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第7話 メイドの役目

 棲家としていた洞窟へと戻った天狗は、居るはずの3人の子供ではなく、全くもって見ず知らずの女と対面する。


 やる気のなさそうな目つき。両サイドを後ろに回し、足長リボンで後ろ髪に結われた黄白色の髪。メイド姿にも関わらず作法を微塵も感じさせない態度。


「お主何者じゃ? ここにおったちびっ子ともをどこへやりおった?」


「さあ、どこだろうな」


 女はあざ笑うように答える。


「まあよい、ここの山も収穫がなくなってきたしそろそろ潮時かのう? ワシの存在を知ってしまったからには、お主には消えてもらわねばな」


 そう言うと天狗は腰に携えていた団扇を手に取り構える。


「ふふっ、本当にそれでいいのか?」


 天狗は振り下ろそうとした腕を止める。


「何が言いたい?」


「こんな風の通り抜けるところのないような場所で強風なんか起こして、制御が効くのか? 下手したらこんなところ崩れて、ふたり諸共生き埋めになっちまうかもな」


 女は辺りを見回しながら諭すように言う。


「忠告ご苦労、じゃが天狗がただ辺り一帯に風を起こしっているだけと思ってはいかんぞ?」


「なら、どうだって言うんだよ」


「こういうことじゃ」


 天狗が勢いよく団扇を振りかざすと前方の女を目掛けて一直線上の突風が巻き起こる。


「やって来んのか。クソがよ」


 女は風に押され後方に飛ばされ背中から勢いよく壁に打ち付けられる。


「かはッ──」


 強く体をぶつけたことで内臓まで衝撃が響く。


「ワシはな、この山で狒々を飼っておるのじゃ。じゃがその狒々は少々変わり者での、なぜか人の肉しか喰わんのよ。一体どこで味を覚えたのやら」


 天狗は壁に打ち付けられぐったりと座り込んでいる女に「だが」と話を続ける。


「そこでワシは思った。まだ精神も思考も安定しておらん子供なら、簡単にさらえるのではないか……? と。案の定ここの山では多くの“餌”を確保できたわ。子供は人間よりも神に近いと言われておるからか、狒々も旨そうに喰っておったわ。カカカッ」


