第4話 三輪山の蛇神
「──ねえブック、私思ったんだけど、やっぱり幻想生物探すならこういった山の中だと思うんだよね」
「……? いきなりどうした? 確かに間違ってはいないが……」
クロエたちは幻想生物を見つけるために、奈良県桜井市にある三輪山の中を探し歩いていた。
「間違ってはいないんだがな。クロエ、ここ三輪山の禁足地だぞ? お前みたいな一般人は入っちゃいけないんだぞ」
ブックが呆れた口調で言う。
「え? いやでもさっきちょっと奥の方何人か人居たよ? というか、禁足地って葉も落ちやすくなるのかな? さっきからめちゃめちゃ顔に当たる」
「……? そうか」
「うん。とはいえ、それなら尚更好都合かも。さっきの人たちに見られでもしない限り人目の心配はないだろうし、何よりここなら“アイツ”も居るかもしれないしね」
「なんだよお前、“ソレ”を知っててここに来たのか?」
ブックは「考えなしに歩いていたもんだと……」と呟きながら驚く。
「なんか馬鹿にされてるような……。私だって、ただ屋敷で漫画……書物を読み漁っていただけじゃないからね!? 三輪山に住む蛇神“大物主大神”でしょ?」
「お前今漫画つったか? まあいい、正解だ。だがヤツは危険度“神格級”。名前にもある通り神だぞ」
「うん、知ってる。というか、前から思ってたんだけど、そのなんちゃら級って何なの?」
「ああ、そいえば幻想生物のランクについて話してなかったな。
まず収容レベルについてだ。収容の難しさ、つまり見つけやすさや捕まえやすさ、倒しやすさで振り分けられ、Ⅰ〜Ⅹ段階ある。基本的には危険度比例するが、大まかな目安とだけ思っとけばいい、相性ってのもあるしな。
次に危険度についてだ。危害性の低いものから無危、脅威、危難、戦禍、災害、伝説、神格の七段階ある。だがお前がこの間出くわした大禍時は、前にも言った通りここ最近の幻想生物騒ぎに侵されて幻想化したものだ。よって特例として概念として分類される」
「ほう? それでその危険度っていうのはどうやって分類されるの?」
クロエが問う。
「それは、その幻想生物が暴れ出したときの被害のデカさだとでも思っとけ。無危は無害、こちらが怪我をするとすれば驚いて勝手に怪我をするぐらいだろうからここはあまり気にしなくていい。
命の心配を気にするならここからだ、脅威は人体の損傷、死亡する可能性有り。危難は周辺の者たちの生命の危機。戦禍は都市レベルの危機。災禍は地方範囲の危機。そして、ここからはさっきの災禍級までとは別格だ。伝説はあらゆる伝説や伝承に記されたヤツらで、被害はその国全域に及ぶ。そして神格。コイツらが本気で敵意を持って暴れることになれば、文明の危機、下手すれば全生命体の危機だ」
「え? じゃあ今私たちが狙ってるヤツすごくやばいじゃん」
「ヤバいって言っても文明を危機に晒せるほどのヤツもごく一部だし、全生命体を危機に追い込むことのできるヤツなんかは片手で数えられる程しかいない。それこそ、“全能神”や“自然神”、あとは明確に生に敵意を持つ“死神”とかだけだな」
「それでも片手で数えられる位には居るのね……」
「まあ、神だしな。この世界にどんだけ神居ると思ってんだ」
「うへぇ、そう……だね……」
これから先のことを考え、クロエはげんなりとする。
「安心しろ、大物主大神は祀られている神なだけあって、人間に害を与えることはまず無い。過去人間の女を妻に迎えたなんて伝承が残されているくらいだしな。
上手く対話できれば、収容レベルはⅠかⅡといったところだが、もしだめだったらⅧは堅いだろうな」
「人間の妻……? あ、私それ知ってるかも。確か、マヤトトヒソ……何だっけ」
