第10話 一線
クロエの掛け声で、舞っていた人々は動きを止め、氷漬けにされた土蜘蛛へ一斉に群がり始める。
八本の脚それぞれから胴体へと登り、砕き、喰らう。その光景はまるで、水中に落ちた獲物に集団で襲いかかる肉食魚の様。
「ブック、もうすぐ終わると思うよ……っていうか、もう凍ってる時点で収容できる状態だったかな?」
空間を作り変える際に生成された椅子に座して、人々が土蜘蛛へと群がる様子を見ながらブックに呼び掛ける。
「…………ん、もう終わったのか? 早いな……相手は災禍級だぞ。お前の可能性どうなってんだよ……。まあいい、討伐できたのなら収容するぞ。早く土蜘蛛のところへ連れて行け」
ブックは土蜘蛛が予想より遥かに早く仕留められて、感心するどころか若干引き気味になって答える。
クロエはブックの指示に従い椅子から立ち上がると、人々が食い漁っている土蜘蛛へと歩みを進めていく。
「なあクロエ、この空間はお前が創り変えたんだよな? それにあの変な奴らはなんだ? 土蜘蛛を食ってやがる……アレもお前の可能性が作り出したものなんだろ?」
「あの子たちは……んん~、なんて言うんだろ? まだ時期が来ないから、いつもずっと処理をしてた私が疲れてた時に、一緒にあそんでくれた子たち? と帰ったら最後にまた遊びたいなって思ったら出てきてくれたって感じ?」
「なんでずっと疑問形なんだよ……はぁ、こいつらどかしてさっさと収容するぞ。早くオレを開いて土蜘蛛にかざせ」
「そんなに急かさなくてもすぐやるよ……ほらみんなそろそろディナータイムは終わりにしよう。解散解散、お開きだよ〜」
クロエの呼びかけで人々は食べるのを辞め、土蜘蛛の体から降りて離れていくと、また何事もなかったかのように思い思いに舞い始める。
クロエは人々が全員離れたことを確認すると、ブックを開き内側を土蜘蛛へとかざす。
「…………」
「……? ブック、どうしたの? 収容しないの? あ、もしかして創り変えた場所だと収容できなかったりする?」
ブックを土蜘蛛へとかざすが、収容せずその場に残り続けている。
「いや、創り変えようがオレの中であることには変わりはない。だから収容できるはずなんだ」
「それはつまり、収容しないわけではなく収容できないってこと? でも、土蜘蛛は氷漬けになった上にみんなが砕いて食べ……食べたからか! みんな吐き出して! ……ってあれ、なんか少なくなってない? もう段々居なくなっていっちゃってるのかな」
つい先程土蜘蛛から離れていった人々は、数人を残して姿が消えていた。
クロエが寂しげに今もなお舞っている人々を眺めていると、ブックが沈黙を破る。
「おいクロエ、コイツの脚いつ再生した?」
「えっ? 脚って?」
「右の三本目の足だよ。オレの中に入って早々お前がコイツの脚に石ぶつけて落とさせただろ? この氷漬けの土蜘蛛、その脚が付いてんだよ。見てみろよ」
ブックに言われて土蜘蛛の落とした脚の部分へと回り込んでいく。
「そんなはずないでしょ。私、創り変えるときに落とした土蜘蛛の脚も元通りになって凍れーなんて思ってないし、そもそも創り変えれるなんて思ってなかったし……付いてるわけな──」
氷漬けにされた土蜘蛛には落としたはずの右第3脚が、切り離した部分は不自然な出っ張りを携えて繋がっていた。
「付いてるね。えっ、なんで? あの、なんであなた脚付いてるんですか。おかしいじゃないですか。私取りましたけど……何この出っ張り、再生したの? 再生したらこんなふうに根元太くなるの? 木かよ、いやもうそんなのいいから収容されなさいよ。なに、まだ生きてんの? こんな状態で? さすがに無理あるでしょ……それとももしかして、土蜘蛛じゃなかったりする?」
「ふむ、確かにその可能性はあるかもな。今回オレたちが来たところは、人も来ないような深い渓谷。どの書物にも記されていないような生物がいたりしてもおかしくない。
