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第14話 安らかなる眠り

 犬神とは狗神、隠神とも書かれ、犬神使いと呼ばれる主の命令で他者に取り憑き、不幸をもたらし殺害してしまう。

 しかし、犬神には自然に生まれたものは存在せず、すべての個体が人為的に作られる。その方法とは──。


「呪術者が地中に何匹も犬の首だけが出るように埋め、届かないが目視できる程度の距離に食べ物を盛り付ける。そして、餓死寸前の犬が食べ物に念を集中させている隙に刀を使いその首を切断する。

 最後にその首を辻道に置き、人々がその上を踏み付けるように往来することで怨念を増加させ、そうして強まった霊魂を祀ることにより、呪術者が犬神使いとなり犬神を使役できるようになる」


「そんな……酷い、犬たちは何もしてないのに」


 まゆりは犬神の作り方を聞き、あまりの方法に絶句する。


「そんな犬神だけど、普段は犬神使いが息絶えると一緒に消滅するはずが、稀に力が強大すぎる個体が生まれるとそのまま残存したり、犬神使いの方が耐えきれなくなって息絶えることがある。その場合は誰も制御することができなくなり封印をする。

 それでコイツはずっとここにいたけど、最近他の世界との均衡があやふやになった影響で封印が解け始め、姑獲鳥はそれを頼りに石碑を壊したってところかな。その証拠にほら、さっきまで薄ら見えてただけだったのに今でははっきりとしてる」


 まゆりが再び犬神に目を見やると、先程まで景色に溶け込むほど透けていた体が、色濃く現れていた。


「可哀想かもしれないけど、それなら少しでも早く解ほ──」


 瞬時に犬神が迫り、話しを続けていたクロエを崖下の村へと叩き飛ばす。


 まゆりは自分の目の前で何が起こったのか解らず、クロエが飛ばされた方向を数瞬遅れでただ眺めることしかなかった。


「えっ──? クロエちゃん、どうしたの? 幻想生物を収容しに来たんじゃなかったの……? なんでふっ飛ばされて……」


 そして、今自分が置かれている状況を理解した時、まゆりの中の恐怖心が一気に湧き起こる。


「私、高校生になってやっと初めてのお友達ができたのに、もう会えなくなっちゃうの……? やだ……そんなの嫌だよ……死にたくない……」


 恐怖で声が震え、逃げ出そうとしても足がまともに動かせず、その場にへたり込んでしまう。


 自分は逃げられないことを悟り、死を覚悟する。が、犬神はまゆりに見向きもせず叩き飛ばしたクロエを追って村へと空を駆けていく。


「た、助かったの? なら、今のうちに逃げなくちゃ……!」


 震える足を無理やり立たせ、残った姑獲鳥背を向けて走り出す。

 姑獲鳥は逃げ出したまゆりを追いかける素振りを見せず、尚も自分の赤ん坊を思い石碑の前で泣き叫び続けていた。





 ──まゆりはその後も休まず走り続け、やっとの思いで住宅街や商業施設の立ち並ぶ街まで到着する。


「はあ……はぁ……ごめんね、クロエちゃん。私のこと恨んでくれたって構わない。

 手伝うって言ったのに逃げ出して……私は、今の生活を手放してまで助けてあげることなんて……私には……」


 まゆりは自責の念に駆られ、助けに行くべきかこのまま見捨てて帰るべきか、決断を下せずにいると、村の方から地響きが聞こえる。


 地響きは周りにいた大勢の人にも聞こえるほど大きく、建物の中から顔を出し、何事かと様子をうかがう人もいた。


「まだ、諦めずに戦ってるんだ。いや、もしかしたらもう……。

 忍者に憧れて、他の人からどんなふうに思われても努力し続けて来て、最近になってやっと忍者みたいだって褒めてくれる人もいるようになってきたのに……私は……私は……一体なんのために頑張ってきたの?」


 まゆりは自分の無力さと心の弱さに打ちひしがれて、服の裾を掴み悔し涙を流す。


「……? これは?」


 服のポケットに違和感を感じ手を入れると、村の中でクロエに渡されたネックレスが出てくる。


「これは、クロエちゃんが大事な物って言ってた……それなのに私に預けてくれて、井戸に飛び込んだときだって私が縄を確実に掴む保証すら無いのに信頼して飛び込んでいって……」


