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第2話 ノルティア王城の厨房

この作品に登場する料理は再現可能なものになっています。

異世界特有の食材も出てきますが、現実のもので代用できます。

 異世界の国にある、王都ラヴェリウム――その街並みは、まるで異なる時間と空間に迷い込んだような感覚を与えた。

 石畳の道を歩きながら、俺はこの世界の異質感に圧倒されていた。

 建物のデザインも、人々の服装も、すべてが俺のいた時代……いや、世界とは違っていた。


「ここが異世界……」


 俺の声は小さく漏れる。

 何もかもが異世界然としていて、頭が混乱しそうだ。


 前を歩くイリス・フェルナンディスは、しっかりとした足取りで俺を誘導しながら、王都の中心に向かって進んでいた。

 その長く青白い髪が風に揺れる度に、彼女の神秘的な魅力が際立つ。

 俺は彼女の後をついていくしかなかった。


「この道を進めば、王城に着くわ。ノルティア王国の象徴ともいえる場所よ」

「王城か……」


 俺はつぶやきながら、ふと周りの視線を感じた。

 周囲の人々は、興味深そうにこちらを見たり、時には奇異の目で見たりしている。

 その視線の先にあるのは、魔法使いの美人のお姉さんと、見知らぬ男が一緒に歩いている光景だ。

 俺は人目を避けるように、イリスの隣を歩く。


「イリスさん、どうして俺なんかが選ばれたんだ? ただの料理人である俺に、世界を救うような役割が本当に果たせるのか?」


 イリスは一瞬だけ歩みを止め、振り向いて俺を見た。

 その真剣な眼差しが、俺の心に強い印象を残す。


「あなたが選ばれたのには理由があるわ。『セレスティアル』という包丁が持つ力は、ただの調理器具とは違う。古代の魔法が込められていて、その力を引き出すためには、あなたのような適正を持つ者が必要だったの」


 聖剣に選ばれし勇者、という言葉がよぎったが、そんなものに夢見る歳でもない。


「すごい包丁ということはわかった……だだ、料理でどうやって世界を救うんだ?」

「それは、これからあなた自身で理解していくことよ」


 イリスは再び歩き始めた。

 俺は慌てて彼女の後を追いながら、頭の中で整理しようとするが、異世界のすべてがあまりにも非現実的で、考えるのが難しかった。


 やがて、王城の巨大な門が視界に入ってきた。

 壮大な石の壁が高くそびえ立ち、圧倒的な存在感を放っている。

 門の前には衛兵たちが立っていて厳重に警備されており、その姿が王城の威厳を一層引き立てていた。


 イリスは門を通る前に、俺に向かって注意する。


「ここから先は、私の言うことに従って。王城内では礼儀正しくしていないと、面倒事になるわよ」

「分かった。約束するよ」


 門を通り抜けると、広大な王城の内部が目の前に広がる。

 美しい庭園と、精巧に装飾された建物が立ち並ぶ。

 その壮麗さは、どこか別の次元に迷い込んだような感覚を与える。


 イリスが案内してくれたのは、王城の中でも特に荘厳な広間だった。

 大理石の床、どうやって光っているのかわからないシャンデリア、そして壁に飾られた魔法陣のようなものが、ここがただの王城ではないことを物語っている。


「ここは……?」

「ここが儀式の間よ。本来ならあなたは直接ここに呼び出されるはずだったのよ」


 こんなわけのかわらない広間に呼び出されていたら異世界だと理解するのに時間がかかっていただろう。

 そういう点では街中に召喚されてよかったのかもしれない。



 さらにイリスは次の部屋へと案内をする。


「着いたわ、ここよ」


 扉を開けると大きな厨房で、その景色に目を見張った。


「すごい……!」


 高い天井と豪華な装飾、広い調理台が並び、まるで絵本から飛び出したような光景だった。

 厨房の壁にはレシピや書物が並び、どこからともなく漂う香ばしい匂いもする。


「ここで、あなたがセレスティアルを使いこなすための訓練を行うわ」

「訓練……⁉」


 驚きを隠せない俺に、イリスは優しく微笑んだ。

 そして、イリスに部屋の中央にある大きな調理台に案内された。

 調理台の上には、様々な調理器具や食材が並べられており、その光景が俺の空虚だった心に情熱を呼び覚ます。


「さあ、こちらへ来て。まずはあなたの実力を見たいわ」


 不思議な厨房で怖さもあるが、ワクワクのほうが大きい。

 それに、実力を見せてほしいと言われれば、料理人の血が騒ぐ。


「もちろん、その包丁を使って料理を作ってもらうわ。ここならセレスティアルの力を引き出せるはずよ」


 料理をすると包丁の力が引き出せる……?