「皇女倭迹迹日百襲姫命だな。本当にただ漫画を読み漁ってた訳じゃなかったんだな」
ブックは「ちゃんと調べてたのか、中々やるな」と素直に感心していた。
「まあ? 仕事柄記憶力には自信がありますし?」
褒められたことで頬を緩めながら、隠しきれない照れ隠しとして自慢をする。
「と、ところでブック、私は危険度でいうとどのくらいなの?」
「そうだな、前に脅威級の八咫烏を単独収容しているし、可能性の開放を考慮すれば危難級の中堅辺りはいってるんじゃないか? 普通は脅威の最底辺レベルだから、どちらにせよ人間にしては上出来だな。まあ、敵意のない分収容レベルはⅠだろうけどな」
「そうか、私ってそんぐらいなんだね。じゃあ大物主大神って結構すごいんだね……。
ていうかさあブック、ここ禁足地だよね? 歩いても歩いても全然見当たらないんだけど」
クロエは辺りを見渡すが、木ばかりで他は何も見当たらない。
「禁足地だから居るとは限らないだろ。そもそもこの世界に来てないって可能性もあるしな」
「えー、そういうの先に言ってよ」
クロエは気怠そうに不貞腐れる。
「俺も来てるかどうかなんて分かんねえんだから結局探すしかないだろ?」
「そっかぁ。でもさブック、もし……。──あぁ、そういうことか」
「どうかしたか?」
突然足を止めるクロエを、ブックは不審に思う。
「……ブック、大物主大神って上手く対話できれば収容レベルⅠかⅡだったよね?」
「ああ、そうだ。まさか、見つけたのか? なんてな」
「うん。でも私たちが見つけたというよりかは、“元々見られてた”ことに、ようやく気付いたってところかな」
「本当に見つけたのかよ! それも見られてた!? 一体どこからだ?!」
ブックは突然のことに声を張り上げる。
「いやぁ、なんか変だと思ってたんだよね。山の中とはいえまだ葉の落ちるような季節じゃないのにやたらと降ってくるし、風もあんまり吹いてないのに木がよく鳴くし、でもさ、それもそうだよね? だって上にいるんだもん」
「──っ!?」
ブックはクロエの言葉でようやくその存在を確認することができた。
クロエたちの頭上を人ひとり分ほどはあろうその頭を覗かせる大蛇が、ガサガサと音を立てながら木の上を這う様にして蠢いていた。
「あのー、大物主大神であってるー? だとしたらちょっとお話したいことがあるんだけど、降りて来てもらえないかなー?」
クロエは口に手を添えてメガホンのようにし、頭上に居る大蛇に呼び掛ける。
「いくら友好的とはいえ、相手がマジで神だったらどうすんだよ? フランクに話しかけすぎだろ……」
ブックが呆れていると、数瞬の間を置き、大蛇がクロエの呼びかけに応えるように近付いて来る。
大蛇の木の葉の中に隠された体が終わり無く現れる。
「いかにも、私が大物主大神だが、特異な縁を持って生まれた娘、この私に何か用か?」
「あ、良かったぁ……。じゃあ早速、元いた場所へ帰ってくれるかな」
「クロエ、お前神に向かっていっちょ前にそんな口聞いて大丈夫か? 神を冒涜しているとか言われて消されちまったりしてな」
ブックはクロエの余りにもフランクな対応の仕方に呆れ果てて微笑していた。
「元の場所へ帰れ? ふむ、それは一体どういうことだ?」
「あなたはここの世界にいていい存在じゃない。だからこの本の中に入って、元の“神話のお話の中”に帰ってもらう」
「そうか……どうりで……良いだろう。その話──」
大蛇が言いかけたその時──、
「おい、見つけたぞ! 早くしろ!」
そう声が聞こえると、クロエたちの頭上に鋭いトゲの付けられた網状の鎖が投げられる。
