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第12話 成り上がりの神

「──門の前で待ち伏せって、お前本格的に変質者になってないか? なんなら最近、街の至る所に変質者注意の張り紙出されてたぞ」


 クロエは仲間を増やそうと、校門の前で目当ての少女を待ち伏せしていた。


「何それ、私じゃない別の誰かでしょ? 幻想生物の仕業かもしれないけど、今はあの子を引き入れることが優先。それに、もうそろそろいけると思うんだよね。あ、こっち気付いた! おーい」


 クロエは目当てにしている少女に大きく手を振る。


「あんなのでどうやったらそんな自信が湧いてくるんだよ……」


 ブックはクロエの謎に湧いてくる自信に呆れ果てていたが、面倒だったので特に言い返すことはしなかった。


「あれ、何してるのかな? 他の子も顔が見えなくなってる……あ、でもあのこの後ろに誰か立ってる……。うーん、カーテンが邪魔でよく見えないな」


 窓側に座っていた生徒たちが伏せ始め、誰ひとり外から顔が見えなくなる。


「おい、何か変じゃないか? 生徒どもだけならまだしも、前で話してた教師まで急に倒れやがったぞ。それに他の教室の奴らも全員……」


「あのいつも私の邪魔をしてくる人もいないし、今のうちに様子を見に行ったほうが良さそうだね。まず行くべきは、ひとりだけ平然と立ってたヤツが居た、まゆり(あの子)の教室だね」


 クロエは学校中の全員が寝ているの確認し、真正面から校舎に向かうと、隣接した木に飛び乗る。


「……? お前何やってんだ? そんな入り方して窓でも割っちまったらどうするんだよ」


「さっき開いてるの確認したし……だってここから入ったほうが早いでしょ? それに、よく知らない建物の中に入って迷っちゃったらどうするのさ」


 そう言うと、クロエは木から飛び窓に手をかけ、少しだけ開いていた窓を開け教室内に入り込む。


「全員寝てるだけみたいだけど、外から見た人は居なさそう……うわっ、何あれ! 顔に口つけて吸ってるんだけど。大きさ的に私が見たのではなさそう?」


 クロエが教室へ入ると、背丈は机と同じ程の高さで口が長く伸び、頭の上に大きな三角の耳を携え、手首から腰にかけて膜のような物が垂れ下がっている奇妙な生物が、寝ている生徒の顔を覆うように口をつけて吸っていた。


「ほう、アレは年を重ねたコウモリが幻想化した“山地乳”ってやつだな。眠っている人間の寝息を吸い、その様子が他の人間に見られていれば寝息を吸われた者は寿命が延び、逆に誰も見ていなければ、そいつは翌日には死んじまうっていう妖怪だな」


「え、死んじゃうの!? それは流石に困るんだけど……」


 クロエは生徒の寝息を吸うのに夢中になっている山地乳に近づくと、後頭部に一発拳を撃ち込む。


「辞めなさいよ! そういうことされると苦労するのこっちなんだから」


 後頭部を殴られた山地乳は生徒から口を離して倒れると、ピクリとも動かなくなる。


「お、よくやったな。コイツは気絶してるみたいだからもう収容できるぞ」 


「えっ、なんか呆気なくない? 戦わなくても逃げ足早くて学校中を追いかけ回すハメになるかなとか思ってたんだけど……」


 ブックの空白のページを開き、内側を山地乳へと向ける。


 山地乳の体はブックへと取り込まれていき、空白だったページには山地乳の絵が描かれていた。


「山地乳は眠っている人間、つまりは抵抗の出来ない無防備な者の下にしか現れないような奴だから、能力はあっても起きている人間相手には強くはないみたいだな。

 それこそ起きている間は何もして来れないから、危険度無害、収容レベルⅡ程度だろうな」


「そんなもんなのかぁ。まあ簡単に収容できる分やりやすくて良いのかな? さて、幻想生物は無事収容できたことだし、この子達が起きちゃう……というかあの邪魔してくる人が来る前に撤退しますか──」


