第20話 緑赤の河太郎
──翌朝、とある町外れの河原にて。
「河童、河童、かっぱっぱ~。河原に来たぞ、キュウリはあるぞ、相撲を取るか? 河童さん。出てこい出てこい河童さん。全然出ないな河童さん。早っよ出っろさっもねっば、かっち割っるぞっ! 皿っ!」
クロエは河童の出ると言われている河原で、キュウリの入った袋を片手に、買ってきたキュウリを1本振り回しながら軽快な足取りで探し回っていた。
河原は昨夜の雨の影響か、少しばかり水の流れが強く、薄汚く濁っていた。
「ブック、河童のおびき寄せ方知らない? 歌うのは駄目みたいだったよ」
「知らん、キュウリ食ってろ。耳が腐る。
そもそも、そんな物騒な歌で出て来るほど、河童も変わった趣味してねえだろ」
クロエはブックに自身の歌を批評され、「耳無いくせに……」と文句を言ってキュウリを1本分頬張る。
「ん、ほいへぶぁふぁぁ」
「おい汚ねぇよ、飲み込んでからにしろ。詰まらせるぞ」
ブックに止められ、クロエはすぐさま飲み込み再び口を開く。
「……そいえばさ、河童って“尻子玉”ってやつ引き抜いてくるんだよね?」
「ああ、そうだな。それがどうかしたか?」
「尻子玉なんて臓器、人体の書物をいくら調べても出てこなかったし、そもそもあったとしてもどうするの?」
クロエは河童探しを1度辞め、河の側に座り買っておいたキュウリをおやつ代わりに食べながら聞く。
「そりゃそうだろ、尻子玉は架空の臓器とされてるんだからな」
「架空? じゃあ取れないじゃん」
クロエは聞く。
するとブックは、意味あり気に含み笑う。
「河童からしたらそうでもないんだろうな。
“尻の穴から手を突っ込む”と、あら不思議。河童の手にはどう引き抜いたのか、尻子玉と呼ばれる謎の玉が捕まれていて、引き抜かれた者は力が抜けるか、最悪死んじまうって話だ。精々尻を庇うんだな」
ブックが説明を終えると、その場に数瞬の間が流れ──、
「──はぁ!?」
クロエは瞬時に地面を蹴り、尻を手で押さえながら河から飛び退く。
「絶対に嫌なんだけど! なんでそんな……はぁ!? 気持ち悪、前の土蜘蛛は見た目がアレだったけど、今回の河童は行動最悪ッ!」
顔を引きつらせるクロエの様子を見て、ブックは馬鹿笑いする。
「お前そういうこと気にするんだな」
「私を何だと思ってるのさ……、と言うか、誰だって気にするでしょ」
「そう言ったって、結局は収容しなくちゃいけないだろ」
「それはそうだけどさ……」
クロエはため息を付き、再び水場へととぼとぼ歩く。
そして、濁ってはいるが、辛うじて水底の見える河を覗くと、髪の生えた緑色のカエルのようなものがクロエの視界に映る。
「お前、この短時間で随分と不細工になったな」
ブックが水に見えるソレを見て呟く。
「そんなわけ無いでしょ、コレは河童……」
「河童だねぇ!?」
「河童だなぁ!?」
クロエとブックは同時に声を上げる。
「え、何してるのこの河童」
困惑気味に河童とにらめっこをしていると、クロエの臀部に何かが触れる。
「──ッ!?」
クロエが咄嗟に背後に回し蹴りをすると、空中を海老反りに飛ぶ、もう1匹の河童が視界に映った。
赤い河童はそのまま地面に顔から落ちる。
「気安くお尻触らないでくれる!?」
焦るクロエの額には、汗が滲んでいた。
「クロエ、赤いヤツばかり気にしていて良いのか? この状況、挟み撃ちだぞ」
ブックの指摘でクロエが振り返ると、緑の河童は既に水中から上がっていた。
子供ほどの背丈。緑か赤の肌。頭には水の張った皿。背には亀のような甲羅と手足の間にある水かき。
頭の先から足の先まで、どこからどう見てもやはり河童である。
河童はクロエの腰元を見ると、指を差し、
「ソレくれ。お前さっき相撲するかって言ってたの、おいらたち聞いてた。おいらたち勝ったらくれ」
どうやら河童はクロエの持つキュウリが欲しいようで、クロエに相撲を挑んできた。
「尻子玉は?」
「汚え、おいらたちんなもんいらん」
河童はきっぱりと断る。
クロエが先程蹴り飛ばした赤い河童を見ると、目を見開いてコクコクと頷いていた。
「えっと、まあいいよ」
「こうして、キュウリを掛けた第1回相撲大会が幕を開けるのであった」
「……ブック、変なナレーション入れないで」
こうして、クロエと河童の、キュウリを掛けた第1回相撲大会が幕を開けるのであった!