流石にオレも、オレに会ってからずっと書物を読み漁ってたお前も知らないものは知らないし、そもそも幻想生物が完全に読んだ書物の通りの姿をしてるとは限らねえしな。だが、コイツがまだ土蜘蛛じゃないとも決まってはいないぞ?」
クロエはその場にしゃがみ込むと、砕かれた土蜘蛛の胴体の一部と右第3脚を手に取る。
「分かってるよ。この土蜘蛛の体の形、これが外殻だとすると無理やり砕いた割には内側が綺麗すぎる。まるで内臓がないみたいに……それに、この突き破ったような跡、ブックが収容できなかったことも考えると、これは抜け殻だね」
「ああ、だがその脚だけは違う。他の脚は中に空洞ができているが、その脚は他の部分と違って空洞になってない。それに接合部にある出っ張り、これはおそらく糸を巻き付けてくっつけたからこんなふうになっているんだろうな。ヤツなりに知恵でも働かせたつもりだろうが、裏目に出たな」
「だとするとまだ生きていて、今も何処かから私のことを狙ってるってことかな? なら、みんなが消えきる前に一緒に探してもらおうかな。
残ってるのは……あと男女が1ペアか。よし」
クロエは手に持っていた土蜘蛛の抜け殻を捨てると、手を取り合い舞っているふたりに近づいていく。
そして、指示を出そうとした時──。
「待てクロエ、下がれ!」
ブックの声とともに、舞っていたふたりが突如上へと引っ張られていく。
見上げるとそこには、天井に張り付き、引き上げたふたりを貪っている土蜘蛛の姿があった。失ったはずの脚を生やして。
「え……? もしかして、ここに居たみんなその脚を生やすために食べたの? はあぁ……駄目だよそんなことしちゃ……みんないい子たちだったんだ。
時期はまだだったけど、ちゃんと次行くところも決めあげてて……許せないな。
なんで私じゃなくてみんなを狙ったのかなぁ」
「おいクロエ! そいつらはお前が作り出したもので、本物の人間じゃない! いいから落ち着け! ……ッチ、“また”聞こえなくなってやがるか!?」
クロエは土蜘蛛を視界に入れながら、散らばっている抜け殻を拾う。
「ふふっ、ありがとう、ブック。聞こえてるよ。
でもね、ムカつくよね。土蜘蛛はなんでそういうことをするのかな? 良し悪しの区別もつかないのかな? つくわけないか、だって考える脳もこれっぽっちも無いんだもんね」
土蜘蛛を見上げて一方的に話しかけていると、土蜘蛛が天井を脚で叩きクロエに向かい跳躍。
クロエは透かさず頭上にあったシャンデリアに飛び乗り、鎖の隙間に土蜘蛛の殻の破片を差し込んで捻り、シャンデリアを繋ぐ鎖を切断。
シャンデリアは土蜘蛛を下敷きにして床に落ちる。
「まだ見えないな。ここは寒くて動きにくいか? タフな子は普段は長く楽しめて嫌いじゃないけど、お前は駄目だよ。早くお逝き」
クロエが土蜘蛛の頭に殻の破片を突き立てようとした時、土蜘蛛は脚に力を込めて自身の上に乗っているシャンデリアを振り払い、再び天井に張り付く。
「あまり逃げられると時間がかかるんだけど? どうせ収容されるんだから、大人しくしててくれないかな」
土蜘蛛は壁にまで這って移動し腹部の先をひくつかせると、クロエに向けて糸を噴射。
クロエは噴射された糸を躱すと、すかさず両手で掴む。
土蜘蛛はクロエが糸に接触したことを確認すると、第4脚を使い器用に巻いていく。
「今お前、糸に手がくっついて離せなくなってると思ってるだろ? でも残念だね、くっついてるのはお前の抜け殻で、私はそれを掴んでるだけだ」
土蜘蛛とクロエは糸を引き合い拮抗する。
「なぜ糸を巻き取れないか不思議か? 聞いても教える気はないけどな。って、そんなこと考えるほどの脳はないか。
ああそれと、この場所は私が創り出したもの。創れるってことは壊すこともできるはず。言いたいこと分かるよな?」
