第2話 探索開始
──陽の光が一向強く差し、生命の活気が満ち溢れる夏と呼ばれる季節が訪れた頃、クロエは館内の自室にて自分たちがやって来てしまった世界について調べるべく、あらゆる書物を読み漁っていた。
「クロエ様、失礼致しますね」
ドアがノックされ開かれると、その口調に似つかわしくない幼い少年が姿を表す。
「ライか、やっぱりまだ慣れないね」
「頑張って下さい。それより、私たちがこちらに来てからずいぶんと経ちますが、いつまでそうしている気ですか? いつになったら戻る手がかりを探しに出られるんですか?」
半目を作り、呆れ気味に聞いてくるライに、クロエは手に持っている書物を差し出す。
「コレが最後だよ。思っていたよりも沢山あったものだから、かなり時間がかかってしまったけれどね。それにしても、このテレビってやつは便利だね。幻想生物らしきヤツらの情報がどんどん出てくる。面白いよね」
クロエがちゃんと調べていることを確認すると、ライはふと気になって、奥に積み上げられた本を指差す。
「そうですか。……それと、あの漫画ってやつも読む必要あったんですか?」
ライの指摘にクロエは肩を跳ねる。
「あれは、まあ……そう! この世界のものについても詳しくなっていても損はないでしょ?」
取り敢えず手当たり次第に書物を読んでいこうと思ったら、思いの外面白くなって読み続けてしまった。などと正直に言うと、呆れられることは明白だったので、苦しい言い訳をするクロエだった。
「ふむ、それもそうですね。ですが、早くしてください。最近ではここも、突如現れた幽霊屋敷だなんて噂が流れているくらいですから、あまりのんびりしている時間はありません。すぐにお出になられる用意はできておりますので、用が済んだらレトにご報告下さい」
幸いにもライは疑うことなくすんなり受け入れてくれて、クロエはホッと息をつく。
「ふう、危ない。面白くて色々読んでたって言ったら、ライ怒るだろうからね……。それに、読み始めた理由として、嘘はついてないし……」
ライが部屋から出ていった後、クロエは残りの書物を読み済ませた。
自室を出て、きれいに清掃、装飾されている廊下を歩いていくと、レトが寝泊まりしている部屋の前に来るとドアをノックする。
「レト? 調べ物も済んだから、そろそろ出ようと思うんだけど……入るね」
「はい、どうぞ」
ドアを開くと、大量の衣類が掛けられたクローゼットの前に立つ幼い少女、レトが居た。クロエが部屋に入ると、レトは楽しげな笑みを浮かべる。
「ふっふっふっ、クロエ様がお出になられるときのために、私もこの世界のふぁっしょんとやらを日々勉強しておりました! 少々こちらでお待ち下さい!」
壁に立て掛けられた姿見の前に立たされると、レトはクローゼットの中を漁り、様々な衣類を取り出してきた。
「こちら、クロエ様に凄くお似合いかと。さあ、お着替えください!」
クロエは言われるがまま、身を包んでいたマントを取り、渡されたものを着て姿見に映し見る。
黒色の緩いパーカー。ショートパンツとその下に履く黒のスパッツ。パーカーに隠れて見えないが、腕まである黒の革手袋。膝下まである黒のブーツ。腰にはベルト兼用の茶色のブックポーチ。葉を模した飾りのある銀の首飾り。
「どうですかクロエ様? クロエ様のことを配慮し、なるべく肌を露出させないようにし、尚且つ黒主体のかっこ可愛いふぁっしょんにしてみました!」
レトはその小さな胸を張り、自慢げにフンッと鼻を鳴らしている。「どうです? 文句の付け所が無いでしょう?」と今にも言い出してきそうだ。
「どうです? 文句の付け所が無いでしょう?」
やはり言った。
確かにレトが考えてくれた時点でいい服装ではあるのだが、クロエには気がかりな部分があった。
