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第1話 見慣れぬ世界

 少しの間うたた寝をしていた。ほんの少しの間だけ──。


 異変を感じ意識を覚まし目を開いた時、まず認識することができたのは、舞踏場のような広い空間。その最奥にある大きな背もたれのある椅子に座る自分。そして、横にある大きな姿見と小さなテーブルの上で花瓶に添えられた黒い花。


 これらはいつもと変わらぬ見慣れた内装。


 椅子から腰を上げ姿見の前に立ち、映るものを確認する。

 体を覆い隠す程大きな汚れたマントを纏い、光を包み込んだベールのような白髪と、燦々と照りつける太陽の如き緋色の双眸を持つ色白の少女。


「うん。私は今日も可愛い」


 ──一通り確認を終えた後、違和感を感じた扉へと歩み、開く。

 少女の視界に入ったものは──青々とした木々と、満開に咲く花々が広がる見慣れぬ風景。そして、ふと足元にあるものが視界に入る。


「これは……本?」


 少女は地面から拾い上げ表紙と思わしき部分を見ると、汚れて霞んでしまった文字が書かれていた。


「汚い、そして読めん……」


 手についた汚れを払い、うーんと唸り声を上げながら頭上に広がる青い天井を見上げる。


「つまりこれは……そうだな……うん。今私の身に起こっていることは、私の理解の範疇を超えていると言うことだな。よーし解散解散」


「──そんな真剣な顔して、何ボケてるんですか」


 後ろから声がし振り返ると、見た目十歳ほどの少年が肩をすくめ、やれやれとため息をこぼしながら歩いており、その少し後ろを同じ程の背丈の少女がついて歩いてくる。


「いいですか? 私たちは今、理由は定かではありませんが、人間たちの世界に来てしまっています。何者かに呼び出されたのかもしれませんし、時空の歪みとやらに巻き込まれたのかもしれません。まあ、どちらにしろ帰らなければならないことには代わりありませんが……ですが、今のこの世界のことすらよく知らない現状では、その方法は不明です」


