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ファンデイトブック  作者: 無色なそら


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第28話 開幕!

 天ちゃんが手を振り上げた瞬間、宙に浮かぶ麤乱鬼(そらんき)の巨体が落下する。


「ぐおぁ──ッ!?」


 地響きと砂埃をあげて地に落ちた麤乱鬼(そらんき)は目を見開きうなり声を上げた。

 離れて見る麤乱鬼の体は、何か目に見えないものが腰を押し上げ逆くの字に山を作っている。


「腰一つ。もらい受けたかの」


 天ちゃんはいびつに曲がった麤乱鬼(そらんき)の腰を見上げながら言う。


「姑息な手段は使いたくなかったんじゃねえのかよ」


「馬鹿を言うな。寝込みを襲うことはしとうないとは言ったが、目覚めた瞬間(・・・・・・)は狙わぬとは言っておらぬ。現に其奴は、地に落ちたとき目が覚めたはずじゃからのう」


 なんのことだかととぼける天ちゃんを見て、ブックはあきれてため息をつく。


「結局姑息じゃねえか」


「そう言ってくれるな。彼奴とて鬼、この程度さして気にせんじゃろ」


「姑息なことには変わりねえよ」


「まあふたり……? とも、今はいいじゃん。まずはあのでっかいヤツ倒さなきゃいけないんでしょ?」


 まだまだ会話が続きそうなふたりをまゆりがなだめる。その姿はすでに私服から忍者の姿になっていた。


「こいつ、前にも思ったがなかなか才能あるな」


「え、ほんと? そんな、照れるなぁ……なんの才能?」


 まゆりは唐突に褒められ、疑問よりも先に照れが出てくる。


「思い込みの才能。本気で忍者になれるって思ってやがるってこった」


「おいっ! 思い込みじゃなくて本当になるの!」


 思っていた返答とは大きくことなったものが返ってきたもので、まゆりはほおを膨らませて抗議する。

 そんなことをしていると、麤乱鬼(そらんき)の体がピクリと動く。


「なんだぁ……。痛えじゃねえか」


 麤乱鬼(そらんき)は腰を押さえ、ゆっくりと体を起こすと、手を口に当てて大きくあくびをする。

 そして、自身の腰が折れていることを確認すると、一番下の腕二本で腰を掴み──、


「んよっと!」


 バキッという大きな音を立てて、腰を無理やり元の形に戻す。


「おいおい、無理やりにも程があるだろ。普通そんなんじゃ治んねえって」


「ん? 今喋ったのは紙切れか? 我は鬼やぞ、己らの普通が通じるわけないやろ」


 ブックは麤乱鬼(そらんき)に言われ「そうだったな」とため息をつく。その瞬間──、

 麤乱鬼は三人に向けて拳を振り下ろす。


「ふむ、やったと思ったんやがなぁ……」


 不意を突かれて振り下ろされた麤乱鬼(そらんき)の拳は寸前で止まっていた。


「不意打ちとは、姑息、じゃの」


 麤乱鬼(そらんき)が振り下ろした手をどけると、その下では天ちゃんが麤乱鬼に向けて笑みを浮かべていた。


「また己か、面倒やな」


 麤乱鬼(そらんき)はどけた手で自身の頭をかきながら言う。

 そして、少し何かを考えるそぶりを見せたかと思えば、天ちゃんに顔を向ける。


「……なあ、己ぁ我と組む気はないか? 人間どもと居ったとてつまらんだけだ。奴らは多すぎるうえに傲慢で、どちらが鬼とも分からん。どうや? 共にその数減らしてやろうやないか。

