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第17話 幻想化した噂

 天ちゃんと別行動を取ることになったあと、ひきこさんを見つけたという区域を探し回るクロエだったが、全く見つからないまま雨だけが強くなっていった。


「天ちゃんもそろそろ諦めてくれたら良いんだけど、あの様子じゃあ当分辞めそうにないよね? 居るならなるべく早く見つけてくれないかな」


 クロエは雨に打たれながら住宅街を歩く。


「都市伝説の幻想化は他のものと違って噂で、実体が存在しないからな。そもそも本当に居るかどうかはオレも判らん」


 ひきこさん探しを諦めて公園のベンチに腰を掛け、天ちゃんからの合図が来るまでブックとのんびり話をする。


「雨結構強くなってるが、屋根のある所にいかなくて良いのか?」


「うん、もう結構濡れちゃってるし、雨の中こうしてるの初めてだから、別にいいかなって。ブックは大丈夫? 濡れるの嫌なら移動するけど」


「オレは特にそういうのの影響は受けねえからな、お前が雨に打たれていたいなら別にいいぞ」


「そう、それなら良かった。そいえば、天ちゃんからもらったこの鈴、どうやって天ちゃんと繋がってるんだろう?」


 クロエは手に持っていた鈴が気になって軽く振ってみる。

 すると、どこからともなく天ちゃんが姿を現し、随分と疲れた様子で呼吸を荒げて辺りを見回す。


「──つ、遂に見つけたか……!? して、ヤツはどこにおるのじゃ!」


 突如として目の前に現れた天ちゃんに対し、クロエは困惑していたが、少しして自分のしたことに気付く。

 そう、鈴を渡された時に、“ひきこさんを見つけたら”3回振れと言われていたのだ。


 素直に謝るべきかと迷ったが、怒られるのが目に見えていたので、漫画を読んでいた時に見つけた、絶対に許される謝罪法を使うことに決める。

 するとクロエは、透かさず天ちゃんの懐に潜り込む。


「えっとね、クロエ間違えちゃったの。……許してくれる?」


 涙をにじませた上目遣い。そして小動物のように甘えた声で聞く。

 クロエはこれまで読んできた漫画の傾向から勝ちを確信する。


「許す!」


 即決だった。その速さは明らかに並大抵の反射速度を超えており、改めて天ちゃんは神に等しい存在なのだなとクロエは思った。


 天ちゃんは「全く、うい奴じゃのう」と、ご機嫌にクロエの頭を撫でて甘やかしていた。


「さて、全くもって見つからぬし、今日はここらにして帰るとするかの。

 お主はいつもふらふら出歩いておるが、帰るところはあるか? 無いのなら妾とともに来るか? ふふっ、そうじゃそれがよい。さあ付いて来い!」


 天ちゃんはクロエの話を聞かずにどんどんと話を進めていくと、クロエはその提案に小さくガッツポーズを取る。


「やった! ……じゃなかった、残念だったね。せめて痕跡でもあればもうちょっと探しやすかったと思うんだけどね」


「ふむ。痕跡……と言えるものであるかは分からぬが、こんなものを見つけたぞ」


 クロエの呟きを聞き、天ちゃんは何もない空間を弄りはじめる。

 すると、言っていたものを見つけたのか、少しずつ何かを引っ張り出し始める。


「人のようじゃが、顔がないんじゃ……人ではなく何かの儀式に使う形代かのう? お主はどう思う?」


 引っ張り出されたそれは、人の形をしているが、上半身がすり減らされて赤く染まっており、顔は判別できなくなっていた。

