穂先をロギアに向ける。
ロギアの見た目は無防備だ。
兵士は彼が立ち退くと考えていた。
しかし予想に反し、ロギアは一切の躊躇なく、気さくな様子で彼らに歩み寄ってくる。
「き、貴様! 止まれと――」
「【相転写】」
「――ぁ?」
兵士二人の動きが固まる。
かと思えば激痛に苛まれるようにこめかみを強く押さえつけ、膝から崩れ落ちるようにその場にへたり込む。
そして、しばらくすると……、
「――行かなければ」
兵士たちは、何事も無かったかのように立ち上がった。
「――行かなければ」
もはや彼らの目に、不審者の男は映っていない。
彼らの脳内は、植え付けられた使命感でいっぱいだ。
その使命とは、すなわち、
「「バルテリスをアルカヘイブンから、救わなければ……!」」
進軍、である。
「オルレリアの呼びかけに民衆が熱狂していたのが、本当に彼女のカリスマだとでも思ったのか? 阿呆が、仕掛けがあるに決まってるだろうが」
ロギアはずっと前からこの局面を夢に描いていた。
簡素な村の娘が神託を受け、立場の弱い王族を王として擁立すべく、聖戦を仕掛ける瞬間を。
この周辺の人間には部分的に【相転写】を使い、オルレリアの端末として活動するように深層心理を埋め込んである。
故に、彼らは異常な熱狂ぶりを見せたのだ。
全員を端末にする必要はない。
サクラを一部仕込めば、「こんなに熱狂的な信仰を受けている人物なのだからこの人について行けば間違いない」という雰囲気を作り出すことなど、造作もない。
「『神話』がお前たちの墓標だよ。ちんたらせずに、さっさと開戦の狼煙をあげろ」
後の歴史ではこう語られることだろう。
――聖女オルレリアの鼓舞に士気が高まりすぎた兵は一部が暴走をおこし、敵が陣を構える砦への侵攻を始めた。
そのすべてが、一人の男の手のひらの上の出来事であると、まだ誰も知らない。




