第10話 引
序列最下位の男は悲嘆に暮れていた。
(くそ、くそ! なんでだ、なんでこうなる!)
魔法使いたちの会議でリーダーに忠言する、という役割を押し付けられた彼が、ようやっと決意して実行したのが昨晩のこと。
だが結局、うるさいと追い返されてしまった。
また、役立たずとか無能とか、悪口を言われるんだろうと、男は思っていた。
甘かった。
「へ、陛下、これはどういうことですか」
男は、池の前で、ご丁寧に用意された飛び込み台の上に立たされていた。
彼の足には鉄の鎖で繋がれた岩石を取り付けた足かせがはめられていた。
池は深く、岩石の大きさと鎖の長さ、それから男の身長を足したくらいある。
「言っただろう、処刑だ」
奸心の疑いあり、よって極刑に処す。
そんな暴論を言い渡されたのは今朝のこと。
こん棒で殴られ卒倒させられ、目が覚めた時にはここにいた。
「そ、そんな、めちゃくちゃだ」
「いけないか? 俺が、王だ」
やれ。
号令がかかる。
「嫌だ、嫌だ! やめろ! 死にたくない!」
男の助命願いは聞き届けられず、岩石が池へと投げ込まれた。
岩石の自重に足が引きずり込まれる。
「がひゅぅっ!」
ギリギリ水面に顔が届かない。
手をばたつかせ、水面をたたけば、押しのけた水笠の分だけ水位が減り、わずかに呼吸のチャンスが生まれる。
だがそれは刹那の話。
次の瞬間には周囲の水がなだれ込み、空気を吸おうとした口に大量の水が潜り込む。
「あはははは! とっても素晴らしいですわ。陛下もそう思うでしょう?」
「うむ、うむ。最初ブランから相談を受けた時は正気を疑ったが、なかなか痛快である!」
「うふ、陛下ならわかってくれると信じておりましたわ」
水面下であがく男に二人の会話を聞く余裕はない。
だが、その醜い笑顔が、人を嘲る悍ましい笑みが、彼を見下しているのははっきりとわかった。
(誰なんだ、誰なんだよ、あの二人は!)
もはや彼の知る心優しい二人ではなかった。
いまの二人は、壊れている。
「だずっ、だず、げ……っ」
届かない、もう誰にも、彼の声が届かない。
水が気管支になだれ込む。
痛い、苦しい、息ができない、気が遠くなる。
「おいおい、元気がなくなってきたぞ。もうおしまいか?」
男は、ゆっくり、自らの死を自覚し、泥濘の底へと、身も意識も沈めていくのだった。
「なんだ、最期はあっけなかったな」
「陛下、次はもっと面白い処刑を考えましょう? 二人で、一緒に」
「おお、妙案だ」
地上では悍ましい会話が繰り広げられている。
◇ ◇ ◇
「おーい、生きてるか?」
声がする。
誰の声だ?
聞き覚えが無い。
いや、どこかで聞いたことがある気もする。
どこだ。
僕はこの声の主とどこかで出会ったはずだ。
けど、どこで。
ダメだ。思い出せない。
「お、無事そうだな。喜べ、お前に二つ、道を示してやる」
まぶたを開ける。
妙だ、何も見えない。
新月の夜でも、まだ物が見える。
完全な、闇が広がっている。
いや、問題があるのは目だけじゃない。
手足も……より正確に言うなら首寄りしたの指一本動かない。
夢、だろうか。
「一つはここでくたばる道だ。なんといまなら痛みを感じずに死ねる大サービス付き。お得だろ?」
全身に震えが走った。
嫌だ、死にたくない。
「生きたいか?」
男は問う。
悦楽も慈悲もなく、ただ淡々と、規則を読み上げるがごとく、意思確認を迫ってくる。
「正直お勧めはしないぞ。お前はこの国では死んだことになっている。祖国を失い、立場を失い、何もない土地でやり直さなければならない」
国に帰れば処刑が待っていることなど、僕にだって容易に想像ができる。
「はっきり言ってやろう。お前の人生の最高到達点はおそらくすでに通過した。あとは惨めだぞ。昔はよかったと、過去の栄光にすがる人生。それがお前の末路だ。予言してやる」
……確かに、彼の言う通りかもしれない。
……でも。
(生き、たい)
後悔したままなんて嫌だ。
もう一度、やり直したい。
「くはっ」
その、笑い声が、どこか引っかかった。
「そうだよ、それでこそ始まりの英雄だよ」
やっぱり僕は、彼のことを知っている。
「見たくねえんだよ、こっちだって、こんな無様な終わり方をする、偽物の英雄の死体なんざ。わかるだろ? なぁ?」
まさか、彼はまさか。
いや、そんなはずがない。
僕が彼に初めて出会った時、彼は既に50を超えた老齢だった。
翻って、いまの彼の声は、せいぜいが20過ぎ。
そんなはずがない。
彼のはずがない。
けれど、どう考えたって、彼だ。
彼しか考えられない。
「数年頑張って生き延びてみろ、逆転の手段を用意してやる。それすらできねえならてめぇに用はねえ」
待って、答え合わせをさせてよ。
君は、僕の予想が正しいなら――。
◇ ◇ ◇
希代の悪女、ブラン。
彼女が現れてからの国王は執務そっちのけで戯れの日々。
日々の散財は激しく財政を圧迫する勢いで、それだけで民の心は離れかけていた。
だが、決定的になったのは、彼が始まりの7人のうちの一人を処刑したこと。
文献によると、処刑の際、国王はブランとともに高らかな笑い声をあげ、次の処刑方法について談笑していたと記されている。
だが、この時彼はまだ知らなかった。
彼が愚鈍と評し歯牙にもかけなかった序列最下位の男が、処刑から逃げ延びていたことを。
そして、神の声を聴く少女とともに反乱の狼煙を上げる瞬間を、虎視眈々と狙っていることを――。
一章 傾国の美女 終了
次章 救国の聖女
◇ ◇ ◇
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