 隣の少女が人差し指を立て「そこで」と話を続ける。


「私たちはこの世界のことを探索し、知る必要があります。そしてその間、私たちは正体がバレないように姿を変えることが賢明かと」


 白髪の少女は、果たして自分たちのことを知らない者たちのために、態々姿を変える必要が本当にあるのか疑問に思う。


「いや、別に姿まで変える必要は必要ないと思──」


 そこまで言おうとしたところで、突然少女が更に満面の笑みを浮かべ、言葉を遮ってくる。


「け・ん・め・いかと」


「あ、はい」


 少女の並々ならぬ意志の圧に押され、思わず承諾する。


「ま、まあ確かに? もし私たとの正体がバレて、騒ぎでも起こされたら大変だから……ね。そして姿を変えた結果が、その子供の姿ってこと?」


「はい」


 少年はコクリと頷き返事をすると、左手を自分の胸に、右手を隣の少女の前に差し出す。


「それに伴い我々のことも、ライ、レトとお呼び下さい」


 そう名乗ると、ふたりは揃って軽くお辞儀をする。


「分かった。この世界にいる間は、そう呼ぶことにしようか。なら、私のことは……」


 何か呼び名に使えそうなものが無いかと周りを見渡すと、先程自分の座っていた椅子の近くにあった花瓶に添えられた黒い花に目を留める。

 そして、顎に手を当てて考える素振りを見せると、


「そうだな……取り敢えず、クロエとでも呼んでもらおうかな。えっと、今善(こんぜん)クロエね」


 今善クロエと名乗った少女が目の前に立つ二人に「いいよね?」と聞くと、それを了解する様にライとレトは軽くお辞儀をする。

 この世界での呼び名を決めた頃、クロエの頭の中に一つの疑問が生まれる。


「でもさ、何でよりにもよって子供なのさ? 他の見た目じゃ駄目だったの?」


 ふと疑問に思ったことをぶつけると、レトが待ってましたと言わんばかりにソワソワし始める。


「ふふ、クロエ様。若さとは、率直に申しますと“正義”で御座います。クロエ様もどうですか?」


 そう言いながらレトはクロエの体を上から下へとまじまじと眺める。

 その隣では、ライがため息を付きながら手で頭を押さえていた。この様子を見るに、ライもレトに言い包められたのだろう。


「え? そ、そう……なの? でも私はいいかな、いざとなったら代わりに動いてもらうし。それはそうと、取り敢えず周辺を見て回るとしようか。ふたりとも付いておいで」


 クロエはあまりこの話を長引かせないほうが良いと悟り、ふたりに背を向け、外に向かって歩き出す。

 そしてそのすぐ後ろをライとレトが並んで付いて歩く。


 クロエは少し歩くと一度振り向き、たった今自分たちの出て来た建物を見上げる。


 そのクロエの行動をライとレトは首を傾げ不思議そうに眺めていた。


「こんな外装だったっけ?」


 クロエがふたりに聞こえないようボソリと呟いた

 ──その時だった。


「ガアァッ! ガアァァッ!!」


 突然何者かの鳴き声が辺り一帯に響き渡り、その場にいた三人共その姿を捉えようと周りを見回す。

 クロエがその姿を視認した頃には、明らかにこちらに敵意を示し発せられた、とても強く、とても濁ったその鳴き声の主は、クロエたちの遥か高くから襲いかかって来ていた。


 その歪な姿を晒して──。


「は? 3本の脚? 何……アレ……?」


 クロエがその姿を視認したその時、クロエ、ライ、レト。その誰のものでもない声が発せられる。


「幻想生物“八咫烏やたがらす”を確認しました。直ちにに討伐し、収容して下さい」


 その場にいた誰のものでもないその声は、先程クロエが拾った本から発せられており、クロエの意識は反射的にその本へと持っていかれる。

 だが、本を気にしている場合では無いと直ぐ様自分たとに襲い掛かる3本足の生物へと視線を向き直した時──、


 つい先程までクロエが目にしていたものとは、また違う景色が広がっていた。

 厳密には木々茂る森の中ということには代わりはないが、確かに自分の後ろを付いて歩いていた二人と、今し方自分たちが出て来たばかりの、消えようの無い館がまでもが無くなっていた。


「今度は、一体何なの……? 私だけ別の場所に呼び出された?」


 今現在、自分の身に起こっていることを理解しようと必死に考えを巡らせようとしていると、またも本から声が発せられる。


「早く収容し……おや? おやおや? 随分と困っている様子だな。ああそうだ! オレで良ければ力になってあげよう。何か聞きたいことはあるかな?」


 本が会話をしていることもおかしな話だが、今の自分の置かれている状況が理解できていないクロエには、そこまで気にしている余裕はなかった。

 クロエは、本が自分の身に起こっている状況を知っているのなら、聞かない手は無いと考え、一度手にしている本を地面へ置いてしゃがみ込む。


「聞きたいことも何も、立て続けに意味の分からない現象に合い続けて、理解が追い付かないんだけれど……なるべく簡単に教えてもらえるかな?」


 クロエの問に、少しの間沈黙が流れる。


「そうだな……まず、お前が今いるところは、“オレの中”だ。そして、これも何かの縁だ、お前には幻想生物たちをオレの中に収容するのを手伝ってもらおうか。なに、怪我の心配はしなくてもいい。収容できれば、入る前の姿で元の場所に戻れる。それに、ここにいる間はオレがお前の“可能性の発現・強化”をしといてやる」


 本は説明をしているつもりなのだろうが、クロエは今一理解に及ばなかった。

 教えてくれた手前、もっと分かり易く伝えてくれとも言い難く、クロエは他の質問を考える。そして、


「そうか。ならあと3つほど聞かせて貰おうかな」


 そう言うと、指で数を数えるように1本ずつ立てていく。


「まず1つ目。ふたりは無事か? 私の側に居たふたりね。

 2つ目。さっき君は、ここが自分の中と言っていたけど、さっきのヤツもこの中にいるんでしょ? これじゃあ収容したことにはならないの?