「随分と真っ黒だね。レトが良いって言うんならいいと思うんだけど……。
何でこれ肩出てるの? ここの部分だけスースーするよ。肌出てるし……」
渡された服の肩の部分が開けており、気になって擦りながら聞くと、レトが満面の笑みを浮かべる。
「何でってそれは、エッチだからに決まってるじゃないですか」
笑顔のまま表情を変えることなくレトは言う。
「……え? 機能性とかじゃなく……?」
予想外の言葉がレトの口から飛び出してきて、クロエは思わず呆気にとられ、ポカンと空いた口が塞がらない。
そんなクロエのことを気にも止めずに、興奮した様子でレトが語り始める。
「いいですかクロエ様? 黒色の衣服に見を包まれている中、少しだけ見える色白の肩。これをエロく無いとして他に何と言うんですか? もろ見せはあんなの駄目ですよ! たしかに最初はエロいと思います。でもずっとおっぴろげてちゃじきに慣れてエロく無くなっちゃいます! その点チラ見せは破壊力抜群なんです! 普段見えない中ふとした瞬間にパンツなんか見えちゃって下さいよ! 痛恨の一撃喰らっちゃいますよ! その肩出しだって、動いてるとこを目で追ってたらチラッと脇が見えちゃって……なんてしたら私、もう考えただけで──」
「えぇ? そういうもの……なのかな……? ちょっと分かんないかな……」
自分がこの世界のことについての書物を読み漁っている中、レトも何か読んでいたのだろうか? 自分の世界に入り込み興奮気味に語り続けるレトに、理解を示してあげることができなくて少し申し訳なく思いながらも、離脱するタイミングを見逃してしまい、語り終わるまで素直に聞く羽目になったクロエであった。
──レトの話が終わり準備を済ませて館の外に出ると、後ろにいるライとレトに向かって振り向く。
「私がいない間、留守を頼んだよ。くれぐれも、肝試し目的で来るような人間たちを入れないようにね。それじゃあ、ライ、レト。行ってくるよ。」
「行ってらっしゃいませ。クロエ様。無事戻って来られること、信じております」
クロエはライとレトと別れを済ませると、森の中を歩き、人々の多く集まる街の方へと進んでいく。すると、ポーチに入れていブックが話し始める。
「なあクロエちゃん、これからどこに行くんだい?」
ブックと初めて話した時と全くの別人のような口調になっており、クロエは若干引き気味になる。
「何その話し方? 気持ち悪いよ……てか、ここでも話せたんだ……」
「ちぇっ、なんだよ……せっかく人がフレンドリーに話しかけてやってんのによ……。で? どこに行くんだよ」
「人間たちは、よく学校という場所に集まるようだから、そこに行ってみれば何か新しい情報が見つかるかも。さあ、探索開始だよ!」
「──君、ここの学校の生徒じゃないでしょ。関係者以外立入禁止って書いてあるでしょ? 駄目だよ勝手に入っちゃー」
意気揚々と正面から学校に入り込もうとしていたクロエは、校門の前で警備員に捕まっていた。
クロエは学校は学ぶ場、としか認識しておらず、自分がなぜ止められているのか理解できないでいた。
「駄目って、あの子たちは何で入れてるのさ?」
クロエは同じ服を着て学校の中に入っていく子供たちを指差す。
「あの子供たちは、この学校の生徒さん」
「じゃあ、あっちは?」
クロエは奥で生徒たちと挨拶を交わしているジャージ姿の男性を指差す。
「あの人は、この学校の教師。生徒たちに勉強を教える人」
警備員と問答を重ねていると、徐々に周りの視線がクロエに集まりだす。
「何あの人? 不審者?」
「えへっ、何? 綺麗な人じゃん」
クロエはこれ以上ここにいて注目を浴びては不味いと思い、引き返そうとした時──、
「キャアァァァ──。ね、猫ちゃんが……」
