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NXΦZ  作者: Φ
8/16

虚数時間卒業後即ヘルメットウィーリー

 4人は中心街から離れた栄えすぎず、人通りもあり、日中は閑散としないような地域にシェアハウス用に部屋を借りた。 中心街まではそう遠くはなく、電車に30分も揺られればアクセスできる、誰もが言うような『マジでちょうどいい』場所だ。建物は5階まであり、1フロア10部屋はあるようで大きすぎない。4人は5階に部屋を借りた。部屋は2LDKでXとZに1部屋、NとΦに1部屋と、男女で部屋を分けた。リビングは4人で使うには狭すぎなかった。

 

  最初の生活はぎこちなかった。テレビは皆の趣味がわからないため、とりあえずゆるキャラが写っているチャンネルにだけ選局していた。Nはゆるキャラだと思っていたらしく、いつもザッピングして毛むくじゃらのUMAが映っているのを見つけると、リモコンを置いた。それに食いついたのはZだけだった。また、当番制が敷かれていなかったので毎日夕食を誰が作るかで揉め、ジャンケンの結果、Φが9日連続キッチンを任されることもあった。

 殊、トイレについては1つなのでバッティングすることもあり、いざバッティングしてしまうと譲り合いは起きない。Φは男の怪力を使ってはいつもXやZを押し退けてはドアを開け滑り込んだ。それを見かねたXとZは共謀し、人気のない商店街に向かった。アーケード街で日が差さないもののその影響以上にこの商店街は暗い。そんな中一際目立って暗いよどんだ店に、彼女たちは用事があった。その店に着き、中を覗くと、暗くはあるが、中の様子がうかがえた。そこには古びた木でできた四角の箱がいくつかあり、その中にはゲームの中でしか見たことがないような武器が重なっていた。恐竜の骨に獣の毛を束ねて巻いたように作られた弓にがっしりとした長さ1メートルぐらいのサーベルもある。Xはそれを手に取ってまじまじとみた。その剣身には何か紫がかったグリースのようなものが塗られていた。Xは無の心でそっとそれを元の箱に戻した。そうやって箱を漁っているうちに店主のような白髭白髪の老人が現れた。歳は90ぐらいだろうか。それにしても白髭白髪の量は毛のブルジョワであり、髭は下に15センチはぶら下がっていて、なんと髪もその髭と同じように上に15センチはクリスマスツリーしている。そうやって2人で上を見上げているうちに、その漂白済み突然変異玉ねぎが、

「炒めて」

 と小さく発した。目の前の老人が狐色になることを心配した2人はこの老人がやめて、と言ったことに遅れて気づいた。

「やめて」と毛ブルジョワがまた小さく息を漏らした。

「これ見られるの恥ずかしいのよお。頭だけはあ」と下を向いた。

「すみません」

 恥ずかしくなりXとZは頭を下げた。そうして店主が見守る中、Zはあるものを発見し、すぐさま購入した。気に入ったものが見つかり、悦に浸りながら店を離れた。だが、離れるや否や、思いついたように2人はすぐさまスマホのマップを開き、近くの牛丼屋へ直行した。

 

 その2日後の朝、ZはΦとトイレ前でバッティングした。Φはいつものようにタックルを仕掛けようとしたが、Zの表情がいつもと違うことに違和感を覚え、動きを止めようとした。Zはやっとこの日が来た、と身体中に電気が走るような感覚に襲われながらも背に隠していたものを勢いよくΦの前に持ち出した。鎖鎌だ。かなり年季が入ったもので鎌自体は錆びかけているがまだ切れ味はありそうである。鎌の取手の先についた鎖は1.5メートルぐらいあり、その先には元寇で蒙古軍が使用したてつはうぐらいの大きさの鉄球がついていた。呆気にとられるΦをよそにZはその鉄球をΦのすねにピッチングした。てつはうはもろにΦの右すねに当たり、Φは地面に伏した。痛みに悶えすねを抑え暴れるΦを下に見ながら、Zは優雅にトイレのドアを開け、快便の空間へと足を運び入れた。

 

 そんな青春を取り戻すかのような生活をしながら、より4人の仲を深めようと、毎週金曜日は徒歩13分ほど先にある居酒屋に通うようになった。人が18人は入れるような広さで、何より金曜は部屋が満員になり賑わうため、4人がどんな話をしても周りには聞こえずプライバシーを守ってくれる素晴らしい空間だった。