 唯一、それががたいの良い体格で、成人男性であることが理解できた。


「天ちゃん、この人どこで見つけたの?」


「人……そうか、人か。此奴を見つけたのはすぐ近くじゃ。見つけて何かと思っておったらお主の合図があった故、駆け付けて来た」


 クロエは天ちゃんの持ってきた人を見て、ひきこさんと思わしき者がこの辺りに居ることを確信する。


「そう……ならまだ近くにいるかもね。ほら、ここ見て」


 クロエがしゃがみ込んで男性の足を指し示すと、そこには何者かに掴まれた手の跡が濃く残っていた。


「手の跡がかなり濃くはっきり残ってる。この人を引きずってる時に次の標的を見つけたのかも。行くよ、見つけた場所に連れてって」


 クロエが言うと、天ちゃんは嬉しそうに頷き、男性を見つけた場所の近くへと走り出す。

 時折、雨に打たれて薄れてはいるが、引きずった跡が途切れ途切れに残っていた。

 そして、少しずつその跡は鮮明になっていく。クロエたちが引きずり跡に沿って道角を曲がっていくと──、


「天ちゃん、ひきこさんってアレで合ってる?」


 痕跡を作り出している女が、子供を引きずりながら歩いていた。

 子供はこちらに気付き必死に助けを求めるようにして手を伸ばすと、その様子に気付いたのか、女は足を止めクロエたちに向かって振り向く。

 その顔は、目は吊り上がっており、口は頬まで裂けるほど口角が引きつっていた。


「おお、彼奴じゃ! この間妾が見かけたのは! 遂に見つけたぞ、手間を掛けさせおって!」


 天ちゃんはようやく見つけたひきこさんに興奮して飛び跳ねて騒ぐ。

 何かを見つけてここまではしゃぐ姿は、まるで夏の夜にカブトムシを見つけた子供のようだ。

 クロエとしては捕まっている子供を助けることを考えていたのだが、天ちゃんはひきこさんを見つけたことがよほど嬉しかったのか、子供が視界に入っていない様子だった。


 ひきこさんはこちらに気付くと、子供を引きずりながらクロエたちに近付いて来る。

 表情は一切変わらぬまま近付いて来るので、何を考えているのか全くもって読むことができない。


「クロエよ、お主は彼奴の背後に回れ。妾は正面から行く」


 そう言うと天ちゃんは、差していた和傘を自身の前に向けて歩き出す。

 クロエは家の屋根に飛び乗ると、向かい合う天ちゃんとひきこさんの様子を見ながら、後方へと回り込む。

 ひきこさんの背後から見た天ちゃんは、和傘に隠れて姿が見えなくなっていた。


 ひきこさんは子供の足を掴んでいた手を離すと、ものすごい速さで天ちゃんに向かって走り出す。その隙にクロエは子供を救出する。


 ひきこさんは和傘を掴み、隠れている天ちゃんに手を伸ばそうとするが、既に天ちゃんの姿はそこには無かった。

 居るはずの者が居ない。その光景には、クロエでけでなくひきこさんも周りを見回し、少なからず動揺している様子だった。


「天ちゃんが消えた? ……まさか、幻想化の影響が解けたとか? いや、流石にそれはないか」


 クロエが必死に考えを巡らせていると、どこからともなく天ちゃんの声がする。


「なんじゃ、ふたり揃ってボケ〜っとしおって……そんなに妾が消えたことが不思議か?」


 その声は自分たちの頭上から聞こえ、クロエとひきこさんは同時に上を見やる。

 するとそこには、空中に腰を掛けるように滞在し、クロエたちを見下ろす天ちゃんの姿があった。


「こんなふうに誰かを眺めるのは久し振りじゃのう」

 

