第19話 呆気ないつむじ風
点々と付いている光が、雨でコーティングされた地面に僅かに反射しているだけの暗い真夜中の町。
澄んだ風がクロエの濡れた体に吹き付ける。
「風が、私を呼んでいる」
クロエは雨で顔に張り付いてしまっている髪を手でかき上げ、風の吹く方へと体を向けながら呟いた。
「……は? 何言ってんだお前」
醸し出していた良い感じの雰囲気? に乱入されて、クロエは口をへの字にして腰のポーチに入っているブックに視線を送る。
「ちょっと、せっかく格好付けてたんだから邪魔しないでよ」
クロエは「分かってないな」とため息を付く。が、ブックは気にしていないようで、
「ひきこさん逃したな。すぐに収容しないからだぞ」
と笑い気味な声で言う。
「だって、あそこまで動けるなんて思わないじゃん」
クロエは去って行ったひきこさんを思い返し、なぜ急に元気を取り戻したのか考える。
しかし、分かるはずもなく段々考えるのが面倒になり始めてしまう。
「まあ……、また見つけたときに収容すれば良いよね!」
クロエは考えることを放棄して夜道を歩き始める。
雨は止んだが、服や髪がかなり水を吸ってしまっていたため、クロエは髪を首の後ろで絞って水を絞る。
「……ん?」
クロエは手に違和感を感じ、髪を下ろして手元を見る。
すると、普通ではあり得ない切られた髪束に、雨と混ざった血が滲んでいた。
「血……? さっきのひきこさんとの先頭で怪我したのか? それとその髪、もう抜け毛の歳か?」
ブックは心配をしているのか小馬鹿にしているのか微妙なラインでクロエに聞く。
当のクロエは、それを馬鹿にされたと取った。
「そんなわけないでしょ。こんな可愛い女の子に抜け毛だなんだって……、ページ半分くらい破り捨てるよ」
とポーチに入っているブックを睨み手を掛ける。
「おっと、悪い悪い。それだけは辞めてくれ。……で、実際どうしたんだ? 何かされた感覚はあったのか?」
「……いいや、全くなかったよ。私の髪を切るだなんて許せない。一体どんな性格してたらこんなことしようと思うのさ」
クロエは悪態をつきながら手に付いた髪を払う。
「そういえばお前、さっき“風が自分を呼んでいる”とか言ってたよな? あれ、本当にそう思ったのか?」
ふと思い出したかのようにブックが聞く。
「え、そんなわけ無いじゃん。真に受けすぎだよ」
クロエは「お馬鹿だなー」とブックをポーチの上からボンポンと叩きながら笑う。
「……まあ何でも良いが、姿も見えずいつの間にか切れていたのであれば、考えられる可能性は少ない。まずは風にでも気を付けておけ」
ブックはまともに相手したら負けだと思い、自分の考えだけをクロエに伝える。
クロエはブックの言い分に心当たりがあるようで、一度を笑うのを辞める。そして、
「ブックが言いたいのはアレでしょ、“かまいたち”! この優しいクロエさんは間違えても咎めないから、素直に言えば良いのに」
と、得意げに平らな胸を張る。
「いや、それは絶対にないな。お前は絶対に“ブックってば間違えてるじゃん”とか言い出すだろ」
「い、言わない……よ! 変なこと言わないで」
どうやら図星だったようで、クロエはあからさまにたじろぐ。
ブックはその様子に呆れて言葉も出ず、風の音だけがその場に鳴っていた。
「そ、そんなことよりさ、かまいたちってコレだよね?!」
「あ? んな適当なこと言ってオレの気を逸らそうったってそうは──」
突然訳の分からないことを口にしたクロエの手には、白い動物が首根っこを捕まれて藻掻いていた。
その動物は両前足に鋭い鎌を持っており、自身の首を掴むクロエの首を切り付けようとしているが、力が入らないのかクロエの付ける手袋のすら傷を付けられていなかった。
ブックはその動物、もといかまいたちをクロエがいつ捕まえたのか分からずただただ呆気に取られていたが、すぐに意識をクロエとかまいたちに向ける。
「……よーしよくやったクロエ。だが確かにそれはかまいたちだが、かまいたちは三位一体で行動する。あと2匹居るはずだから気を付けろよ。
それと、そいつは先に仕留めておけ。また逃がさないようにな」
ブックはひきこさんを逃したことを気に掛け、クロエに念を押す。
「分かってるよ」
クロエは藻掻くかまいたちを見ると、髪を切られた恨みをぶつけんと手に力を込める。
バキッという音とともに首が折れ、180度首を折り曲げられたかまいたちは絶命し、体から力が抜け落ちる。
「あと2匹だね。ブック、コレ先に収容できる?」
クロエはポーチからブックを取り出そうとする。
「ちょっと待て、ソレ囮に使えないか? 3匹で行動しているくらいだし仲間思いでもおかしくはないだろ」
「ブックってば、ひどい考えするね」
あんまりだとクロエはブックの意見に引き気味に対応する。
「……平気で首へし折るお前に言われたくねぇよ」
呆れるブックにクロエは「私の髪を切ったこの子が悪いんだもん」と返すと、絶命したかまいたちを宙へ放り投げた。
その瞬間、辺りに風が渦巻き、新たに2匹のかまいたちが現れ絶命したかまいたちを噛んで連れ去ろうとする。
「へぇー、本当に来たね! 今ならやれるよ」
青く染まった双眸でかまいたちを捉えると、クロエはかまいたち目掛けて跳躍し、残りの2匹も空中で掴みそのまま握り潰す。
先に仕留めていたかまいたちを咥え、クロエはタンッっと軽快な音を立てて着地する。
そして3匹まとめて脇に抱え、ブックを取り出すと、
「ブック、収容して良いよ」
と開いてかまいたちに向ける。
すると、クロエの脇に抱えられていたかまいたちがブックの中に取り込まれていき、クロエがそのページを見ると、3匹のかまいたちの絵が描かれていた。
「お前、本当に容赦ねえな。いくら相手が幻想生物だからといって、掴んで速攻で握り潰そうだなんて判断できるやつそうそう居ねえぞ」
「そんなこと言われても、迷ってる暇なんて無いでしょ? ひきこさん逃がしちゃったばかりだし……」
クロエがブックをポーチにしまいながら答えると、ブックも少し考え、その意見に納得する。
「それもそうだな。お前に死なれちゃオレも困る」
幻想生物データ『かまいたち』
脅威級
収容レベルⅣ