第19話 獣人族の兄ちゃん
フィーナは犬系の獣人族です。
王城に戻ってきた俺たちは、それぞれの仕事に戻り、俺とレイラは一息ついていた。
ヤラータットへの旅は充実していたが、やはり家に帰ってきた安堵感は格別だ。
ガーネット、コーネリアも同じように、少し疲れた表情を浮かべながらも満足そうだった。
一方、レイラはその無邪気な笑顔で俺に近づいてきた。
「リク、旅の間、皆が楽しそうにお酒を飲んでいたの、羨ましかったなぁ。それで、なにか作ってくれるって言ってたでしょ? なに作ってくれるのかな?」
レイラの瞳がキラキラと期待に満ちて俺を見つめる。
俺は思わず苦笑した。
「そうだった。お酒の代わりに俺がアストリアにはない飲み物を作るよ。レイラにも楽しめるものをな」
レイラはまだ未成年だ。
しかし、俺の世界にはアルコールを使わずとも、楽しめる飲み物がたくさんある。
頭に思い浮かんだのは、ジンジャーエールだ。
生姜と甘さの絶妙なバランス、そして何よりも炭酸の爽快感が彼女をきっと驚かせるだろう。
この世界には炭酸飲料が存在しない。
スパークリングワインやエールのような発泡酒はあるのだが、子供は飲めない。
どうやって炭酸水を作るかが問題だ。
だけど、俺にはある方法があった。
厨房に入ると、まずは生姜をすりおろし、そこに水と砂糖を加えてじっくり煮詰めてシロップを作る。
火を止めて、レモン汁とはちみつを加える。
これでジンジャーシロップの完成。
甘く、かすかにスパイシーな香りが漂い始め、レイラも待ち遠しくしている。
ここで黄金の鍋を用意する。
黄金の鍋は便利すぎてもはや錬金窯となっている。
錬金術師が作ったものなんだから間違ってはいないのかもしれない……。
で、その鍋に水、“風の魔力が込められた魔石”を入れる。
“風の魔力が込められた魔石”なんていうファンタジーなアイテム。
この世界は火、水、風、土の四元素のから構成されていて、魔法はその四元素を魔力で操ることで発現している。
よって、“風”という目に見えないものだろうが、結晶化することも出来るということらしい。
もちろん、この魔石は高位魔法使いのイリスさんからもらった。
風属性の魔法を使えない、そもそも魔道具を操ること以外の魔法が使えない俺だが、この魔石があれば風魔法も使える。
黄金の鍋と風の魔石に魔力を流す。
するとブクブクと鍋底から気泡が湧いてくる。
「二酸化炭素、二酸化炭素、二酸化炭素……」
ひたすら二酸化炭素のイメージ(?)を送り続ける。
するとどうだろう、なんとなく水がシュワシュワしている。
軽くすくって飲んでみる。
「た、炭酸水だ……!」
「なになに、たんさんすい?」
「まだ、微炭酸だからもう少しやらせてくれ!」
「う、うん……」
俺が勢いよく言ったせいで少しレイラは気圧された。
「二酸化炭素、二酸化炭素、二酸化炭素……」
ひたすらイメージと魔力を注ぎ込む。
そして、数分後、強炭酸水が出来上がった。
「くぅぅぅ~~~っ! これこれ!」
シュワッとする刺激を再現した。
これで、彼女を驚かせられるはずだ。
グラスにジンジャーシロップと炭酸水を混ぜ、完成する。
「できたぞ、レイラ。これがジンジャーエールだ!」
氷を入れ、泡が絶えずシュワシュワと立ち上り、まるで飲み物が生きているようにも見える。
俺はそのグラスを彼女に差し出した。
レイラは少し不思議そうにそれを見つめ、慎重に一口飲んだ。
「わっ! 何これ……口の中で泡が弾けてる。初めての感覚!」
彼女の瞳が輝き、驚きと喜びが交錯した表情を見せる。
ショウガの辛みとはちみつ甘さ、レモンの爽快感、そして炭酸の刺激が彼女には新鮮だったのだろう。
俺も思わず微笑んだ。
「気に入ったみたいだな」
「うん! これ、もっと作れる?」