 3つ目。私たちがなぜここに居るのか、君は知ってる?」


 クロエの問に数瞬の沈黙が流れた後、再び本が話し出す。


「まず、1つ目の問。ふたりは無事だろう。オレの中に入ってきたのはお前だけだからな。外のヤツらには何ら害はない。まあ、自分たとの目の前で急にご主人様の姿が消えて、凄く動揺しているであろうこと以外はね。

 2つ目の問。ならない。今は、一時的に拘束しているようなもの。力余る者にはまた抜け出されてしまう。

 そして、3つ目の問。オレの外のことなら、すまないがそれについてはオレにはなんとも言えない。人間が自分の知らない土地へと来ることなんて、よくすることだろう? だが、自分たちの意思で来たわけではないのなら、知っているかもしれない。でも残念、これ以上うだうだ話していられるほど、あの子も待ってはくれなさそうだ」


 一通りの問答が終わるとクロエは再び本を拾い上げる。

 そして、一刻も早く本の中から出るために、この場所に閉じ込められている筈のもう1匹の姿を探す。


「ガアアァァァァァッ!!!」


 クロエが周りを見回していると、先程よりもけたたましい声とともに、声の主が側方から飛びかかってくる。


「随分と威勢がいいね。だけど、ふたりが心配しているだろうから早めに捕まえさせてもらうよ」


 そう言うとクロエは、勢いよく飛びかかる八咫烏の首を掴む。

 そして、陽の光に照らし合わせるようにして天高く掲げる。


「グァ゙ァ゙……ァ゙」


 締め上げられ悶え苦しそうにしている八咫烏が、喉の奥から僅かな声を絞り出す。

 クロエは八咫烏の顔を見て微笑むと、


「それじゃ、ちょっと早いけどお別れ。さよなら」


 首を掴んでいる手に、更に力を込め握り潰す。


 吹き出る血がクロエの色白の肌を赤く染め上げ、分断された頭部と胴体が漆黒の羽根を撒き散らしながら、血で湿った地面をグシャリと音を立てて地面に落ちる。

 クロエは地面に転がる八咫烏を見て一度深呼吸をすると、本に向かって話しかける。


「これでいいのかな。ねえブック、終わったよ」


 手にしている本が再び声を発する。


「おお凄……ん? ブック? もしかしてそれ、オレの呼び名か? 見たまんまじゃないか。もう少し凝った名前は付けれないのか?」


 いきなり安直なあだ名を付けられて、手にしている本はクロエのネーミングセンスに不満げな態度を示している。しかし、クロエは全く持って気にする様子もなく話を続ける。


「凝ったって言われても、本は本じゃない。嫌なら古本って呼ぶよ? それよりコレ、どうするの?」


「……聞いたオレが悪かった。もうブックで良いから変なものを付け足すなよ」


 ブックは納得がいかないが、これ以上酷い名前で呼ばれたくなかったので、割り切って指示を出してくる。


「オレを開いて、幻想生物に向けてかざせ」


 クロエが八咫烏の側でしゃがみ込み「こうかな?」 とブックを開き、内側を八咫烏に向けると──、


「幻想生物。八咫烏の“完全討伐”を確認しました。収容を実行します」


 分断された八咫烏の頭部と胴体が、ブックの中へと取り込まれていき、取り込んだブックのページには八咫烏の姿が描かれていた。


「収容が完了したぞ」


「ねえ、今の“完全討伐”って何?」


 “完全”討伐。ただ仕留めて収容するだけならば、態々“完全”等と付けずに討伐を確認したとだけ言えば良いはずだ。

 クロエには問われ、ブックは思い出したかのように答える。


「ああ、今回は完全討伐、対象の死亡という形になったが、必ずしもそうである必要は無い。収容可能条件としては、対象を気絶、抵抗のできないように拘束。戦意の喪失、対象を瀕死の状態にまで削るなどがある。

 それと、相応の戦闘能力と可能性を秘めていれば、複数人で討伐にかかることも可能だ。収容した際には収容数に応じてひとり1つ、何か好きな物をくれてやる。詳しいことはその時に教えよう」