 言っている意味がわからないが、そういう魔法もあると無理やり納得させる。


「あれが料理用の魔法コンロ。あれを使って加熱調理ができる」


 イリスが指差す先には、まるで舞台のように整った調理台があった。

 その上に置かれているのは、魔法で動くコンロ。

 コンロは青白い光を放ち、火を使わずに温度を調節できる。

 

 水はと言うと、王城内の魔法の水道から流れ、瞬時に冷水が手に入る。

 こうした設備が整っていることで、料理の過程はスムーズに進められる。


 俺は隣のテーブルに置かれた食材を見て、目を見張った。

 ここに並べられているのは、異世界の食材だ。

 元の世界と似たものから、まったく見たことがないものまである。


「これらの食材は、ほとんどがノルティア王国で採れたもので、魔力を保有しているものもあるわ。これ調理することによって、セレスティアルの力が現れるの」


 なるほど、魔力を保有する食材か。

 元の世界でこの包丁を使っても普通の料理しかできなかったのはそういうことか。


 イリスは野菜を手に取り見せてくれた。


「この中でも特に注目してほしいのは、この『深紅のトマト』と『妖精のニンジン』。このふたつはね、魔力量が高く、とても貴重で、それでいてとてもおいしいの」


 深紅のトマトは、深い赤色に輝き、妖精のニンジンは明るいオレンジ色で、見た目にも鮮やかだ。

 それぞれの食材が持つ特別な力は、料理に独自の風味と効果を加えるらしい。


「リクさん、まずはこれらの食材を使って、アストリアの伝説的な料理を作ってもらいたいの。『ドラゴンソテー』という料理」

「ド、ドラゴンソテー!? この世界はドラゴンを食べるのか?」


 イリスは少し笑う。


「ふふっ、さすがに本物のドラゴンを食べたりはしないわ」

「そ、そうか……」


 ドラゴンを調理できるのかと期待したが、少し残念だ……。


「ドラゴンソテーというのは、牛肉をドラゴンの肉に見立てた料理で、国民に愛される一品なの」


 そう言いながらイリスはレシピの書かれた紙を広げた。


「あれ……? 読める……!」


 俺の目に映るのは、異世界の文字。

 見知らぬ文字のはずなのに、自然と理解できる。


「いや、その前に、なんで異世界の人間と会話が出来てるんだっ?」


 その疑問にイリスが答える。


「それはその包丁にかけられた魔法の効果よ。その包丁に選ばれたあなただからこそ、召喚にも成功したし、言葉も理解できる」

「なんでもありか、魔法……」


 俺は驚くよりも飽きれた。


 が、そんなことより広げられたレシピのほうが気になっていた。


 異世界の料理、どんなものなのか……!

 挑戦したくてたまらない!


