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第18話 米どころヤラータット

異世界で和食を作るのは難しい。

 ヤラータットという土地は、王都からかなり離れた場所にあり、山々に囲まれた谷間に位置する。

 豊かな自然と清らかな水に恵まれ、古くから米の産地として知られている。

 今回の旅の目的は、その地で作られている清酒、米酢、そして、もしあればみりんを手に入れることだった。


 旅の準備を終え、馬車に乗り込み、俺はレイラ、ガーネット、そしてコーネリアを連れて、王都を出発した。

 イリスとフィーナはお仕事のためお留守番。

 御者はガーネットが担当してくれた。


 道中、景色が徐々に変わり、山々が迫ってくるにつれて空気が澄みわたっていく。

 旅に慣れているガーネットやコーネリアは平気そうな顔をしているが、俺とレイラは疲れ気味だった。


「リク、大丈夫?」


 レイラは微笑みながらも、表情には疲れが見えている。


「レイラも無理はしないでくれよ、休憩するなら言ってくれ」


 俺も疲労を感じながらも、彼女を気遣う。

 レイラはその言葉に微笑み、肩を軽くすくめた。


「ありがとう。でも、これくらいでへこたれるほど弱くないわよ。だって、これから清酒を手に入れに行くんでしょ? 楽しみで仕方がないわ」


 その言葉に、ガーネットが笑いながら言った。


「ふっ、レイラ王女はまだ飲める年齢じゃないですよね?」

「でもでも、お米で作ったお酒って一度飲んでみたい」


 レイラの目は輝いている。

 コーネリアも静かに笑みを浮かべながら話を聞いていた。


――――――――――


 数日かけてヤラータットに到着すると、町全体が豊かな緑に囲まれ、のどかで落ち着いた雰囲気に包まれていた。

 水田が広がり、その風景にはどこか懐かしさを感じた。

 さすがに日本風の家屋はない。


「ここがヤラータットか……」


 俺は自然に囲まれた町を見渡しながらつぶやく。


「清らかな水と肥沃な大地、そしてこの空気。ここで育てられた米は間違いなく美味しいだろうね」


 ガーネットもこの景色を感慨深そうに眺めている。


「ここで収穫されたお米は国中に流通していて、もちろん王都で食べられているものもヤラータット産よ」


 レイラが自慢げに教えてくれる。

 そんな会話をしながら、俺たちは町の中心部に向かう。

 途中、水田を眺めていると、ふとコーネリアの姿が視界に入った。


「それにしても、コーネリア……」

「なんだ?」

「この景色に合わないなぁ」

「なっ、どういう意味だっ!」

「いや、なんというか……この景色は俺の故郷の水田を思い出すんだが、そこにダークエルフがいる光景はどうも違和感があるんだよ」

「あなたがいたという世界には私たちダークエルフはいないのか?」

「そう、ダークエルフもエルフも獣人族も……純粋な人種ひとしゅしかいない」

「おもしろい世界だよね、君のいた世界、興味深いよ」


 ガーネットも興味深そうに話に入ってくる。


「まあ、俺の世界の話は帰りの馬車ですればいいから、今は酒蔵を探そう」


 そう言って、俺たちは旅の本来の目的を思い出し、町の中心にあるという酒蔵へ向かった。


 ――――――――――


 俺たちは早速、町の中心にある酒蔵を訪れた。

 古くから続く酒蔵だと聞いていたが、その歴史を感じさせる趣のある建物が目の前に広がっていた。

 俺たちが近づくと、中から酒蔵の主人らしき中年の男が穏やかな笑顔で出迎えてくれた。


「いらっしゃいませ。このへんでは見ない顔ですね、旅の方ですか?」


 その声に、レイラがすかさず笑顔で答えた。


「はい、王都から観光で♪」


 旅に出ているとき、レイラは必要がなければ身分を明かさない。

 警護もいないし、いろいろと面倒事は嫌だからだ。


「王都からの客人ですか。ここに来られる方は珍しいですよ」


 俺たちは簡単な挨拶を済ませ、酒蔵の見学をさせてもらうことになった。

 中に入ると、米を蒸す香りとともに、発酵中の清酒の独特な香りが漂ってきた。


「清酒はここで作られているんですか?」


 俺が聞くと、主人は誇らしげにうなずいた。


「ええ、この酒蔵では代々、米から清酒や米酢を作っております。王都に流通することは少ないですが、地元では非常に人気がありますよ」


「え、米酢まで作られてるんですか? 米酢も探しにいくつもりだったので、助かりました」

「米酢は向こうの蔵で作っております。あちらも見てみます?」


 俺たちは発酵の過程を丁寧に説明してもらいながら、清酒と米酢の試飲をさせてもらうことになった。

