第12話 ロラクル
1番にならなければ意味が無い。
何故なら2番目は人々の記憶に残らないからだ、と主張する者がいるが否定しておく。
ここに、人類史に残る、2番目に古い国家がある。
名はバルテリス。
そこはかつて何もない土地だった。
しかしアルカヘイブンからやってきた魔法使いの男女が砦を築き、開墾し、兵を集めたことで、建国から4年。
こと堅固さにおいてはアルカヘイブンにも引けを取らないほどの発展を見せた。
さて、その砦に、一人の少女がやってくる。
◇ ◇ ◇
砦を守る任を仕った兵は、困惑していた。
アルカヘイブン側の領地から、どう見ても兵士ではない、村娘が単独でやってきたのだ。
最初はアルカヘイブンの暴政に耐え兼ね、逃げ出してきた民かと思った。
故に問答無用で攻撃はせず、話を聞くことにしたのだが、どうにも様子がおかしい。
「王に合わせてください」
先ほどから彼女、ずっとこの調子なのだ。
「だから、何度も言っているだろう。王は我々平民が無暗に近づける相手ではないのだ。まして、貴様のようなアルカヘイブン側からやってきた素性の知れぬ娘ならなおさらだ」
「あなたこそ話を聞いていなかったのですか。わたしは神の使いです。乱世に終止符を打つためにこのバルテリスまでやってきたのです。わたしを拒めば、天の怒りを買いますよ」
「なんなんだよ、この娘は」
まるで話が通じない。
そのうえ、その娘はまるでこちらの理解力が足りないのだと主張せんばかりに、「どうしてわかってくれないのです!」と憤慨するのである。
(なんで俺の番に限ってこんな厄介なやつが来るんだよ)
兵士は辟易として、彼女が諦めて帰ってくれることを望んだ。
しかし彼女はいつまでたっても引いてくれない。
結局、彼がこのしつこい娘の訴えから解放されることになったのは見張り番の交代時間がやってきてからだった。
「おーい、そろそろ交代の時間だぞ」
「よ、よく来てくれた!」
男は歓喜に涙した。
同僚に対し、「この娘、頭がおかしいんだ。こっちの気が狂いそうになる……!」と訴える。
「と、とにかくあとは任せた! 俺はもう休憩に入るからな! 本当に任せたからな!」
男はそそくさと逃げ出した。
なんとも面倒な相手だった。
(まさか、明日も来る、なんてことないよな?)
ひしひしと嫌な予感を抱きながら、男は震えて眠った。
夜が更け、日が昇る。
男の見張り番の時間が再びやってくる。
予感は的中した。
否、あるいは大きく外れていた。
「だから、何度も言っているでしょう! 神がおっしゃるのです! この国にいる新王と会え、そして世界に平和をもたらせと!」
頭が痛くなる声が、門の方から聞こえてくる。
(な、なんでもうすでにいるんだよ!)
すでにあの頭のおかしい娘がいるのである。
見張り番の兵士と目が合った。
見つかった。
ひどく憔悴した様子の兵が、泣きすがるように、彼に向かって駆け寄ってくる。
「お、おお! よく、よくぞ交代に来てくれた。た、助けてくれ。一晩中頭のおかしい話を続けられて気が狂いそうなんだ……」
「ひぃっ」
男は戦慄した。
(嘘だろ。ってことはまさか、次の交代時間までずっとこいつの相手をしないといけないのか?)
そんなこと、耐えられない。
泣きすがる男同様に、彼も泣き出したくなった。
彼は考えた。
どうすればその地獄から解放されるか、うんとうんと考えた。
そして、一つの答えを導き出した。
「な、なあ、もう王様に合わせちまわないか?」
男は、夜通しで見張り番をしていた兵に提案を持ち掛けた。
言葉の裏には、もし次の時間帯にもこいつがいたら嫌だろう? という交渉の種が含まれている。
「け、けど、そんなことをしたら」
「確かに、俺たち、どちらの独断でも許されないことだ。けど、俺たち二人の総意なら? アルカヘイブンじゃないんだ、俺たちの訴えくらい聞いてくれるんじゃないか?」
一晩中少女の相手をしていた兵士が渋面を浮かべる。
彼はしばらく沈黙を続けた後、意を決したようにうなずいた。
「そ、そうだな。そうだよな。そうしよう」
こうして、アルカヘイブンの方角からやってきた簡素な村娘のオルレリアは、見事バルテリス王城への入城を許可されることになる。
◇ ◇ ◇
(まあ、本当には入れてしまいましたわ!)