クロエが笑みを浮かべると、たちまちに舞踏場が崩れていき、土蜘蛛が張り付いていた壁が跡形もなく消える。
そして辺りは再び渓谷へと移り変わった。
土蜘蛛は足場をなくし、体勢を崩して地面に落下。第4脚を使い巻いていた糸が絡まり、脚の自由を奪う。
「ふふっ、やっと見えたな。……どうしようか、やっぱり直接この手でやるしかないよね? ……うん、それが良い。でもその前に」
クロエは地面に伸びている糸を使い、身動きが取れないように執拗に土蜘蛛の体へ巻き付けていく。
「ねえ、出てやりたいんだけど、コイツだけこの状態のままブックの中から出ることってできたりするの? 出る時はブックの中にいる全員入る前の状態になって出ることになる?」
「ああ、入る前の状態で出てこられるのは収容者にのみ適応される。だがわざわざ出るメリットはないぞ、それでも出るのか?」
「うん、出るよ」
クロエが承諾すると、景色の変わらぬまま数瞬の間を置き、ブックが再び話す。
「ほら出たぞ。で、どうするんだ? とどめを刺そうとしてるところに横槍を入れるようで悪いが、コイツはもう身動きが取れねえ状態だから収容可能だぞ?」
「分かってる。でも私今、ちょっと怒ってるんだよね。だからこの子は収容する前にちょっとお仕置きしないとね」
そう言ってクロエは握り拳程の石を拾うと、土蜘蛛目掛けて全力で投げる。
石は土蜘蛛の1番左の目に直撃し、体液が中から噴き出る。
「当たり。次は1番右の目ね」
クロエは再び石を拾って投げると、宣言通り土蜘蛛の1番右の目に命中させる。
その後も次々と目を的確に狙って潰していき、土蜘蛛は遂に最後の目を失う。
「──もうそろそろ飽きてきたし、終わりにしよっか」
クロエは石を掴み、土蜘蛛の下へと歩いていく。腕を振り上げ、頭に叩きつけようとした瞬間──、
何処からともなく流れてきた火の粉が土蜘蛛の体に付着すると、途端に青色の炎で纏われる。
「……何? 急に……。ブック、すごい燃えてるけど収容できそう? 火、燃え移ったりしない?」
クロエはブックを開き、内側を土蜘蛛へ向ける。
「言いながら収容させる気満々じゃねえか……まあ、問題なく収容できるから心配は要らないが。ってか何だこれ、えらく激しく燃えてんな……それに青い炎ってことは、ここの酸素濃度が高いか? いや、十中八九幻想生物の仕業だろうな。何処かにそれらしいのは居るか?」
「幻想生物。土蜘蛛の“完全討伐”を確認しました。収容を実行します」
ブックが燃え盛る土蜘蛛を炎ごと収容している間に、クロエは渓谷を見渡す。
「んん~、あの上の方に見つけたかも」
崖の上に、人影らしきものが体を覗かせていた。が、クロエの視線に気づいたのかすぐさま姿をくらませていく。
「あれ、どっか行っちゃった。どんな子か見えなかったな……いい子だったら手伝ってもらおうと思ったのに」
「よし、収容し終わったし、次の幻想生物捕まえに行くぞ。見失ったなら見失ったで次会えるまで他のを収容してればいいだろ。それに、今回土蜘蛛を燃やしたヤツが幻想生物だとしたら、協力なんて仰いでねえで素直に収容したほうが良いと思うぞ」
「そうかなぁ……あ、そうだ! ブックに聞きたいことあったんだった!」
クロエはブックを地面へ置いて座る。
「ブックは幻想生物を収容できるんだよね? でももしその幻想生物が、幻想生物と呼ばれている元々この世界に居たものだったらどうなるの? 前の大物主大神なんかはどうなったの?」
「何だよ急に……ああ、その辺についてまだちゃんと説明してなかったか。
まず、大物主大神についてはお前は神話のお話の中に帰ってもらうみたいなこと言ってたが、アレはあの土地を守る土地神で、オレが収容したのは姿を現すための依代部分みたいなもんだ。
だから収容したって言ってもオレの中に完全に閉じ込めたわけじゃない。寧ろ住んでいた場所に送り届けた……そうだな、神がいるとされる天界や祀られてる神社に帰したようなもの、とでも言っておこう。