 まずは清酒だ。

 俺はグラスを持ち、少し緊張しながら口に運んだ。

 舌に触れた瞬間、清酒独特の芳醇な香りと米の甘みが広がり、まろやかな味わいが喉を滑っていく。


「これは……すごい。柔らかくて、まろやかなのに力強い味がある」


 俺は思わずその美味しさに感動してしまった。

 さらに言えば、日本酒と変わらない味というところも驚いた。

 材料や製法が同じなら近い味になるのは当たり前かもしれないが……。


 ガーネットも感心しながら、うなづいている。


「うん、これは王都で手に入らないのがもったいないな」


 コーネリアも目を輝かせて飲んでいた。


「米の酒は初めて飲んだが、これはおいしい」



 次に米酢を試してみる。

 こちらは酸味があるが、まろやかで爽やかな香りが特徴だった。

 調味料としてだけでなく、水で薄めれば飲み物としても楽しめるような深い味わいがあった。


「米酢も驚くほど上品だ。これは、絶対に料理に使いたい」


 俺はすぐに頭の中で新しく作りたい料理が浮かんでいた。



 しかし、残念ながらみりんについて聞くと、主人は首を振った。


「“みりん”というものはここでは作っておりません。それに近いものも聞いたことがないです。すみません」

「いえいえ、清酒と米酢が手に入っただけでも十分です」


 やはり、この世界でみりんを見つけるのは難しいか……。

 俺は少しがっかりしながらも、清酒と米酢を手に入れることができた喜びを感じていた。


――――――――――


 せっかく遠出をしてきたので、軽く町を見てまわっていた。

 のどかな町並みの中、ひときわ目を引く看板を出している食堂の前に足が止まる。

 その看板には「バトルキッチン 勝てば無料! 負ければ倍額支払い!」と堂々と書かれている。

 田舎町だろうが、この国ではバトルキッチンは盛んに行われている。

 本来はもっと気楽にできるものだったらしい。

 料理皇帝なんてのが現れてからマイナスイメージが付くようになってしまった、ということだ。


「リク君、これは腕試しにちょうどいいんじゃないか?」


 ガーネットが楽しそうに笑いながら俺の肩を叩く。


「確かに、ここまで来たんだ。ちょっと挑戦してみるか」

「勝ったらタダで食事、負けたら倍額なんて……面白そうね!」


 レイラもすぐに乗ってきた。

 彼女の銀髪が風に揺れ、目が輝いている。

 コーネリアも戦いたがっていたが、ここは俺に譲ってもらった。


 店の中に入ると、店主が意気揚々と迎えてくれた。

 筋骨隆々の中年男性で、腕には包丁を持つ手のタトゥーがたくましく刻まれている。

 彼は俺たちを見て、目を細めた。


「らっしゃい! と言いたいところだが、その顔は……」

「そうだ、バトルキッチンを挑みたい」

「久しぶりの挑戦者だ! お前さん、腕に自信はあるんだろうな?」

「もちろんだ!」


 俺は胸を張り、店主に挑戦の意思を示す。

 店主はニヤリと笑いながら腕を組んだ。


「いいだろう。テーマは『米』だ。米を使った料理で“俺を”満足させることができたら、お前さんの勝ち。つまり、料理をするのは挑戦者のお前さんだけの変則ルール、いいな?」

「了解だ」


 その言葉に俺は大きくうなずいた。


 ――――――――――


 キッチンに立つと、周りの視線を感じながらも、俺は集中を高める。

 俺はもう心の中でなにを作るか決めていた。


 丼ものの代表格のひとつ、牛丼だ。

 牛肉と玉ねぎを甘辛く煮込んで、ご飯の上に盛り付ける。

 シンプルだが、奥深い。

 醤油、出汁、酒が活用できる米料理というわけだ。


 まずは、米を炊きつつ、昆布と鰹節を用意し、丁寧に出汁を取っていく。

 次に、玉ねぎをくし切りにし、牛バラ肉を薄切りにする。

 セレスティアルなら牛肉の薄切りも楽勝だ。

 定番の紅ショウガはないので、普通のショウガを細切りにしておく。


 黄金の鍋に出汁、醤油、砂糖、清酒を入れ、玉ねぎとショウガを中火で煮る。

 沸いてきたら牛肉を投入して、弱火で煮込む。

 アクが出るので、丁寧にすくい取る。


 じっくり煮込んでいると、特有の甘塩っぱい香りが漂う。

 玉ねぎと牛肉がくたくたになったらOK。


 俺は周囲の様子をちらりと見る。

 店内の客たちも興味津々で俺の手元を見守っている。


 その間に白米がふっくらと炊き上がる。

 こちらの世界に来てから何度も鍋で炊くようになって、水分量なんかも完璧に調整できるようになった。


 器にご飯、上から煮込んだ牛肉と玉ねぎを豪快に乗せる。

 つゆはたっぷりとかけて、全体にしっかりと染み込ませた。

 これで、牛丼の完成だ!