 

 いつものようにゲスい会話をしている中で、ふとXがZに出生について尋ねた。Zは、そんな面白いもんでもないよ〜、と言いつつも、話してくれた。なんでも、Zは物心着く前に両親を事故でなくし(祖父母からそう聞いていて、両親の写真も見たことがない)、山の方で祖父母に育てられた。

 Nがうなずいて聞いている傍ら、Xが、ごめんなさい、と口を挟んだ。

 ううん、いいよ、と言って、Zは続けた。Zとはジェネレーションギャップがありすぎるため、おじいさんはどういう教育をしていいかわからず様々なものを炉で溶かして金を作る方法を教えようとしていたという。それを見かねたおばあさんがちゃんとした生き方を教えてくれたらしい。そういうおじいさんだが、今はサバゲーをやっており、チームの中では次期スナイパーらしい。

 

 4人は居酒屋を出ていつものように13分の帰路に歩を進めた。途中、古びたシャッターのおりた店の前で占い師のような人を見かけた。なぜか地べたに何も敷かずに座っている。客はいない。今までそこで占いを受けている人を見たことがない。普段であれば4人でその人がどのように生計を立てているかを議論して面白がるところだったが、今の4人には気を留めていられないぐらいに充実した帰路だった。

 

 家に戻った後、Φは4番目のお風呂で湯船に浸かっていた。今日の充実した時間を思い返しながら、ふとZの生い立ちの話に気が散った。今が面白ければいい。過去なんかに今の感情を阻害されたくない。そう思いながら、Φはすっかり濁りきった湯の中に全身を沈めた。これはXと付き合っていた時からやっていることだ。それが習慣だったが、Xが消えてからはすっかりしなくなっていた。やるのは久しぶりだが自然とできた。

 


「君たち、宇宙の誕生について考えたことはある?」

 ある金曜の夜、いつもの居酒屋で、さっきまでワインの飲み過ぎで顔を赤くしていたXが唐突に切り出した。

「そりゃそうだよ、人間として生きるなら普通だろ」

 そう言いながらも、Φは何だか興味が沸いた。

「はい、なら学校とかで習った通り、宇宙はビッグバンによって起きたと言われているけど、本当に0から宇宙が生まれたなんて話に納得なんてしていないでしょ?」

「そりゃあな。でもビッグバンが人生で初めて俺を諦めさせた大先輩という点で大戦犯なんだ」

「まあ無理もないわ。宇宙は超高温・超高密度のある一点から急激に膨張し始めたことがきっかけでできた、と言われるけど、そもそもその前に0から1ができたってことの答えになっていないもんね」

「それだわ」Zが声を出した。

「そう。でもこれを事細かに詰めていくと、面白いの。実はね、ちーちゃいミクロな真空の宇宙ではね、なんにもない状態となんかある状態が交互に現れているの。ゲームセンターの頭叩かれ願望丸出しのワニに似てるわ。側からふと見るとそこにはワニがいないんだけど、またある時見たらそこに顔潰れ緑塗られ変態がいるじゃない。そういう感じ。消えては生まれ、生まれては消え、なんかあるし、なんかない宇宙。そんな矛盾するような宇宙が成り立っているの」

 ここでXが軽く咳払いをする。


「そんな宇宙が成り立つ時間ってのが結構めんどいやつなの。今のこの世界の時間たあ〜、ちと違う。現在の時間のような解釈で時間が前に進むなどという常識は通用しないの。その時間を虚数時間って言ってさ、今の私たちでは正確にイメージができない。もし物理法則がミクロなお世界で通用するのなら、虚数時間でのものの運動は現世界の時間のそれとは逆になる。まあ、イメージしやすいように今の世界で言うなら、玄祖母の入れ歯がぬちゃっと地面に落ちるとき、それが地面に落ちる代わりに天に登っていくの」

「ややこしすぎるだろ。玄祖母ってひいばあちゃんのお母さんか。まだ生きてるんか。ブラックジャックにお世話になりすぎた一家か。あと何で玄祖母は天に登るチャンス入れ歯に奪われてるん。甲子園9回裏2アウト代打見逃し三振坊主か」

