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ファンデイトブック  作者: 無色なそら


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第23話 ハイレタ

 クロエたちはついに、目的としていたヤマノケと対峙する。


「女性に取り憑く怪異なんだもんね。私がそっちに行くから、それ以上近付かないでくれると嬉しいな」


 そう微笑みかけ、クロエはヤマノケの元へゆっくりと歩いて行く。


「君を収容したいんだけど、大人しく本に入ってくれるかな?」


 ニタニタと笑うだけで何もしてこないヤマノケに、クロエはなるべく友好的に聞く。が──、


「テン、ソウ、メツ──」


 ヤマノケはクロエの顔を覆うように首と頭を掴み、胸部にある自身の顔を近付ける。


「テン、ソウ、メツ──、テン、ソウ、メツ──」


 気味の悪い笑顔を浮かべたまま、その言葉を繰り返し続ける。


(何をしておる! 突き飛ばせ、乗っ取られるぞ!)


 ヤマノケに捕まれたままのクロエを助け出そうと動こうとするが、まゆりが側で寝ているため迂闊に動けないでいる。

 すると、すぐにヤマノケは口を止める。


「ハイレ、ハイレ……、ハイレナイ。ハイレナイ……?」


 貼り付けたような薄気味悪い笑顔だったヤマノケの表情が崩れ、顔をしかめてクロエの顔をのぞき込む。


「そんな顔したって、私の身体は先着一名までしか受け付けていないみたいだよ。はーい残念賞」


 そう言うと同時に、クロエはヤマノケの両目を目掛けて指を突き立てる。

 しかし、指はヤマノケの目を突くこと無く空を貫いた。


「あれ?」


 確実に不意を突いたかに思えたクロエの目潰しは空振りに終わり、それどころか、ヤマノケ自体がクロエの視界から忽然と姿を消した。

 クロエは自身の手元や、入り込まれていないか身体を確認したりする。


「何ともない…………──っ! まさか!」


 そう、そのまさかだ。クロエが振り返ると、眠っていたはずのまゆりが目を開けてブツブツと何かを呟いている。

 既にヤマノケは、後ろで寝ていたまゆりへ取り憑いてしまっているのだ。


「ハイレタ、ハイレタ、ハイレタ、ハイレタ、ハイレタ、ハイレタ、ハイレタ、ハイレタ、ハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタ」


 先ほどクロエに取り憑けなかったことがよほど気に入らなかったのか、まゆりの中に入れたことを喜んでいるようにも、クロエを嘲笑っているようにも見える。


 それにしてもなぜ、ヤマノケがまゆりに取り憑くことができているのだろうか? まゆりのことは天ちゃんが守っていたはず。

 クロエがまゆりの側にいる天ちゃんに顔を向けると、天ちゃんは前足で顔を押さえてうずくまっていた。


「天ちゃん!?」


 クロエは思わず声を上げる。


(す、すまぬぅ……、思いのほか彼奴の力が強うて防ぎ切れんかった)


 どうやら、想定以上にヤマノケの力は強大で、キツネ姿の天ちゃんでは止めることができなかったらしい。それで、申し訳なさから顔を押さえているのだ。

 しかし、そんなこととはつゆ知らず、クロエは天ちゃんが何らかの方法でヤマノケに目元を攻撃されてしまったのかと思っていた。


「天ちゃん、目は見える? まさか、あの一瞬で天ちゃんにまで攻撃するなんて……油断してた」


(く、クロエよ、妾はなんともない。じゃて頼むからそれ以上は勘弁してくれぬか……)