 紅ショウガがないのは彩り的にさみしいが、ショウガも一緒に煮込んだので、さっぱり感は維持できている。



 試食の時間がやってきた。


 審査員は店主。

 彼を納得させなければ勝てないという厳しい条件だった。


 店主は黙ってスプーンを取り、一口分の牛丼を掬い上げる。

 そして、牛肉と玉ねぎがたっぷり乗ったご飯を口に運んだ。


 しばらく沈黙が続く。


 味に自信はあっても、相手は店の雰囲気からして長年この町で名を馳せてきたであろう店主だ。

 彼を満足させるのは容易ではない。


 やがて、店主がゆっくりと口を開いた。


「なるほど、初めて食べる料理だが、奥深い。この甘辛いタレが米とマッチしていて、牛肉、タレ、ご飯の旨味が口いっぱいに広がる。この牛肉の柔らかさも見事だ」


 彼の言葉が耳に入った瞬間、俺は体から緊張が解け、無意識に息を吐き出した。

 店主は一口、また一口と牛丼を食べ進める。

 店主が満足そうに頷いた瞬間、俺の中に安堵が広がった。


「お前さんの勝ちだな!」


 店主は笑いながら、俺に手を差し出してきた。

 その笑顔には、長年鍛え上げてきた料理人としての誇りと、俺への尊敬が込められているのが感じられた。

 俺はその手をしっかりと握り返す。


「いや、お前さんの腕前には正直驚いた。牛丼とやら、見た目はシンプルだが、ここまでしっかり味が決まってるとは。まだまだ知らないうまいものってのはあるもんだな!」

「ありがとう。いい勝負だったよ」


 その後、みんなで俺の牛丼と店主の料理を食べていった。

 米に合う料理、山の幸、肉、野菜、どれもおいしかった。


 ――――――――――


 帰り道、俺たちは酒蔵で手に入れた清酒と米酢を持ちながら、これから作る料理について話していた。


「リク、次はどんな料理を作るの? また和食?」


「そうだな、和食にこだわるつもりもないが、清酒と米酢を使った料理を考えている。みりんはなかったけど、この二つがあれば料理の幅は広がるはずだ」


「楽しみね!」


 レイラの目は期待に満ちていた。

 彼女の微笑みは何よりの励みだ。



 王都への帰り道、途中にある町の宿屋にて――。


 ガーネットが瓶を持ちながらにやりと笑う。


「やっぱり、試飲しただけじゃ物足りないし、ここで少し飲もうじゃないか」


 俺は少し笑いながら、やんわりと断ろうとした。


「それは料理用に買ったわけであって……」


 しかし、ガーネットはすでに栓を開けていた。


「まあまあ、リク君。せっかく手に入れた清酒だ。このまま帰る前に、少しだけ楽しもう。足りなくなったときは私が買いにいくからさ」


 コーネリアもそれに賛同し、


「確かに、この清酒というのはワインやエールとは違う。私ももう一度、じっくり味わいたいところだ」


 と静かに微笑んで、ガーネットの横に座った。


「はぁ……しょうがないな」


 俺はため息をつきつつも、彼女たちの誘いを断る強い理由もなかったので、隣に腰を下ろした。

 一方でレイラは少し頬を膨らませて、「みんなばかり楽しそう……私はまだ飲めないのに」と不満げな顔をしている。


「ごめんな、レイラ。王城に帰ったら君のためになにか作るよ」


 と俺が苦笑しながら言うと、彼女は肩をすくめた。


「それもうれしいけど、一緒にお酒を楽しみたいなぁって」


 レイラは膝を抱えながら、少し寂しそうにその様子を眺めていた。


「それじゃあ、一口いくか?」


 ガーネットがいたずらっぽくレイラに問いかけたが、俺は即座に彼女の肩を軽く叩いた。


「ダメだって。王女にそんなことをさせるわけにはいかないだろう」

「冗談、冗談。レイラ王女にはこちらのレモン水をどうぞ」


 ガーネットは軽く笑って、レイラにレモン水を渡す。


 みんなで持参していた小さなカップに注いでいく。

 俺もカップを手に取り、清酒の香りを感じる。

 試飲したときとは違う、夜の静寂の中での一杯。

 香りが一層豊かに感じられた。


「じゃあ、乾杯しようか」


 ガーネットが声をかけると、俺とコーネリアもそれぞれカップを掲げた。


「乾杯!」


 口に広がる米の甘みと、まろやかな喉越し。

 さっぱりとしつつも奥深い味わいが体にじんわりと広がっていく。


「おお、これはすごい……!」


 ガーネットが感動しながら、


「なんだろうな、このフルーティーな香りは。本当にただの米から作られてるのか? 魔法のようだよ」


 と目を輝かせていた。


「普段はあまりお酒を飲まないけど、これは別格。体が温かくなってくる……心地よい」


 コーネリアも微笑みながら清酒を味わっている。


 俺も頷きながら、カップを空にする。


「もっと飲もう、リク君!」


 ガーネットが俺にカップを差し出し、コーネリアも楽しそうに「少しペースを抑えなさい」と言いながらも笑っていた。


 少しずつだが、気持ちがほぐれていくのが分かる。

 静かな夜の風とともに、和やかな空気が俺たちを包んでいた。


 その一方で、レイラは少しふてくされた様子で、「いいなぁ、大人って……」と小さな声でぼやいている。


 酔いが回る中でも、みんなの笑顔は途切れることなく、温かい空気が流れていた。

読んでいただきありがとうございます!


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今後ともよろしくお願いします。

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