「よっしゃあ! ついに捕まえたぞ!」
「おい、喜んでないでさっさと抑えろ! 逃げられるぞ!」
木々の隙間から5人、6人と続々と仲間らしき男たちが姿を現す。
「コイツが神様とか言われても祀られてる大蛇か、コイツを売りさばけば晴れて俺たちも大金持ちだぜっ!」
男たちは高笑いをあげて大物主大神を抑えつける。
「……人とは、いつの世も変わらぬものだな。このようなものでこの私を捉えようとは、浅はかな……」
大蛇が頭を持ち上げ、鎖を抑えている男たちを軽々と引きずる。
「クソ、抑えきれねえ……おいそこのあんた、こっちに来て一緒に鎖の端を抑えてくれ。無事に捕まえられたらあんたにも分け前をやるからよ!」
「あなたたちは、自分が一体何をしてるのか分かってるの?」
「何って、見てわかるだろ!? 神様とか言われてモテはやされてる、“ただデケえだけの蛇”を捕まえようとしてんだよ!」
大蛇が大きく身を捻り、鎖を抑えている男達を宙に舞い上げられる。
「己の身分をわきまえることもせず、あまつさえ私を捕らえようなどという愚行に走りだした人間どもよ、貴様らに神罰を与えてやろうぞ」
大蛇は吹き飛ばされた男たちを睨みつけ、男たちの背丈ほどあろうその大きな口を広げる。
「ひ、ひぃッ! たっ助けて」
「嫌だ、死にたくない!」
男たちは一斉に我先にと走り出し、次々と森の中へと消えていく。
「ふん、愚かな人間どもめ、いっそのこと全て摘んでしまおうか」
そう言うと、大蛇は街のある方へと進んでいく。
「大物主大神、そこで止まりな」
山を降りようとする大蛇の前に、“青色の双眸”で睨むクロエが立ちはだかる。
「お、おいクロエ……何してんだ……」
ブックはクロエの行動に困惑し聞く。
「今この場で人間に手を出すことは、私が許さない」
クロエと大物主大神は微動だにせず睨み合う。
そして、大物主大神はため息を付くと、
「冗談だ。もとより危害を加える気など更々無いわ」
その言葉で、クロエは肩を緩める。
「そう、なら良かった。あの男たちは神に喧嘩を売ったからね、“日本の”がちゃんと処理してくれると思うよ」
「そうか、では任せるとしよう」
「じゃあ当初の予定通りいるべき場所へに帰ってもらうよ。奥さん、大切にしなよ」
「言われなくとも分かっておるわ」
「それじゃ、収容するぞ」
クロエは腰に携えたポーチから、ブックを取り出す。
「私なんかを信用してくれてありがとね。お話できて楽しかったよ」
「うむ。そなたに、良き縁と幸福がもたらされんことを。それではな」
大蛇の、大物主大神の体がとブックの中へと取り込まれていく。
「……収容完了だ」
「ありがとう、ブック」
「クロエ、これからはあんな無謀な真似はよせ。どうしても止めたいってんなら、せめてオレの中で可能性の開放をするなりしろ」
ブックは少し口調を強めてクロエに釘を刺す。
「分かったよ、ごめん。今度からは“強いヤツには”そうするね」
「な、強いヤツにはって……そういう考えが命取りになるんだぞ? 駄目だ」
「でもブックってそう言っておきながら前の大禍時といい、なんだかんだ止めはしないよね。大丈夫だよ、そんなヘマはしないから」
ブックはため息を付くと「慢心してやられんじゃねえぞ」とだけ付け足した。
「──大主様、何処へ行っておられたのですか?」
「いやなに、お主らの子孫の様子を見にな」
「そうでしたか。なにか良いもの、見られましたか?」
「少しヤンチャな者どもも居たが、中々に面白いものも見られたぞ」
「ふふ、ではお土産話、聞かせてくださいね?」
「ああ、分かっておる」
幻想生物データ『大物主大神』
神格級
収容レベルⅧ 今段階Ⅰ