 俺はレシピを見ながら、まずは食材の下ごしらえを始める。

 深紅のトマトは、果肉を切り分けると、みずみずしい香りが立ち上る。


「深紅のトマト、香りがすごく豊かだな……」


 妖精のニンジンも細かく切る、こちらも色鮮やかでみずみずしい。

 牛肉は筋を取り除き、1枚肉にカットする。

 どれも向こうの食材と切る感覚は変わらない。

 召喚されたせいでこの包丁は研ぎそびれていたが、不思議と切れ味は良かった。


 下ごしらえの済んだ食材を並べ、まずは塩を軽く振った牛肉を浅い鍋に入れ、コンロの上に乗せる。

 魔法コンロが青白い光を灯し、肉をじっくりと焼き始める。

 香ばしい匂いが厨房に広がり、肉が美しく焦げ目を帯びていく。


 次に、別の鍋に水を入れる。

 魔法の水道から湧き出る水は、元の世界の蛇口のように調節して使える。


 トマトとニンジンを入れ、スープのベースを作る。

 これにはいくつかのスパイスと塩を加え、味を調整していく。


「スパイスは黒コショウ、ローリエ、クミン、クローブ……レッドドラゴンペッパー?」

「レッドドラゴンペッパーはこれよ」


 イリスが赤い粉状のものが入った容器を渡してくれる。

 ふたを開けると嗅いだことのない臭みとも違う香りがした。


「レッドドラゴンペッパーはコショウの実みたいな見た目で、すりつぶして使うの。味は少し辛みがあって、よく野性味のある香りがするって言われるわ」

「向こうにはないスパイスだが、いい香りだ」


 イリスは少し自慢げだった。


 俺はそれを慎重にスープに加えると、再び鍋に湧き上がる香りに驚く。

 スープの色が深紅から鮮やかな赤に変わる。

 その鮮やかな赤に、スパイスの香りが加わり、調理台の上に置かれた料理は幻想的な輝きを放っているようにも見える。


 煮込んで人参が柔らかくなったら、焼き上がった牛肉をスープに入れて火を止める。

 これで完成らしい。


 牛肉は煮込まないのか……。

 シチューとは違う料理のようだ。


 深紅のトマトとレッドドラゴンペッパーのおかげで真っ赤なスープが出来上がった。

 ジューシーに焼きあがった牛肉の肉汁がスープに溶け出す。

 表面には溶け出た肉汁が薄く漂い、光に反射してきらめく。

 ドラゴンの肉は見たことがないが、これは確かにドラゴンソテーと言える見た目をしている。

 厨房にはドラゴンソテーの肉と野菜とスパイスが調和する香りが広がった。


 皿に1枚ずつ肉をおき、スープを浸るくらいに盛りつける。

 赤い色合いが鮮やかで、香りもよく、食欲をそそる。


 イリスは微笑みながら、俺が作った料理をじっくりと見つめていた。


「素晴らしい出来栄えだわ! これがアストリアの未来を変える料理の一品目ね」


 俺はその言葉に聞きながら、心の中で静かに思った――

 異世界の厨房で、料理を通じて世界を救う。

 こんな夢のような話が現実になるとは思わなかったが、いざ体験してみると、何か胸の奥で熱いものがこみ上げてくる。


 ふたり向かい合って食卓につく。


「いただきます」


 と言って、俺は手を合わせた。


「いただきます?」

「ああ、俺の生まれた国での食前のあいさつだ。食材に、生産者に、調理した人に感謝する意味がこもってる」

「へぇ、じゃあ、真似して……いただきます」


 イリスは見様見真似で手を合わせ“いただきます”をする。

 彼女の清らかな雰囲気もあって、手を合わせる姿がどこか神聖な儀式のように映った。


 そして、まずは俺からドラゴンソテーを一口大に切り食べてみる。


「おいしい……」


 肉の柔らかさとスープのコクが調和し、スパイスの刺激が体を温めていく。

 特別なトマトと人参が深みを与えているのがわかる。


 そして、予想以上の効果が現れた。

 不思議な感覚が、魔法のように(魔法なんだろうが……)体中に広がっていった。


「どうかしら?」


 イリスが期待の眼差しで俺を見つめている。

 俺は頷いた。


「おいしいです。それに、不思議な感覚が体中に広がって……これでいいのか?」


 イリスも一口食べて答える。


「すごい、完璧だわ! これこそ魔力を持つ食材で作った料理。でも、あなたの作ったこのドラゴンソテーはやっぱり特別よ」

「特別……」

「あなたの料理のセンスとセレスティアルの魔法で、普段食べているものより強い魔力を身体に感じるもの」


 イリスはその味と魔力に感動した様子を見せた。

 彼女の表情からは、俺の料理が確かに特別なものであることが伝わってくる。


「リクさん、あなたの料理は本当に素晴らしいわ。これは絶対にアストリアを救う力になる」


 誰かに認められるというのは、やっぱり嬉しいものだ。

 イリスの笑顔を見て、俺は少しずつ自信を持ち始めていた。

 俺は彼女の笑顔と言葉を胸に、これからの世界を救うらしい料理作りに立ち向かう決意を固めた。

 異世界での料理生活が本格的に始まったのだった。

読んでいただきありがとうございます!


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今後ともよろしくお願いします。

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