 まゆりはネックレスを握りしめ、自分の中に立ち込めていた恐怖心を振り払い覚悟を決める。


「助けに行かなきゃ。そして、このネックレスもちゃんと返して……」


 そう決意を固めると、もう一度クロエの居る村へと走り出す。道中人々が集まり道が混雑していたが、家々の屋根を伝って駆けていき、一直線に村へと向かう。





「──あと少し、今更こんなこと言うのは都合が良すぎるかもしれないけど、私が行くまで無事でいてね」


 クロエを心配し、大急ぎで走り出したまゆりは、程なくして海岸沿いにあった村へと戻る。

 しかし、そこに広がっていた光景は、自分が期待してたものとは大きくかけ離れたものだった。


 既に耳が欠損し、怒り狂った犬神がクロエに噛みつこうとするも、下から蹴り上げられ自身の舌を噛む。


「あれ、思ってたのと違うんだけど……でも、かっこいいかも」


 まゆりは犬神を圧倒するクロエに見惚れていた。


 しかし、はたから見ればクロエが圧倒しているかのように思えるが、最初に村まで叩き飛ばされた一撃と、犬神の獣特有の動きに対応出来るまで何度も重い攻撃を食らっており、クロエの肉体へ蓄積されたダメージは想像を絶するものになっていた。