「もちろんだ。レイラが望むなら、いくらでも作ってやるよ」
そんな和やかなひとときが流れる中、メイドがやってきた。
王城に俺とフィーナを訪ねてお客さんが来ているという。
そのお客さんが待っている広間に俺とレイラが到着し、同じタイミングでフィーナもやってくる。
扉を開けると一人の男性が立っていた。
「兄ちゃん……?」
フィーナが驚きの声を上げる
「初めまして、レイラ王女。私はネイト・ローランと申します。そこにいるフィーナの兄です」
一礼をしているその獣人族の男性はフィーナの兄であるネイト・ローラン。
長身で筋肉質、そして獣人族特有の鋭い眼光を持つ彼。
しかし、その雰囲気には違和感があった。
「久しぶりだな、フィーナ」
ネイトは軽く挨拶をしたが、どこか冷ややかなものが感じられた。
俺は眉をひそめる。
「それで兄ちゃん、今日はどうしたの?」
ネイトは俺をじっと見つめた後、静かに口を開いた。
「リク・アマギ、お前と戦うためにここに来た。俺は料理皇帝ラズフォード・アルカディアの配下となったんだ。お前を倒して、その力を示す」
フィーナが、俺もレイナも驚きの声を上げた。
「兄ちゃん! なんでそんなことっ……」
しかし、ネイトはフィーナの言葉を遮り、冷静に続けた。
「ラズフォードは圧倒的な力を持っている。俺は彼の下で新たな技術を学び、一流になりたいんだ。だから手始めに俺はお前にバトルキッチンを申し込む!」
その言葉に俺は息を飲んだ。
フィーナの表情が一瞬固まり、驚愕の色が広がる。
お兄さんが料理皇帝の配下になっていたなんて、まったく予想していなかっただろう。
ここで逃げるわけにはいかない。
俺はネイトの挑戦を受けることを決めた。
「分かった。バトルキッチンで決着をつけよう」
――――――――――
王城の厨房に、バトルキッチンの特有の緊張感が漂っていた。
審査員を務めるのは、レイラ王女だ。
「テーマは俺が決めさせてもらうがいいか、王女様?」
「まずは聞いてみましょう」
彼女の返事が冷静で頼りに思える。
「勝負のテーマは……『ピザ』だ」
「ピザ……⁉」
ネイトの言葉に、俺は思わず驚きを隠せなかった。
この世界にピザがあったのか、王都にも今まで行った町にも置いてある店はなかった。
しかし、ネイトがそのテーマを自信満々に口にしたこということは得意料理なんだろう。
「リク、あなたはピザでも問題ありませんか?」
「それで問題ない!」
自分の声がいつもより大きく響いたのを感じた。
心の中で興奮が沸き起こるのを感じつつ、勝負の準備を整えた。
「では、両者とも勝負になにを賭けますか?」
「俺が勝てば、リク、お前は料理皇帝ラズフォードの配下に加われ」
「なら、こちらが勝てば、お前はラズフォードの配下を辞めろ」
「両者とも、その条件で良いですね?」
「かかってこい、リク」
「望むところだ、ネイト」
ふたりの前にイリスが立ち、開始の合図をする。
「今回のテーマは『ピザ』。それぞれが一品ずつ作り、その出来栄えをレイラ王女が評価するという形になります」
敵はフィーナの兄、ネイト・ローランだ。
彼の獣人族らしい瞳の奥に潜む自信の強さが、俺の背筋をぞくぞくさせる。
「勝負の条件として、ネイト・ローランが勝てば、リク・アマギが料理皇帝ラズフォードの配下に加わり、リク・アマギが勝てば、ネイト・ローランはラズフォードの配下を辞める、ということになります。それでは、バトルキッチン開始!」
お互いにまずは生地作りからだ。
俺もネイトもボウルに強力粉、薄力粉、砂糖、“膨らし粉”を入れてよく混ぜる。
“膨らし粉”はパン屋でも使われていて、いわゆるベーキングパウダーのことだ。
塩、ぬるま湯、オリーブオイルを入れて粉気がなくなるまで混ぜる。
打ち粉をしながら、まとまった生地を表面がなめらかになるまでこねる。