 高笑いを上げ嬉々として話す天狗に、女が口を開く。


「チッ、変なことしやがって……それで苦労掛けられんのは“こっち側”なんだよ」


「お主らも飢えを凌ぐために他の生物を殺めるであろう? ましてや自分の私利私欲の為に同族まで平気で蹴落とす、醜いものよな。

 お主ら人間の言葉を借りるとすれば、ワシが狒々の飢えを凌ばせるために人間どもを連れて来るのもここでお主を始末するのも“仕事”というやつかの」


「仕事……そうかこれは仕事か……」


 女性は意味深げに言うと、口元に笑みが浮かべる。


「なら私の仕事はクロエ様の身の回りのお世話と、負担になるものを少しでも減らすこと……」


 不意に女の雰囲気が変わり、立ち上がると先程までの相手を小馬鹿にするような態度とは一変する。


「……“メイド”レト、クロエ様の幻想生物捕獲の助力及び当世界からの帰還後の作業の削減として、対象の撃破任務を遂行致します」


 そう告げるとレトはスカートの裾を軽く持ち上げ、膝を折って片足を後ろに回しお辞儀をする。


「ワシを倒すか……やれるものならやってみるがいい!」


 天狗が団扇をレトに向けて振りかざすと先程と同様にレト目掛けて突風が巻き起こる。


「スカラリー……。《調理前の一仕事(セルヴィスプル)》」


 レトはナイフを持つように手を型取り、獲物に刃を入れるよう縦に手を振り下ろす。


 襲い来る突風が切り裂かれ、レトの両脇を通り抜けて洞窟内を揺らすほどの衝撃とともに後方の壁を抉る。


「お主、今何をした?」


「お気になさらず、ただ“下処理”をさせていただいただけですよ」


 レトは微笑んで答える。


「何を訳のわからんことを……」


 天狗が再び団扇を振りかざす──が、先程までのように風がレトを襲うことはなかった。


「そのような棒切れを懸命に振って……一体何をされたいのでしょうか?」


 レトに言われ団扇に目をやると、団扇の頭が切断され、手には持ち手しか残っていなかった。


「お主……ワシを小馬鹿にする言動だけに飽き足らず、この団扇まで……今更許しを請うたところで聞き入れはせんぞッ!」


 団扇の持ち手を投げ捨てると、錫杖を両手で掴みレトに向けて構える。

 数瞬の間の後、天狗がレトに向かい真向から飛び掛かる。


「お好きですね、先程の一直線上の風といい真正面からの特攻といい」


「カカカッ、生意気な人風情躾けることに、搦め手など必要なかろう?!」


 天狗はレトの問に高笑いを上げ、側まで迫ると腹部目掛けて錫杖を突き上げる。


「生意気な人風情……ですか、その自信が慢心でないといいのですけれど、負けてから言い訳などしないで下さいね?」


 レトは右手を横に差し出す。


「パーラー。《悪客への応答(フィシャルレスポンス)》」


 突き上げられた錫杖は、レトの腹部を貫く。


「取ったな。相手が何かをしようとするのであれば、その前に方を付ければ良いだけのこと」


 そう言って天狗がほくそ笑んでいると、レトの体が次第にぼやけていく。

 そして突然錫杖で貫かれた腹部から弾けると、レトの姿は霧散するように消えていく。


 そして天狗が気が付いたときには、洞窟内は薄霧が立ち込めていた。


「何じゃこれは!? どこへ行きおった!」


 視界のままならない中、体に纏い付く薄霧を掻き分けながら辺りを探す。


「風を起こせなければ、この霧は払えないでしょう? さ、どこに居るか分かりますか?」


 洞窟内に声が響き、声の出どころが特定できない。


 その時、洞窟の外からもの凄い轟音が飛び込んで来る。


「何じゃ、今の音は……? もしや、狒々のやつが暴れておるのか」


 洞窟外から響く轟音に気を取られて居ると、背後から声がする。


「この状況で、私以外のことをお気になされるのですか? ほら、ここにいますよ」


「──っ!? そこか!」


 天狗は振り向きざまに自分の背後を錫杖で殴りつけるように薙ぎ払う。


「残念、実はずっと目の前に居た、でした~。あ、今は後ろでしたね? ふふ、見た目通り簡単な頭しておられるのですね?」


「小娘風情が……この……さっきからちょこまかと……」


 天狗は赤い顔をさらに赤く染めて激昂し、錫杖を強く握りしめる。


「勝手に引っかかったのはそちらでは? それなのに私に当たられても困りますね。それに、先程までと違い、随分とお口も悪くなられておりますね。化けの皮が上がれてしまいましたか?」


「ええい、そんなこと知らぬわ!」


 振り向きざまにレトの頭を叩き割る勢いで振りかぶる。


「無駄の多い動きですね。それでは当てられるものも当たりませんよ。まあ、冷静に狙ったところで、結果は変わりませんけれど……」


 時折姿を現すレトを錫杖で薙ぎ払うが、悉く霧のように消えていく。


「せっかくですから、最初に言った“下処理”が何を指しているのか教えて差し上げましょう」


 そう言うと、今度は霧のように消えることなく軽快なステップで錫杖を躱し、足で錫杖踏みつけて押さえると天狗の足を払う。


「キッチン。《|繊細かつ大胆な調理技法イネスペラーナ》」


 天狗が体勢を崩し地面に手を突こうとした瞬間、流れるように天狗の四肢に指を這わせていくと、指を這わせた部分に切れ込みが入り切断されていく。


「ぬおアァアア!」


「“下処理”は手際良く食材を調理する前に必要なことなんですよ。必要な部位ごとに切り離したり、内臓を取り出したりと……。ですが、生きたまま下処理をする場合、暴れられると困るのですよ。なので、大人しくしてもらえるよう四肢は先に切断させてもらいました。あとは……そうですね、首も邪魔になるので切っちゃいましょうか」