 そう言ってクロエが再び教室の窓を使って外に出ようとした時、ブックが口を開く。


「いや、まだだな。山地乳はあくまで眠っている人間の下に姿を現すわけであって、対象を眠らせることはできない。こいつらを眠らせた奴は別もんだ」


「……ってことは、まだこの学校の何処かにさっき見た奴が居るかもしれないね。幻想生物だとしたら、さっきの山地乳と組んでるって可能性もあるよね」


 クロエが窓に掛けていた足を降ろし、まだ潜んでいるかもしれない幻想生物を探し始めようとした時だった──。


 校舎を揺らすほどの爆発音が学校全体に響き渡る。






──クロエが校舎に侵入する少し前。校舎に併設する構造に造られたプールにて──


 両手を添えて月夜を模した和傘を差した者。

 付け根から髪の8割ほど染めて、瞼から目尻に掛けて囲い、色白の肌を強調するように爪に塗られた朱色。

 髪は鈴のついた紐の髪留めで結ばれており、巫女装束のような衣を着て素足で屋根に立ち水面を見下ろすその姿はまさに艶やか。


 対面するは耳と尾の先が魚のヒレの形状をし、体が水の鱗で覆われた虎。


「妙な気配を感じ来てみたが、川の妖がなぜこのような場所におるのじゃ?  さては、河童にでも負けたか? のう“水虎すいこ”」


 水虎と呼ばれたその虎は、牙をむき出しにして自身を見下ろすその女性に威嚇する。


「どうした? まさか妾がここに住もうとしているとでも思っておるのか?

 ……そういえば最近、近くの川が水難事故が多発するからと埋められたと聞いたな。それで水場であったここを新たな棲家としたというわけか。

 惨めじゃのう、人間どもに棲家を奪われた理由が、自分が短期間に招き過ぎた事故が故とは……まあ、頭の足りぬ獣にどうこう言ったところで理解できぬか」


 女性は水虎を嘲笑う。

 水虎はプールの水で球を作ると、女性に向かい弾丸のように飛ばす。


「──散れ」


 そう女性が声が発する同時に、飛ばされた全ての水弾が突然何かに当たったわけでもなく弾け、その水しぶきで女性の姿が隠される。


 水しぶきが消える頃には、女性の姿は水虎の視界から消え、自身の縄張りにしている水面に後方から1つの波紋が広がる。


 水虎はその波紋の方へと振り向くと、そこには先程水弾を飛ばしたはずの女性が落ちることなく水面に立っていた。


「力の差も分からぬわけでもなかろうに……ああそうじゃ! ここは1つ取引をせんか?

 お主が今すぐこの場所から立ち去るのであれば、妾への先程の無礼も水に流し、見逃してやろうではないか。どうじゃ? 良い案で──」


 女性の言葉に聞く耳を持たず、水虎は水を操り女性を囲む。


「獣風情が、妾の言葉を聞く気はないか……良かろう。お主がその気ならば、妾も少々遊んでやろう」


 そう言って女性が水虎に向けて手をかざすと、水虎が周りの水ごと抉られて弾ける。


「脆弱じゃな、遊び相手にもならん」


 女性はため息を付いてその場から離れようとする。

 しかし、倒されたと思えた水虎は弾けた水が集まり即座に再生する。


「ほぉう、体が完全に水で作られとるようじゃな。それに、先程からここの水を操っておるということは、水と一体化でもしておるのか? ならば……」


 女性が感心していると、足場となっていた水面に穴が空き、女性はプールの底に足をつける。

 そして、すぐさま水が女性へと覆い被さり、球状の水の中へと閉じ込める。

 中には女性が息を吐いたのか、閉じ込める際に空気を多く取り込んだのか、気泡が無数に立ち込めている。その気泡が増え続け徐々に水の中が見えなくなってきた頃。


 水の球は校舎を揺らすほどの衝撃を起こして爆発。

 女性を捕らえていた水は、水虎とともに跡形もなく蒸発していた。


「水がある限り再生するのなら、その水ごと蒸発させてやればよいと思ったのじゃが、これはちとやり過ぎてしもうたかの?