手のひらで生地を押し込む感触が、昔ピザを作っていた記憶を呼び起こす。
丸めてボウルに入れ、濡れ布巾をかぶせて常温で発酵させる。
お互いに分量は違うが工程は同じ。
正直、ピザ生地の分量は記憶が曖昧でなんとなくで作っている。
こちらの膨らし粉は優秀なので、発酵までは大丈夫だろう。
その間にソースを作る。
お互いに“深紅のトマト”を使う。
奇しくも同じトマトソースのピザだ。
俺はオリーブオイルでにんにく、湯剥きしたトマトを炒める。
塩、隠し味にウスターソース、“エルフの香草”を入れ、味を調整する。
エルフの香草はセージとバジル、若干のカモミールの香りを合わせたようなハーブなので、ピザソースにも合う。
ネイトはオリーブオイルで、にんにくとみじん切りの玉ねぎを炒める。
玉ねぎがしんなりしてきたら粗ごししたトマト、塩、コショウ、少量の砂糖を入れ、トマトの酸味が弱くなるまで炒める。
生地が発酵して2倍ほどに膨らむ。
打ち粉をした板に生地を出し、麺棒を使って薄く丸型に伸ばす。
ネイトは手際よく薄く、均一に生地を伸ばして、技術の高さを見せつけてくる。
こちらもパンや菓子作りで伸ばす作業は慣れている。
俺はトマトソースを塗り、モッツァレラチーズ、バジルの葉を並べる。
具はこれだけ。
つまりは「マルゲリータ」だ。
そのマルゲリータにオリーブオイルを回しかけて窯にいれる。
ネイトも生地にトマトソースを塗り広げ、たっぷりのチーズをその上に散らした。
使っているのは黄色っぽいチーズと、オレンジ色っぽいチーズだ。
元の世界でいうゴーダチーズとチェダーチーズに似ている。
「あっ、あれはあたしたちの故郷で作ってるチーズだっ!」
フィーナが指を指して知らせてくれる。
その様子を見て、少し和んでしまった。
「あのチーズ、すっごくおいしいんだよ! あとで兄ちゃんのピザ食べさせてもらお!」
お気楽な様子のフィーナ。
こちらの応援をしてくれているとは言え、相手はフィーナのお兄さん。
敵として見ていないのだろう。
実際のところ、俺も完全に敵とは見れていない。
まあ、絶対に勝つつもりではいるが!
ネイトが次に取り出したのはサラミ。
スライスされたサラミを生地に均等に配置し、彩りに輪切りのピーマンも飾る。
サラミのピザを窯にいれる。
ふたつのピザのチーズがゆっくりと溶け、トマトソースの香りが広がってくる
ピザを先に入れた俺は窯から取り出す。
我ながら良い出来だ。
その少しあと――
「これで勝ちだ」
ネイトがそう言いながら取り出すと、完璧な焼き加減のピザが出てきた。
これは経験と獣人族の嗅覚のなせる業だ。
審査の時間がくる。
レイラはまずはネイトのサラミのピザから手に取る。
一口かじると、彼女の顔に笑みが浮かんだ。
「サラミの塩気とチーズのまろやかさが上手く調和しています。トマトソースも程よい酸味と甘みがあって、とても美味しいです」
ネイトは自信に満ちた笑みを浮かべる。
彼の表情からは勝利の自負が溢れ出ていた。
「これは俺で勝ちで決まりだろう」
「まだわからないぞ?」
俺は静かに反論する。
次は俺の番だ。
レイラが慎重に俺のマルゲリータを手に取り、一口食べる。
「これは……! チーズのまろやかさとトマトソースのフレッシュな酸味が素晴らしく合っております。バジルの香りがさわやかですね」
そうは言っているが、明らかにネイトのピザを食べたときのほうがリアクションは大きかった。
その様子を見ていたネイトも余裕の表情を浮かべている。
俺はレイラに小さな器に入れたペッパーソースにティースプーンを添えて差し出す。
「ではレイラ王女、こちらのソースを少しだけかけてみてください」
ツンとして、いかにも辛そうな香りが漂う。
「リク、すごい匂いがしますが、こちらは食べられるものなのでしょうか?」