 Φが反射的に口を挟んだ。Xは見下すようにΦを睨んだ。ごめん、続けて、とΦは促す。

「まあ厳密にはイメージできないものだし、正確には違うかもしれないけど、理論上はそうなっているってこと。かといって時間が今のように連続していると考えることもあっているかわからないから、結局のところ『これは絶対こうなります』とは言えないのよ。まあ難しくなっちゃったけど話を続けると、そんな時間の中で突如ちーちゃいミクロな宇宙が一瞬だけ大きなエネルギーを持ち、虚数時間の世界に其奴を閉じ込めていた山を飛び越えるの。そうなることで、そのチビ宇宙はその世界から解放され、生まれては消え、消えては生まれ、という世界を卒業し、晴れて今の時間の世界にライドオンするの。ヘルメットウィーリーで。それで時間の流れというものができてその宇宙が膨張して今の世界ができたんだと。まあ仮説だけど」


「面白いけどな〜、仮説だな。宇宙のことになると、仮説を聞かされて仮説立証のニュースを聞けないまま上へ昇らされるんだもんな〜」Φは嘆く。

「でも、そんな説聞いたことなかったから私ワクワクしたよ?」とZがXに嬉しい言葉を返す。

「私は世界は混沌から始まっててほしい」Zは続けた。

「神話にあるように『世界は混沌から始まった』ってやつ。あれ好きでさ。世界は今色々決まり事とか色々に縛られているけど『混沌』は自由っていうか。まだ誰の手にも届いていないっていう感じでなぜか落ち着くんだよね。ほんとはもっとエグいんだろうけど」

「Zは何かそんな感じする。分かる気がする」Nは満面の笑みだ。


 Φは考えをまとめているようにゆっくり口を開いた。

「最初から何もない状態なんて、人間には難しすぎる。俺らは学校でビッグバンを習ってそれをただ覚えただけだ。そこから考えを巡らせたことは義務教育の中ではない。でもさ、何か簡単なことの繋ぎ合わせでこの世の論理はシンプルに片付けられるかもしれない。例えばさ、何もないっている考えはなしにしてさ、『最初から全てあった』と考えると面白いんじゃないかな。ほら、質量保存の法則って理科の授業で習ったろ? それは宇宙にも適用できるんじゃないかな」

「そうね、それは考えたことがある」Xが少し頷いているようだ。

「例えばさ、神話の『混沌』ってのはさ、全てがある状態だけど『物理法則や時間が存在しない』っていうことかもしれない。ただあるのみ。それがさ、さっきXの言ったミクロな宇宙が山を越え、虚数時間から解放された時に時間や物理法則ができた、と考えても辻褄が合う。『混沌』ってのは全てのものがある状態だし、ない状態で状態が定まっていない不安定な様子を表しているのかもしれない」


「けどない状態だったら」Xが言う。

「『最初から全てあった』という状態とは矛盾するんじゃない?」

「そこはね、『全てあったがその全てが同じ次元にはなかった』と考えると話がしやすいかも。Xが前提として出した、チビ宇宙が生まれては消え、消えては生まれるっていうのは、そこからそのまま消えたんじゃなくて別の次元に移っただけかもしれない。消えてように見せかけて次元を跨いでいる。元の次元でしか俺らは観察できないからさ、消えたように見えるだけで。質量や数が合わない場合は、『ああ、あいつは別次元に逆納豆巻きでも食べに行ったんだろうって』思えばいいだけさ。水ビッシャビシャのお手拭きは渡してやらにゃいかんけど。どうせすぐ手のひら広げて戻ってくる」

 これを聞いてか、Nはトイレに席を立った。お手拭きを持って。

「だとしたら時間や物理法則が今この世界を支配してるってそう考えてもいいのかもね」Zは感心したように手のひらにこぶしを乗せて言った。

「そう思うとこの世界はえっぐいほどきついなあ〜」

 Zが気だるく言った姿をΦは妙に数秒凝視していた。

 それを経てΦがZの顔を覗き込むようにZに何かを言いかけたところにNがお待たせ、と水ビッシャビシャのお手拭きを持って帰ってきた。テーブルに置こうとして、水が滴る。下にあったおひたし、ビッシャビシャ。 Nが明るく尋ねるには、

「あいつってやつ、もう帰ってくる頃だよね?」

 他三人、"WTF." 情緒を失った。


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