 天ちゃんは恥ずかしさと面目無さからより一層深く目元を覆う。


「天ちゃんは安静にしてて、私がなんとかしてみるから」


 クロエは天ちゃんの意図を察することなく、ヤマノケに取り憑かれたまゆりへと近付く。


「……とは言ったものの、どうしたら良いんだろ。もろとも引きずりだそうにも、今のまゆりの状態だと難しそうだしなぁ」


 任せろとは言ったものの、まゆりからヤマノケを追い払う手立てがなく、どうしたものかと思考を巡らせる。が、特に何も思い浮かばない。


「どうしよう、やるか? やるしかないのかな? 気が乗らないなー」


 クロエがまゆりを眺めながら独り言を呟いていると、背後から肩に何かが置かれる。

 振り返ると、そこには人の姿の 天ちゃんが立っていた。


「天ちゃん、その姿になれるんじゃん。なんでずっとキツネの姿で居たの? ってか、なんか薄くない?」


 人の姿の天ちゃんは、身体が透けて向こう側が見えてしまっている。


「大したことではない。気にするな」


 天ちゃんは「妾に任せい」と言い、ヤマノケに取り憑かれたまゆりの顔をのぞき込むようにしゃがむ。


「妾の慢心でこのような目に遭わせてしもうてすまなかったの、まゆり。して、若輩の魑魅よ、取り憑く相手はよーく考えるべきじゃったな」


 そう言って大きく目を見開いた天ちゃんは、まゆりの胸元を手で突き刺す。

 すると突然、まゆりが暴れ始める。

 正確には、まゆりの中にいるヤマノケだ。焦点の定まらない目で天ちゃんを見つめ、首を力強く絞めている。


「逃げるで……ないわ……。妾とて、あまり時間を掛けるわけにはいかぬのじゃ」


 天ちゃんは更に深くまで入れ込んで弄ったかと思えば手を止め、


「よーし、観念せい」


 と、思い切り手を引き抜く。

 引き抜かれた手には、ヤマノケの頭がしっかりと捕まれており、ヤマノケはそのまま引きずり出されて空中に投げ出される。


「逃がさんぞ」


 天ちゃんは手のひらヤマノケに向け、握りこぶしを造る。

 すると、ヤマノケは空中で固まってしまった。


「おお、天ちゃん凄いね!」


 一連の流れを見ていたクロエは、すぐさままゆりの身体を支え、手を叩いて賞賛する。


「そうじゃろうそうじゃろう。今のは少し力を多めに使うての、この凝空通(ぎょうくうつう)については既に話したからよいかのう。

 先ほど此奴を引きずり出すとき、見えぬものも見ることのできる天眼通(てんげんつう)。 物体をすり抜けるなど己の身体に変化をもたらす神変通(しんぺんつう)。全てに触れることのできる天掌通(てんしょうつう)。と、複数の神通力を同時に扱うたのじゃ!」