 なに、己がそこの人間どもと居たいなら、そいつらだけは特別に飼うことを許してやらんことはないぞ? 良い肝の据わりようやからな、我も少し気に入っ──」


 そう天ちゃんに手を差し出して、すらすらと話していく麤乱鬼(そらんき)の顎が横から殴られたかのように突然外れる。


「たわけ弱鬼(じゃっき)が、図に乗るな」


 麤乱鬼(そらんき)はため息を付き、外された顎を治す。


「交渉決裂、か」


「交渉ならばもっとマシな頭と取り替えてもらえてもらえるよう僧の元へでもゆけ阿呆が」


「………………」


 天ちゃんと麤乱鬼(そらんき)は言葉を発さず、ただにらみ合う。

 その後ろでは、クロエとまゆりが


「そーだそーだー、殺そうとした相手に交渉を求められて、いいよと素直に応じる馬鹿がどこに居るんだー」


「やーい阿呆鬼(あほんき)ー」


 と麤乱鬼を煽っていた。


「……言ったな己ら! せっかく我が許してやると言ったというのに、その我を馬鹿だと!? 我は言われるほど馬鹿ではないわ!」


「あ、怒るの攻撃されたことじゃなくてそこなんだ」


 クロエたちに煽られた麤乱鬼(そらんき)は憤慨し、騒ぎ立てる。

 そして、急に落ち着いたかと思えば、今一度三人を見下ろす。


「残念だな」


 麤乱鬼(そらんき)は三人目掛け、拳を振り下ろす。

 何度も、何度も。三人に降りかかる拳はまるで、やむことを知らぬ雨のよう。


「──天ちゃん(己ぁ)実に面倒やな」


 麤乱鬼(そらんき)の拳は、全て天ちゃんが防いでおり、ひとしきり拳を振るい続けると、麤乱鬼の口から毒霧が出てくる。


「うわ、やばいよ! 外でみんな倒れてたやつだよ!」


 まゆりは咄嗟に毒霧を吸わぬよう口と鼻を両手で塞ぐ。


「でも私たち効かなかったよね」


「あそっか。なんでだろね」


「さぁ、分かんない」


 まゆりはクロエに言われ、自身に麤乱鬼(そらんき)の毒霧が効かなかったことを思い出し手をどけると、クロエと顔を合わせてふたりして首を傾げる。

  その間も麤乱鬼の拳は止まることはない。


「殴ることもできぬ毒霧も効かぬ。なんとも……、もどかしいかな。と、言ってやりたいところだが……」


 と、麤乱鬼(そらんき)は笑みを浮かべる。

 自身を見下ろしながら笑う麤乱鬼の様子を見た天ちゃんは、同じく笑みを浮かべながら舌打ちをする。


「気付いたか」


「ああ、己のこの見えぬ壁は一度の衝撃で破れる(・・・・・・・・・)んやろう?」


一定以上の(・・・・・)、じゃがな」


「だから我が気付いたんやろ」


 麤乱鬼(そらんき)は笑いながら言う。


「……しゃらくさし返しよ」


 天ちゃんは麤乱鬼(そらんき)の傲慢な態度に、額に血管を浮き上がらせつつも平静を保とうと端的に言葉を返す。


 そんな中、天ちゃんと麤乱鬼のやりとりを見ていたまゆりがふと疑問を口にする。


「ねえ天ちゃんさん、なんであの鬼は天ちゃんさんの見えない壁? の仕組みが分かったの? 見えないなら分かりようがなくない?」


「まゆりよ、“天ちゃん”でよいぞ。して、それは──」


 天ちゃんがまゆりの疑問に答えようとしたとき、麤乱鬼(そらんき)が天ちゃんの言葉を遮る。


「それはなぁ、我の拳が己らに近づいているからや」


「え、ほんと?」


 まゆりが天ちゃんを見ると、天ちゃんは見れば分かると言わんばかりに顎をしゃくってまゆりの視線を向けさせる。

 天ちゃんの示すようにまゆりは麤乱鬼(そらんき)が殴っているであろう見えない壁を見ようとするが、眉間にしわが出るほどよく凝らして見ても、全くもって理解することができない。


「ねえ、やっぱり見えないよ。嘘ついてたりない?」


 まゆりは目に指で輪を作りのぞいたり、腰を九十度曲げて角度を変えてみたりと、どうにか見ようとして頑張ってはいるものの、一向に見られずうーんとうなり声を上げている。


「そのようなことをしたとて見えるわけなかろうて。妾が見よと示したのは、彼奴の振るう拳じゃ。一尺ほど近付いておろう?」


「い、一尺も!? ……クロエちゃん、一尺っていくつ?」


「三十センチくらいだよ」


 まゆりは声を潜めてこっそりとクロエに教えてもらうと、再び拳を振るい続ける麤乱鬼(そらんき)を見上げる。


「三十センチ……やっぱり全く分かんないや」


 漸くまゆりが諦めるとそれを見ていた麤乱鬼(そらんき)がまゆりを嘲笑う。


「我が毒霧が効かぬとはいえ、やはり人間。足手まといにしかならんぞ? 早よ見限った方がええんやないか?」


「──確かに、ずっとこうしておってもじり貧じゃな。のうお主ら、すまんな」


 天ちゃんはクロエとまゆりに微笑みかけ、守りの手を解いた。

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