「もちろんです。ちゃんとここの厨房にあるものだけで作っております」
「リク、さっきはお前そんなもの作っていなかっただろう!」
「ネイト、お前だって故郷のチーズを持ち込んでいただろ? おあいこだ」
「くっ……」
「そもそも俺だってこのペッパーソースをあらかじめ作っていなかったら、別のピザで勝負していたさ。今回作ったピザはこのペッパーソースに合うから選んだんだ」
「と、いうことなので、王女、こちらのソースを少量かけて食べてみてください」
レイラは少々かけてピザを食べる。
「んんっ! このピリッとした辛さと酸味!」
そういうとさらにかけて食べる。
レイラはさらに一口、また一口と、止まらない様子で食べ続けた。
そこにイリスがレイラにこそっと言う。
「レイラ王女、今は王女として食べてください」
「はっ、しまった……。こほん。こちらのピザとこちらのソースは相性抜群です。私はこれまで、手が止まらなくなるほどのピザを食べたことがありません」
「よって、リク・アマギの勝利です!」
ネイトはその言葉を聞き、悔しさを隠しきれない表情を浮かべた。
納得いかないと言いそうな雰囲気だが、レイラのおいしそうに食べる姿を見て諦めがついたのだろう。
「……俺の負けだ。確かにお前のピザ、すっげぇうまそうだし、判定に文句はない」
なんとか俺が勝利を収めた。
だが、心の中には少しの後悔が残る。
「このピザ「マルゲリータ」はプロが作ればそのままで十分どんなピザにも負けないポテンシャルを秘めている。俺は残念ながらそこまでの実力はないから、この勝負で勝つために魔道具とペッパーソースに頼ってしまった」
「いいんだ、それも全部含めてお前の力だ。全力を出して戦ってくれてありがとう」
「こちらこそありがとう。次戦ったら勝負はどうなるかわからない」
俺とネイトはかたく握手を交わす。
俺の心だけでなく、厨房の雰囲気も和らぐのを感じた。
そこにフィーナがやってくる。
「リク、おめでとう。兄ちゃんもカッコよかったよ!」
「おう、ありがとな。フィーナも俺のピザ食べるか? リクも良かったら食ってくれ」
ネイトに勧められて俺も一口味見してみると、確かにそのピザは文句のつけようがないほど完成度が高い。
生地はカリッとしていて、故郷で作っているというチーズもとてもおいしい。
「兄ちゃんのピザも、リクのピザもすっごくおいしいよ!」
いつの間にかにフィーナは俺のピザにも手を出していた。
「ネイト、俺のピザも食べてみてくれ。それと、良かったらそっちのサラミのピザにもペッパーソースを使ってみてくれ。トマトソースなら大体合うから」
ネイトもフィーナも獣人族だからかペッパーソースの匂いと辛さと酸味に最初は驚いていたものの、慣れてからはバクバクを食べていた。
「ペッパーソース」
生の赤唐辛子をセレスティアルのパワー全開でみじん切りにする。
ビンに入れ、ビネガー、塩少々を混ぜ合わせる。
氷冷箱に入れて発酵させる。
本当は1か月は置いておきたかったが、2週間以上は置いたのでまあ良し。
「ネイト、約束通りお前は料理皇帝の配下を辞めるんだな?」
「約束は守る。あと、いつかまた勝負してくれよな!」
「おう、楽しみにしてる」
俺たちは互いに再戦を誓った。
「それと、フィーナをよろしくな。お前ほどの男なら妹を任せてもいい」
「お、おう……?」
フィーナはネイトに寄りかかってこそっと話す。
「それって、あたしがリクの……でもいいってことぉ?」
兄妹の内緒話。
俺には聞こえなかった。
「そうだ、兄公認だぞ!」
「えへへぇ、これからも仲良くしてね、リク♪」
「あ、ああ、よろしくな」
こうして、王城の厨房は再び平穏を取り戻したのだった。
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