 今回の目標が達成されたことを告げられると、ブックの中から出されたのだろう、館の目の前でクロエは立っていた。

 ブックの中にどれほどの時間居たのかは分からないが、辺りは少し薄暗くなっていた。


「クロエ様!!」


 ライとレトが自分を呼ぶ声がし、クロエは振り向く。

 一体どれほどの時間森の中を探し回ったのだろうか。服が泥だらけになり、所々に傷を作ったライとレトが、目に涙を浮かべながら駆け寄ってきた。


「どうしたよ。そんな顔して、涙まで浮かべて」


 地面に膝を付き、ふたりを抱きとめる。


「クロエ様が急に目の前から居なくなってしまうから……心配したんですよ。 それにこの涙は……涙は……知りません! きっと姿を幼くしてしまったせいで、精神年齢まで引っ張られてしまっただけです!」


 ライは答える。


 クロエはふたりをより一層強く抱き締めると、


「そうか……そうかごめんね……心配かけたね……」


 それからしばらくの間、泣き止むまでふたりを抱きしめていた。






 ──翌朝──


 ライとレトを館の広間の最奥、自分の鎮座している場所に呼び、クロエは昨日自分の身に起こったことをふたりに話した。


「そうでしたか……この本が……。しかし、その幻想生物の収容をすることが、我々が元の世界へ帰る手がかりになるかもしれません……」


 クロエの話を聞き、ライが自分なりの考えをクロエにはなしていると、「ところで……」というと同時に声色が低くなる。


「僕が! 真剣に話をしているのに!! いつまでそうふたりでくっついているんですかッ!!!」


 話をしている最中、ずっとレトを膝の上に乗せて頭をなで続けているクロエに対し、ライは苛立ちを抑えきれずに、広間を響き渡るほどの声を張り上げ、息を荒げる。

 レトがライの怒号にビクッと体を震わせると、目に涙を浮かべる。


「ふえぇん。レト、怖ぁ〜い」


「ライ、そんなに大声で叫んじゃ駄目じゃない。レトが泣いちゃったでしょ。ちゃんと誤りなさい。それに、喉にも悪いし……。あ、それとも嫉妬しちゃったのかな? 仕方ない子ね」


 よしよしとレトの頭をなでながら、まるで我が子をあやす母親のような眼差しをライに向けて手招きをする。

 一向に態度を変えないクロエに苛立ちを覚え、ライは眉をひそめて黙り込む。


 小さくため息をつくと、ライはこれ以上何を言っても無駄だと判断し、呆れたと言わんばかりの声色でクロエに向けて問う。


「それで、これからどうするんですか?」


「どうするって言っても、一刻も早く帰らなきゃまずいでしょ?」


 クロエの反応を見て、ライとレトはコクリと頷く。その様子を見るに、ライだけでなくレトも事の深刻さは重々理解している様子だった。


「はい。クロエ様はまだ、後任の選考をされていないので、早く済ませてもらわなければなりません。クロエ様が居なくては、彼らは行く宛がなくなってしまうのですから。

 ……ただ、何もせずにいてくれるならまだしも、悪さをするようになられては後々の対処が大変になります」


「はぁ……こんなことなら行き来する方法は壊さず残しておけばよかった。頼むからみんな大人しくしてておくれよ。じゃないと、送り直すのが面倒くさいんだから」


 クロエは頬杖を付きながらため息を付く。そして一度考え込むと、レトを自分の膝の上から下ろし、ライの横に立たせる。

 ふたりが自分の前で並んだのを確認すると、クロエは両手を合わせ、軽快な音を鳴らす。


「それじゃあ私は、一通りこの世界について調べ尽くしたら、帰るための手がかりを幻想生物たちをブックに収容しながら探す。その間ふたりはこの館の警備・管理をしておいてくれるかな?」


「かしこまりました」


 クロエの問にふたりは応じると、姿勢を正し揃ってお辞儀をした──。

 幻想生物データ『八咫烏』

 脅威級

 収容レベルⅢ

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