 勢い余って爆発までしてしもうたわ。これではここいらに住む人間どもが集まってしまうのう……。学校の者どもは眠らせておいたからよいと思うが……」


 女性が考え事をしていると、爆発音を聞きつけたクロエが到着する。


「──今の爆発音、君がやったの?」


 クロエに話しかけられ、女性は振り向く。


「そうじゃが、勘違いするでないぞ? 妾はここに住み着いてしもうた水虎を払うてやっただけで、先程の爆発はその時に生じたものじゃ」


 警戒するクロエに、女性は優しく笑みを浮かべながら話す。


「そうじゃ、お主名は何と言う? あの化け蜘蛛を痛ぶるお主の姿を見かけてから気になっておったんじゃ。

 顔は妾程ではないがよい顔をしておったのでな、立ち振舞が野蛮であったから、教えを説いてやろうと付けて来たのじゃ」


「名前? め……、今善クロエだけど、君の名前は何ていうの?」


 クロエの問に女性は考える素振りを見せる。


「妾の名か……名、と言うものはこれといったものは無いが、人間からは確か“天狐てんこ”と呼ばれておったな。

 せっかくじゃから、気軽に天ちゃんと呼んでくれても構わんぞ? 天狐は堅苦しいし、うるわしい妾には似合わんのでの」


 “天狐”という言葉にブックが強く反応をする。


「おいおいマジかよ! 天狐といえば前に俺が話した妖狐の中の最上位種だぞ!?

 天狐は九尾の狐と違い、妖狐になってから善の個体として力を溜め込み1000年以上生きた個体がなるもんだ。まともにやりあえば神格級、収容レベルは生きてきた年月と個体差によるが最低でも七、下手すれば九は堅いな。

 そうか、水虎を倒したってんなら本物だろうな。まあ幸いなことに善の妖狐として成長してくれたお陰で戦う必要はなさそうだけどな」


 ブックは早口で言葉を紡ぐ。


「ブック、なんか前に大物主大神に会った時より楽しそうだね……分かった。それで天ちゃん、水虎はどこに行ったの? それと、私に教えを説くってどういうこと?」


「何をブツブツ言うておる? まあよい、水虎なら蒸発して消えた。

 お主に教えを説くというのは、化け蜘蛛の目玉を潰している様子を見たが、あれはとてつもなくひどい。その上極めつけは石で殴打じゃと!? 余りにも酷くて耐えらんくなってしもうた故、代わりにとどめを刺してやったというわけじゃ。

 そこで、妾がもっと気品に満ちた立ち振舞を説うてやろうと思って来たのじゃが……」


 天ちゃんが学校の外を見ると、爆発音を聞きつけた人々が続々と集まってきていた。


「人間どもが集まり出したようじゃな。時期に妾の幻術も解け、眠りこけている者どもも目が覚めるじゃろう。

 して、妾も無闇やたらに姿をひけらかすわけにもいかんでの。ここいらで一度引くとするかの」


 そう言って天ちゃんは煙のように姿を消した。


 クロエたちも人々にバレないように、すぐさま校外へと脱出した。


「お前、相手がそう呼んでいいって言ったら迷わずそう呼ぶタイプだったんだな。なら最初にあった時に先に呼び名を伝えておけば……なんなら今からでも」


「もうブックはブックで固定だからね? それにしても、天狐の天ちゃん……か。なんかあの子、一人称妾だったり回りくどい話し方してて、ちょっと変な子だったね。今度あった時になんでそんな話し方するのか聞いてみようかな?」


「…………言ってやるなよ……流石に会ったばかりの相手には面と向かって変だねって言われるのは可哀想だろ……」

 幻想生物データ『山地乳』

 起床時     睡眠時

 無危級     脅威級

 収容レベルⅢ  収容レベル不明


 幻想生物データ『水虎』

 基本個体      当話個体

 脅威〜戦禍級    脅威級

 収容レベルⅢ〜Ⅵ  収容レベルⅢ

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