オルレリアは猜疑していた。
この声は本当に正しいのだろうか、と。
なにせバルテリスに到着してからというもの、入国を門前で断られているというのに、
『入国させろと迫れ』
『汝は神の使いだと主張しろ。天罰を受けたくなければ通せと訴えろ』
とひたすら脳内に語り掛けてくるのだ。
正直、気が気でなかった。
兵士の方々には八つ当たりのような態度をとってしまい、非常に申し訳ないことをしたと、冷静さを取り戻したいまなら反省できる。
(やっぱり、この声は本当に神の声なのかしら)
オルレリアは思考を巡らせる。
一見無意味にも思える、夜通しの問答。
しかしその結果、入国だけでなく、入城までできてしまったのである。
結果だけを見れば、おそらくこれが最適解。
声の主には未来が見えていて、彼女自身を通して予言という形でお告げしてくれているのかもしれない。
猜疑塗れの状態から一転、信じたいという気持ちが膨れ上がってくる内心の動きを、オルレリアは冷静に分析していた。
オルレリアは王城の広間を通されて、奥へと導かれた。
(すごく豪華な建物……)
彼女に芸術への関心は皆無だったが、それでも素晴らしいと思える荘厳な作りをしている。
こんなところに来れるなんて、夢にも思っていなかった。
声に従ってよかった、と少し声の評価を上向きに修正する。
「入れ」
大広間、ひときわ荘厳な作りのその一室に、オルレリアは足を踏み入れた。
扉を開けて入ってすぐ、対面、豪奢な玉座に、一目で高貴な身分だとわかる男性が腰かけている。
その男はオルレリアを一瞥すると、眉をひそめていぶかしむように語り掛けた。
「貴様か、頭のおかしい娘というのは」
オルレリアは頭を下げた。
開口一番頭おかしいと言われたことに不服が無かったわけではない。
むしろ不満だらけだった。
だが、彼女が育ったアルカヘイブンでは、国王に不満を見せるなど、処刑してくれと言っているようなもの。
故に、内心を探られないよう、顔色を読まれないよう、敬意を示している風を装って恭しく頭を垂れるのが最適解だと彼女は知っていた。
さて、一方の国王はというと、報告とは違い、意外と礼節をわきまえた様子の少女に少しばかり感心していた。
どうやらただの頭がおかしい娘ではないらしい。
そこで、すぐ話を切り上げるつもりだったのを考え直し、話を聞いてみることに決めた。
「俺に話があるそうじゃないか。申してみよ、神はなんと言っている」
「ハッ。それでは、僭越ながら――」
そこで、オルレリアが、固まる。
まるで彼女の時間だけが凍り付いたかのよう。
微動だにしない。
「どうした、申してみよと言っている」
「は、はい。それが、その」
オルレリアは大変気まずそうに、恐る恐る面を上げて、口を開いた。
「神は……」
いったいどんな言葉が飛んでくるのか。
王はそれなりに強い関心を持って、続く言葉に耳を傾ける。
「わたしが合わなければいけない王は、乱世に終止符を打つ新王は、あなたではない、と」
「なんだと?」
王に青筋が立つ。
なるほど、どうやら頭がおかしいというのは間違いではないらしい。
「ふざけるな! 俺が王の器ではないというのであれば、いったい誰がこの戦争を終わらせるというのだ!」
「それは……」
オルレリアは虚空に耳を傾けて、水を浴びせられたようにハッと視線を動かし、この広間にいる、兵士の一人に顔を向けた。
そしてオルレリアはその兵士のもとへと歩み寄ると、彼の足元で片膝をつき、その男の手を取った。
「あなた様こそが、新時代の王です」
オルレリアに指摘されて、バルテリス国王は目じりが張り裂けんばかりに目を見開いた。
「な……っ! お前、まさか!」
ずかずかと歩み寄り、バルテリス国王が兵士のヘルムを無理やり外す。
そこに、見覚えのある男の姿がある。
「何故、ここに……」
アルカヘイブンと、バルテリス。
対立する二つの国はしかし、一つの共通点で繋がっている。
その共通点とはすなわち、王の素質。
魔法を使える者こそが至上であり、統治者になるべきだと、両国ともに指針を出している。
魔法使いは原初、7人いた。
そのうちの2人は独立に失敗して戦死し、1人はアルカヘイブンにて教皇を務め、また1人は希代の悪女の暇つぶしに処刑されてしまっている。
故に、アルカヘイブン以外で統治者の素質を持つ人間は、バルテリス国王と、その伴侶の2名のみ。
その前提を、覆す人物が、そこにいる。
「生きて、いたのか?」
兵士を装い潜入していた男は、かつてともに革命を起こした共犯者。
――始まりの7人の序列最下位の男。
これより、奇跡の娘とすべてを失った男による、常勝無敗神話が始まる。