「ま、待って──」


 レトは泣き叫ぶ天狗の首元に「えいっ」と指を這わせる。


 天狗の首に切れ込みが入り、クシャクシャになった顔がぼとりと音を立てて地面を転がる。


「さて、下処理も済ませたことだし、今日は何を作ろうかな……あ、そうだその前に──」


 その後レトは子供の姿に戻ると、鼻歌を歌いながら天狗の解体し、切った肉を並べていく。


 解体も終盤に差し掛かったところで、洞窟の入口の方から2つの足音と、話している声が聞こえてくる。


「──本当にこの中に居るの?」


「──は、はい……奥に行けば広い空間があって……そこに三人……」


「──3人……ひとりはレトかな、ありがとう。もう帰ってもいいよ。安心して、この山に狒々はあの1匹しか居ないはずだから」


 足音が一つ、足早に遠ざかっていく。


 そして、近付いてくる足音の主が鮮明になる。


「あ、クロエさ──」


 クロエはすぐさまレトに駆け寄り、飛びつく勢いで抱きしめる。


「レト、無事で良かったあ〜。私がお手伝いをお願いしたせいで、レトに何かあったらと思うと……あ、そうだ! 天狗は? どこに居るかわかる?」


 レトは「それならこちらに」と後ろを手で自身の背後を指差す。


「新作、天狗の姿盛りです!」


 レトが指した先には、丁寧に捌かれ等身大に並べられている天狗があった。


「ん? あ、えっ……これ……えっ? ……収容します」


 困惑しつつ、ブックを開き天狗に向ける。


「幻想生物。天狗の“完全討伐”を確認しました。収容を実行します」


 天狗がブックの中へ取り込まれていき、取り込んだページに天狗の絵が描かれる。


「お召し上がりにならなくてよろしかったのですか? せっかく作ったのですけど……」


「流石に食べられません。ところで、他に子供は居なかった?」


 クロエは無理やり話を切り替え、洞窟へ案内してくれた子供が教えてくれた、レト以外の子供について聞く。


「そのことでしたらご安心を。連れ出そうとしたときに、自身を忍者と名乗る変わった少女が現れたのですが、悪意は感じられませんでしたので押しつ……コホン、任せました。今頃は自分たちの家に帰っているはずです」


「そう、それなら良かった。……そう、忍者を名乗る少女……ね」


「どうかされました? お知り合いでしたか?」


 レトは不思議そうに聞く。


「いや、気にしなくていいよ。なにはともあれ、無事収容できたし……さ、“ママ”と一緒に館に帰ろっか」


 そう言ってクロエはレトの頭を撫でる。


「っ〜〜!? や、やめてください! あ、あれは天狗を誘き出すためにやったことで……」


 クロエの予期せぬ冗談に顔を真赤にし、必死になって止めようとする。


「なんで? ここに来たばかりの頃は甘えてくれてたじゃない?」


「あの時はクロエ様が一緒にライにイタズラしようって言ったから付き合っただけです! もう帰りますよ!」


 そう言うとレトは、クロエをおいて先に歩いていってしまう。


「ごめんごめん、置いてかないでってば」






 ──一方その頃、優陽と朝音は忍者を自称する少女に連れられ、山を降りて母親と再会を果たしていた。


「ママぁーー!」


「優陽! 朝音!」


 母親はふたりを強く抱きとめる。


「ふたりを助けてくださり、ありがとうございます」


 母親は優陽と朝音を連れて山から降りてきた少女に感謝を告げる。


「あ、いえ、私は任されて連れてきただけなので、感謝の言葉は……えっと、メイドのお姉さんにしてあげてください。それでは」


「ならせめて、お名前だけでも……」


 去っていこうとする少女を呼び止める。少女は振り向き


「胡舞まゆり、現代に生ける忍者です!」


 と告げると山の中へと姿を消していった。






 ──日が落ちてきた頃、クロエたちは館へ到着する。


「おかえりなさいませクロエ様」


「あれ? 私は?」


「ただいま、ライ」


 ライが小包みを持ち、クロエたちを館の前で出迎えていた。


「またすぐ出ていかれるのですよね? どうぞ、軽食ですが保存が効くものを作っておきました」


 ライは手に持っていた小包みを差し出す。


「ありがとう。流石ライだね、よく分かってる。それじゃ、行ってくるよ」


 クロエは小包を受け取ると、ふたりに背を向け歩き出す。


「いってらっしゃいませ、クロエ様」


 ライとレトはクロエの姿が見えなくなるまで、屋敷の前で見送りをする。


「──で、ライ? 私には?」


「……はぁ、おかえり、レト」


「へへっ、ただいま」


 レトは嬉しそうに笑みを浮かべる。


「それで、ちゃんとクロエ様のお役に立つことはできたのですか?」


 ライの問にレトは胸を張り、


「私だぞ? そんなの、当たり前だ」


 フンッと鼻を鳴らし、自慢げに答える。


「全く……あなたはクロエ様の前とお仕事のとき以外は品がないですね……」


 呆れ気味に言う。


「別にいいだろ? それに、品に関してなら戦い始めたらよっぽどかお前の方が悪いど思うけどな」


「僕は……コホン、そんなことより随分と汚れていますね……早くお風呂に入ってきてください。館の周辺の見回り……いえ、今晩はお休みいたしましょうか。しっかりと体を休めてください」


「ありがと、分かってるよ。……クロエ様、今日もエッ……綺麗だったな、へへっ」

 幻想生物データ『天狗』

 危難級

 収容レベルⅣ

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