 天ちゃんは「どうじゃ? 凄いであろ?」と、またしても得意げに自身の力についてクロエに語る。


「と、いかんいかん。このような語らいをしている場合ではなかったな……ん?」


 気を引き締め、再びヤマノケに注意を注ごうとしたとき、天ちゃんはふと違和感を感じヤマノケに向けている手に視線を向けた。

 握りこぶしを造っていたの手のひらが少し開きかけている。そして、更に視線を奥へと伸ばすと、空中で固めているはずのヤマノケがフルフルと震えていた。


「簡単に引き剥がせた故、力が強まるのは取り憑くときのみと思うたのじゃが、そういうわけではないようじゃのう。

 じゃが、妾とて氏神として信仰されておった神。ぽっと出の若造にはまだまだ負けんぞ」


 天ちゃんは血管が浮き上がるほど、より一層力を強める。

 しかし、天ちゃんが力を強めるほど、ヤマノケの抵抗も強くなっていく。


「ふむ……、これはいかん、勝てぬかもしれぬな」


 天ちゃんの頬を一筋の汗が伝う。


「今では神より魑魅がより多くの者に知られる時代か、なんともまあせつないものよ」


 どうやら、ふたりの押し合いはヤマノケがやや優勢のようだ。じわじわと天ちゃんの拘束が解かれていく。


「天ちゃん、あとは私がやるからまゆりを見てて」


 後ろで様子を見ていたクロエが立ち上がり、代わりに戦おうと申し出る。しかし──、


「人の子ひとり守れずして何が神か。ましてやそれが──」


 天ちゃんはスヤスヤと寝息をかいているまゆりをチラとみると、今にも拘束を破らんとするヤマノケへと視線を戻す。


「案ずるなクロエよ。勝てぬと言ったのは、このまま無駄に長引かせていた場合のことじゃ。ならば一度拘束を解き刹那に決着を付ければよい」


 そう言うと同時に天ちゃんは握りこぶしを解いた。


 拘束を解かれたヤマノケが動き出そうとした瞬間、天ちゃんは指の間を開けるように手を開き腕を振り下ろす。

 ヤマノケの身体は何か重いものでものし掛かったように地面に叩き付けられた。しかも、それが立て続けにヤマノケに襲いかかる。

 ヤマノケの周りの地面は、その負荷に耐えきれず簡単に抉れてしまう。


「……今の状態では五段が限界か、随分と落ちぶれてしもうたの」


 服の袖を引き「仕上げじゃ」と、手のひらを口元へ近付け、ヤマノケに向けてふっと息を吹く。

 すると、ヤマノケの身体が青い炎で燃え上がる。


「実体を持たぬ己の身体が燃えているのか気になるであろう? せっかくじゃ、冥土の土産に教えてやろう」


 悶えるヤマノケを眺めながら、天ちゃんは人差し指を立てると、指の先から小さな青い炎が灯る。


「これは妾の神通力の1つ、巧焔通(こうえんつう)

 簡単に言ってしまえば、ただ焔を出し操ることのできる神通力じゃ。が、妾の焔はちと特別製でな、お主のような邪のものには特によーう効く」


 天ちゃんは指先の焔を消し、「ただ」と話を続ける。


「力を使い過ぎるが故、妾の土地以外で使うのはあまり向かぬのよ。……と、懇切丁寧に話したが、最早聞ける状態にはあらぬか」


 ヤマノケは息絶えることこそ無いが、焔に包まれ自由に身体が動かせないでいる。


「さてクロエよ、此奴を捕まえたかったのであろ、如何様に締め上げるのじゃ?」


 天ちゃんに聞かれると、クロエはまゆりを地面に寝かせ、自身の腰に付いているポーチからブックを取り出す。

 そして、ブックを開き、燃えているヤマノケに向ける。


「別に締め上げたりはしないよ。収容するだけ」


 ヤマノケは瞬く間に収容されていき、ブックのページには、ニタニタと薄気味悪く笑うヤマノケが描かれる。


「これはまた、珍奇な物を持っておるな。なんじゃそれは」


 クロエがヤマノケの収容を終えると、ブックに興味を持った天ちゃんが聞いてくる。


「さあ、なんか落ちてたから拾ったんだよ。汚ったないよね」


 まるでゴミでも見るかのような目でクロエはブックを見つめ、「何? 汚いのは事実じゃん」と呟くと、ブックを雑にポーチへとしまう。


 クロエたちが話していると、それまでぐっすりと眠っていたまゆりが目を覚ます。


「んん~~、ふわぁ」


 まゆりは大きく伸びをし、周囲を見回す。


「あれ? 私寝てた?」


「うん、それはもうぐっすりと」


「えっと、ヤマノケ探しって言うのは……」


「もう終わったよ」


「…………」


 まゆりは沈黙し、クロエの顔やいつの間にかキツネの姿に戻っていた天ちゃん、周囲の様子を見回す。

 そして、今一度眠りに就こうとする。


「そういえば、ヤマノケに取り憑かれてたけど身体の調子はどう? 違和感あったりしない?」


 クロエの言葉に、まゆりは反射的に飛び起きる。


「えっ! 私取り憑かれてたの!? いつ?!」


「その様子なら大丈夫そうだね」


「ちょっと、いつ取り憑かれてたの?! もしかして寝てるとき?! 私本当に大丈夫?! ねえってば────!」


 まゆりの必死の喚き声は、夏夜の関山峠に響き渡った──。


 幻想生物データ『ヤマノケ』

 脅威級

 収容レベルⅢ(認知度により増加。制限不明)

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