 天ちゃんは少しの間、物悲しげにクロエたちを眺めると、1段、また1段とまるでそこに階段があるかのように、1歩ずつ降りてくる。


「……そうじゃな、久し振りついでにその子供を守護してやるとするかの」


 地面へと降り立った天ちゃんは、ちらとクロエに抱えられている子供を見ると、再びひきこさんに視線を戻す。

 天ちゃんとひきこさんは笑みを浮かべており、互いに目を離さず見つめ合っている。


 誰も言葉を発さないが、天ちゃんとひきこさんの牽制し合う空気感を、クロエはひしひしと感じていた。そして──、


 ひきこさんは突然クロエに顔を向けると、手を伸ばして走り出す。


「──今のはそっちのふたりでやり合う流れだったでしょうが!?」


 クロエに飛びつこうとするが、クロエは子供をしっかりと抱えると、塀を伝ってひきこさんの手を間一髪で避ける。

 ひきこさんはクロエに避けられ、顔から地面にダイブする。


 その様子を見た天ちゃんは、ぷくーと頬を膨らませて拗ねた子供のように文句をたれ始める。


「たった今妾が“その子供を守護してやるとするかの”と格好つけてお主と戦う流れじゃったというのに、なぜクロエの方へ行った?! なんじゃ! 妾に恥をかかせようという魂胆か?! どうなんじゃ! 言うてみい!」


 天ちゃんはひきこさんを指差して憤慨していると、ひきこさんは立ち上がり、再びクロエに視線を向ける。


「あくまでも妾を差し置いて、クロエを優先するようじゃのう」


「そうみたいだね。ならこの子には少し待っててもらおうかな」


 クロエは抱えていた子供を塀に持たれかけさせるように降ろすと、ひきこさんに向かって歩き出す。

 その際に、犬神との戦いを思い出しながら軽くストレッチをして体を慣らす。


「犬神と戦って分かったけど、力のコントロールはブックの中じゃないと上手くいかない。

 でも、単純な“暴力”だけならここに来る前と変わらないみたいだからね。それだけあれば十分かな」


「オレの中に入らなくて良いのか?」


 ブックが心配そうに聞いてくるが、クロエの決断に揺るぎはなかった。

 というのも、子供が心配というのも勿論あるのだが、どちらかと言うとその決意は天ちゃんに対しての物だった。


「うん。ブックの中に入ってもいいけど、そうするとあの子供をここに放置することになるし、だからといって天ちゃんを残して入ると後でより拗ねそうだから」


「そうか、気を付けろよ。それと先にこれだけは言っておく、都市伝説なんかのように、最近の噂から幻想化したものは話が新しいか故に曲折しやすい。だから危険度、収容レベルともに収容するまで判らん。

 ヤバそうだと思ったらオレの中に入れよ? 今回はちゃんと見ておくから、いつでも言えよ。あと、もう手遅れみたいだぞ?」


 ブックがそう言い終えると、少々拗ね気味の天ちゃんが、目に涙を浮かべて後ろから歩いてくる。

 天ちゃんは未だに頬を膨らませたまま、クロエたちを見つめる。


「先程から呼んでおるのに、よもやお主ひとりで遊ぶ気か?! そのようなことは許さぬぞ!」


「ごめんごめん、そういうつもりじゃなかったんだけど……。ふたりでひきこさんと遊ぶんでしょ? そんなに怒ってちゃ、楽しめるものも楽しめないよ?」


 泣きついてくる天ちゃんをあやしながら、クロエはひきこさんに目を見やると、ひきこさんは今もなお不気味な笑みを浮かべたままクロエたちを見ている。

 先程と変わったものといえば、擦り傷のついた肌くらいだ。


「さあ天ちゃん、“一緒に”遊ぶ時間だよ! ひきこさんに何してあげよっか?」


 天ちゃんは涙を拭うと、腕を組み唇に指を当てて、楽しげな笑みを浮かべる。

 その様子を見て、天ちゃんが機嫌を直してくれたようでクロエはホッとして胸を撫で下ろす。


「ふふん、何でもありで遊ぶのもよいが、ここはルールを決めて遊ぶかのう。そうじゃな……先に彼奴を仕留めた方の言うことを1つ聞く。というのはどうじゃ? ただし、相手の嫌がること以外じゃがの」


 天ちゃんは唇に当てていた指をひきこさんに向けて指し、クロエに「それでよいか?」と聞く。


「何でも……うん、それで良いよ。開始の合図はどうするの?」


 そう言うとクロエと天ちゃんはひきこさんにふたり並んで対面すると、天ちゃんは少し考える。


「そうじゃな、合図は……彼奴が再び動き出した時」

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