──クロエたちは河原の砂場に土俵を描き、舞台を整える。
土俵内には、クロエと緑の河童が構えを取っており、その横で赤い河童が大きな葉っぱを持って頃合いを見計らう。
「お互い、準備は良いか?」
赤い河童の問いに、クロエと緑の河童は頷く。
「おいクロエ、お前相撲のルール分かってるのか?」
ブックは心配そうに聞く。が──、
「張り手!」
そう自信満々に答えるクロエに、ブックが絶句して言葉に詰まる。
ブックが言葉を出せずにいると、すぐに開始の合図が掛けられた。
「はっけよい、のこった──!」
合図と同時に緑の河童が力強く地面を踏み込み、クロエに向かって飛びかかる。
かけ声の余韻が消えきる前に、緑の河童とクロエが接触せんとしたその瞬間──、
クロエの手が緑の河童の懐を潜った。
しかし緑の河童の目には、もの凄くクロエの動きが遅く見えていた。そして思った、「ああ、まさかこれが、人間の言うゾーンというヤツなのだろうか」と。
緑の河童は腕捻りを決めようと考え、クロエの腕を掴もうと体を動かそうとする。が、おかしい。体が思うように動かないのだ。
そう気付いたとき、自身の懐に潜らされたその手は止まることを知らず、ゆっくりと、そして確実に頬を抉るように下からはたき抜かれた。
この間なんと0.8秒。そして時は加速、いや、元の速さに戻る。
緑の河童は嘴で宙を掘り進む穿孔機が如く、超高速回転エネルギーを纏い土俵外へと飛ばされていった。
天にまで突き通るようなビンタ音が鳴り響き、緑の河童が地面に落ちて音を上書きすると、辺りには流れる水の音だけが残る。
一足遅れ、赤い河童は飛ばされた緑の河童へとゆっくりと顔を向ける。
「……え? あ……」
赤い河童は何かを喋ろうとするが喉から声が出ず、口だけが先行してパクパクと動いていた。
「よし、私の勝ちだね!」
クロエは地面に横たわる緑の河童を見ると、胸の前でガッツポーズを取る。
「あの返答の時点でやると思ったよ」
ブックは呆れ果てた様子で呟く。
緑の河童は辛うじて生きているようだが、精魂燃え尽きたようにぐったりとしており、赤い河童が手をしっかりと掴んでいた。
「おいらの負けだ。でもなぜだ、全て見えていたはずなのに、おいらの体が動くことを拒んだみたいに固まってた」
「分かんねぇ、俺も気が付いたときにはお前が空中を飛んでいた。
俺、お前が鳥になったのかと思っちまったよ」
河童たちはクロエの全力ビンタに気付いていなかったのか、潔く負けを認めているようだった。
「……クロエ、キュウリはくれてやれ」
「そうだね、元々河童を誘き出すのに買ってきたわけだし」
クロエは土俵を出て、河童たちの元へと歩いて行く。
そして、土俵の外に置いていた袋からキュウリを取り出し、河童たち差し出す。
「……良いのか? おいら負けたのに……」
「いいよ」
クロエが答えると、河童たちはキュウリを受け取り口へ運ぶ。
「……うんめ」
クロエはキュウリを食べる河童たちへ向けて、ブックを開き内側を向ける。
「幻想生物。河童の“戦意喪失”を確認しました。収容を実行します」
河童たちはブックの中へと収容されていき、そのページには2匹の河童がキュウリを掛けて相撲を取っている姿が描かれる。
「さ、次々」
クロエはブックを腰のポーチにしまうと、河に背を向けて歩き出す。
「次って、何か当てはあるのか?」
ブックに聞かれ、クロエは顎に手を当てて「うーん」と唸る。
「そういえば、3日後から子供は“夏休み”って言うのに入るらしいんだよね。
だったら、まゆりと天ちゃんを誘って、お出かけでもしようかな? それまでは休憩!」
幻想生物データ『河童』
脅威級
収容レベルⅢ