悲鳴が聞こえ、人々の視線の先を見やると、校舎の屋上に子猫がぶら下がっていた。
必死にしがみついているが、子猫の力ではそう長くは持たなかったのだろう。既に少しずつ手が離れかけていた。
このまま落ちてしまえば助からない。生徒たちだけでなく教員も一緒になって子猫を救おうと行動し始めていた。
「何であんなところに猫が!?」
「早く、何かクッションになりそうなものを持ってこなくちゃ。そうだ! 体育で使うマットとかは?」
「お前は馬鹿か?! そんなの硬すぎるだろ!」
「文句言うならお前も案出せよ!」
生徒たちが騒ぎ、慌てふためいている中、子猫の前足が限界を迎え、落下する。
地面まであと数秒と満たない距離にまで落ちてきた頃、ひとりの少女が子猫に向かって跳ぶ。
「よし! 捕まえた!」
子猫を空中でキャッチした少女は、そのまま空中で1回転し、タンッと軽快な足音を立てて着地する。
その少女の下へ小柄な少女が息を切らしながら駆け寄って来ると、親指を立てグッドサインを作る。
「“まゆり”ちゃん! ナイスキャッチ!」
数瞬の沈黙が流れ──、
「凄い! カッコよかったよー!」
「よっ、流石現代の忍者!」
「流石、高校生忍者!」
子猫を見事キャッチした少女に、その場にいた全員から歓声が巻き起こる。
「まゆりちゃん、大人気だね」
子猫を救った少女は額に指を立てて決めポーズを取ると、
「ふっ、この“忍者、胡舞まゆり”にかかれば、その場の空気を読むより楽な作業だよ」
と訳の分からないことを言い出す。
本人としては格好つけたつもりなのだろうが、共感する者は誰ひとりとして居なかった。
「空気は……少しだけでも読めるように頑張ろうね……」
生徒たちの歓声が中々鳴り止まない中、校内放送がかかる。
「──皆さん 、もうすぐ授業が始まります。直ちに教室に入らないと、全員もれなく遅刻扱いになりますからね? 特に“胡舞まゆり”さん、あなた半年にして既に欠課時数ぎりぎりなんですからね? いいですか?」
その放送で生徒全員が慌てて校舎に駆け込み始める。
「まゆりちゃん! 早くいかないと!」
「わ、分かった。取り敢えずこの猫ちゃんも連れてくね」
まゆりと呼ばれた少女は、子猫を抱えたまま校舎の中へと駆け込んでいく。
「やっべぇ急げ」
「お、俺の皆勤賞が消えちまう! まだ半年も経ってないけど!」
「キイィエェェ!!!」
生徒たちが一斉に校内へ入って行き、先程までの騒ぎが嘘だったかのように校庭は静まり返っていた。
「ねえブック」
「ん? どうかしたか?」
「さっきの女の子と……最後の宇宙の帝王みたいな奇声発してた変な子……あれ幻想生物? あ、因みに私はあんなの知らない」
クロエは幻想生物ではないと内心分かっていながらも、どうしても聞きたくなってしまったので確認のためにブックに聞く。
「残念ながら、オレもあんな奴ら知らん。まあ奇声発してた奴は幻想生物でもいいと思うけどな」
女の子に関しては案の定予想していた通りの回答が返ってきて、クロエは安堵すると同時に、1つの思いつきをする。
「そう……ふふっ、ちょうどいいや」
「……? お前……何で笑ってるんだ? そうか、そんなにオレの返しが面白かったのか?」
クロエが校門を背にして歩き始めると、ブックは自分の返しでクロエが笑ったと思い、得意気に聞いてくる。
「いや、それは違う。ただちょっとね……」
「なんだよ」
ブックはきっぱりと断られて不満げになりながらも、同時にクロエの考えを聞く。
「あの身のこなし、ちょうど良さそうな子見つけちゃったって思っただけだよ」
クロエは先程子猫を救った少女の身のこなしを思い出して、仲間になったらいい戦力になりそうだと思った。
「──ふぅん? 面白そうな子……発見♡」