「あのとき土蜘蛛の動きを見切れてたのは、ブックの中に居たからだったのかな。

 この世界に来る前みたいに上手くいかないな。レトはこんな状態で天狗を倒したんだ……やっぱり、レトは器用だね」


 犬神がクロエに向かい飛び掛かる。


 クロエは後ろに引いて攻撃を避けようとするが、不安定な場に足を取れられ体勢を崩し、ブックがポーチから放り出される。

 そして、その隙を逃さまいと犬神の前足が再び振り下ろされる。


「させるかあ!」


 間一髪のところでまゆりが犬神の前足に飛び蹴り。

 犬神の攻撃は軸をずらされ、地面に叩きつけられ土煙を上げる。


「大丈夫!? この私、女子高校生忍者胡舞まゆりが来たからにはもう安心だよ!」


 そう言ってクロエを庇うように犬神の前に立ち塞がると、村の中に居たはずの景色が一変する。


 辺りにはまゆりたちの背丈を超える草が生え、車が辛うじてすれ違えるほどの道幅の辻道。


「ブック!? やっと起きて、うぐっ……入る前の状態って、入る前に怪我してたらそのままなんだね……。

 まゆり、ここでならなんだってできる! 好きなことやなりたいものは何?! 強く思うんだ!」


 クロエは立ち上がろうとするも体の痛みで思うように動けず、苦渋の決断の末まゆりに託すため、力を振り絞り伝える。


「私のなりたいもの、それは……」


 犬神はまゆりに標的を変え、横腹を叩くように前足を振り込む。しかし、その攻撃はまゆりに触れた瞬間に弾かれる。


「私がなりたいものは、昔から決まってる。誰もが認める最強でかっこいい忍者」


 攻撃を弾いたまゆりの手には、1本のクナイが携えられていた。

 それだけでなく、まゆりの姿は忍者と思わしき装いに変わっていた。


 攻撃を弾かれた犬神は、すぐさま体制を立て直し、牙をむき出しにして噛みかかる。


「ごめん、ちょっと痛くするね」


 まゆりは犬神の勢いを殺さぬよう人差し指だけでそっと顎を押し上げて軌道を変えると、横腹に回し蹴りを1発。


 蹴り飛ばされた犬神は、甲高い声を上げて地面に転がる。だが、痛みに耐えながら立ち上がり、何度も何度も噛み付こうとする。


「なんでそこまでして……もう、休んで良いんだよ? やっぱり、自分たちのされてきたこと、まだ許せない? それとも……」


 まゆりはクロエに教えられた犬神の生み出し方を思い返していた。


「まゆり! 危ない!」


 犬神は尚も諦めずまゆりに噛み付こうと飛びかかる。


「──それともただ、お腹いっぱいご飯を食べたかっただけ?」


 まゆりの首に噛み付くすんでのところで辻道が崩壊し、辺りが元の村へと戻る。


 犬神はまゆりの下へと迫るも、体の力が抜け倒れ込む。


「ちょっと待っててね」


 まゆりは倒れた犬神の頬を優しく撫でると、村に置きっ放しになっているはずの自分のキャリーケースを探し中を漁る。


 中から肉製のお菓子を取り出すと、封を開けて犬神の口元へと持っていく。


「大丈夫、もうお腹が空いて苦しいのに、届かないなんてことは無いよ。まだまだあるから好きなだけ食べて良いんだよ」


 まゆりは、動く気力もなくなり少しずつ食べていく犬神に付き添い、満足するまで口元へと運び続けた。


 犬神は満足したようにまゆりの指を舐めると、次第に体が薄くなっていく。

 そして、最後にはその場には何も居なかったかのように跡形もなく消えていった。


 痛みが引いてきたのか、クロエが後ろからまゆりに近づく。


「クロエちゃん、あの子たちはちゃんと成仏できたかな?」


「……そうだね、私が保証するよ。ただ、まだやることは残ってるよ」


 クロエは姑獲鳥の居る崖へと向かい、歩き出す。


「あ、クロエちゃんちょっと待って。行く前に1つやっておきたいことがあるんだけど──」





 ──クロエたちは、未だに石碑の前で泣き崩れる姑獲鳥の下へとやってくる。


「あの……この子、あなたの赤ちゃんなんですよね? 井戸の中から助け出して来ましたよ」


 姑獲鳥は痩せこけた顔で振り返ると、まゆりの抱きかかえている赤ん坊を確認する。


 つまずきながらもまゆりの下へと駆け寄り、赤ん坊を受け取る。


「ああ……、あ、ありがとう……ありがとう……ございます」


 姑獲鳥はその場に座り込むと、赤ん坊を嬉しそうに抱いてあやし始める。


「えっと……村では酷いこと言ってごめんね。井戸の中が暗くてよく見えてなかったんだ……あの、その赤ちゃんこうやって見ると可愛い顔してるね。

 “今度こそ”大事に育ててあげてね」


 クロエは気不味そうに頭を掻きながら言う。


「はい……はい……必ず……」


 姑獲鳥はクロエたちに感謝をすると、抱えていた子供ごと体が塵のように崩れ、風に流されて飛んでいく。





 ──クロエたちは村を後にして、帰宅するために電車に乗車する。


「まさか、両方とも被害者だったとはね。

 作り出した犬神が制御できなくなり、封印する為に赤ん坊の魂が必要だった。しかし、村にいる赤ん坊はあの女性のお腹の中の子供だけ。そこで無理やり腹を切り裂かれて引きずり出され、女性はそのまま死亡。

 赤ん坊の方は封印の儀式が終わるとそのまま放置され、獣たちに食われた……。姑獲鳥は子供を産めずに亡くなった女性がなるものだから、その恨みが犬神生成の儀式で崩れていた他の世界との均衡に侵されてしまったってところかな」


 クロエたちは姑獲鳥のところへ行く前、赤ん坊を井戸から助け出した際に、当時のことが書き記されている古びれた紙を見つけていた。


「昔の出来事とはいえ、そういうことが行われてたのは事実。あの村は結局犬神を恐れて村人が逃げ出し、今も廃村として残ってる。ほんとに無責任な話だよね。

 あ、そうだった……はい、ネックレス。これ大事なものなんでしょ?」


 まゆりはポケットに手を入れ、クロエから預かっていたネックレスを取り出す。


「そうだった、ちゃんとなくさずに持っててくれてありがとね。それと、助けに来てくれた時から気になってたんだけど、敬語辞めたんだね」


 まゆりはクロエの言葉を聞き、青ざめる。


「ご、ごめんなさい! 別に生意気な口聞こうと思ってたわけじゃなくて……」


「いいよいいよ、そんなこと気にしなくて。それよりさ」


 クロエは身を乗り出してまゆりに近づく。


「これからも手伝ってくれる?」


 少し間を置き、まゆりは口を開く。


「……ま、まあ、休みの日になら……手伝ってもいいよ」


「やった! これからよろしくね。んで、仲良くなったついでに……まゆりって忍者やってるんだよね?」


「いつかはなるつもりだけど、それがどうかしたの?」


「忍者って、一人称拙者で話すんじゃないの? 漫画とかでも、拙者〇〇でござる。とかよくいってるからさ」


 まゆりはクロエの質問に呆気にとられ、口をポカンと開いたまま固まる。


「えっ、いや……それはちょっと……」


「言わないの? そっちの方が“かっこいいと思う”んだけど」


「かっこいい……?」


 まゆりはその言葉に少し心を揺さぶられる。。


「うん、すごく良いと思うし、なんかそっちの方が強そうじゃない?」


 まゆりはクロエの言葉を聞き、顔を伏せて体を震わせる。


「ふふ、ふふふっ……拙者の名は胡舞まゆり! これより幻想生物を収容するべく旅をしている、今善クロエ殿に助太刀致す!」


 突然立ち上がって大声を出したことで、乗客に冷たい眼差しを受けるまゆりであった。

 幻想生物データ『姑獲鳥』

 基本個体    当話個体

 脅威級     脅威級

 収容レベルⅢ  収容レベルⅡ


 幻想生物データ『犬神』

 戦禍級

 収容レベルⅤ

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