つまりは収容するとは言っても、厳密に言うとお家に帰してるようなもんかな」
「要するに森へおかえりってやつね。よくレトが虫捕まえてやってるのを見かけるよ。で、元々この世界の子だった場合は? あり得ることではあるんだよね?」
「幻想生物がこの世界のものだったらってのは……例えば長く生きた個体が化けて、悪さをして封印されたって伝承が残ってるヤツがいるだろ? そういうのは大抵前の大禍時のように“幻想化”したものだな。
幻想化自体は昔からあって、その中でもより強力なものとされて有名なのが、“オロチ”や“妖狐”と呼ばれるヤツらで、それらは元は普通の生物だから、捕獲するって意味では収容可能だ。だから幻想化した影響が消えれば収容する必要はなくなるかもな。
まあ最近は厄介なことに、幻想生物の騒ぎが肥大化して概念や噂までもが幻想化しているがな」
「はいブック先生、もう1ついいですか。そもそもその“幻想化”ってなんですか?」
クロエは手を挙げてブックに質問する。
「良い質問だねクロエくん。だが“幻想化”を説明する前に1つ。この世界とは違う進化を果たしてきた世界、所謂パラレルワールドというものは存在するんだ。
漫画とかでよくある異世界転生したらドラゴンのいる世界に行ってしまったなんていう話があるだろ? ああいったのは必ずしも非現実的とは限らない。何が言いたいかと言うと、生命というのはいくつもの世界がある中で、それぞれが独自に進化していった結果だ。
この世界はこの世界なりに生物が進化してきた結果、今のような状態になっている。
そして、別の世界では別の世界なりに生き抜くために進化をしてきた結果、ドラゴンのような生き物が生まれることもある。だが本来それらはその世界でとどまり、他の世界と交わることはない。
しかし、何かのはずみでその理が崩れ、別の世界と干渉しあうことがある。その影響にさらされた生物が長く生きて知恵を得た結果、幻想化したり、他の世界へ迷い込んでしまうことがある。
だからその影響を修復するために、収容してるってわけだ。
まあ流石に概念みたいな空間が幻想化したものは収容できないしソイツらまとめて管理できたら良いんだが、迷い込んじまう分にはどうしようもねえんだよな」
クロエはブックを拾って立ち上がると、腰にあるポーチへと仕舞う。
「隣り合った水槽から魚が飛び出して入り込んじゃう、みたいなものかな? 結構みんな苦労してるんだね。よし、私ももっと頑張って収容するぞ!
でも私だけじゃじゃ大変だから、まずは手伝ってくれそうな子を探す。今のところ候補はふたり、さっきの崖の上から見てた子か学校で見かけた子。ブックはどっちが良いと思う?」
「さっきのヤツは姿がよく見えなかったんだろ? そんな幻想生物かも知れねえヤツよりも、学校で見た娘の方が確実に人間だろうから良いんじゃないか?」
「そう? じゃあその子で決まり。早速街へ戻って探しに行こうか」
クロエたちは仲間確保のたちに、渓谷を後にして街へ戻るために軽い談笑をしながら歩みを進めていく。
──クロエたちの居去ったあとの渓谷にて、残った土蜘蛛の巣の糸が青色の炎で焼き尽くされている光景を眺める人影が1つ。
「はぁ〜、妾の生み出した鮮やかな焔、美しいのう。そして水面に映る妾は、これまたうるわしい。
ふふふっ、あの醜い化け蜘蛛も妾の焔のお陰で美しく幕を終えられたであろうな。それに、あの化け蜘蛛のそばにおった者、あれは妾ほどではないがなかなかに良い顔をしておった。
……じゃが、あれはガワを被った化け物じゃな。そうじゃ、妾自ら赴いて立ち振る舞いを享受してやろうではないか。優しくしてやれば懐くやもしれぬしな。うむ、それがよい」
幻想生物データ『土蜘蛛』
基本個体 当話個体
危難級 戦禍級
収容レベルⅢ 収容レベルⅤ




