全人類のストーカー
4人は居酒屋を出た。何故か居酒屋を出ると、妙に会話が無くなっていた。夏が過ぎ去ろうとしていることを寂しく感じ、少しでも夏と共鳴し、夏と同化したかったかもしれない。
いつものように占い師の横を通って家に帰ろうとした4人だったが、ちょっと、と声をかけられた。4人は足を止めた。
「君たち、楽しそうだね」
そう言ってその占い師は顔を上げた。4人はこの占い師の顔をちゃんと見るのは初めてだった。歳は50ぐらいだが、威厳があり、まさしくどこかの大企業の取締役のような雰囲気をしている。根元が白くなった短い髪をサイドだけ刈り上げている。夜でも丸い直径の小さいサングラスをかけていて、服は全身真っ黒だ。サングラス以外はいかにも占い師、と言ったような感じだが、『おしゃれ』という言葉がよく似合う雰囲気を出している。
「君たちをよく見かけるよ。声は、かけてもらったことは一度もないけどね」
そうやってその男はやけに笑って見せた。
「占い、興味ないので」とXはその男に一瞥もくれずに、歩みを進めようとした。
「君は明日、事故に巻き込まれるだろう」その男の言葉に、Xは足を止めた。
「え、何?」
「あっはははは、いやいや、すまない、すまない。ちょっと占いじみたことを言いたかっただけだよ。すまない。私にも喋らせてほしくてね。私は君たちとずっと喋りたかったんだよ。少しだけ足を止めてくれないか、もちろん、これは営業ではないぞ。お金もかからん」
呆気に取られたX以外の3人は不思議なものを見たような表情で完全にその場に足を止めていた。話しかけられた瞬間から動くこともできなかった。
「ありがとう」
そういうとその男は、地面にあぐらを組み替えて座り直した。
「いやいや、君たちには惹かれる何かがあってね。このまま君たちにただの占い師だと思われて、空気のように素通りされるのが嫌になって声をかけたのさ」
「はぁ」Φはそれだけしか相槌を打てなかった。
「私が自己紹介をしよう。うん。私はデルと言って、ただの占い師ではない」
そう言ってその男は手を差し出し、全員と握手をした。もちろん嫌がるXにもだ。
「私は、いろいろなものを言い当てることができるのだ」
微妙な沈黙の時間が流れた。
「たとえば君」と言って右手のひらでZを指した。
「君は職を追われて最近引っ越してきたね」
「えっ」Zはやけに動揺した顔をした。
「はい」
「顔に書いてあるからな」
その男は不敵な笑みを浮かべた。
「それに君」そう言ってNを指差した。
「君はおとといニンニク料理をお昼に食べただろう」
「え、すごーい。まだ臭うかな」Nはにこやかな表情で答えた。
「もちろん臭わないぞ」
今やこの男はこの場を支配している。
Nに笑いかけた後、デルはXとΦの方を向いた。
「君たちは何か、似ているね。同じような境遇で育ったのかな」
境遇、という意味だと確かに似ている。昔、XとΦは育った環境について話していた時に、Φの母親が夜中に家にある大量の瓶牛乳をしれっと近所の郵便受けに投函する夢遊病があるという話で盛り上がったことがある。この母親の行動が近所に見つかり、学校中に広まったことでΦは学校を追われ、転校したことが何度もある。その時Φの話を聞いてハッとした表情を見せたXであったが、Xの母親も夢遊病があり近所に迷惑をかけたため、恥ずかしくなり転校を繰り返したと話してくれた。具体的にどんな夢遊病だったかXは話してはくれなかったが、母親の夢遊病のせいで転校を繰り返したという境遇は似ている。2人がねじ曲がった性根なのもこのせいであることは間違いない。
「ふん、そんなの誰にでも言えることよ」とXは一蹴したが、ΦはZに続いて動揺した。ZとNのことを言い当て、具体的とは言えないまでもXとΦの共通項まで言い当てた。Φにとってこれまでの占い師はただただ誰にでも当てはまるざっくりしたことを言うにすぎないペテン師だったが、この男デルはそれとは違うような気がしていた。
「まあ、こんなもんだ」と言ってデルはゆっくり膝を立てて立ち上がり、4人の方を見た。背は高く、190cm弱はありそうだ。
「君たち、いつでも来てくれ。君たちが来てくれたら私は喜んで話をしよう。もちろん君たちは特別だからお金なんてつまらないものは取らないぞ」
そうやって別れた。デルは4人が角に曲がって見えなくなるまで笑顔で手を振って見送っていた。
このデルとの出会いがあって以降、Zはシャッターの閉まった店前に出向くようになった。デルと話に行っているのは一目瞭然だった。Zは夜になると窓を開け、空を見上げて物思いにふけるのがルーティーンだったが、それがなくなった。Zから出るオーラも少し明るくなったようだった。どうやらデルのあのアピールはZにも刺さったようだ。それとは対照的に、Xの機嫌は日に日に悪くなった。Zと部屋が一緒なだけにZが夜帰ってきて話をすることが多いが、その話の大半はデルについてだった。デルについてよく思っていないXはZのデルの語った事柄について『偏っている』だの『全人類のストーカー』だの言いたい放題だった。